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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 どうして異世界に来ることになったのか。
205/245

41 少年はもう。

 火木土日の週4日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

 ……姉さんの魔術は繊細だ。


 輝く球体(・・)に、目を向ける。


 ……尋常ならざる出力に目を奪われがちだが。


 膨大な魔力に忘れがちだが。

 少女の魔術の神髄は、それだけではない。


 ……その証となるのが、この球体魔法陣である。


 計算された、幾万もの術式の重なり。

 緻密な演算によって組まれた、文様の集積。


 この魔法球は、針の穴を通す様な術式組成によって、成立している。 


 ……だからこそ。


 ミシリ


 球体魔法陣が、甲高い悲鳴を上げる。


 奇跡の様な球体魔法陣には今、指先程度の穴が開いていた。

 俺の魔術によって穿たれた、小さな穴だ。


 ……通常(・・)の魔法円であれば。


 この程度の欠損は、大した問題にならない。

 穴の開いた部分の術式を再構築すれば、魔術の継続は可能だろう。


 しかし――


 ……この魔法球では(・・・・・・・)それが出来ない(・・・・・・・)


 論理の究極とも思える何重もの術式は残念ながら、1度損なってしまえば術者すら修復不能な、複雑極まりない魔術となっている。

 つまりこれっぽっちの穴でも、穿たれた段階で――


 バキバキバキバキッ――バキンッ!


 魔法球は自身の有した膨大な出力により、砕け散る。


「ルンちゃん、何やってるの⁉」


 ガシッ!


 呆然としていた姉は、球体魔法陣が砕ける音に我を取り戻し、勢いよく俺の両肩を掴む。


「見ての通りだ。

 姉さんの魔術は、破壊させてもらった」


 ……「俺の上級魔術を破った仕返しだ」とは、流石に言わない。


 姉はユサユサと、俺の身体を強く揺する。


「ルンちゃん! ダメだよ!

世界を越える(シュラヴェルト)』は、ウバダラン(ここ)の魔力ありきの魔術なんだよ⁉」


 ……姉さんの必死な声色は珍しい。


 その蒼白の顔には、険しい表情が浮かんでいる。

 目は鋭く細められ、眉間には深いしわ。

 ファン垂涎のレアな顔だ。


 ……画像は残しておくべきだろうか。 


 そんなことを考えているとは露知らず、姉は必死に訴えかける。


「聞いてるの⁉

 もう、ウバダランの魔力(それ)は使い切っちゃったんだよ⁉

 2度と発動できないんだよ⁉

 帰れないんだよ(・・・・・・・)⁉」


「帰れない?」


 真面目な顔から紡がれる荒唐無稽な言葉(・・・・・・・)を、思わず繰り返す。


 ……分かっている。


 姉さんが俺の為に――無論、阿部さんの為でもあるのだろうが――長年、この魔術の準備をしてくれていたのは、理解している。

 色々な心情を胸に、この魔術を生み出したのは、想像に難くない。


 気持ちの強さは――その想いの深さは、本当にありがたく思う。


 俺が姉を大切に思う様に。

 姉もまた俺を大切に思っている。


 そんな事実が、嬉しくて仕方ない。

 きっと俺は、一生姉に頭が上がらないだろう。


 しかし――


 ……俺が姉さんの長年の悲願を知らなかったのと同様に。


 姉が俺を、完全に理解しているとは限らない。


「……姉さん」


「今なら、まだ再構築が――」


「姉さん!」


 どうにか修復しようとしている姉に、声を張り上げる。

 すると少女は動きを止め、砕けた魔法球からこちらに視線を移した。


「ルンちゃん……大きい声出せたの?」


 元々大きな目は更に見開かれ、口はポカンと開いている。


「……どこに驚いてるんだ」


 少女の顔を占める大きな漆黒の瞳の中には、愛想の良い少年の呆れた顔が映し出されている。


 ……ズレている。


 眉目秀麗。

 才気煥発。


 王宮魔術師の弟子にして、将来を嘱望されている魔術師。


 しかし、そんな姉でも。

 或いはそんな姉だからこそ、分からないこともある。

 間違える事もある。


 ……俺に関しては、割と鋭い姉だが。

 

 今回は完全に見当違いをしている。


 ……まあ。


 言うまでもなく、姉のそういう所も愛らしいのだが。


 ……仕方ない。


 おそらく今回は、きちんと言葉にしなければ伝わらないのだろう。


「姉さん……1度しか言わないぞ」


 ゴクリと生唾を呑む。

 鼓動は一気に高鳴り、顔はほんの少し熱を持つ。


 ……不思議だ。


 敵と対峙した時も、上級魔術を発動した時も。 

 こんなに緊張することはなかったのに。


 スゥ――


 一呼吸置いて……覚悟を決める。


「俺は……この世界が好きだ。

 姉さんがいて、父さんと母さんがいて。

 友人たちがいて、守りたい人たちがいて。

 そんな世界が好きなんだ」


 俺の告白に、姉の目が限界まで見開かれる。


「確かに俺の魂は昔、阿部さんの世界にいたのかもしれない。

 けど、もう俺の故郷はこの世界――姉さんたちがいる世界なんだ。


 だから――」


 俺の肩を掴む姉の手を取る。


 ……華奢だ。


 この細腕を、どれだけ酷使してきたのだろう。

 寝食を惜しみ、血と汗と涙を流して。

 想像を絶する苦難を乗り越えて、少女は球体魔法陣に辿り着いたに違いない。


 ……俺はそんな努力家な姉さんと――


 皆とこの世界で生きていきたい。


「だから、俺が向こうに――『阿部さんの世界』に帰る(・・)だなんて、言わないでくれ。

 俺は姉さんたちと一緒に居たいんだ」


 ……この世界はもう、俺にとって()世界ではない。


 この世界こそが、俺の世界であり。

 俺の帰る場所――故郷なのだ。


 姉は静かに顔を伏せる。

 数年前まで見上げていた少女の背は、既に追い抜いてしまった。


 ……背を抜いた時には、嬉しかったものだが。


 今は姉の表情を見られないことが、もどかしい。


「じゃあルンちゃんは……向こうに行かないの?」


 ポツリと少女から言葉が零れる。


「……ああ」


「急にいなくなったりしない?」


「ああ」


 きゅっと、姉の手に力が籠る。

 冷たかった手が、少しずつ熱を帯び始める。


「また一緒に研究できる?」


「ああ。魔術だろうと農業だろうと、何だってできる」


 ……姉さんの顔が――


 徐々に見えてくる。

 その顔には赤みが差し、漆黒の瞳には柔らかな光が宿っていた。


「元気でいてくれる?」


「ああ」


「また一緒にご飯食べられる?」


「ああ」


「毎日作ってくれる?」


「あ……それは当番制だ」


 ……姉さんは目の端に涙を浮かべながら、温かく微笑む。


 安心した様に。

 肩の荷が下りた様に。

 憑き物が落ちた様に。


 その顔から、強張りが取れていく。


「そっか……。

 じゃあ()、ずっと幸せなんだね」


「俺がいるだけで、姉さんは幸せなのか?」


「うん!」


 揶揄うつもりだった言葉に、満面の笑顔で即答される。


 ……少し、照れ臭い。


「ルンちゃんも、私がいて幸せでしょ?」


 自信満々のその顔は、本当に幸せそうだ。


「……まあ、否定はできないが」


「照れちゃって! 可愛い!」


 スルリと首の後ろに両手を回され、抱き付かれる。


「重い、離れろ。

 そして俺は、照れてない」


「もう、分かってるって!」


 ……そのしたり顔は、小憎らしいが。


 離れる気配がないのは、腹立たしいが。

 しかし目前にあるその笑顔は、とても眩しい。


 ……気まずい。


 こんな至近距離で見つめないで欲しい。


「じゃあ……姉さん、そろそろ――」


 むず痒さに耐え切れなくなって、俺がそう呟いたところで――


 ドオォォォォン!


 天空から轟音が落ちて(・・・・・・・・・・)くる(・・)


 ……同時に。


 姉弟(俺たち)に向けて、一陣の風属性魔術が吹く(・・・・・・・・)


「ちょっと! そこの呑気な弟子たち!

 姉弟でいちゃついてないで、早く師匠を手伝いなさあぁぁぁい!」


「「あっ」」


 姉との諸々で、すっかり忘れていたが。

 師匠はどうやら、未だ龍と戦っていたらしい。


 雲1つない空を見上げるも、対峙する怪物たちの姿は見えない。

 どうやら肉眼では捉えられない遥か上空で、攻防中の様だ。


「そういえばいましたね……。

 まだ終わってなかったんですか?」


 ……まったく、空気の読めない師匠である。


「何て言い草ですか! 弟子2号!」


「でもルンちゃんの言う通り、先生にしては珍しくない?

 魔物が相手なら、いつも即仕留めにかかってたのに。


 もしかして……腕鈍ったの?

 そんなんだと、シャイ先生に叱られるよ?

 仕事サボって来たんだよね?」


「師匠に妙な煽りをしないでください、弟子1号!

 腕前が落ちたんじゃなくて、相性! 相性の問題です!

 大体、私は仕事をサボって来たわけじゃなくて――」


 そんなやり取りをしながらも、爆音は轟き続けている。


 ……このまま師匠を放置して帰っても良いが。


 それをしてしまうと、今後が怖い。


「……仕方ない。手伝うか」


 そう呟くと、首にぶら下がったままの少女が微笑む。


「じゃあ、私はこの特等席で観戦してるね!」


「いや、当然姉さんも手伝え。その方が早く帰れる」


「ええー」と言う姉をぶら下げたまま、風の魔術で飛び立つ。


 蒼穹の彼方では、強大な魔力(気配)がぶつかり合っている。


 ……おそらくあそこに、師匠と魔物()がいるのだろう。


「仕方ないなあ……じゃあ、さっさと倒して一緒に帰ろうね」


「ああ。面倒だが……師匠の尻拭いをして、さっさと帰ろう」


「ちょっと! 口を動かしてる暇があったら、急いでこっちに来なさい!

 師匠命令です!」


「「はいはい」」


 こうして姉弟(俺たち)は、輝く大空へと飛び立った。 

 ――ルングにとって今いる世界は、もう異世界ではなくなっていたのでした。

 異世界から転生した少年はそのまま残り、勇者から転生した少女は帰って行ったというお話。

 そして、姉弟にすっかり忘れられていた師匠。


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう。 

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