表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 どうして異世界に来ることになったのか。
204/245

40 天才魔術師の軌跡。

 火木土日の週4日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

「……えっ?」


 姉の問いを聞き返す。


 ……一瞬何を言われたか――問われたかが、わからなかった。


 ひょっとすると、脳が理解を拒んでいたのかもしれない。


 ……姉さんは今、「故郷に帰るか(・・・・・・)」と問うたのか?


 血の繋がった、実の弟である俺に対して。

 阿部さんの世界に――前世俺が生きていた世界に帰るのかと。


「……何を言ってるんだ、姉さん。

 俺の――俺たちの故郷は、アンファング村だろう?」


 我ながら白々しい言葉だ。

 それを聞いて姉は目を瞑り、一呼吸する。


 自身を落ち着かせるように。

 はやる気持ちを抑える様に。


 深く息を吐くと、少女は応える。


「確かにルンちゃんの身体はそうだけど……でもルンちゃんの魔力は(・・・)――魂は(・・)、違うでしょう?

 いっちゃんの世界から、来たんでしょう?


 それなら……元々居た世界に帰りたいのかなって」


 ……魂。


 長命種(エルフ)の魔術師――トラーシュ先生は、以前言っていた。


「魂を見れば、異世界出身の者かが判別できる」と。

 彼女はその言葉通り、俺が――俺の魂が異世界からやって来た存在だと看破していた。


 ……この天才(姉さん)もやはり――


 あの歴戦の魔術師と同様に、俺の魔力(たましい)を、識別していたらしい。


「……いつから、俺の魂が異世界(向こう)のだと分かったんだ?」


 姉は静かに微笑む。


「普通と違うっていうのは……ルンちゃんが生まれる(・・・・・・・・・・)前から(・・・)――お母さんのお腹にいる時からかな?


 魔力(たましい)の色が、村の皆と違ってて。

 綺麗で、可愛くて、温かくてね」


 ……嘘だろう?


 呆気なく言い放たれた事実に、絶句する。


 俺が生まれる前となると、姉は3歳。

 彼女はその時点で、魔力の違いを認識できていた様だ。


 ……魔術の才に恵まれ過ぎている。


 確かその頃には既に、遊び感覚で無詠唱魔術を扱えていたはずだ。

 あまつさえそれを、赤ん坊の俺に教授したのも彼女である。


 ……知ってはいたが、根っから規格外なんだな。


 俺の驚愕に姉は気付く気配もなく、そのまま語り続ける。

 滔々と。

 愛おしむ様に、語り続ける。


「ルンちゃんは生まれてからも、ずっと可愛くて、綺麗で。

 そんなルンちゃんといるのが楽しくて。


 ……何より幸せで。


 お父さんとお母さんも、すっごく幸せそうで」


「でも――」と、姉の穏やかな表情が少しだけ曇る。


「でも――あの日。

 お父さんがケガして、私たちが世界魔力(マヴェル)を扱えるようになった日……気付いたの。


 ルンちゃんの魂が綺麗なのは、理由があったんだって。

 ルンちゃんは……別の世界からやって来たんだって」


 ……世界魔力の認識をきっかけとした、知覚拡大。


 あの万能感を伴う感覚拡張によって、少女は直感的に俺の魔力の正体を理解したらしい。


「あの日からは……怖かった。

『ルンちゃんが帰っちゃったらどうしよう』って、心配だった。

 私が見てない内に、いなくなってたらって」


 ……思い出されるのは、月下の魔術戦。


 師匠――王宮魔術師レーリン様に、俺たちが初めて師事した夜。

 俺に「置いていかないで」と告げた、姉の切ない表情だ。


 ……置き去りにされるのは、こちらの方だと思っていたのだが。


 何を的外れな事を言っているのかと、あの時は思ったものだが。

 よく分かっていなかったのは、俺の方だったのだ。


「だから……嬉しかったの。

 ルンちゃんが私を信じてるって言ってくれたのが。


 もし私がルンちゃんより先に行っても、私を追いかけてくれるって言ってくれたのが、本当に嬉しかったの」


 俺は姉の魔術の力量を。 

 姉は俺の魂の在所を。


 ……姉弟(おれたち)は、互いに異なる地平を見ていた様だ。


「先生から、魔術を習うようになって。

 少し寂しかったけど、魔術学校に行って。

 私に、そこそこ(・・・・)才能があることも分かって。


 魔術を知っていって、ルンちゃんと成長していく内に、こう思う様になったの。


『ルンちゃんの為に、この才能を使いたい』って。

『私がルンちゃんに返せるのって、何だろう』って。


 ルンちゃんが、生まれてくれたことが幸せで、本当に楽しかったから」


 ……ああ――


 視界が開けていく様だ。


 姉のこれまでの言動が。

 行動が。

 人生が(・・・)、俺の中で1本の線として繋がっていく。


「私を幸せにしてくれたルンちゃんの為に、私が出来る事って何だろうって。

 そう考えた時に、ふと思い付いたの。


 ルンちゃんを……帰してあげようって」


 姉は自身の展開した球体魔法陣を――そこから伸びた光を見上げる。

 煌々とした光に照らされた横顔にあるのは、爽快感と達成感だ。


「『ルンちゃんを帰す方法』を探して、先生にくっついて聖教国(ゲルディ)とか獣極国(シュティア)に行ったりして」


「……まさか『雷化魔術』の開発協力も、その一環だったのか?」


「うん……興味もあったけどね。

 勿論『転移魔術』の開発もそう。

 世界間移動の手段を、ずっと探してたんだ。


 無事『転移』が開発できて、後はルンちゃんの居た世界――異世界の座標を見つけるだけってなったタイミングで、いっちゃんが来てくれたのは、運命だと思ったよ」


 ……運命を感じるの(それ)も、無理はない。


 移動手段の確保から間を置くことなく、阿部さんが――異世界出身者(手がかり)が、転がり込んできたのだから。


「だから、見送りにも、旅そのものにも――」


「うん、行く時間が惜しかったんだ。

 私は私に出来ることを、しなきゃいけなかったから。


 ……本当は行きたかったけどね?


 でもルンちゃんがいるなら、最悪の事態になることはないだろうし」


 ……3ヶ月という異常な魔術開発の速度も、また必然。


 というより――異常でも何でもなかったのだ。


 少なくとも、姉が魔術学校に入学してから。

 或いはその前から、少女はこの魔術の研究を始めていたのだから。


 ……ひょっとすると――


 姉の魔術開発の期間としては、最長の魔術ですらあるかもしれない。

 1人の天才がその才能と時間を費やした結果が、この球体魔法陣であり、異世界への帰還用魔術なのだろう。


 少女は穏やかに、微笑んでいる。

 どこか切なさを孕んだ笑顔を浮かべている。


 その可憐な表情に……胸が潰れそうになる。


 ……姉さんは今、どんな気持ちなのだろう。


 彼女が俺のことを、可愛がってくれているのは、よく知っている。

 少女の溺愛っぷりを、俺は心底知っている。


 ……この世界から、去るかもしれない弟を。


 彼女は今どんな心持ちで、見ているのだろうか。


「……大変だっただろう?」


 少女はゆっくり首を振って、否定する。


「……全然そんなの、思わなかったよ。

 感じたことも、なかったよ。


 遊んだのも、喧嘩したのも、イタズラしたのも、研究したのも。

 全部大切だったから。

 楽しかったから。


 ルンちゃんが生まれてくれたのが、私にとって最高の幸せだったから。


 だから、ルンちゃんの幸せの為に全力を尽くしたかったんだ。

 だって私はルンちゃんの……お姉ちゃんだから」


 少女の笑顔は美しい。


 触れれば消えてしまいそうな笑顔。

 儚く、消え入りそうな微笑み。


 ……姉さんが、そんなことを考えていたなんて、知らなかった。


 天真爛漫で、家族や村が大好きで、頭は魔術で埋め尽くされている。

 それが俺の抱く、姉への印象だ。


 しかし、そんな少女の根底には、常に俺への献身があったらしい。


 ……情けない。


 人として。

 弟として。

 情けなくて、仕方なかった。


 俺はいつも自身の事で精一杯で、姉の考えを何も分かっていなかったのだ。

 不出来で未熟な弟だったのだ。


 ……だが――


 長年一緒に居たからこそ、理解していることもある。


 姉は今、確かに笑顔を浮かべているが――


 その笑顔が、普段の笑顔ではないことも。

 手の震えを、どうにか隠そうとしていることも。

 魔力(こころ)の揺らぎを、必死に制御しようとしていることも。


 経験上、理解している。

 彼女と過ごした日々が、少女の笑顔の嘘を訴えている。


 ……強情といえばいいのか、頑固と言えばいいのか。


 阿部さんに勝るとも劣らない、意志の強さである。


 叫んでもいいのに。

 怒ってもいいのに。

 泣いてもいいのに。


 胸に秘めた激情を、少女は見事に覆い隠そうとしているのだ。


 ……それはきっと――


 俺を悲しませないためだろう。

 俺たちが、阿部さんの選択に口を挟まなかった様に。

 姉もまた、俺の選択を尊重したいのかもしれない。


 ……酷い話かもしれないが。


 そんな俺の為の気遣い(つよがり)が可愛らしく、嬉しくて仕方が無かった。


「姉さん……ありがとう。そして――ごめんな」


「っ⁉」


 瞳の揺れる姉を差し置いて、俺は未だに起動し続けている球体魔法陣へと、足を踏み出す。


 ……綺麗だ。


 異世界まで伸びるこの光はきっと、姉の魂の輝きそのものだ。

 思いの強さそのものなのだ。


 少女の美しく高潔な精神性を、彼女の魔術は表現しているのだ。


 ……本当に、申し訳ない。


 煌々と輝く光柱を前に、謝罪の気持ちは溢れ続ける。

 この罪悪感はきっと……一生消えないだろう。


 姉がこんなにも俺を、気にかけていたことに気付けなくて。

 姉の人生の中でも、少なくない時間を費やさせて。

 そして――


 ……姉さんの努力を、踏みにじるような真似(・・・・・・・・・・)をして。


 心底、申し訳なく思う。


 ドクン――


 強い鼓動と共に、自身の魔力が燃え上がる。

 身体を魔力が駆け巡り、想い(・・)を顕現させる力が湧いてくる。

 

 その想いのままに、俺は自身の魔力を解放する(・・・・・・・・・・)


「えっ⁉」


 青天の下、姉の声が響き渡る。


 ……しかし、もう遅い。


 いくら天才(あね)といえども、もう間に合わない。


 驚愕の表情を浮かべる姉を置いて――


「『水は穿ち運ぶ(バシュトゥーサ)』」


 魔法円が展開する。

 最速を誇る水の魔術は、瞬時に顕現すると――球体魔法陣(姉の魔術)を目にも止まらぬ速さで貫いたのであった。

 ――長年の姉の想い。

 トラーシュ先生と同様、姉はルングの記憶があることは知りません。

 しかし彼女は、ルングの魂を見抜き、この判断を下したのでした。

 物語も、いよいよ最終盤となります。

 ルングの行動の意図は如何に?

 次回のお話をお楽しみに!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ