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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 どうして異世界に来ることになったのか。
203/245

39 少女は思い出を胸に歩み出す。

 火木土日の週4日更新予定でしたが、体調不良が続いている為、明日2月2日(日)の投稿ができそうにありません。

 次回は2月4日(火)の投稿予定となっています。

 投稿時間はいつも通り午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

 球体魔法陣から生じた魔術の光が、直上の天空へと真っ直ぐ駆ける。

 その光が、亀裂の入った魔術空間に触れたが最後――


 バキンッ!


「ちっ!」


 俺の上級魔術が、完全に破られた。

 深海は無残に剥がれ落ち、暗闇に覆われた空間は砕け散る。


 こうして世界は遂に――元の色を取り戻した。




 砕けた魔術空間の後に俺たちを待ち受けていたのは、澄み渡る蒼穹だ。

 透明度が高く(・・・・・・)どこまでも晴れ渡った(・・・・・・・・・・)空である。

 

 ……ウバダラン(ここ)の空は――


 こんな色をしていたのか。

 重苦しく、痛々しい色合いをしていた世界魔力(マヴェル)は、姉の魔術に力を貸したことで、既に失われている。

 長らく見えていなかった碧空は、ひどく澄んでいて、とても綺麗だった。


 そして――


「……これ(・・)って」


 阿部さんが声を上げる。

 彼女の漆黒の瞳には、1本の光の柱が映っている。

 

 姉が魔術を発動した場所。

 茶髪の少女の目の前。


 そこには強く輝き、天まで伸びる光柱(こうちゅう)がそびえ立っていた。



 ……凄まじいな。


 こちらの上級魔術が、児戯にも思える程の膨大な魔力。

 その魔術規模(・・・・)は、未だにどこまでも広がり続けている(・・・・・)

 

 ……なるほど、この魔術なら――


 世界の果てを越え、阿部さんの世界に届き得るのかもしれない。

 

 ……よくよく見ると――


 光柱(みちすじ)の中に、見覚えのある魔力が――阿部さんの魔力が点在している。

 となるとこの光柱はおそらく――


「いっちゃんの魔力を解析できたおかげで、辿れたんだ(・・・・・)


 光柱を見上げる阿部さんと俺に、姉が呟いた。 


「辿る……?」


「うん。

 いっちゃんがどこを通って(・・・・・・)私たちの所にやって来(・・・・・・・・・・)たのか(・・・)

 魔力を目印にその道筋(・・・・・・・・・・)を辿っている(・・・・・・)のが、この魔術なんだ!

 いっちゃんの――異世界出身者(の人たち)の魔力って、特徴的だし!」


 ……腹の立つしたり顔だ。


「ルンちゃん、私すごいでしょ?」と言わんばかりの顔で、姉は講釈を垂れる。


「……中々の魔術だな」


「負け惜しみ? 負け惜しみ?」


「魔術に勝ち負けなどない」


 ……今日だけで、この心は敗北感だらけだが。


 それを言えば調子に乗りそうなので、おくびにも出さない。

 

「ところで、この魔術はまだ到着してないよな(・・・・・・・・・・)?」


「到着してない?」


「おお! さっすがルンちゃん! 気付いた⁉

 いっちゃん、安心してね! ちゃんと説明するから!」


 姉は嬉々として、語り始める。


「いっちゃんの世界、遠いんだよねえ!

 だから今は、いっちゃんの魔力を追跡しつつ、道筋を定めている段階なんだよ!」


 ……つまり。


 この魔術は、未だ成長し続けている。

 阿部さんの魔力情報を道標として、光柱を伸ばし続けることで、彼女の世界への道を作っているのである。


 そして――その道筋が完成してしまえば。

 

「その道が出来たら、術式に編まれている『転移魔術』で移動するってことか?」


「ご明察!」


 ピッと姉は人差し指を俺に突きつける。

 

 となると――


「最初から、このつもりだったんだな?」


「うん?」


 俺の言葉に、姉は首を傾げる。


「普通の世界魔力なら、これだけの魔力量は用意できなかったはずだ。

 最初から、ウバダラン(ここ)の世界魔力に頼る予定だったんだな?」


「うん!」


 姉は嬉しそうに首を縦に振る。


「拡張し続ける魔術だからね!

 魔力の多い場所はアンファング村も含めて沢山あるけど、ここの魔力は濃度も量も凄いでしょ?


 ここなら、いっちゃんの世界に繋げる分も、足りるかなって!」


 ……姉さんの目算通り――


 既に生じた光柱から感じる魔力は膨大だが、未だにその根本にある球体魔法陣の魔力に陰りは無い。

 もしこれを発動させたのが、ウバダラン以外(異なる場所)だったのなら、もう世界魔力は尽きていただろう。


 ……加えて。


 王宮魔術師総任(シャイテル様)の元に送った男の能力(フェイ)を抜きにしても、ウバダランの異常な魔力濃度は、世界の毒になり得る。

 今後、どうなるか見当もつかず。

 ともすれば男がいなくとも、強大な魔物が出現しかねない魔力量だったのだ。


 故に、その(・・)世界魔力を減少させる選択肢を、採ることにしたのだろう。  


 姉は阿部さんとよく似た漆黒の瞳で、どこまでも駆けていく光の先を見つめる。


「もう少し。

 もう少しで、私の魔術はいっちゃんの世界に着くよ。

 そうなったら……元の世界に帰れるよ」


 ……空を貫く光柱を前に。


 姉は感慨深い様子で、そう告げたのであった。




「2人共……ありがとうございました」


 阿部さんが光柱から俺たちに視線を移し、頭を下げる。


「いえいえ、どういたしましてだよ!

 いっちゃんのおかげで、研究も捗ったし!」


「どういたしまして。

 阿部さんの魔力観察は、いい勉強になりました。


 ……むしろ、ありがとうございます」


「えっ? ……ど、どういたしまして?」


 ……姉さんの礼は、言葉通りのものだろうが――


 俺はそれだけではない。


 ……阿部さんがこの世界に来てくれたおかげで。


「丸井征生」としての人生を、顧みることが出来た。

 俺の死が無駄ではなかったと――意味があったのだと知ることが出来た。


 それに――


 ……今の生が、どれ程恵まれているのか。

 

 気が付くことが出来た。

 だから――礼を言うべきは、こちらの方だ。


「あっ! そういえば!」


 姉はそう言って、ゴソゴソと自身の懐をまさぐる。


「危ない危ない。

 これ、渡してって言われたんだった!」


 ローブの中から出てきたのは、魔道具だ。

 美しく成された魔法円の刻印に、特殊な形状の魔石。


 魔石に籠められた魔力の色は――偉大なる黄金と白銀である。


「トラ先生から! 『向こうで使えるか試せ』って!

 ふう……渡せなかったら、叱られてたよ!」


「トラちゃんから⁉ わ、わかりました」


 差し出された魔道具を、阿部さんは大事そうに両手で受け取り、制服の胸ポケットに入れる。


 ……トラーシュ先生お手製の魔道具だと?


 気になる。

 あの歴戦の魔術師が、どんな魔道具を作るのか。

 どんな魔術を、あの魔道具に刻んだのか。

 

 ……そもそも――


 阿部さんの故郷(向こう)で、魔道具が――魔術が使えるのか。

 

 そんな俺の思考をよそに、姉の話は続く。


「一応、到着予定座標は、いっちゃんの魔力の残滓が最も濃い所に指定してるから!

 ただ……もし全然違う時代に跳んじゃっ(・・・・・・・・・・)()場合、直ぐにそのトラ先生の魔道具を起動させてね!」


「……いきなり古代に飛ばされたりしないだろうな?」


「えっ……何か不安なんですけど⁉」


 恐れ戦く俺たちに、姉はあっけらかんと笑う。


「冗談だよ、冗談! ちゃんと元の時代に帰れるって!」


「そんな洒落にならない冗談を言うな」


「そうですよ! クーグルンさん!」


 和気藹々と騒ぐ。

 わざとらしく騒ぎ立てる。


 ……分かっているのだ。


 これが彼女――阿部さんと話す、最後の機会となることは。

 だから、せめてこの時が「楽しかった」と思えるように。

 慈しみながら、俺たちは話し続けるのだ。



 ふと――


 光柱の気配が変わる。

 伸び続けた光は、どこか(・・・)に辿り着き、その場の魔力が微かに光と混じり始める。


 ……良かった。


 光に含まれた魔力の気配は、阿部さんとそっくりだ。

 きっと彼女の故郷に、辿り着いたことだろう。


「うん、大丈夫そうだね……。

 それじゃあ、いっちゃん……準備は良い?」


 魔力光に輝く漆黒の瞳が、阿部さんに向けられる

 楽しく、そして他愛のない話は終わり、遂にその時がやって来たのだ。


「はい! 大丈夫です!」


 少女の表情は固い。

 拳は握られ、眉間にしわが寄っている。


 どうやら緊張しているらしい。


「いっちゃん、大丈夫だよ」


 姉は穏やかに微笑むと、少女の拳をその両手で優しく取る。


「いっちゃん……元気でね!

 向こうに帰っても、頑張ってね! 私たちの事、忘れないでね!」


 祈る様な――或いは願う様な姉の言葉に、少女の漆黒が揺れる。


「……はい。クーグルンさんこそ、お元気で。

 私の事、忘れないで下さいね!

 ご飯、ちゃんと食べて下さいね!


 これからも魔術生活、楽しんで下さい!」


 精一杯絞り出された声に、


「……うん、そのつもりだよ!」


 姉は心から嬉しそうに微笑む。

 

 ……いつの間にか――


 阿部さんの拳は開かれ、彼女の手もまた、姉の手を愛おしむ様に握っていた。

 


 話が一段落すると、姉はゆっくり手を放し、阿部さんを俺の方に視線で誘導する。

 少女もそれを受けると、しっかりとした足取りで、俺の前へとやって来た。


「……ルング君、本当にありがとう。

 凄く迷惑もかけちゃったけど、ルング君との旅、すごく楽しかったよ!」


 「こちらもです」と答えようとしたところで――


 ……ほんの少しだけ(・・・・・・・)、茶目っ気が湧いてくる。


『俺も凄く楽しかったです。

 阿部さんが立派になってて、元気にしている姿が見られて、嬉しかったです。

 本当に、ありがとうございました』


「……もう、大袈裟だよ?

 私たち、3ヶ月しか一緒にいないのに!」


 少女は鼻声ながら、溌溂と答える。


『大袈裟なんかじゃないですよ。

 阿部さんには、感謝の気持ちしかありません』


 ……この気持ちは、誰にも分かるまい。


 彼女が「丸井征生(前世の俺)」を手本に、懸命に生きたいと述べた時――


 俺がどれ程嬉しかったか。

 心が温かくなったか。

 幸せを感じたか。


 それはきっと、転生して意識が残っている俺にしか、分からないに違いない。


 スッと手を差し出すと、少女は即座に握る。


 この世界に来た当初、彼女の手は柔らかく、華奢だった。

 心配になるくらい、細かった。

 

 しかし少女の掌には今、剣術や様々な訓練で出来たタコがある。

 握りしめる力は強く、快活な生の意志に満ちている。


 ……俺の大好きな――


 必死に生きる者の手だ。

 

『握りつぶさないで下さいよ?』


「そんなことしないよ!」


 少女は嬉しそうに微笑む。


「……感謝の気持ちしかないのは、こっちの方だよ。

 ルング君も……皆にもそうだけど、恩返しできずに、戻ることになっちゃってごめんね」


 少女の言葉に、首を左右に振る。


 ……恩返しなんて十分だ。


 目標を持って、生きてくれるだけで、十分な恩返しなのだ。


 ……あの夜、突き飛ばした少女が――


 そう考えて、思わず言葉がまろび出る。


『少し、無神経かもしれませんが――』と、少女に宣言して続ける。


『もし……俺が、丸井征生さんなら。

 阿部さん――君が生きていること自体が、恩返しだと思うよ。

 生きていてくれるだけで、嬉しいよ。

 幸せだよ』


 少女は大きく目を見開き、「……うん」と声を震わせる。


『たとえ君に辛いことがあっても。

 苦しいことがあっても。

 それでも君が生きていてくれるなら、あの時背中を押して良かったって思うよ』


「……そうかな」


 少女の頬を、温かい涙が伝う。


 ……俺の気持ちが――

 

 少しでもこの気高い少女に伝わればいいなと。

 そんな柄でもない事を考えて、言葉を尽くす。


『うん。きっと……絶対、そうだよ。

 この俺が言うのだから、間違いないですよ』


 俺の言葉に、少女は軽く吹き出す。


「……そっか。

 そうだね……そうだと良いな」


 少女は1度だけ鼻を啜ると、手を放す。

 その足で球体魔法陣の前まで歩を進め、姉弟(俺たち)へと向き直る。


「この世界に、来られて良かった!

 とっても楽しくて、温かくて、優しくて、頑張れた!


 私、絶対に皆さんのお世話になったこと、忘れません!」


 その言葉は力強く、蒼天に響く。


「それじゃあ、ありがとうございました! 行ってきます!」


 そう言って、少女は満面の笑顔で球体魔法陣に触れる。


 ……ほんの少しだけ(・・・・・・・)、少女のことが心配になる。


 こんなに鈍感で、大丈夫なのかと。

 笑っちゃうくらいひた向きなのは、悪いことではないと思うが。

 詐欺師に騙されない様に祈りたい。


 ……結局阿部さんは、このタイミングまで気が付かなかった。


「いってらっしゃい!」


『もしするなら、高校受験頑張って』


 姉と言葉を紡いだところで――


「えっ?」


 ようやく少女は、気が付いた(・・・・・)ようだ。


「る、ルング君⁉ ()日本語で喋った(・・・・・・・)

 えっ⁉ ていうかよく考えたら……さっきも日本語だったよね⁉

 話せたの⁉ どうして⁉


 ちょっと! クーグルンさん!

 この移動スト――」


 少女は先程までのしんみりとした空気感が嘘の様に慌てた様子で――元の世界へと帰って行った。




「……最後のいっちゃんの顔、面白かったねえ。

 いつから考えてたの?」


「さっき思い付いた。

 おかげで良いものが手に入ったぞ」


 姉に魔道具を見せる。

 そこには、可愛らしく慌てる阿部さんの姿が、しっかりと保存されていた。


 ……これは売れる。


 トラーシュ先生あたりなら、この画像を買うために大枚をはたいてくれるだろう。


「……ところで姉さん」


「うん? 何かな?」


「この魔術は、いつになったら解除されるんだ?」


 光柱は未だ存在感を放ちながら、高くそびえ立っている。


 ……まあ、この時間を解析に当てられるから、俺としては好都合なのだが。


 費やされた魔力量が膨大すぎて、継続時間が読み取れない。


「……そうだねえ。

 終わらせようと思えば、できるけど……」


 ……それならどうして、解除しないのだろうか?


 そんな疑問が頭に過ぎったが、それ以上に気になることがあった。


 姉の声に、元気がないのである。


 ……阿部さんとの別れが応えたのだろうか?


「……大丈夫か?」


「うん……大丈夫だよ」


 姉はそう言って、自身の黒ローブの胸元を強く握る。


「……まさか、どこか痛いのか? それなら直ぐ治癒魔術を――」


 慌てる俺を、彼女は空いている片方の手で制す。


「ううん。体調に問題があるわけ(・・・・・・・・・・)じゃないの(・・・・・)


 そう言うと、姉は大きく息を吸い――吐く。

 阿部さんを送り終えたにも関わらず、少女の表情には、未だ緊張感が溢れていた。


「それで、ルンちゃん。

 ルンちゃんは(・・・・・・)……どうする(・・・・)? 

 いっちゃんの世界に――ルンちゃんの故郷に(・・・・・・・・・)……帰る(・・)?」


 姉は震える声で、俺にそう告げたのであった。

 ――阿部さんは元の世界に、無事帰ることが出来たようです。

 格好はつきませんでしたが、それが彼ららしい別れの様な気もします。

 この回も、色々な意味でずっと書きたかった回でした!

 次回も同じく、書きたかった回となりますので、楽しみにしていただけると嬉しいです。


 ※体調不良が続いている為、明日2月2日(日)の投稿は出来そうにありません。

 楽しみにして頂いている方は、申し訳ありません。

 次回は2月4日(火)の更新予定となっていますので、よろしくお願いします。


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう。 

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