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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 どうして異世界に来ることになったのか。
202/245

38 球体魔法陣。

 火木土日の週4日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

 リッチェンが足早に去り、俺もまたその後に続こうと足を踏み出したところで――


 ふっ


 姉の魔法円が消える。


「……どうした? 姉さん」


 ……魔法円の制御を誤ったか?


 そんな失礼な疑念が一瞬だけ頭に過ぎり、その荒唐無稽さに軽く吹き出す。


 ……あり得ない。


 普通の魔術師ならまだしも、相手は姉だ。

 俺の上級魔術環境下で『転移魔術』を並列起動し、これから女神の御業すら再現しようという怪物である。

 そんな天才という表現すら足りない少女が、魔法円の制御を違えるなどあり得ない。


「あっはっは! ルンちゃんは居て良いんだよ!」


 ……姉さんは――


 予定通りと言わんばかりに、笑い声をあげる。 


「……王宮魔術師総任(シャイテル様)から、許可は貰えたのか?」


「えっ⁉ ま、まあ? ルンちゃんなら大丈夫大丈夫!」


「……おい、それ、本当に大丈夫か?

 王宮魔術師でもないのに、後でシャイテル様から説教をされるなんてごめんだぞ?」


「大丈夫だって!

 ルンちゃんは大船に乗ったつもりで、居れば良いんだよ!」


 ……本当だろうか?


 魔術に関しては兎も角。

 姉はどこかの師匠とよく似て、魔術以外は割と大雑把だ。

 信用ならない。


 しかし――


 ……まあ、いいか。


 開き直る。

 多少叱られることになろうとも、姉の新魔術を観察できることを考えれば、安いものだ。


 叱られる危険性と、魔術への好奇心。

 優先されるのは当然後者である。


「それじゃあ、いっちゃん!」


 そう言って姉は、俺から阿部さんに向き直る。

 友人たちとの別れの名残か、少女の漆黒の瞳は未だ湿り気を残しており、鼻の頭は少し赤い。


「準備は良い?」


「……はいっ! 大丈夫です!」


 しかしそんな外見とは裏腹に、少女の返事は力強い。

 姉はそれを聞いて、満足そうに頷く。


「……大きくなったね、いっちゃん!

 いっちゃんの師匠としては、鼻が高いよ!」


「いや、クーグルンさん、いつの間にそんな立場になったんですか!」


「あれ? 違ったっけ?」と姉は茶目っ気たっぷりに告げると、打って変わって穏やかに微笑む。


「……でも、成長したとは思うよ。 

 だからそんな努力家のいっちゃんの為にも、この魔術が開発できて良かったよ」


 ……その顔には――


 少女の成長に対する静かで温かな喜びが、確かにあった。



 そんなやり取りの中、姉の胸に灯る輝き(魔力)は、みるみる強さを増し、遂に世界へと放たれる。


 膨大な光の噴出。

 美しい命の輝きが、世界を照らす。


「クーグルンさん……綺麗です」


「そう? 私、綺麗?」


 阿部さんは、煌びやかに輝く少女をうっとりと見つめている。


 ……確かに姉さんのその姿は、綺麗だった。


 魔術空間(くらやみ)の中で、神々しく輝くその姿はさながら天使の様である。


 ……しかし、少女の成していること(・・・・・・・)は――


 そんな可愛らしいものではない。


 姉の魔力は凄まじい速度で、俺の魔術空間を真っ白に染め上げる。

 莫大な魔力の出現に、俺の魔術空間(せかい)が悲鳴を上げる。


 ……何て出力だ。


 姉の魔力は勢いをそのままに魔術空間を飛び出し、王都中に散布されていく。


 ……いや、違う。


 この散布速度は――王都中どころではない。


「姉さん……まさか。

 ウバダラン王国中に(・・・・・・・・・)拡散させる(・・・・・)つもりなのか?」


「うん! その為に、いっぱいヴァイを食べてきたからね!」


 こんな魔力をどう捻出したのかと思っていたら、彼女は先んじて美味しい(・・・・)魔力ヴァイで、補給してきたらしい。


 ……小賢しい姉さんである。


「……卑怯な」


 こちらは激苦丸薬で、魔力を補充していたというのに。


 ……俺がどれだけ苦しい思いをしながら、咀嚼してきたと思っているんだ。


「卑怯じゃないもーん! 戦略だもーん!

 これに懲りたら、効率ばっかり追求するのを、反省すると良いよ!」


「姉さんこそ、魔力の無駄な浪費をもう少し抑えたらどうだ?」


「ああっ! 言ったね!」


 姉は頬を膨らませると、魔力の放射――拡散を続けながら、阿部さんに視線を向ける。


「いっちゃん、どっちが正しいと思う⁉ 

 私だよね? 私だよね?」


「阿部さん、この世間知らずに常識というのを教えてやって欲しい。

 弟が常に正しいのだと」


「ええっ⁉ 飛び火⁉」


 膨大な魔力()の激流が嘘の様に、俺たちの呑気な声は、王城跡に響き渡ったのであった。




「……そろそろだね」


 姉さんが力を解放して、数分程。

 煌々と輝いていた光の奔流が、ピタリと止まる。

 しかし、魔力の放出は終わったにも関わらず、姉の表情は真剣そのものだ。


 先程までの軽口が嘘の様に、慎重な様子で意識を張り巡らせている。


「クーグ――」


 しっ――


 姉に声をかけようとした阿部さんを、仕草で止める。


「……ルング君、クーグルンさんは今、何しているの?

 魔力は止まっていますよね?」


 少女は声量を落として、こちらに尋ねる。


「……量さえ確保できていれば、魔力の放出自体は難しくないですから。

 それが終わってもあの調子ってことは、本番はここから(・・・・・・・)なんでしょう」


 ……周囲の――王都の――(ウバダラン)の世界魔力の脈動を感じる。


 先刻までの魔力の解放は凄まじかった。

 しかし、今蠢いている世界魔力と比較してしまえば、ほんのお遊びに過ぎない。


 拡散させた姉の魔力は、すっかり世界魔力に溶け込んでいる。


 ……終着点(ゴール)は、阿部さんを元の世界に帰す魔術。


 それを踏まえて、ウバダラン全域に自身の魔力を拡散させたことを考えれば、姉の次の選択は――


「……よし」


 姉の呟きによって、思考が遮られる。

 視線を向けると、呟いた少女の額には玉のような汗が浮かんでいた。


「さっきルンちゃんに、コツ(・・)を聞いておいて良かったよ。

 必要なのは、真摯な気持ち(・・・・・・)だったよね」


 そう言うと姉は、自身の胸の前に両手を差し出す。


 何かを支える様な。

 零れないように、下から慎重に掬い上げる様な。

 そんな体勢だ。


 両の掌に力みはなく、軽く開いた状態で天に向けられている。


「ごめんね。あなたたちの力(・・・・・・・)使わせてもらうね(・・・・・・・・)


 その声には、慈愛と優しさが溢れている。


 ……真摯に望むこと。


 それは先刻、俺がしたアドバイスだ。

 ウバダランの魔力(・・・・・・・・)に――無念の想いが込められた魔力に、力を貸してもらう際の心構えである。  


 ……それを今、確認するということはつまり――


 ゴウッ


 姉の言葉に呼応する様に、ウバダランの世界魔力が動き始める。


「なっ、何ですか⁉」


 阿部さんの上げた驚きの声にも、姉はその集中を乱さない。

 意識はただひたすら、その左右の掌――その上に広がる空間に注がれている。


 そこに――


 ドッ!


 ウバダランの世界魔力たちが、怒涛の勢いで流れ込む。


 幻聴すら伴う、魔力のうねり。

 姉の手元に流れ込むその量は、彼女が先刻放出した魔力より遥かに多い。


 ……平凡な魔術師ならば――


 その魔力の暴威に屈するしかないだろう。

 しかし姉は、一線を画す天才だ。


 その魔力の濁流を、少女は見事に乗りこなす。


「……まだ及ばないか」


 ……称賛と爽やかな悔しさの混じった言葉が、思わず零れ出る。


 濃度、出力、制御。

 どの能力も、魔術師の常識から逸脱している。


 ……だが、注目すべき少女の所業は、そんな(・・・)事ではない。


 姉の下にやって来た魔力たちは、文字を――術式を――文様を成す。

 魔術空間を、術式が埋め尽くし、文様を成したかと思うと、姉の手元へと集っていく。


 術式の風、文様の嵐。

 自身と離れた位置で、魔力の術式変換を行う高等技術である。

 

 しかし、そんな文字の嵐の中心にいる姉には――魔法円を作る気配が感(・・・・・・・・・・)じられない(・・・・・)


 ……何をする気だ?


 姉から目を離す暇がない。

 彼女の神技(しんぎ)は、俺の目を惹きつけ続けている。


「さあ――ここに新たな魔術を成すよ」


 姉の両手の上に、魔力で作られた光球がぽうっと浮かび上がる。

 次の瞬間――


 ヒュッ!


 宙を走る文様が、幾筋もの束になって、その光球に殺到する。


 何十何百何千何万と――


 術式は重ねられ、その規模を拡大していく。

 その文様を読み解く暇などない。


 雪中を転がる雪玉の様に、次々と文様が固められていく。


 ……なるほど。

 

 その構成術式は読み取れない。

 しかし姉の目的が、少しずつ見えてきていた。


 普段なら円で模られた枠(・・・・・・・)の中に、術式文様が刻まれ、魔術と為す。

 それが魔法円展開魔術――一般的な(・・・・)詠唱魔術だ。


 しかし姉の起こしたこの嵐には、その円枠が無い(・・・・・・・)

 境界が無い。


 代わりに術式のみで模られているその形は、球体(・・)だ。


 円から球に。

 平面から立体に。

 二次元から三次元に。


 ……魔法円に対して、魔法球(・・・)とでも称するべきだろうか。


 現代の主流である詠唱魔術――魔法()展開魔術の常識を覆す、新たな魔術の到達点。

 円枠を無視し、内部術式そのもので球(・・・・・・・・・・)体を形成する(・・・・・・)ことによって、発動させる魔術。

 魔法円(二次元)空間に限定されることのない、自由の極致。


「魔法球――球体魔法陣とかか?」


 しっくりくる呼称を探していると、集中していた姉の顔が、ほんの少しだけほころぶ。

 どうやら彼女もまた、同様の名称を考えていたらしい。


 ……こんな代物を、完成させていたのか。


 今回の件で生み出したのか。

 元々持っていた考え(アイディア)だったのか。


 判別は付かないが、どちらであろうと姉が別格の魔術師であることに変わりない。


 姉の自由奔放な想像力。

 それを世界に顕現させるに足るのが、この三次元(立体)魔法陣なのだろう。


 ……それに。


 阿部さんを送り出すのに、これ程相応しい魔術(モノ)もないかもしれない。


 ……この魔法球は――球体魔法陣は、世界を変える(・・・・・・)魔術だ。


 魔術師たちを新たな魔術(せかい)へと誘い。

 魔法円の次元(せかい)を越える。


 世界を渡る(・・・・・)阿部さんを送り出す魔術としては、これ以上ないだろう。


 奔放で美しい術式に見惚れていると、球体魔法陣に更なる文様が重ねられる。

 世界魔力の密度が増し、魔法球が急速に膨れ上がっていく。


「これが私の長年の研究成果(到達点)!」


 バキッ!


 未だ魔術が顕現しているわけではない。

 それにも関わらず、俺の魔術空間にはヒビが入り、青空が暗闇の隙間から顔を出す。


 ……女神の力に匹敵する魔術は――


 未発動状態でも、上級魔術の構築空間を揺るがす出力を秘めている様だ。

 世界魔力の術式変換が終わり、魔術空間内に太陽が(・・・)1()()顕現する。


「『世界を越える(シュラヴェルト)』!」


 姉が最後の言葉を紡いだ瞬間――閃光が闇を切り裂いた。

 ――姉が発動するのは、新たな術式を下地とした次元を越える魔術であり、彼女の名を冠する魔術なのでした。

 光に呑まれた3人の運命や如何に!

 そして、阿部さんは無事帰ることが出来るのか!

 次回以降もお楽しみに!

 

 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう。 

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