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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 どうして異世界に来ることになったのか。
201/245

37 姉の裏事情。

 火木土日の週4日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

「私、戻れるんですか?

 元の世界に……日本に、帰れるんですか?」


 異世界出身の少女――阿部さんの声が震える。


 ……彼女がこの世界にやって来て、約3ヶ月程。


 勇敢だったり、不安そうにしたり、色々な阿部さんを見てきたつもりだったが、こんなにも呆然としている彼女を見たのは、初めてかもしれない。


 しかし姉はそんな彼女の様子にもお構いなしに、話を進める。


「うん! 帰れるよ!

いっちゃん帰還魔術(・・・・・・・・・)()もう開発できたから(・・・・・・・・・)()!」


 ……そういうことか。


 ウバダラン(この国)行きが決まって以降――


 姉とほとんど会えなかったのは、彼女がその魔術を開発していたからだったのだ。


 ……勿論――


 俺はザンフ先輩と共に、旅に備えて魔道具の開発・調整をしていたし。

 阿部さんは同行条件を満たす為に、学校や聖教国で鍛えていた。


 それ故に、顔を合わせる機会が少なかったのもある。


 だが、姉と会えなかった最大の理由は、彼女が研究室に籠り続けていたからだ。


 昼夜問わず研究三昧。

 偶に遭遇したかと思うと、ご飯をおねだりされ、食べ終わればすぐに研究室に戻ってしまう。


 我が姉は、そんな上げ膳据え膳生活を送りつつ、魔術研究に打ち込んでいたのである。


 ……そんな彼女の研究内容は、俺にも黙されていたが――


 どうやら研究の主目的は、阿部さんを彼女の世界に帰す魔術――『帰還用魔術』の開発だったらしい。

 

「ほらっ!

 いっちゃんに渡した、ルンちゃん作の魔力制御用魔道具(・・・・・・・・)があるじゃない?


 あれでいっちゃんの魔力をこ(・・・・・・・・・・)っちに送ってた(・・・・・・・)のって、実はいっちゃんの――異世界転移者の魔力を(・・・・・・・・・・)解析するため(・・・・・・)だったんだよね!

 

 おかげで、『いっちゃん帰還魔術』が誕生したんだよ!」


 ……阿部さんは常に膨大な魔力を、展開している。


 1ヶ月の修練によって、ある程度の制御は利く様になっていたが、更にその魔力量を微調整していたのが、魔力制御用魔道具である。


 そこに刻印された魔術は『転移』。

 魔道具を通じて、阿部さんの魔力を『転移』することで、物理的に彼女の魔力を(・・・・・・・・・・)減少させて(・・・・・)、少女の魔力量を制御する魔道具だったのだが。


 ……『転移』を魔道具に刻ませた真意は「魔力調節」ではなく――


阿部さんの魔力(・・・・・・・)()姉の下に運ぶ(・・・・・・)ことにあったらしい。


 ……阿部さんの魔力。

 

 すなわちそれは、異世界転移者の魔力だ。

 その魔力を解析し、研究を進めた結果、どうやら姉は阿部さんの故郷――「俺の以前いた世界」に到る魔術の開発に成功した様だ。


 しかし――


 ……怪しい(・・・)


 ニコニコと胸を張り、笑顔を浮かべている姉を訝しむ。


 ……無論。


 姉が『帰還魔術』を開発したというのは、疑っていない。


 常人ならともかく、姉は天才だ。

 彼女なら時間さえあれば(・・・・・・・)『帰還魔術』を――『異世界に移動できる魔術』を開発したとしても、不思議はない。


 ……腑に落ちないのは――


 開発期間が(・・・・・)短すぎることだ(・・・・・・・)


 3ヶ月。

 それが研究と開発に費やせた時間のはずだ。


 だが共同開発した『雷化魔術』も『転移魔術』も、開発期間は少なくともその倍以上かかっている。


 ……まあ。


 この姉の場合、共同研究より個人研究の方が捗るという可能性も0ではない。


 しかし、そう(・・)だと仮定しても――


 ……早すぎる。


 まるで、以前から異世界転移者が来るのを予見していたかのような。

 そんな周到さすら感じさせる、開発速度である。


 怪しむ俺の隣で、阿部さんは驚愕のあまり絶句している。

 いや、それは彼女だけではない。

 周囲の友人たち――いつもは騒がしい友人たちも、今度ばかりは珍しく黙りこくっている。


 ……彼らの沈黙する気持ちも、非常によく分かる。


 姉は軽く言い放ったが、彼女は自身のしでかした(・・・・・)ことへの理解がまるで足りていない。


 異世界転移。

 それは女神の特権であり、権能のはずだ。


 ……まあ、女神の実在に関しては、未だ議論の余地があるのだが。


 何かしらの超自然的現象によって、異世界転移者――この世界の外の人――たちが、こちらに召喚されているのは間違いない。


 阿部さんもその前身である勇者も、初代聖女も。

 皆、何某かの――おそらく女神と目される存在の――力によって、異なる世界間を渡って来た存在なのである。


 ……そんな女神によって召喚され(・・・・・・・・・・)()阿部さん(そんざい)を――


「元の世界に帰すことができる」と。

 姉は今、そう(・・)言った。


 ……力に対抗するには、同程度の力が必要になる。


 聖教国で師匠の上級魔術『世界は燃える(ブレムヴェルト)』に抗う為に、トラーシュ先生の『世界は寡黙だ(ヴェルシュ)』を用いた様に。

 

 強大な力に対応するには、当然強大な力が必要となる。


 ……それを念頭に置くと――


阿部さんを帰す(あねの)」魔術には「阿部さんを呼ぶ(めがみの)」能力と同等の力が――少なくともそれに近しい力が、込められていることになる。


 ……それはすなわち姉さんが――


 女神に匹敵する――或いはその一端に届く力を持っていると、言えるのではなかろうか。


「……お姉ちゃん、やっぱりクーグルンさんって、聖女認定した方がいいんじゃ?

 やってること、ほぼ女神様よね……?」


「同意しますが、女神様への信仰は力に対してのものだけではないので、そこは忘れないように。


 ……残念ながら聖女認定は、私の一存ではできません。

 教皇様(お父さん)に、確認を取らねば。


 ……今、ここを抜けて確認を取って来てもバレませんかね?」


「いや、バレますよ。絶対やめてください。

 ルングも俺たちを見てますし」


 沈黙の中、敬虔な女神の信徒たち(聖女たちと聖騎士)が、コソコソと画策し始める。

 やり取りの気軽さの割に、彼らの表情は大真面目だ。


 ……まあ聖女認定は、冗談半分にしても。


 彼らがそう考えてしまう程の所業――人智を越えた、神懸かり的な所業であることに、変わりはない。


 しかし――


「ふふふ……大変だったんだよ!

 研究を始めて幾星霜!


 魔術の完成もそうだけど、王宮魔術師総任(シャイ先生)から使用許可を貰うのも苦労したんだよ!

 今回の件の犯人(あの男の人)の身柄確保が、条件だったんだから!」


 当の少女は、自身の偉業をまるで理解していないかの様に、子どもっぽく胸を張っている。


「……だからあの男を、シャイテル様の元に送るのに(こだわ)っていたのか?」


 俺の言葉に「その通り!」と、姉はピースサインをこちらに向ける。

 

 ……胸中に広がるのは、薄い敗北感だ。


 裁判にかけ、普通の人間として今回の件の責任を問う。

 ウバダラン復興の情報源にする。

 王宮魔術師総任との交渉材料とする。


「男の生存」という1手で、姉は3つの目的を果たしていたらしい。


 ……姉さんは、どこまで読み切っていたのだろうか。


 感心する様な、呆れる様な。

 ここまでくると、全てが姉の掌の上の様な気がしてきた。

 前世も含めれば、俺の方がずっと年上の筈なのに、全く敵う気がしない。



 そんな底知れない姉によって「帰ることが出来る」と告げられた阿部さんは、何も言わない。

 ただ、この場にいる人たちの顔を静かに見回す。


 ……その横顔が表す心境は複雑だ。


 日本への郷愁。

 故郷に帰れる嬉しさ。

 

 しかしその裏に必然的に付随する、この世界との――友人たちとの別れの寂しさ。


 ……我ながら冷たいと思うが――


 正直な話、俺としてはどちらでも良かった(・・・・・・・・・)

 少女がここに残ろうが、帰ろうが。

 どの選択をしようが、構わないと思っていた。


 彼女が納得できるのなら。

 幸せであるのなら。

 どちらでも問題ないと考えていた。


 ……どの選択をしようとも、別離の寂しさは必ず彼女についてくるのだから。


 友人たちも、決して口は出さない。

 ただ彼女に視線を向けられると、一様に柔らかい笑顔で返している。


 皆、察しているのだ。


 この選択が、阿部さんの人生の転機になると。

 そしてそんな重要な選択を、自分たちの感情だけで歪めてはならないと。


 少女は笑顔を浮かべる友人たちと視線を交わし、最後にその漆黒の瞳で俺を捉える。


 ……真っ直ぐな瞳だ。


 この世界に来た頃の、怯えきっていた彼女の面影はもうない。

 命懸けで鍛錬して、旅をして。

 少女はもう、以前の少女ではないのだ。


 阿部さんに軽く笑みを向けると、彼女は嬉しそうに、満足そうに1度頷く。

 そして――


「私……決めました。

 故郷に――日本に、帰ろうと思います」


 強い意志の籠った、それでいて穏やかな言葉で、少女は姉にそう告げたのであった。 




 ……どうやら姉の開発した魔術は――


 人に見せるのを、禁止されたらしい。


 ……まあ、よくよく考えれば納得だ。


 ポンポン周囲の魔術師たちが使用するから忘れがちだが、上級魔術すら本来なら人目に晒されること自体少ない、魔術の奥義なのだ。


 女神の力を再現する新魔術への対応としては、当然といえば当然なのかもしれない。



「……それでは、仕方ありませんね。

 ここでお別れするのは、残念ですが。


 イスズ様――貴女の未来に、女神様のご加護があらんことを。

 クーグさん、ルング。イスズ様をよろしくお願いします」


「ありがとうございます……マイーナ様」


「私の事、忘れないでね! イスズ様!

 ずっと友だちだからね! 元気でね!」


「はい、絶対に忘れません! ハイリン様!」


「俺の事は忘れても構いませんが、ハイリンとマイーナ様の――」


「お姉ちゃん」


「……ハイリンとお姉ちゃんの事は、忘れないでやって下さい」


「勿論、ゾーガ様の事も覚えておきますね!」


 聖教国の3人組はやはり忙しい中、助っ人に来てくれていたらしい。

 阿部さんとの別れを惜しみながら、彼女たちは姉の魔法円を通って帰っていった。



「イスズ様、お元気で!

 ルング! この働き分は、ちゃんと私に払いなよ?」


「色々とありがとうございました、アンス様!」


「いえいえ! どういたしまして!」


 アンスもまた同様に多忙だった様だ。

 さっぱりとした調子で冗談(・・)を言いつつ、少年は足早にさっと魔法円を潜り、アオスビルドゥング公爵領へと戻った。



「イスズ様、貴女と居られて本当に良かった。

 ……とても――とっても楽しかったですの!


 たとえ離れ離れになっても、私の剣は貴女と共にありますの!」


「はい。リッチェンさんも、元気でね!」


 少女騎士と阿部さんは、ぎゅっと抱きしめ合う。

 しばし2人は互いの温かさを確かめると、名残惜しそうに離れた。


「ところで……クー姉?」


 そろそろ帰ろうかというところで、リッチェンは足を止める。


「どうしたの? リっちゃん?」


 キョトンと首を傾げる姉を、リッチェンはじっと見つめた。


 ……何だ?


 幼馴染同士の沈黙の睨み合いが、何故か始まっていた。


 微笑む姉に対して、リッチェンの目は真剣そのものだ。

 空気は張り詰め、一触即発の緊張感が場に満ちる。


「えっと……」


 友人たちとの別れに涙ぐんでいた阿部さんは、突如発生した視線の交錯に、ハラハラした様子で2人を見守っている。


 ……どういうつもりだ?


 何故この2人は、こんなタイミングで睨み合っている?


 リッチェンの研ぎ澄まされた視線(きっさき)を、姉は穏やかな瞳で受け止めている。


「……いえ、何でもないですの」


 リッチェンは根負けした様にそう言って、姉への視線を切ると――


「ルング! 寄り道したとしても、必ず戻ってくるんですのよ?」


 俺に軽口を叩く。


「俺は子どもか」


「貴方、まだまだ子どもでしょうに」


「俺が子どもなら、君もまた子どもだろう。母さんか、君は」


 ……いつも通りの軽口だ。


 しかし先程のリッチェンの真剣な瞳が、どうにも頭にちらつく。


 ……何か(・・)を覚悟しているかのような。


 強い意志を宿したような瞳が、瞼に焼き付いて離れない。


「あのですね……この位で母親を名乗ったら、ゾーレ様に叱られますのよ?

 大体、貴方もクー姉も、いつもいつも――」


「ええっ⁉ 私も⁉」


 リッチェンの矛先が姉にも向き、姉は慌てた様子で否定する。

 

 ……それは確かに俺たちの日常だ。


 普段通りの、ありふれたやり取りだ。


 しかし、いつも通りではあるのに。

 その口調ややり取り(・・・・)が、普段の何倍も優しく温かく感じられたのは――


 ……阿部さんとの別れが、リッチェンにとって寂しいからだろうか?


 リッチェンの真意は掴めない。

 幼馴染の表情からは、何も読み取れない。

 

 ……それどころか彼女は、俺に問う暇すら与えてくれない。


 少女騎士は一連のお説教を終えると――


「それでは、お先に失礼しますの」


 何かを振り切る様に、輝く魔法円の中へと駆けていった。

 ――友人たちとの別れ。

 そして姉が見送りに来なかったのは、阿部さんを帰す為の魔術を開発していたからなのでした。


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう。 

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