暗闇に差す光。
本日投稿予定の6話中の2話目です。
次回は約2時間後に、投稿予定です。
「はっ⁉」
失われていた意識が覚醒する。
「なんだ……ここ」
……俺は今、どこにいるんだ?
分からない。
夢なのか、現実なのか。
それどころか、目を開けているのか閉じているのかすらも。
今、俺が理解しているのは、自身が闇の中にいることだけだ。
先程までいた、冬の帰り道の夜が生温く感じる程の闇。
暗黒と言っても良い場所に、自身の身は置かれている。
もがくように、手足を動かす。
「何だ……これ」
動かした手足は、すぐに柔らかい壁のようなものにぶつかった。
見えないせいで把握しきれていないが、どうやら狭い場所に閉じ込められているようだ。
……どうして俺はこんな所にいるんだ?
見えない不安と、思った様に動けないことによる閉塞感。
まるで深海に潜っているかのように、静かで暗い世界。
……落ち着け。思い出せ。
「俺は確か……車に轢かれたはず」
自身の記憶を手繰る。
……うん、それは間違いない。
骨の折れる鈍い音。
口の中に広がる、鉄さび臭い血の味。
紅く染まる視界。
自身から漏れゆく熱さ。
あの生々しい感覚を、明確に思い出せる。
痛みも、血も、汗も。
全部確かに思い出せるのに――
「どうして痛くないんだ?」
あの時確かにあった死の感覚が、全く感じられない。
身体は過不足なく動く。
ただ、暗闇で見えないだけ。
壁に阻まれているだけで。
……もしかして、これが死ぬってことなのか?
全てが初めての経験故に、全てのことが分からない。
……それとも生きている可能性もあるのか?
全てを呑み込むような闇は、あくまで夢の中で。
……実際の俺は、病院のベッドの上にいるとか?
暗黒の中で、思考だけが回り続ける。
……仮に。
万が一ここが死後の世界ってやつだと仮定して、これから俺はどうなるのだろう。
三途の川を渡ることになるのだろうか?
6文銭って、現代だといくらだ?
……そもそも、今、俺はお金を持っているのか?
せめて、電子マネーかカード払いが出来たらいいなどと、場違いなことを考える。
今後は閻魔様に会って、評価してもらってどこかに行くことになるのだろうか?
幸い、賽の河原で石積みはせずに済むはずだが。
……そもそも、天国や地獄はあるのだろうか。
何も見えない漆黒の世界。
この暗闇の中で、俺の気が狂う可能性だってある。
如何せん、ここにどれだけいることになるのかすら分からないのだ。
自我が消え去り、無になるまでここにいることになるのかもしれない。
……そうだとしたら、ここが既に地獄の可能性だってあるわけだし。
考え始めればきりがない。
だって初めての経験なのだから。
まあ、でも――
……どれでもいいか。
思わず笑みが浮かんで、笑うこと自体が久しぶりだとまた笑う。
何もない人生だった。
どうして生まれたのかもわからず、ただ何となく息苦しくて。
無為な日常の中で、無性に泣きたくなる日があって。
そんな人生の最期に、人を助けられたのかもしれないのだから。
真夜中の後姿を思い出す。
気落ちした様子の、少女の後姿。
性格どころか、顔や声すら知らないが。
少なくとも、俺よりは未来のある子どもだろう。
余計なお世話だったかもしれない。
手を出すべきではなかったかもしれない。
それでも価値のない俺が、最後にその未来を守れたかもしれないのだから、後悔なんてない。
何も持っていなかった人生だけど、最期の最期で誰かの役に少しでも立てたのであれば、それだけでも良かったと思うのだ。
「あっ?」
思わず声を上げる。
暗闇の世界に、変化が訪れる。
闇の中に、一筋の光が差していた。
仄かに輝くオレンジ色。
決して強い光ではない。
冬の日差しのような、柔らかい輝き。
でも、暗闇に慣れてしまった俺からすれば、眩し過ぎるほどの光だ。
「光に向かって進めってことなのか?」
俺の質問に、やはり答えるものは誰もいない。
光の正体もわからず、無為に時間が過ぎようとしている。
……でも、なんとなくだが。
そこに行け!
進め!
そう言われてるようで。
……まあ、いいか。
どうせ何をしていいのかもわからないのだ。
それなら、あの光が何か確認するのも悪くない。
心が決まる。
自身が、生死もわからない中で、光に向かって進もうとした刹那――
「ええっ⁉」
強い力によって身体が引っ張られる。
抗えない。
俺の身体はそのまま光へと吸い寄せられていき――
「おぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
新しい命として、世界に誕生することになったのだった。
――三途の川の駄賃は、電子マネーやクレジットカードに対応してるのでしょうか。
本作「どうして異世界に来ることになったのか。」をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!