33 俺の英雄たち。
火木土日の週4日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
爆音と咆哮。
炎嵐と暴風雨。
歓喜の桜色の魔力と暴虐の龍の魔力が入り混じる、死線の下――
俺は、全ての憂いの晴れた状態で、ようやく男と対峙する。
男は天空にて幾度も重なる轟音にピクリと身を震わせながら、へたり込んだ姿勢のまま叫んだ。
「あ、あの女は……何者なんだ⁉ どこから現れた⁉」
……答える義理のない問いだ。
だが俺は、男に恐怖させるために、敢えて答える。
「アーバイツの――うちの国の王宮魔術師だ」
……しかし、予想外なことに――
魔術の衝突に怯えていたはずの男は、俺の言葉を聞いてニヤッと嫌らしい笑みを浮かべた。
「……なるほど。
貴様らは、アーバイツの者だったのだな!
僕の野望を阻むために、王宮魔術師を寄越すとは!」
……王宮魔術師は――
王宮騎士団と対を成す、アーバイツ王国の最高戦力だ。
名称は違えども、おおよその国に類似する組織や機関が存在し、各国内でも――或いは世界でも――頂点に近い魔術師たちが所属し、鎬を削っている。
そんな「1国家の最大戦力」と称してもおかしくない王宮魔術師を、個人に差し向ける意味合いはただ1つ。
国家に不利益をもたらす者の排除である。
……まあ、正確に言えば――
王宮魔術師がここに来たのは、任務ではなく「強者――龍と戦いたい」という私情によるものなので、この男には関係ない。
だがその事情を知らない者にとっては、本来なら恐ろしい存在のはずだ。
なにせ不可避の刃を、喉元に突き付けられたも同然の状況なのだから。
……そのはずなのに。
男はまるで王宮魔術師との遭遇を喜ぶ様に、軽やかに立ち上がる。
「やはり、この僕を止めるに足るのは、特別な存在というわけだ!」
……その言の葉には。
表情には、死への恐怖など微塵もない。
あるのは――
「どうにかなる」
「なんとかなる」
等といった、滑稽で奇妙で楽天的な、喜悦の感情だ。
……気持ち悪い。
自身と男の、重なりどころのない感覚の隔たりが、心底気持ち悪い。
俺なら、王宮魔術師と――死そのものと対峙するなんて御免被る。
師匠やシャイテル様――或いはその他の王宮魔術師たちと、真剣な殺し合いを演じるなんて、想像するだけで震える。
相当な報酬でも貰えない限り、徹底してそんな状況に陥らないように立ち回るだろう。
それなのにこの男は今、望んでその処刑台に上がろうとしている。
そこには、傷付く鬼胎や死への恐怖等、微塵もなかった。
……もしも。
もしもこの男がそれらの感情を乗り越えて、この場に立っていたのなら、多少は勇敢に映ったかもしれない。
贖えない罪を背負った男とはいえ、赤子の爪先程度は見直したかもしれない。
……しかし、俺には分かっている。
この男は、恐怖を乗り越えてここに居るわけではない。
友人たちの様に、身の危険を踏まえて尚、俺との友情に応える様な心意気が、コイツにあるわけではない。
師匠の様に、自身の命を懸けても尚「戦ってみたい」という挑戦心が――信念があったわけでもない。
男の内に、彼らの様な英雄たる資質は、一切合切存在しない。
……この男はただ、無知なだけだ。
他者への慈しみも、温かな気持ちも。
傷付く痛みも、死の恐怖も。
何も知らないのだ。
コイツにあるのは、たった1つだけ。
「自分ならどうにかなる」
「自分なら絶対にうまくいく」
「自分は特別だ」
そんな自身の特権意識――虚飾に塗れた万能感だけである。
男は自身を特別視するが故に、王宮魔術師を――死の化身を、乗り越えられる壁としか見ていないのだ。
「あの女が王宮魔術師ならば、貴様もそれに類する特別な魔術師なのだろう?
そう考えれば、王城まで来られたのも、納得というものだ!」
そう語る顔にはやはり、隠しきれない優越感が溢れている。
「特別な僕の前に立ちはだかるのは、特別な人間に違いない」という、美しさも信念も感じない、醜い我欲のみが、おぞましく輝いている。
偶々能力を持って生まれ、それを唯一の特別だと思い込み、私腹を肥やした男。
勘違いも極まった男の笑みが、そこにはあった。
……この男と比較すれば――
俺がこの世界で出会ってきた人たちの方が、よっぽど特別の様に思える。
生きるのに必死で。
自分の為に全力で。
それでも時に、他者の為に動く。
時には争うし、喧嘩もするが、それでも互いを受け入れようと努力する。
そんな人たちこそが、英雄なのだと思える。
……この世界に転生して。
そんな人たちと出会えたことこそが、俺にとっての福音で幸福だったのだ。
「さあ――来い、魔術師!
僕は貴様を倒し、あの女を倒し、必ずや自身の野望を叶えてみせる!」
無知で傲慢な男が、1人孤独にさえずる。
能力を使用したのだろう。
周囲の世界魔力が密度を増し、その姿を次々と魔物に変え始める。
……この男は、そんな俺の敵だ。
俺の幸せを脅かす、害獣だ。
魔物たちは標的を逃さず圧し潰す為に、包囲をゆっくり狭めていく。
自身の勝利を疑わず、野望を疑わず、在り方を疑わない。
自身の為なら、全てを犠牲にしても良い。
そんな愚か者だから――俺に滅ぼされることになるのだ。
……解析――完了。
心の引き金を引く。
これからが、駆除の始まりだ。
「魔力――完全解放」
必要な時に備え、温存できていた魔力を遂に解き放つ。
魂の輝きは、放射状に広がると、直ぐに世界に溶け込み、巨大な術式を描き始める。
「範囲指定――完了。
威力指定――完了。
対象指定――完了」
周囲に放出した魔力が空間を捉え、その姿が鮮明になっていく。
世界への理解度が高まり、解像度が上昇する。
男の矮小さも、魔物の力強さも、瓦礫の数も、色合いも。
外で奮闘する友人たちも、龍と対峙する師も。
全ては情報化され、俺の内に集積されていく。
「……聞いているのか? 貴様あぁぁ!
何を1人で、ブツブツ呟いている!」
……男に答える必要は無い。
己の願望を。
野心を。
欲望を。
他者に押し付けて――他者に清算させてきた男の問いに、答える義務などあるはずもなし。
それにこの男に答えたところで、自身の見たいもの、聞きたい言葉しか受け入れることはないだろう。
……俺は今から――
コイツのその勘違いを――理想を――野心を砕く。
無残に、残酷に、苛烈に、暴威の限りを尽くして、打ちのめす。
そうして突き付けてやるのだ。
俺の胸に宿る叫びを。
誰にでも等しく、厳しい現実が訪れ得ることを。
思い知らせてやるのだ。
「答えろ、魔術師!」
「世界魔力――掌握完了」
噛み合わない会話の中、男は苛立ちを浮かべながら、最後の勇ましい叫びを上げる。
「……もう良い。貴様の様なものにかかずらっている時間も惜しい。
魔物たちよ、奴を殺せえぇぇぇ!」
ドッ
魔物たちは駆け出し、飛翔する。
圧倒的な質量の行軍に、凄まじい速度の飛来。
地鳴りと風切り音が耳を叩く。
瓦礫を蹴散らし、巻き上がった砂埃を切り裂きながら、魔物たちは俺を滅ぼさんと迫りくる。
……しかしもう――
何もかも遅い。
下準備は済んでいる。
早くから行動を起こしていれば、多少マシな結果になっていたかもしれない。
だが男はやってしまった。
自身の満たされない承認欲求を埋めるために、俺と会話をしようとしてしまった。
その無駄な時間が、どれ程魔術師にとって意義があるのかもわからずに。
愚かな道化師と、それに付き従わされる憐れな魔物に、別離の言葉を贈る。
「水属性上級魔術『世界は沈む』――発動」
次の瞬間、俺の言葉に世界が応え、場に静寂の常闇が落とされた。
――ちなみに空では、師匠と龍が真剣勝負中なのでした。
物語もいよいよ終幕に近付いてきましたが、最後までルングたちを見守っていただければ、幸いです!
次回以降も、お楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。