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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 どうして異世界に来ることになったのか。
197/245

33 俺の英雄たち。

 火木土日の週4日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

 爆音と咆哮。

 炎嵐と暴風雨。

 歓喜の桜色の魔力と暴虐の龍の魔力が入り混じる、死線の下――


 俺は、全ての憂いの晴れた状(・・・・・・・・・・)()で、ようやく男と対峙する。


 男は天空にて幾度も重なる轟音にピクリと身を震わせながら、へたり込んだ姿勢のまま叫んだ。


「あ、あの女は……何者なんだ⁉ どこから現れた⁉」


 ……答える義理のない問いだ。


 だが俺は、男に恐怖させるため(・・・・・・・)に、敢えて答える。


「アーバイツの――うちの国の王宮魔術師だ」


 ……しかし、予想外なことに――


 魔術の衝突に怯えていたはずの男は、俺の言葉を聞いてニヤッと嫌らしい笑みを浮かべた。


「……なるほど。

 貴様らは、アーバイツの者だったのだな!

 僕の野望を阻むために、王宮魔術師を寄越すとは!」


 ……王宮魔術師は――


 王宮騎士団と対を成す、アーバイツ王国の最高戦力だ。

 名称は違えども、おおよその国に類似する組織や機関が存在し、各国内でも――或いは世界でも――頂点に近い魔術師たちが所属し、鎬を削っている。


 そんな「1国家の最大戦力」と称してもおかしくない王宮魔術師を、個人に差し向ける意味合いはただ1つ。


 国家に不利益をもたらす者の排除である。


 ……まあ、正確に言えば――


 王宮魔術師(ししょう)がここに来たのは、任務ではなく「強者――龍と戦いたい」という私情によるものなので、この男には関係ない。

 だがその事情を知らない者にとっては、本来なら恐ろしい存在のはずだ。

 

 なにせ不可避の刃を、喉元に突き付けられたも同然の状況なのだから。


 ……そのはずなのに。


 男はまるで王宮魔術師との遭遇(それ)喜ぶ様に(・・・・)、軽やかに立ち上がる。


「やはり、この僕を止めるに足るのは、特別な(そういう)存在というわけだ!」


 ……その言の葉には。


 表情には、死への恐怖など微塵もない。

 あるのは――


「どうにかなる」

「なんとかなる」


 等といった、滑稽で奇妙で楽天的な、喜悦の感情だ。


 ……気持ち悪い。


 自身と男の、重なりどころのない感覚の隔たりが、心底気持ち悪い。


 俺なら、王宮魔術師と――死そのものと対峙するなんて御免被る。

 師匠やシャイテル様――或いはその他の王宮魔術師たちと、真剣な殺し合いを演じるなんて、想像するだけで震える。


 相当な報酬でも貰えない限り、徹底してそんな状況に陥らないように立ち回るだろう。


 それなのにこの男は今、望んでその処刑台に上がろうとしている。

 そこには、傷付く鬼胎(きたい)や死への恐怖等、微塵もなかった。


 ……もしも。


 もしもこの男がそれらの感情を乗り越えて(・・・・・)、この場に立っていたのなら、多少は勇敢に映ったかもしれない。

 贖えない罪を背負った男とはいえ、赤子の爪先程度は見直したかもしれない。


 ……しかし、俺には分かっている。


 この男は、恐怖を乗り越えてここに居るわけではない。


 友人たちの様に、身の危険を踏まえて尚、俺との友情に応える様な心意気が、コイツにあるわけではない。

 師匠の様に、自身の命を懸けても尚「戦ってみたい」という挑戦心が――信念があったわけでもない。


 男の内に、彼らの様な英雄たる資質は、一切合切存在しない。


 ……この男はただ、無知なだけだ。


 他者への慈しみも、温かな気持ちも。

 傷付く痛みも、死の恐怖も。


 何も知らないのだ。


 コイツにあるのは、たった1つだけ。


「自分ならどうにかなる」

「自分なら絶対にうまくいく」

「自分は特別だ」


 そんな自身の特権意識――虚飾に塗れた万能感だけである。


 男は自身を特別視するが故に、王宮魔術師(ししょう)を――死の化身を、乗り越えられる壁としか見ていないのだ。


「あの女が王宮魔術師ならば、貴様もそれに類する特別な魔術師なのだろう?

 そう考えれば、王城(ここ)まで来られたのも、納得というものだ!」


 そう語る顔にはやはり、隠しきれない優越感が溢れている。

「特別な僕の前に立ちはだかるのは、特別な人間に違いない」という、美しさも信念も感じない、醜い我欲のみが、おぞましく輝いている。


 偶々能力(フェイ)を持って生まれ、それを唯一の特別だと思い込み、私腹を肥やした男。

 勘違いも極まった男の笑みが、そこにはあった。


 ……この男と比較すれば――


 俺がこの世界で出会ってきた人たちの方が、よっぽど特別の様に思える。


 生きるのに必死で。

 自分の為に全力で。 

 それでも時に、他者の為に動く。


 時には争うし、喧嘩もするが、それでも互いを受け入れようと努力する。


 そんな人たちこそが、英雄なのだと思える。


 ……この世界に転生して。


 そんな人たちと出会えたことこそが、俺にとっての福音で幸福だったのだ。


「さあ――来い、魔術師!

 僕は貴様を倒し、あの女を倒し、必ずや自身の野望を叶えてみせる!」


 無知で傲慢な男が、1人孤独にさえずる。


 能力を使用したのだろう。

 周囲の世界魔力が密度を増し、その姿を次々と魔物に変え始める。


 ……この男は、そんな(・・・)俺の敵だ。


 俺の幸せを脅かす、害獣だ(・・・)


 魔物たちは標的(おれ)を逃さず圧し潰す為に、包囲をゆっくり狭めていく。


 自身の勝利を疑わず、野望を疑わず、在り方を疑わない。

 自身の為なら、全てを犠牲にしても良い。


 そんな愚か者だから――俺に滅ぼされることになるのだ。


 ……解析――完了。


 心の引き金を引く。

 これからが、駆除(・・)の始まりだ。


「魔力――完全解放」


 必要な時に備え、温存できていた魔力を遂に解き放つ。

 (魔力)の輝きは、放射状に広がると、直ぐに世界に溶け込み、巨大な術式を描き始める。


「範囲指定――完了。

 威力指定――完了。

 対象指定――完了」


 周囲に放出した魔力が空間を捉え、その姿が鮮明になっていく。


 世界への理解度が高まり、解像度が上昇する。


 男の矮小さも、魔物の力強さも、瓦礫の数も、色合いも。

 外で奮闘する友人たちも、龍と対峙する師も。


 全ては情報化され、俺の内に集積されていく。


「……聞いているのか? 貴様あぁぁ!

 何を1人で、ブツブツ呟いている!」


 ……男に答える必要は無い。


 己の願望を。

 野心を。

 欲望を。


 他者に押し付けて――他者に清算させてきた男の問いに、答える義務などあるはずもなし。

 それにこの男に答えたところで、自身の見たいもの、聞きたい言葉しか受け入れることはないだろう。


 ……俺は今から――


 コイツのその勘違いを――理想を――野心を砕く。

 無残に、残酷に、苛烈に、暴威の限りを尽くして、打ちのめす。

 

 そうして突き付けてやるのだ。

 俺の胸に宿る叫びを。

 誰にでも等しく、厳しい現実が訪れ得ることを。


 思い知らせてやるのだ。


「答えろ、魔術師!」


「世界魔力――掌握完了」


 噛み合わない会話の中、男は苛立ちを浮かべながら、最後の勇ましい叫びを上げる。


「……もう良い。貴様の様なものにかかずらっている時間も惜しい。


 魔物たちよ、奴を殺せえぇぇぇ!」


 ドッ


 魔物たちは駆け出し、飛翔する。

 圧倒的な質量の行軍に、凄まじい速度の飛来。

 地鳴りと風切り音が耳を叩く。


 瓦礫を蹴散らし、巻き上がった砂埃を切り裂きながら、魔物たちは俺を滅ぼさんと迫りくる。

 

 ……しかしもう――


 何もかも遅い(・・・・・・)

 下準備は済んでいる。


 早くから行動を起こしていれば、多少マシな結果になっていたかもしれない。


 だが男はやってしまった。

 自身の満たされない承認欲求を埋めるために、俺と会話をしようとしてしまった。

 その無駄な時間が、どれ程魔術師にとって意義があるのかもわからずに。


 愚かな道化師と、それに付き従わされる憐れな魔物に、別離の言葉を贈る。


水属性上級魔術(・・・・・・・)世界は沈む(ミヴァギーア)』――発動」


 次の瞬間、俺の言葉に世界が応え、場に静寂の常闇が落とされた。

 ――ちなみに空では、師匠と龍が真剣勝負中なのでした。

 物語もいよいよ終幕に近付いてきましたが、最後までルングたちを見守っていただければ、幸いです!

 次回以降も、お楽しみに!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう。 

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