25 次なる導き手たち。
火木土日の週4日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「はああぁぁぁ!」
黄金の剣が魔物を切断し、
「『水は穿ち運ぶ』」
魔術が魔物に穴を空ける。
アンスが進路上を1度焼き払ったとはいえ、やはり敵が多勢なのは変わりない。
「ふっ!」
「ちょっと、リッチェンさん⁉
今、私の魔術を斬らなかった⁉ 何その技⁉」
「騎士ですから、魔術の1つや2つ斬りますの。
でないと、姉弟を相手に生き残れませんので。
……何をそんなに、驚いてますの?」
「ルングの周りは、どうしてこうも常識知らずばっか……」
「アンス様訂正を。私は常識人ですのよ」
「父上に提案して、騎士学校の授業を1度見直してもらった方がいいのかな」
背後からはどこかの騎士と公爵令息が、魔物相手に奮闘している音が聞こえる。
……おそらくあの2人なら、いくらでも持たせることが可能だろう。
劣勢になることは基本ないだろうし、仮にそうなった場合、リッチェンがアンスを抱えて逃げることも可能なはずだ。
……まあ、だからといって――
危険なことに変わりはないのだが。
「早く終わらせなきゃいけませんね……」
阿部さんも、魔物を斬り捨てながら、気を引き締める。
アンスの槍の残り火を道しるべとして追っていくと、着弾点―――破壊の跡がクレーターの様になっている――の辺りで、再び魔物の大群と衝突する。
……だが。
先程のような焦燥感はない。
嫌がるアンスに魔力回復用丸薬を無理矢理押し付けた際、彼が言っていたのだ。
「私たちと同じように、待機している人たちがまだいる」と。
それなら――
カシャッ!
再び画像を送信した所で――『転移魔術』の魔法円が、展開される。
……やはりそうだ。
リッチェンとアンス以外にもいるのだ。
阿部さんと俺に、手を貸してくれようとしている人たちが。
少し温かい気持ちになった直後――
「『雷は貫く』」
そんなほのぼのとした気持ちを吹き飛ばすような雷光が『転移魔術』の魔法円から走り、魔物の大群の一角――こちらの正面に陣取っていた魔物たちが、焼け焦げる。
否、それだけではない。
幸い――こちらにとっては不幸なことに――雷光に晒されなかった魔物たちは、動きを止めている。
……これは――
感電だ。
感電させることで、魔物の動きを止めているのだ。
生態は生物とかけ離れているにも関わらず、どうやら身体構造は既存の生物に似通っている部分もあるらしい。
そして――
ドォォォォォン!
遅れて、力強い雷鳴が轟く。
足が止められていた魔物たちは、それに伴う衝撃波によって吹き飛ばされた。
「クーグさんの『転移魔術』……便利ですね。
先に魔術も飛ばせるとは」
凛とした、それでいて淡々とした声が響く。
「……意外ですね、先輩が来るなんて」
魔法円から現れたのは、麗しき金髪碧眼の少女だ。
整った彫像のような顔立ちに、透き通る白い肌。
羽織られたローブは、神聖さすら漂う白色。
聖教国ゲルディの聖女であることを、意味する色である。
雷鳴聖女マイーナ先輩。
通称マナ先輩。
姉やリッチェンも含めた4人で、雷属性魔術――『雷化魔術』の研究を共にした少女だ。
現在は魔術学校に在学しつつ、聖教国ゲルディを中心に、聖女としての活動を行っている、尊敬すべき先輩である。
「……そうですか?
私はルングやリッチェン、クーグさんとも仲が良いですし――」
チラリと青の瞳が、聖女に見惚れる阿部さんに向けられる。
「イスズ様とも友人になりましたから」
聖女の裏のない真っ直ぐな言葉に、阿部さんは顔を赤らめる。
……ああ、なるほど。
そう言われてみると、分からなくもない。
聖教国ゲルディは、女神エンゲルディを信奉する国だ。
そんな聖教国の国主である教皇パーシュ様は、勇者アンビスを特別視しており、その生まれ変わりである阿部さんにも、手厚い歓迎をしたと聞いている。
……それを加味すれば。
教皇パーシュ様が、阿部さんの手助けをしようと考えるのもおかしくない。
……だが――
「『友だちだから』という理由で、教皇パーシュ様が聖女を戦場に送り出したというのが、意外だったんですよ」
パーシュ様は、自身の元にいる聖女と聖騎士や国民を、溺愛している。
マナ先輩がいくら聖教国の聖女の中でも上位の実力を持っているとはいえ、こうも簡単に彼女を危地に送り出すとは思えない。
視線を聖女から、展開されたままになっている魔法円に向けたところで――
……そういえば、何故未だに魔法円が閉じていない?
そんな疑問が脳裏に過ぎると、
「マイーナお姉ちゃん、全力でパーシュ様を説得したのよ、ルング君!
説得というより、アレはもう論破ね!
戦いというには、一方的な蹂躙だったわ!」
可愛らしい声で力説しながら、また1人の少女が出現する。
金髪碧眼のショートカット。
マナ先輩と同様の白のローブに、人懐っこい口調。
「ハイリン様!」
マナ先輩の友人宣言に照れていた阿部さんが、思わず声を上げる。
聖女ハイリン様。
聖教国で仲良くしてくれた聖女の1人であり、画像集の被写体になってくれた少女だ。
「イスズ様、元気? 無事だった?」
「はい、元気です! 皆が一緒に戦ってくれたので!」
「それは良かったわ!」
キャッキャと嬉しそうにはしゃぐ少女たちに――
聖女ハイリン様の後から現れた、もう1つの人影が告げる。
「……おい、ハイリン。
ルングは兎も角、イスズ様に馴れ馴れし過ぎないか?
イスズ様も、気に食わないことがあれば、そいつを叱って良いですからね?」
魔法円から最後に現れたのは、黒髪黒目の青年だ。
顔以外鎧で覆われた騎士である。
その鎧の下には、鍛え上げられた肉体が隠れているのだろう。
重そうな鎧にも関わらず、その顔に疲労の色はない。
聖女ハイリン様に仕える聖騎士――ゾーガ様である。
「良いじゃない、別に!
イスズ様がゲルディに来た時、友だちになったんだから!
言葉遣いなんてそんな小さいこと、イスズ様は気にしないわ! ねえ?」
「ええ……それは勿論!」
ハイリン様の勢いに釣られるように、阿部さんの声も力強さを増す。
「はあ……。
マイーナ様、聖女の先輩ですよね?
この何も考えていない聖女見習いに、何か言ってやってください」
「私はれっきとした聖女ですうぅぅぅ!」
「……それもそうですね」
マナ先輩はぽつりと言うと、そんな言い合う2人組の片割れ――ゾーガ様を、感情の見えない瞳で見つめる。
「ゾーガ」
……感情が見えにくいからこそ。
マナ先輩から感じる圧は、普通の人以上に強い。
「えっ⁉ 俺⁉ な……なんですか?」
淡々と名を呼ぶマナ先輩に、ゾーガ様は戸惑いながらも勇気を振り絞って尋ねる。
するとマナ先輩は、おもむろにその口を開いた。
「……どうしてゾーガは、私の事をお姉ちゃんと呼ばない?」
「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょう⁉」
マナ先輩は叫ぶゾーガ様を見つめたまま、人差し指だけ魔物に向けると――
「『雷は捕らえる』」
魔術を発動する。
拳程度の大きさの魔法円が指先に咲いたかと思うと、網状に薄く広げられた雷が、迫る魔物たちに被せられる。
瞬間――
バチバチバチバチッ!
連続して電撃が弾ける。
すると魔物たちが、不自然な体勢でその動きを止めた。
どうやら魔物たちを、根こそぎ感電させた様だ。
敵の動きを止める事に、特化した魔術らしい。
「ルングは後輩だから、私の事を先輩と呼ぶ。
ハイリンは私の事をお姉ちゃんと呼ぶ。
私もハイリンも、教皇パーシュ様のことは、父さんと呼ぶ。
それならゾーガも、私の事はお姉ちゃんと呼ぶべき」
そんな雷鳴聖女の視線から逃げる様に、聖騎士は俺に助けを求める。
「ルング! お前からも言ってやってくれ!
今はそんな場合じゃないって」
「……ゾーガ様、貴方の負けです。
ここまで完璧な理論を、マナ先輩が持っているなら、逃げる方が失礼ですよ?
さっさとお姉ちゃんと呼ぶべきです」
「お前、面倒だからって俺を見捨てる気だなあ⁉」
……こちらに時間がない以上――
早く事が済みそうな選択をするのは必然である。
「イスズ様!」
聖騎士の必死の形相に、阿部さんは気まずそうに目を逸らす。
「ちょっと、ゾーガ! イスズ様を怖がらせないで!」
ぎゅっと阿部さんを抱きしめるハイリン様から、聖騎士は悔しそうに目を背けると、再び自身を見つめる雷鳴聖女に視線を戻す。
「せ、せめて、姉上と……」
「ダメ。ちゃんとお姉ちゃん」
「ぐっ……」
結局ゾーガ様は抵抗虚しく「お姉ちゃん」と、か細い声で言う羽目になったのであった。
「……さて。
ルング、あの魔力の濃い場所が、目的地でしょうか?」
艶々した無表情の顔で、マナ先輩は王都中心部を指差す。
……さすがは通名持ちの魔術師だ。
話の早いことに、その碧眼は魔力の濃淡から、既に目的地に目星を付けていた様だ。
「……はい、その通りです。
ではマナ先輩、ハイリン様、ゾーガ様」
聖女2人と、顔を真っ赤にした聖騎士の顔を見回す。
「阿部さんと俺を中心部まで、導いてくれますか?」
真剣な願いに、聖教国の3人は――
「勿論よ、ルング君!」
「あ、当たり前だろ。そのために来たんだ。
……見捨てられたけどな!」
「良いでしょう。試してみたい『雷属性魔術』もありますし」
三者三様(約1名不服そうに)に、頷いたのであった。
――次に現れたのは、聖教国出身の3人。
教皇パーシュ様は、彼女たち――特にマイーナ様――によって、国の代表とは思えない程泣かされたのでした。
さて、大量の魔物に対峙している5人の今後はどうなるのか。
次話以降をお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。