24 心強い友人たち。
火木土日の週4日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「ルング! 指示を!」
姉の『転移魔術』で現れた少女騎士――リッチェンは、魔物の大群を前に臆すること無く指示を仰ぐ。
「正面突破だ! 全力で切り拓け! 騎士様!」
「了解!」
バキッ!
リッチェンの全力の踏み込みが荒れ果てた道にめり込み、ひび割れが蜘蛛の巣状に刻まれる。
騎士はその衝撃を推進力に変え、流星の如き速度で魔物の波に向けて飛び出した。
「阿部さん! リッチェンの後を追います! 走りますよ!」
「うん!」
風を切るフリルのドレスを、全力で追う。
頼もしい後ろ姿に対するのは、種々の魔物たちだ。
迫る蹂躙の剛爪。
輝く獰猛な歯牙。
「リッチェンちゃん、危ない!」
阿部さんの叫びが、背後から飛ぶ。
しかし――
「安心してください、イスズ様!
私、こんな連中にはやられませんのよ!」
少女騎士は揺らぎない。
スッ――
音のない一閃が、阿部さんの不安ごと魔物を切り裂く。
無造作且つ何気なく振るわれた剣。
日常生活の1動作、1呼吸と言われても違和感のない1振りは、美しい軌跡を残しながら、迫る魔物を10体近く屠る。
「……凄い!」
「護るべき者の前では、最強になる。
それが騎士ですから!」
阿部さんの恍惚とした声に、騎士は背中越しに応える。
「リッチェン、そのまま直進だ! せり上がった中心部に向かう!」
騎士は目的地にチラリと目を遣る。
「……良いでしょう! 私が先導しますの!」
こうして少女騎士を先頭に、俺たちの進軍は始まった。
中心部を目指し始めて約3分の1程、道のりを消化したところで――
「キリがないですわね……」
リッチェンの言葉と共に、数体の魔物の首が落ちる。
しかし騎士が動きを止めることはない。
斬り終えた態勢から、体重を乗せて踏み出した左足を軸に飛び上がると、空から迫る魔物に対して重力に逆らう蹴りを放つ。
ドンッ!
蹴りを受けた魔物は騎士の勢いのままに蹴り飛ばされた。
当の騎士は蹴りの衝撃を、新たな足場として、異なる魔物に斬りかかる。
上下左右の別なし。
剣や手足を武器とした、縦横無尽。
少女騎士は獣を優に超える敏捷性を以て、臨機応変に戦場を駆け回る。
「はああぁぁぁ!」
それに対して、阿部さん――制服少女の振るう剣が描くのは王道の軌跡だ。
振り下ろされた爪を、黄金の剣が弾き。
噛み砕かんとする牙を、白銀の手甲が阻む。
打ち合う程に――魔物と死線を共にする程に、振りかぶる黄金の剣は冴え、白銀の装備は輝く。
……まるで阿部さんの高潔な精神を示すかのように。
勇気を示すかのように。
少女とその装備は、存在感を増していく。
しかし――多勢に無勢なのは変わりない。
2振りの剣の躍動を以てしても、魔物のあまりの数に、停滞を余儀なくされていた。
「『水は穿ち運ぶ』
『土の槍よ、伸び貫け』
『風の刃よ、断て』」
リッチェンと阿部さんの死角にいた魔物を、いくらか仕留める。
……魔力の温存も、そろそろ限界か?
使用する魔術を、初級魔術と身体強化魔術に絞っているが、やはり威力不足は否めない。
「ルング君、大規模魔術って厳しいですよね?」
汗だくの阿部さんもまた、俺の「魔力を温存したい」という気持ちは理解しているはずだ。
しかし現状、手数あるいは威力が足りないこともまた察しているらしい。
……どうしたものか。
募る焦燥感。
進めこそしないものの、退却の必要もなさそうな拮抗状態。
しかしそれは、2人の技量と体力が持っているからこそだ。
もしどちらかが精彩を欠けば、直ぐに魔物の海に呑み込まれるだろう。
悩む俺に、リッチェンが微塵も疲れを感じさせない呑気な声で告げる。
「使えばいいのでは?
魔力の消費が気になるのなら、あの丸薬を食べれば良いじゃないですの!」
さも名案かの様に語る少女に、全力で応える。
「嫌だ。断る。不味い」
「我儘⁉
実験で私に散々食べさせたくせに、命のかかった場面で我儘この上ないですわ⁉」
魔物を斬り倒しながら、騎士は器用にツッコミを入れる。
そんなやり取りをしている間にも、魔物は続々と増え続けていた。
……仕方ない。
使うか、中級魔術。
2人の安全には代えられまい。
……こんな事なら、姉に魔力ヴァイの料理を作っておいてもらえば良かった。
或いは、丸薬の味の改良に全力を注いでおけばよかった。
魔力の回復効率ばかり考えていたが、重要なのはそれだけではない。
その気付きを、今回の反省としよう。
そんな想いを胸に、魔力を解放しようとしたところで――
「あっ……ルング、ストップですの」
魔物を足場に飛び、隣に降り立った騎士に機先を制される。
「……このままだとキリがないと言ったのは、君だが?」
魔物を体術で捌きながら、「どうするんだ」という抗議の視線を騎士に向ける。
すると少女騎士は、まるで今の今まで忘れていた「重要な何か」を思い出したかのように、焦燥感漂う声で告げる。
「た、試しに……またクー姉に助けを求めてみません?」
先程まで涼しい顔をしていた騎士が、いつの間にか大量の汗をかいていた。
……物言いと態度は引っ掛かるが。
怪しさ満点だが。
提案としては悪くない。
カシャッ!
撮影音と共に画像を送ると、待ち構えていたかのように魔法円が展開され――
「リッチェンさん……君、私の事を忘れてたでしょう?」
赤毛の美少年が姿を現す。
燃え上がる様な色合いの髪と瞳。
魔力光で強く輝く、炎のローブ。
王宮魔術師レーリン様を姉に持つ、公爵家嫡男。
アンスカイト・フォン・アオスビルドゥング――俺の友人である。
「ア、アンス様⁉
ルングなら忘れかねませんが、この私がお世話になっている公爵家の方を、忘れるわけないですの!
魔物と全力で戦ってたから、その話をする余裕が無かっただけですの!」
少女は言いながら、周囲にいる魔物を一息で斬り払う。
……失礼な上に、嘘くさい言い訳だ。
しかし少年は、その心優しい気質を存分に発揮し、見事に騙される。
「あれ? そうだったの?
……それは申し訳ない。ごめんね?」
少年は素直に頭を下げると、こちらに赤の視線を向ける。
「さて……ルング。
私は君を助ければいいのかな?」
「『自分に被害の及ばない範囲で頑張って来い』と言っていた奴が、どういう風の吹き回しだ?」
ニヤリと告げると、少年もまた笑い返す。
「それは当然、イスズ様を応援するためだよ――と言いたいところだけど」
少年はその内なる魔力を練り上げながら、嬉しそうに告げる。
「君には一応……恩があるからね。
友人に借りがあるのは、落ち着かないのさ」
……恩?
そんなものをアンスに売った覚えはないが。
「何のことか、心当たりはないな。
だが、ここでアンスを俺が助ければ、更にその恩とやらを増やすことが出来そうだな?」
話している合間も、少年の魔力は膨れ上がっていく。
「それなら……また別の機会に返すだけさ。
君の人生は波乱万丈だし、恩返しの機会なんていくらでもあるだろう?」
「不吉なことを抜かすな」
少年は縁起でもない言葉を言い放つと――練り上げた魔力を解放する。
「さあ――道は私が付けよう!
『炎の剣よ、敵を討て』!」
次の瞬間――
長大な魔法円が展開され、即座に魔力がそれを満たし――
ゴオォォォォ!
燃え盛る劫火の巨剣が、顕現する。
出現した剣周辺にいた運の悪い魔物は、そのまま焼き滅ぼされた。
剣はそれを意に介さず、ゆっくりと時計回りに動き出し――
轟!
急速に勢いを増して、俺たちの周囲を1周する。
圧倒的熱量による範囲焼却。
俺たちを囲んでいた複数の魔物たちは、悲鳴すら許されず焼き払われた。
「まだまだ続くよ!
『猛火は連れ添う』!」
少年は続け様に、新たな魔法円を展開する。
……何だ、この術式は?
見慣れない――見たことのない魔法円だ。
……であれば、この魔術は――
アンス自身が開発した、独自魔術なのだろう。
場にそぐわない好奇心が胸から溢れ、頭が自動でその解析に力を入れる。
……魔法円と内部の文様から察するに、術式規模は中級魔術相当。
魔法円は魔力によって満たされているにも関わらず、未だ魔術の顕現はなし。
少年はその魔法円を、展開状態で維持し続ける。
……俺の得意とする、軌道調整魔術の様に――
魔術に対して、効果を付与する魔術だろうか?
そんな考察の間も、少年の攻勢は止まらない。
繊細な術式を保持したまま、更なる魔術を行使する。
「『炎の槍よ、敵を貫け』!」
維持されていた魔法円の背後に、少し間を空けて魔法円が咲く。
中級――1つは相当だが――魔術の3連続発動だ。
……大丈夫なのか?
アンスの状態が、少し心配になる。
中級魔術はその名の通り、上級魔術の前段階の魔術だ。
しかしそれは、中級魔術が上級魔術に劣るという意味ではない。
世界魔力に働きかける上級魔術に対して、自身の魔力を用いるのが中級魔術。
その程度の違いでしかない。
扱う魔力の違いから、必要とされる魔力制御能力や魔術創造能力に差が生じているだけで、必ずしも上級魔術の方が威力に勝るというわけではないのだ。
……そして負担に関しては――
自身の消費魔力の割合――といっても上級魔術は規模や種類にもよるが――の多さから、時には中級魔術の方が大きい場合すらあるのだ。
あまつさえ少年が行使したのは、その3連続発動。
並大抵の魔力量では、魔法円の展開すらままならないはずだ。
少年に視線を向けるとしかし、彼は余裕のありそうな顔でニヤリと笑う。
「ルング……私の心配かい?
でも、それは必要ないよ」
少年が最後に展開した魔法円から――巨大な炎槍が出現する。
「なにせ私は、アオスビルドゥング公爵家嫡男。
そして王宮魔術師レーリン・フォン・アオスビルドゥングの弟子兼弟。
それに何より――」
魔法円の魔力が全て、槍を構成する炎へと変換され、凝縮されていく。
密度が高まるごとに、その炎の色合いは変化し、白色に近い輝きを帯びる。
「っ⁉」
阿部さんが息を呑む。
彼女の漆黒の瞳もまた、槍へと籠められた尋常ならざる魔力を捉えているのだろう。
その穂先は俺たちの進路上に未だ残る、無数の魔物たちに向けられている。
「……どこかのバカ魔術師の、友だちだからね」
少年の言葉が引き金となって――白色に燃える槍が放たれる。
その穂先が、保持されていたオリジナルの魔法円に触れると、ある変化が現れた。
鋭い穂先。
その周囲に魔法円が固着したのだ。
外観としては、巨大な魔法円のど真ん中を、槍の穂先だけ貫通している様な状態である。
しかし槍はそれ以上魔法円を貫くことなく、その穂先に魔法円を刺したまま、飛翔し始める。
放たれた炎槍は空気を燃やし。
周辺の魔物を燃やし。
俺たちの進路を、爆風で更地に変えていく。
そして――
アンスの最初の魔術――『炎の剣よ、敵を討て』。
その範囲外にいた魔物たちが、集中する地点に着弾する。
ズドンッ!
少年はその音を合図として、槍に向けて掌をかざす。
「『猛火よ、爆ぜよ』――」
詠唱と同時に、彼は開いた手をゆっくりと握り始める。
その手に呼応するように、着弾した巨槍がみるみる縮小していく。
白光は陰り、炎は揺らぐ。
対照的に、穂先に刺さったままの魔法円は更に大きく輝きを増していく。
……魔法円が炎の槍を吸収しているのか?
ぐっ
少年の手が完全に拳を作ると、槍の纏っていた炎熱と光輝が掻き消え、場を静寂が支配した。
「発動!」
ぱっ
少年が、握った拳を開く。
次の瞬間――
ドオォォォォォォォン!
先程とは比較にならない閃光と爆発音が、世界に轟く。
槍の着弾地点を中心として、凄まじい熱を持った炎が炸裂したのだ。
半球状に広がった白色の炎は、周辺に広がる瓦礫ごと魔物の集団を焼き尽くし、直ぐに消失する。
……凄まじい威力だ。
2つの中級魔術を組み合わせた、融合魔術とでも言えばいいのだろうか。
絶妙なバランスによって、異なる魔術の配合が成されたことで生じた熱。
刹那の間の顕現にも関わらず、圧倒的な炎熱には、魔物を滅ぼすに十分な威力が秘められていた様だ。
更地に変えられた進路。
しかし槍の取った軌道上には、未だチロチロと炎が燻っている。
まるで――
「イスズ様、ルング。
残り火を辿ると良いよ。
私はここで、後ろの連中を食い止めておくからさ」
俺たちの行き先を――進むべき道を指し示すかの様だ。
そんな公爵令息の言葉に、騎士も言葉を重ねる。
「流石にアンス様を1人置いておくわけにはいきませんわね……。
仕方ないですの。私も護衛として、ここに残りますわ。
前衛と後衛で、バランスは良いでしょうし」
心なし名残惜しそうにする騎士に、少年は礼を言う。
騎士と貴族。
絵になる組み合わせの友人たちが、ほぼ同時に俺たちの背中を押す。
「行ってらっしゃい、背中は任せなさいですの。
イスズ様、危なかったらルングを盾にでも何でもして良いですの」
「足手纏いになったら、ルングは見捨てていいですからね?
ルングの生存能力なら問題ないはずなので、安心して囮にでもしましょう。
ところでルング、この借りは必ず返してもらうからね?」
そう笑顔で言い放つ2人に――
「はい! 分かりました!」
阿部さんもまた力強い笑顔で応える。
そして――
「3人とも、俺を犠牲にする前提の話は止めるべきだ。
人の命は世界より重いんだぞ? 訴えるぞ?」
そんな俺の抗議の言葉に、3人は戦場にも関わらず吹き出したのであった。
――頼もしい友人たちの参戦。
幼少期の劣等感が嘘だと思える程強くなった親友が、ルングたちの力となるのでした。
ちなみにアンスは、公爵家の跡取りという理由で周囲から引き留められるも、強権と実力を駆使して、参戦してきた模様です。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。