22 王都ゼースモス外縁にて。
火木土日の週4日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
転生の真相が判明して数日――
「ルング君、あれって……」
阿部さんが、白銀の手甲を持ち上げ、遠くを指差す。
その示した先には、壮大な防壁がそびえ立っていた。
この前訪れた無人の都市オーブリーの防壁も、見上げる程高く大きかった。
しかし現在、視界に捉えた都市の防御壁は、オーブリーのそれが比較にならない程分厚く、高く、厳重だ。
上部は凹凸型に細かく削られ、堅牢な石壁の所々に小さな穴が開いている。
壁の設置された大地の手前には、水辺が広がっているのだろうか、キラキラと陽光を反射しているのが窺える。
どうやら都市を中心として、壁と湖がその周囲に配置されているらしい。
……となると、湖らしき水辺も人工的なものか。
そうなると、湖ではなく池と呼ぶべきかもしれない。
壁同様に外敵の侵攻を妨げるために製作された池――いわゆる水掘なのだろう。
防御壁に水堀。
遠目でも確認できる特徴はどちらも、都市の防衛機能の一部である様だ。
内部に入るための出入り口――いわゆる門と思しき場所は、防護壁よりも更に巨大な2本の塔に挟まれ、そこに続く跳ね橋が池の上から既に掛けられていた。
「ええ、あれが俺たちの目指していた、王都ゼースモスでしょうね。
シャイテル様から教えてもらった座標上にありますし」
「それに――」と言葉を続けようとして、中断する。
「それに?」と少女が黒髪を揺らしながら、首を傾げたところで――
「『収束せよ』――『加速せよ』」
右の掌を空に向け、その上に2つの魔法円を重ね、展開する。
「……どうしたの?」
小型魔法円の魔力で輝く漆黒の瞳に、答える。
「襲撃です」
「えっ⁉ どこから⁉」
驚き身構える少女に、言葉ではなく行動で魔物の居場所を示す。
「ここです――『水は穿ち運ぶ』」
既に展開された魔法円と掌。
その間に広がる僅かな空間に、新たな魔法円を1枚展開する。
直後――魔法円は天空に向けて、高速の水を放つ。
放った水は、事前に展開した2つの砲塔を経由することで、その密度と速度を高めると――
ジュッ
蒸発するような音を立てながら、空に輝く直線を描く。
次の瞬間――
ボッ!
上空から迫っていた鳥獣型の魔物に、穴が空いた。
撃ち抜かれた巨体は、空中で一瞬動きを止める。
ぐらり
魔物は体勢を崩し、重力に引かれて落下し始め――
ドンッ!
大地に激突した。
「……それに、世界魔力たちが、叫んでいます。
『ここが事の中心――王都だ』って」
大地に沈んだ魔物を一瞥し、再び王都に視線を戻す。
視界に収まっているあの都市――ゼースモスを中心として、膨大かつ濃厚な魔力が渦巻いていた。
……否。
渦巻いているのは、魔力だけではない。
「襲撃の後なのに、当然の様に続きを語り出しますね……」と少女は呆れた顔をすると、話を続ける。
「ああ……でも、だからなんですかね?
あの辺りに、大量の魔物がいるのって」
都市の周辺――空にも陸にも水堀にも。
無数の巨大な影――油断ならない魔力を秘めた魔物たちが、生息しているのだ。
……しかし、恐ろしいことに――
あの魔物たちもまた、ゼースモスから溢れた一部に過ぎないのだろう。
自身の魔力を解放し、感知能力を最大限まで引き上げる。
本来ならこれで、視界に収まる範囲程度なら把握できるはずなのだが――
……分からない。
ゼースモス外にいる魔物たちは、こちらの監視網に引っ掛かる。
しかし、ゼースモス内部の様子は、探ることが出来ないのだ。
……これは無論――
魔力が王都にない――感じられないという意味ではない。
その逆だ。
ゼースモスという都市そのものが、1つの巨大な魔力の塊として認識されるのだ。
濃密な世界魔力の影響なのか、内部の魔物の多さが原因なのか。
どちらにせよ、内部の状況を魔力で看破することは出来ない。
「……かもしれませんね。
なんなら今倒した魔物は、ゼースモス内部どころか、周辺ですら生きることが出来なくて、飢えていたのかも?
それで俺たちを、捕食しに来た可能性があります」
俺たちは魔物除けの葉を持っている。
故に魔物は本来、その魔力吸収能力に忌避感を抱き、俺たちを避けるはずなのだ。
それにも関わらず襲い掛かってきたという事は、そうせざるを得ない状況に、追い詰められていた可能性がある。
魔物にとってのその状況として、思いつくのは――
……魔力切れだ。
世界魔力が密度を高めることによって、魔物は生ずる。
そこからも分かる様に、「魔物という存在」を構成するもの。
それこそが魔力だ。
撃ち落とした魔物が魔力切れになりかけていたと考えれば、形振り構わず襲い掛かってきたことにも合点がいく。
たとえプルスーにより、多少魔力を吸収されたとしても、俺たちを捕食できれば十分補充可能だと皮算用したのかもしれない。
まあ、襲撃自体は大した問題ではない。
……問題は、魔物が魔力切れに陥っているという事実だ。
つまりそれは、普通の魔物では魔力にありつけない程強力な魔物が、王都周辺に蔓延っている可能性があるということになる。
そうなると、王都内部の調査の難易度は、厳しいものになるかもしれない。
「……ところで、ルング君?」
「はい、何ですか?」
じっとゼースモスを見つめていた阿部さんが、口を開く。
「今、ルング君は魔力を使って何かしたじゃない?
それって魔物を集めることになったりしないの?」
少女の愚問に、優しく答える。
「勿論、集める可能性はあります……というか、高いと言っても良いですね。
なにせここの魔物は、魔力に飢えているようですから」
王都に近付けば近付く程、強力かつ飢えた魔物の増加が予想できる。
俺の答えに「……なるほど」と、少女は冷や汗をかきながら頷く。
「ところで……今、こっちに向かって猛スピードで何頭も魔物が迫ってるじゃない?
あの魔物たちも――」
「……空腹なんだと思いますよ?
お腹の空いたリッチェンが、あんな感じですから」
……そう言うものの。
リッチェンの速度は、アレとは比べものにならない位速いのだが、それは口に出さない。
バサッバサッバサッ――
ドドドドドド――
果てしなく広がる大空と、力強く全てを支える大地。
双方に自身の存在を刻みつけるかの様に、轟音をかき鳴らしながら、多数の魔物が迫る。
その姿を見て――阿部さんは叫びながら黄金の剣を抜く。
「言ってる場合ですか⁉ 早く! 迎撃準備しないと!」
こうして俺と阿部さんの魔物狩りは、再開したのであった。
「つ……疲れたあ」
「多かったですね」
地に伏せる魔物の屍の山を前に、阿部さんはようやく息を吐く。
1体目の魔物を倒して以降、間断のない襲撃が繰り返され、早1時間。
ようやく谷間を迎えた様だ。
「視界に魔物の影なし。
魔力も――大丈夫そうですね。
……とりあえず綺麗にしましょうか。
『香る水は身を清める』」
少女と俺の座標を中心として、2つの魔法円を展開する。
魔法円に魔力が満ちると、ほのかに石鹸に似た癒しの香りが漂い始め、返り血や汗と土が洗い乾かされていく。
以前無詠唱魔術を駆使して、行っていた洗濯用の魔術。
その清める対象を人体まで拡大し、術式化した詠唱魔術だ。
ある意味この旅の中で、最も成果を上げている魔術である。
「でも、あの魔物たち……途中から私たちじゃなくて、弱った魔物を狙ってなかった?」
魔術によって洗われながら、阿部さんはチラリと周囲に横たわっている魔物たちに視線を送る。
「以前、聖教国でも魔物の増加に伴って、同様の現象――共食いが見られましたが、ウバダランではそれが顕著ですね」
……魔力への飢え。
それが向けられるのは、俺たちだけではない。
自然環境に生きる動物たちと同様に、飢えた環境下において、弱った存在は魔物といえども、食料とするのである。
「それならここに居続けるのは、マズいよね?」
「そうですね……魔石は回収しているとはいえ、死骸にも魔力は残っていますから。
移動しましょうか」
そんな話をしながら、更に魔物が集まる前に、俺たちは急いでその場を離れた。
王都に対して弧を描きながら、ゆっくり近付いていく。
……本来なら――
美しい都だったのだろう。
遠目では威厳すら感じられた防壁だが、近付けば近付く程、その劣化が目に付き始める。
所々が崩れかけ、周囲に広がる池に至っては色が濁り、異臭が鼻に付く。
その様子を見る限り、水の入れ替えなども長い間行われていないらしい。
……内部に人はいるのだろうか?
生き残っているのだろうか?
徐々に手強さを増す魔物に対処しつつ、王都の観察に全力を傾ける。
目と鼻の先までやって来ても、やはり内部は感知できない。
ただ分かるのは、王都に膨大な魔力が集っていること。
そして、それを遥かに超える魔力が、王都上空に渦巻いていること。
その2つだけだ。
……さて、どうしたものか。
魔物を1体切り裂いた阿部さんを横目に、頭を巡らし始める。
「俺の転生について明らかにする」という最重要目標は、まさかの展開により既に達成――勿論魔王に会ったわけではない――している。
それを考慮すると、実は魔王を探す意義はなかったりするのだ。
……となると俺のすべきことは。
魔物の増加及び、魔力濃度上昇の原因究明。
しかしこれは、魔物たちと魔力の様子を見る限り、王都内部に行かなければ分からない。
……それは危険だ。
理性が警鐘を鳴らす。
内部を外から感知できない以上、無闇に飛び込む気はない。
俺だけならまだしも、ここには阿部さんもいるのだから。
最低限の安全は、確保しておきたい。
……そうなると、これは――
王宮魔術師総任に報告し、後は騎士団や魔術師会、国軍といった相応の武力を持つ団体に任せた方が良いだろう。
……既に下準備は整っているわけだし。
後は日数をかけて戦力を整え、集団で確実に王都を攻略するのが得策のはずだ。
理性は、そう強く主張している。
しかし――
……俺自身は何故か、それを良しとしていない。
無人都市オーブリーで、憎悪と悲哀に染まった世界魔力を取り込んだ影響だろうか。
胸の奥から、叫びが聞こえてくるのだ。
「中に、元凶がいる」
「絶対にその存在を許さない」と。
頭と心を切り離し、冷静に現況を見極めるのが、魔術師の基本。
それを理解しているにも関わらず、身を委ねたくなる程の憎しみと破壊衝動。
……前世でも現世でも――
これ程の想いに、身を焦がしたことはない。
それ故に、気になるのだ。
……この衝動が向けられる対象は何者なのか。
そしてその対象は、一体何をしたらこれ程の想い――宿怨を向けられることになったのか。
そんな好奇心が首をもたげると同時に、原因不明の焦燥感もまた胸の奥底から湧いてくる。
一刻も早く。
可能な限り迅速に。
王都に乗り込み、そのナニカを制圧しなければならないという危機感。
全てが危険だと、確信にも似た直感が俺の胸を叩き続けている。
訴え続けている。
囁き続けている。
……となれば――
魔物を制圧し終えた阿部さんに声をかける。
「阿部さん、王都周辺の確認及び掃討は、ある程度完了したと判断します。
なので今後は――」
「戻りませんよ?」
漆黒の少女は、笑顔で俺の言葉を遮る。
1ヶ月にも満たない旅。
しかしその旅を通じて――
「ねえ、ルング君?
今、私だけアーバイツ王国に帰そうとしましたよね?
自分は王都に乗り込むつもりなのに」
彼女はどうやら、俺の考えをある程度読める様になったらしい。
背筋に走る寒気を堪えながら、口を開く。
「まさか。そんなこと考えているわけないじゃないですか。
冤罪もいいところですよ。
慰謝料を請求しますよ?」
心許ない言い訳を、少女は徹頭徹尾無視する。
「言いましたよね?
『私は誰かの役に立ちたい』って。
それは勿論、ルング君だろうと例外ではないですよ?
……というか――」
そう言うと少女は、モジモジし始める。
冷たい外気の中、少女の頬がほんのりと赤く染まった。
「……友だちの役に立ちたいって、普通だよね?」
少女の予想外の言葉に、思わず目を丸くする。
「私たち、もう友だちだよね?
えっ……違う?
友だち……でしょ?」
反応のない俺に、自信が無くなって来たのか。
少女の声が徐々に小さくなる。
……危険だというのは、分かっているはずだ。
彼女にも、王都の異常な魔力は見えている。
魔物との戦いも激しさを増しており、余裕はない。
確実な安全などなく、1つのミスが命取りになってもおかしくない状況なのだ。
……それでも阿部さんは――
友だちの為に、命を懸けても良いと。
自身の中の恐怖を制御し、友の為に在りたいと。
そう考えている様だ。
……とことん英雄気質だな。
少女の美しい友情観に、思わず口元が緩む。
「ふっ」
「ああ! 今、笑ったでしょ! 失礼ですよ、ルング君!」
「……仕方ないでしょう。面白かったんですから」
……それ以上に、その心意気が嬉しかったのだから。
答える俺に「もう!」とむくれて、直ぐに少女は笑顔を浮かべる。
「そういうわけだから、私だけ帰そうと思っても無駄ですよ?
今、私を帰したら、丸井さんが化けて出ますからね?」
少女はそう言うと、両手を白のスカーフの前でお辞儀するように垂らす。
「……それだと恩人である丸井さんの幽霊が、阿部さんの使い走りみたいになるんですけど、良いんですか?」
俺の言葉に「ああっ! ごめんなさい、丸井さん!」と、少女は天に向かって大袈裟に謝罪して、話を続ける。
「まあ……それは置いておいて。
私も絶対に行く!
行かなきゃいけない気がします!」
確たる証があるかのように、少女は力説する。
……ひょっとして――
「天啓ですか?」
……世界魔力の動きは、見えなかったが。
知らぬ間に、阿部さんの元に天啓が下りてきたのだろうか。
俺の問いに、少女は首を横に振る。
「ううん。そうじゃないよ。
でも、そんな気がするんです!」
漆黒の瞳は静かな意志を湛えて、俺を真っ直ぐに捉え続ける。
……本当に残念ながら。
そして心底嬉しいことに。
この友人の決意が揺らぐことは、無さそうだ。
「……分かりました。
では、今日はもう少し周辺の魔物を減らしつつ、拠点を確保しましょう。
その後休みを取って、諸々の準備。
そして明日――共に乗り込みましょうか」
仕方なしにそう言うと、少女は「うんっ!」と、年相応の笑顔を浮かべたのであった。
――王都周辺に到着した2人。
しかしそこはどうやら、魔物の巣窟となっているようです。
一体何があったのか。
2人は諸々の準備をして、王都に乗り込むことを決意します。
さて、今後の2人はどうなっていくのでしょうか。
次回以降もお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう。