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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 どうして異世界に来ることになったのか。
179/245

15 治す条件。

 火木土日の週4日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

 外部()からの呼び掛けに対して、家の中の3つの魔力()の内の1()()が揺らぐ。


 コンコンコン


「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」


 再びの呼び掛けに、更に揺れが大きくなる。


 ……警戒心と安堵(・・)


 そして1番は期待(・・)


 3種の感情が渦巻いている魔力の主は、病院にやって来た足音の主だ。

 彼或いは彼女は、慎重な足取りで出入り口の扉の前(こちら)へとやって来る。


 他の2つの魔力に、動きはない。

 1つは微動だにせず、もう1つは消えてしまいそうなま(・・・・・・・・・・)()だ。


 ガチャリ


 音を立てて、ゆっくりと扉が開く。

 扉の先にいたのは、10歳前後程に見える少年だった。


 ……あの子(・・・)


 阿部さんが受けた天啓(オフーバ)は、足音の主が子どもであることを示唆していたが、どうやらそれは正しかったらしい。


「……魔術師の人が、何か?」


 茶色の爽やかな短髪に、勝気そうな目つき。

 寒さ対策なのか、毛皮で作られたポンチョが全身を覆っている。


 少年は俺の恰好(黒ローブ姿)を見て、その瞳を警戒と期待の色(・・・・・・・)で更に満たす。


 ……何だ?


 魔力で感情をある程度読み取ることが出来るからこそ、少年の様子(まりょく)に戸惑う。


 警戒は分かる。

 魔術師が見ず知らずの家を訪れる理由など、普通はない。

 故の警戒心は理解できる。


 しかし――


 ……彼は何を期待している(・・・・・・)


 考えられるのは――


「大丈夫? 名前は聞いても良い?

 何か困ってない? 君の力になりたいの!」


「えっ⁉ えっ⁉」


 思考に囚われる俺を差し置いて、阿部さんは勢い良く少年に詰め寄る。


 少女のそんな姿に抱いたのは、ほんの少しの驚きと、それなりの納得だ。


 ……こちらの世界に彼女がやって来た時には――


 引っ込み思案なのかと思っていた。


 しかしよくよく考えてみれば、共に旅立つ際、彼女を見送る人数は俺より僅差(・・)で多かった。


 ……それはきっと。

 

 彼女の積極性によって築いた人間関係だったのだろう。


 警戒心たっぷりだったはずの少年は、突如始まった矢継ぎ早の質問に、目を白黒させる。


「……阿部さん、ストップ」


「あっ……すみません」


 少女は自身の暴走に気付いたらしく、恥ずかしそうに1歩下がる。


 ……どうして阿部さんは、初対面の少年に親切にしようとするのだろうか。


 やはり天啓か?

 生来の性格か?

 それとも別の理由があるのか? 


 阿部さんのそんな姿は、少年に安心感を与えたらしい。

 心なし先程よりも、期待の色が強まっているように見える。


 故に俺は、自身の立てた予測(・・・・・・・・)を元に手札を切る。


「……君。

 もし怪我人や病人がいるの(・・・・・・・・・・)なら(・・)条件次第で力になるが(・・・・・・・・・・)


 俺の言葉に、彼は大きく目を見開く。


「どうしてそれを……」


 ……どうやら俺の予測は、当たっていた様だ。


「……君は先程、無人の病院に薬を取りに来ていただろう?」


 その言葉に彼はピクリと肩を揺らす。

 少年から驚愕の色は失せ、代わりに罪悪感を抱いた表情を浮かべる。


「……安心して欲しい。

 許可なく持っていったのだとしても、それを責めるつもりはない」


「……そうですか」


 言葉と同時に、少年はくしゃりと顔を歪めながら、肩の力を抜く。


 ……家の外から視えた、消え入りそうな魔力(・・・・・・・・・)


 そして、彼が病院に薬を取りに来ていた事実。

 それらを組み合わせて導き出した俺の推測――「怪我人か病人がこの家にいる」。


 それが少年とのやり取りによって、確信へと変わる。


「俺は治癒魔術が使えるぞ?」


 少年は俺に、祈る様な――縋る様な目を向ける。


「父ちゃんを……父を、助けてくれるんですか?」


 震える声。

 それを聞いて阿部さんは、我が事の様に緊迫した口調で俺に頭を下げる。


「ルング君、助けてあげてください!」


 少女の意志と魔道具によって制御されていたはずの(魔力)が、燃え上がる。


 ……願うような口調とは裏腹に――


 彼女の魔力からは、否と言わせる気のない圧力を感じる。


「……まずは診てからですね。助けられない可能性だってありますから」


「それで君のお父さんはどこに?」と続けると、少年はおずおずと俺たちを家の中へと招き入れたのであった。



 少年に案内された部屋――暖炉のある部屋に配置されたベッドに、少年の父親は寝かされていた。


 ……危険だな。


 筋肉質な身体全体に、包帯が巻かれており、所々で血が滲んでいる。

 その傷が熱を持ったのか、未だに痛みが引いていないのか。

 意識は無いにも関わらず、男性は苦しそうに呻き続けていた。


 ……正直な所、怪我の具合は包帯によって隠れている為、分からない。


 しかし、男性が命の危機に瀕していることは、一目瞭然だ。

 外から視えていた通り――(魔力)の輝きが、あまりにも小さすぎるのである。


 そのすぐ隣では、女性が椅子に座ったまま、男性に寄り添うようにベッドに顔を突っ伏していた。

 寝ているにも関わらず、細い手には身体を拭くための布が握られ、近くの机の上には替えの包帯と薬瓶らしきものが置かれている。

 

 おそらく少年の母親――男性の奥さんなのだろう。

 看病疲れなのか、うつ伏せのまま寝入ってしまっているようだ。


「父ちゃん、母ちゃん……」


「……治せますか?」


 心配そうに震える少年の声と、その少年に聞こえない様、俺に小声で尋ねる少女。


 そんな2人に告げる。


「治せる」


 俺の言葉に、2人の表情がパッと華やぐ。


「本当ですか⁉」

「本当に⁉」


 ……無論事実だ。


 しかし――


「ただし条件が――」


「ある」と続けようとしたところで、


「何でも受け入れます!」


 少年の躊躇のない決断の声が、俺の言葉を遮った。


「俺の腕だろうが、脚だろうが、目だろうが……命だろうが!

 何でも持ってってくれて構わない……です!

 だから父ちゃんを……助けてください!」


 少年は、深く頭を下げる。

 板張りの床に、ポタポタと水滴の落ちる音が聞こえてくる。


 そんな少年の健気な姿を見て、少女――阿部さんが口を開く。


「ルング君――」


 ……人助けに条件を提示したことを、咎められるだろうか?


 叱られるだろうか。

 だが俺は、無償で彼の父親を治す気はない。


 覚悟した俺に、少女もまた頭を下げる。


「もし必要なら、私からも取っていい(・・・・・・・・・)から。

 だからこの子とお父さん、どっちも助けて下さい」


 漆黒の髪は真摯に輝き、その言葉を聞いた少年は涙に塗れた顔を上げ、少女に向ける。


 ……阿部さんが身を挺してでも――


 この少年と父親を、助ける意味があるというのだろうか?


 予想だにしていなかった言葉に、少々驚く。


 だが、そもそも――


「……2人共早とちりは困る。

 人助けの条件に、そんなものは望まない」


 ……俺はこの世界が好きだ。

 

 家族、幼馴染、村の仲間、師匠、友人たち。

 面白おかしく生きているこの世界の住人たちが、大好きだ。


 魔物という脅威が存在していても尚、それは揺るがない。

 いや、むしろその脅威があるからこそ、彼らの事がより愛おしく感じるのかもしれない。


 ……だからこそ。


 人の命という資源の価値(・・・・・)を――重要性を、理解しているつもりだ。

「父親を助けたい」という少年の気持ちもまた同様に、理解しているつもりだ。

 

 ……故に――


 命を救う代償として、命を奪う気などあるはずもない。


「俺の提示する条件は3つ。

 俺が君の父親の怪我を治した後に、履行してもらおう。


 1つ、ウバダラン王国で何が起きているのか、知っていることを話す。

 1つ、オーブリーに人がいない理由や事情も、知っている限り話す」


 俺たちが少年を追いかけてきた目的。

 それを条件として告げる。


「はい! いくらでも話します!」


 少年は迷わない。

 先程と同様に躊躇わず、力強く頷く。


 彼は父親を――家族を助けるために、自身の身を捧げると断ずることのできる献身性の持ち主だ。

 そんな少年にとって、この程度の条件は問題にならなかったらしい。


「ルング君、後の1つは?」


 少女はこれまでとは打って変わって、柔らかい表情で俺の言葉を促す。


 先程までの必死の形相が嘘の様に、その顔は穏やかだ。


「最後の1つは……少し方向性が異なる」


 息を吸い、思い切って最後の条件を切り出す。


「家の中にも外にもあった、干し肉の作り方を教えてもらいたい」


「ぷっ」


 続けた言葉に、少年は目を丸め、少女は吹き出す。


「……たったそれだけで良いんですか?」


 命すら投げ出す覚悟をしていた少年は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「勿論。人にとって、何が重要かは異なるといういい例だな。

 どうする? 嫌ならしないが」


 少年は唖然としながらも、言葉を紡ぎ出す。


「も、勿論です!

 是非……是非、父をよろしく――お願いします……」

 

「契約成立だ」


 想いの溢れ出す少年にそう告げて、ベッドから動けない父親へと向き直る。



 ……厳しい状況だ。


 傷を負ってどの程度の時間が経過したのかは分からないが、魂の弱りようを考慮すると、通常の治癒魔術では治しきれないのが見て取れた。


 包帯を魔術で切り、傷口を表出させる。


 痛々しい怪我だ。


 大きな爪痕に、大小の噛み傷。

 冬だったのが幸いしたのか、化膿はしていない様だが、未だ傷口は開き、血がタラリと垂れ続けている。


 ……おそらくこの傷を負わせたのは――


 魔物だろう。

 それも単体ではなく、複数の魔物に襲われた可能性が高い。


 十数年前、父の負った傷より深くはないが、数が異常に多い。

 このままいけば、男性は直に失血死してしまうだろう。


 ……この傷を治すなら、世界魔力(マヴェル)が必要だ。


 しかし問題が(・・・)1()()あった。

 

 世界魔力を用いた治癒魔術は、他の魔術と異なり、世界魔力を自身に取り込む必要(・・・・・・・・・)がある。

 

 だが治療に必要な量は、この家周辺の魔力――木々によって清められた魔力(・・・・・・・)では、明らかに足りない。


 それはつまり――


 ウバダランに満ちる不気味な魔力。

 見るだけで嫌悪感を抱くあの魔力も、利用せざるを得ない(自身に取り込む)ことを意味する。


 それが問題だった。


 ……正直な話、気は進まない。


 しかし――


 ……これは契約だ。


 少年と阿部さんに目を遣る。


 自身を捧げると断言した少年。

 そんな少年も助けたいと、負担を少しでも受け持とうとした少女。


 2人の在り方は単純だ。


 幼くて。

 無垢で。

 純粋で。

 透明で。

 ひたむきで。

 真っ直ぐで。


 ……それ故に――美しい。


 そんな毅然とした決意を胸に抱く2人を前にして、「気が進まない」などという理由で逃げるのは、俺の主義に反する。


 森の周辺――それを超えて都市一帯に漂う魔力へと意識を移す。


 不安を煽る黒々とした魔力を前に、覚悟を決める。


 ……やってやる。


 この魔力を制御し切り、少年の父親を治す。

 そして彼から情報と製法を手に入れる。


 これまで幾度となくやってきた取引と、何ら変わりない。


 自身の魔力を解放し、世界に向けて拡散させる。


 ……都市周辺の魔力の捕捉――完了。


 その魔力を、自身の魔力を用いて掌握し――取り込む。


 黒々とした魔力が体内に入って来た刹那――


「ぐっ!」


 身も竦む様な感情の濁流(・・・・・)が、俺に襲い掛かったのであった。 

 ――少年と少女の想い。

 そんな2人の献身に感心した主人公は、世界魔力を取り込みましたが、どうやらいつもの感覚とは違うようです。

 さて、少年の父親をルングは治すことが出来るのか。

 次回をお楽しみに!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう

 

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