15 治す条件。
火木土日の週4日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
外部からの呼び掛けに対して、家の中の3つの魔力の内の1つが揺らぐ。
コンコンコン
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
再びの呼び掛けに、更に揺れが大きくなる。
……警戒心と安堵。
そして1番は期待。
3種の感情が渦巻いている魔力の主は、病院にやって来た足音の主だ。
彼或いは彼女は、慎重な足取りで出入り口の扉の前へとやって来る。
他の2つの魔力に、動きはない。
1つは微動だにせず、もう1つは消えてしまいそうなままだ。
ガチャリ
音を立てて、ゆっくりと扉が開く。
扉の先にいたのは、10歳前後程に見える少年だった。
……あの子。
阿部さんが受けた天啓は、足音の主が子どもであることを示唆していたが、どうやらそれは正しかったらしい。
「……魔術師の人が、何か?」
茶色の爽やかな短髪に、勝気そうな目つき。
寒さ対策なのか、毛皮で作られたポンチョが全身を覆っている。
少年は俺の恰好を見て、その瞳を警戒と期待の色で更に満たす。
……何だ?
魔力で感情をある程度読み取ることが出来るからこそ、少年の様子に戸惑う。
警戒は分かる。
魔術師が見ず知らずの家を訪れる理由など、普通はない。
故の警戒心は理解できる。
しかし――
……彼は何を期待している?
考えられるのは――
「大丈夫? 名前は聞いても良い?
何か困ってない? 君の力になりたいの!」
「えっ⁉ えっ⁉」
思考に囚われる俺を差し置いて、阿部さんは勢い良く少年に詰め寄る。
少女のそんな姿に抱いたのは、ほんの少しの驚きと、それなりの納得だ。
……こちらの世界に彼女がやって来た時には――
引っ込み思案なのかと思っていた。
しかしよくよく考えてみれば、共に旅立つ際、彼女を見送る人数は俺より僅差で多かった。
……それはきっと。
彼女の積極性によって築いた人間関係だったのだろう。
警戒心たっぷりだったはずの少年は、突如始まった矢継ぎ早の質問に、目を白黒させる。
「……阿部さん、ストップ」
「あっ……すみません」
少女は自身の暴走に気付いたらしく、恥ずかしそうに1歩下がる。
……どうして阿部さんは、初対面の少年に親切にしようとするのだろうか。
やはり天啓か?
生来の性格か?
それとも別の理由があるのか?
阿部さんのそんな姿は、少年に安心感を与えたらしい。
心なし先程よりも、期待の色が強まっているように見える。
故に俺は、自身の立てた予測を元に手札を切る。
「……君。
もし怪我人や病人がいるのなら、条件次第で力になるが」
俺の言葉に、彼は大きく目を見開く。
「どうしてそれを……」
……どうやら俺の予測は、当たっていた様だ。
「……君は先程、無人の病院に薬を取りに来ていただろう?」
その言葉に彼はピクリと肩を揺らす。
少年から驚愕の色は失せ、代わりに罪悪感を抱いた表情を浮かべる。
「……安心して欲しい。
許可なく持っていったのだとしても、それを責めるつもりはない」
「……そうですか」
言葉と同時に、少年はくしゃりと顔を歪めながら、肩の力を抜く。
……家の外から視えた、消え入りそうな魔力。
そして、彼が病院に薬を取りに来ていた事実。
それらを組み合わせて導き出した俺の推測――「怪我人か病人がこの家にいる」。
それが少年とのやり取りによって、確信へと変わる。
「俺は治癒魔術が使えるぞ?」
少年は俺に、祈る様な――縋る様な目を向ける。
「父ちゃんを……父を、助けてくれるんですか?」
震える声。
それを聞いて阿部さんは、我が事の様に緊迫した口調で俺に頭を下げる。
「ルング君、助けてあげてください!」
少女の意志と魔道具によって制御されていたはずの心が、燃え上がる。
……願うような口調とは裏腹に――
彼女の魔力からは、否と言わせる気のない圧力を感じる。
「……まずは診てからですね。助けられない可能性だってありますから」
「それで君のお父さんはどこに?」と続けると、少年はおずおずと俺たちを家の中へと招き入れたのであった。
少年に案内された部屋――暖炉のある部屋に配置されたベッドに、少年の父親は寝かされていた。
……危険だな。
筋肉質な身体全体に、包帯が巻かれており、所々で血が滲んでいる。
その傷が熱を持ったのか、未だに痛みが引いていないのか。
意識は無いにも関わらず、男性は苦しそうに呻き続けていた。
……正直な所、怪我の具合は包帯によって隠れている為、分からない。
しかし、男性が命の危機に瀕していることは、一目瞭然だ。
外から視えていた通り――魂の輝きが、あまりにも小さすぎるのである。
そのすぐ隣では、女性が椅子に座ったまま、男性に寄り添うようにベッドに顔を突っ伏していた。
寝ているにも関わらず、細い手には身体を拭くための布が握られ、近くの机の上には替えの包帯と薬瓶らしきものが置かれている。
おそらく少年の母親――男性の奥さんなのだろう。
看病疲れなのか、うつ伏せのまま寝入ってしまっているようだ。
「父ちゃん、母ちゃん……」
「……治せますか?」
心配そうに震える少年の声と、その少年に聞こえない様、俺に小声で尋ねる少女。
そんな2人に告げる。
「治せる」
俺の言葉に、2人の表情がパッと華やぐ。
「本当ですか⁉」
「本当に⁉」
……無論事実だ。
しかし――
「ただし条件が――」
「ある」と続けようとしたところで、
「何でも受け入れます!」
少年の躊躇のない決断の声が、俺の言葉を遮った。
「俺の腕だろうが、脚だろうが、目だろうが……命だろうが!
何でも持ってってくれて構わない……です!
だから父ちゃんを……助けてください!」
少年は、深く頭を下げる。
板張りの床に、ポタポタと水滴の落ちる音が聞こえてくる。
そんな少年の健気な姿を見て、少女――阿部さんが口を開く。
「ルング君――」
……人助けに条件を提示したことを、咎められるだろうか?
叱られるだろうか。
だが俺は、無償で彼の父親を治す気はない。
覚悟した俺に、少女もまた頭を下げる。
「もし必要なら、私からも取っていいから。
だからこの子とお父さん、どっちも助けて下さい」
漆黒の髪は真摯に輝き、その言葉を聞いた少年は涙に塗れた顔を上げ、少女に向ける。
……阿部さんが身を挺してでも――
この少年と父親を、助ける意味があるというのだろうか?
予想だにしていなかった言葉に、少々驚く。
だが、そもそも――
「……2人共早とちりは困る。
人助けの条件に、そんなものは望まない」
……俺はこの世界が好きだ。
家族、幼馴染、村の仲間、師匠、友人たち。
面白おかしく生きているこの世界の住人たちが、大好きだ。
魔物という脅威が存在していても尚、それは揺るがない。
いや、むしろその脅威があるからこそ、彼らの事がより愛おしく感じるのかもしれない。
……だからこそ。
人の命という資源の価値を――重要性を、理解しているつもりだ。
「父親を助けたい」という少年の気持ちもまた同様に、理解しているつもりだ。
……故に――
命を救う代償として、命を奪う気などあるはずもない。
「俺の提示する条件は3つ。
俺が君の父親の怪我を治した後に、履行してもらおう。
1つ、ウバダラン王国で何が起きているのか、知っていることを話す。
1つ、オーブリーに人がいない理由や事情も、知っている限り話す」
俺たちが少年を追いかけてきた目的。
それを条件として告げる。
「はい! いくらでも話します!」
少年は迷わない。
先程と同様に躊躇わず、力強く頷く。
彼は父親を――家族を助けるために、自身の身を捧げると断ずることのできる献身性の持ち主だ。
そんな少年にとって、この程度の条件は問題にならなかったらしい。
「ルング君、後の1つは?」
少女はこれまでとは打って変わって、柔らかい表情で俺の言葉を促す。
先程までの必死の形相が嘘の様に、その顔は穏やかだ。
「最後の1つは……少し方向性が異なる」
息を吸い、思い切って最後の条件を切り出す。
「家の中にも外にもあった、干し肉の作り方を教えてもらいたい」
「ぷっ」
続けた言葉に、少年は目を丸め、少女は吹き出す。
「……たったそれだけで良いんですか?」
命すら投げ出す覚悟をしていた少年は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「勿論。人にとって、何が重要かは異なるといういい例だな。
どうする? 嫌ならしないが」
少年は唖然としながらも、言葉を紡ぎ出す。
「も、勿論です!
是非……是非、父をよろしく――お願いします……」
「契約成立だ」
想いの溢れ出す少年にそう告げて、ベッドから動けない父親へと向き直る。
……厳しい状況だ。
傷を負ってどの程度の時間が経過したのかは分からないが、魂の弱りようを考慮すると、通常の治癒魔術では治しきれないのが見て取れた。
包帯を魔術で切り、傷口を表出させる。
痛々しい怪我だ。
大きな爪痕に、大小の噛み傷。
冬だったのが幸いしたのか、化膿はしていない様だが、未だ傷口は開き、血がタラリと垂れ続けている。
……おそらくこの傷を負わせたのは――
魔物だろう。
それも単体ではなく、複数の魔物に襲われた可能性が高い。
十数年前、父の負った傷より深くはないが、数が異常に多い。
このままいけば、男性は直に失血死してしまうだろう。
……この傷を治すなら、世界魔力が必要だ。
しかし問題が1つあった。
世界魔力を用いた治癒魔術は、他の魔術と異なり、世界魔力を自身に取り込む必要がある。
だが治療に必要な量は、この家周辺の魔力――木々によって清められた魔力では、明らかに足りない。
それはつまり――
ウバダランに満ちる不気味な魔力。
見るだけで嫌悪感を抱くあの魔力も、利用せざるを得ないことを意味する。
それが問題だった。
……正直な話、気は進まない。
しかし――
……これは契約だ。
少年と阿部さんに目を遣る。
自身を捧げると断言した少年。
そんな少年も助けたいと、負担を少しでも受け持とうとした少女。
2人の在り方は単純だ。
幼くて。
無垢で。
純粋で。
透明で。
ひたむきで。
真っ直ぐで。
……それ故に――美しい。
そんな毅然とした決意を胸に抱く2人を前にして、「気が進まない」などという理由で逃げるのは、俺の主義に反する。
森の周辺――それを超えて都市一帯に漂う魔力へと意識を移す。
不安を煽る黒々とした魔力を前に、覚悟を決める。
……やってやる。
この魔力を制御し切り、少年の父親を治す。
そして彼から情報と製法を手に入れる。
これまで幾度となくやってきた取引と、何ら変わりない。
自身の魔力を解放し、世界に向けて拡散させる。
……都市周辺の魔力の捕捉――完了。
その魔力を、自身の魔力を用いて掌握し――取り込む。
黒々とした魔力が体内に入って来た刹那――
「ぐっ!」
身も竦む様な感情の濁流が、俺に襲い掛かったのであった。
――少年と少女の想い。
そんな2人の献身に感心した主人公は、世界魔力を取り込みましたが、どうやらいつもの感覚とは違うようです。
さて、少年の父親をルングは治すことが出来るのか。
次回をお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう