13 不気味な街。
火木土日の週4日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
足音の響く暗い無人の門を抜けるとそこには、レンガの赤褐色を基調とした暖かい色合いの都市が広がっていた。
屋根はこの辺りの土の色なのだろうか、濃い赤土色の三角形型屋根――切妻屋根。
囲う外壁と合わせて、シックで落ち着いたレトロな街という印象を自然と抱く。
……この都市の名は――
オーブリーというらしい。
「広い街ですね!」
阿部さんは興奮した様に、周囲を見回す。
……少女の言う通り――
その規模は防御壁に囲われているにも関わらず、故郷アンファング村とは比較にならない。
それどころかひょっとすると、魔術学校の存在する魔術特区以上に広大かもしれない。
しかし――
シン
粘り気の強い沈黙が、耳に張り付く。
……強烈な違和感が、そこにはあった。
魔術特区並の規模だからこそ、あり得ない光景。
信じ難い景色が、眼前には広がっている。
「でも何か……おかしくないですか?」
阿部さんもまた、違和感を抱いたらしい。
直ぐに俺と同様の疑問に辿り着く。
「どうして、誰もいないんでしょう?」
舗装された道に、洒落た建物。
しかしそんな人の為の空間だからこそ、人影の一切見えないことが、余計に収まり悪く感じる。
ここまでの規模の都市なら、大なり小なり人通りがあるのが普通のはずだ。
それこそ魔術特区では常に人が――魔術師が、そこかしこで魔力や魔術を扱い、都市そのものを明るく彩っている。
偶に鬱陶しく感じるくらい、街そのものが明るく輝いているのだ。
……しかしここには――
それが感じられない。
人の活気も、食べ歩きの料理の匂いも、商人の声も。
笑顔も夢も希望も。
人の温もりが――生活感が――匂いが――生きた証が、全くといっていい程、感じられないのだ。
ビュウゥゥゥゥ!
あるのは、建物間を走る素っ気ない隙間風の音のみ。
寒々しい街に、更なる寒風が叩きつけられている。
……何がどうなっている?
分からない。
この都市が現在、どのような状況に置かれているのか、予想もつかない。
こんな大都市の人たちが、皆室内にいるなんてあり得るのか?
「……阿部さん」
……疑問は尽きない。
だが動かなければ、それを解消することもできない。
そう思い直し、周囲を警戒しつつ少女に呼び掛ける。
「とりあえず、散策してみましょう。
それで、この人気の無さの原因がわかるかも」
「……うん。分かりました」
少女は同意すると、足元を確かめるかのように、ゆっくりと街に向けて足を踏み出す。
少女に馴染んだはずの鎧や剣の擦れる音が、嫌に大きく聞こえる。
……兎にも角にも、こうして俺たちは。
人気のない侘しい街――オーブリーの探索を、始めたのであった。
コンコンコン
ガチャ――ギイィィィ
木製の扉をゆっくり開く。
静かに開けたつもりだったが、少し建て付けが悪くなっているらしい。
扉は不気味な音を立て、それに怯えるかのように、ほこりが巻き上がった。
「失礼します。どなたかいらっしゃいませんか?」
開けた隙間から首を差し入れ、室内を見回す。
入口右手には、3人掛けの木製ベンチが2つ程、壁に沿うように配置され、同型のベンチが少し間隔を空けて整列している。
そんなベンチたちの列に対峙しているのは、言うなれば窓口だ。
白を基調とした、石造りのカウンター。
赤褐色の暖かいレンガ壁に対して、清潔感を強く主張している。
人に見せるのを前提とした配色を意識していることから省みるに――
……どうやらここは、何かしらの待合室の様に思える。
脳裏に過ぎったのは、銀行の待合室だ。
呼び出されたら窓口まで出向き、金銭の授受や書類の手続きを行う。
その業務内容を考えれば、この座席と窓口の配置も納得だろう。
他に、思い付くのは――
「病院……ですかね?」
俺の背後から顔を突き出し、室内を覗き込んだ少女が、声を潜めて呟く。
「……ああ、確かに。それもあるかもしれませんね」
すっかり故郷アンファング村の診療所に、慣れ親しんでしまったが。
この部屋が受付場所だと考えると、病院の可能性も十分あり得る。
ひょっとすると奥には処置室や、入院部屋があるのかもしれない。
「……奥に行って、確認してみましょうか。
病院なら、何か手がかりが見つかるかもしれませんし」
少女にそう告げて、俺たちは施設の中へと足を踏み入れたのであった。
……この施設も入れて。
俺たちがオーブリーに来て、踏み込んだ建物は既に十数軒に上る。
しかし現在、この都市内における人との出会いはない。
……正確には、ウバダランに入国して以来、阿部さん以外の人を見ていないのだが。
それはとりあえず置いておくとしよう。
オーブリー内のどの建物――家だったり、何らかの職場だったり――を訪れても、人っ子1人発見できていないのだ。
ガチャリ
ある部屋を1人で調査していると、背後の扉が開き、
「ルング君、隣の部屋には、瓶の並んだ棚がいくつかありました。
ここが病院なら、多分薬を――」
そんなことを述べながら、阿部さんがやって来る。
少女は部屋に配置されたベッドを見て、即座に自身の言を訂正する。
「……ああ、やっぱり病院だったんですね」
少女の言葉に頷く。
「ええ……でも残念ながらここも、他の場所と同じです」
「そうですか……」と、少女は不安そうに肩を落とす。
……人がいない。
それだけなら、まだ良かったのだ。
魔物の増加や、病気の蔓延、災害。
そんな理由で住人がいなくなる可能性は、0ではない。
しかし――この都市はそうではない。
1つのベッドに目を遣る。
クシャクシャになった、掛布団がそこにはあった。
まるで誰かが抱きしめていたかのように凹んだ布団。
その形を維持したまま、埃が薄っすらと積もっているのだ。
「生活中に、いきなり人がいなくなって、放置されたみたいですよね……ここも」
俺の視線を追った少女が、ポツリと呟く。
……これまで訪れた、他の場所もまたそうだった。
既に腐り果てていたが、皿に盛りつけられたままの料理に、用意された食器。
仕事に関わる書類と思しき資料の上に、倒れたままとなっていたペン。
玩具で散らかったままの部屋。
生活の延長上で、人だけが消失したかの様な状態で、どの部屋も放置されていたのだ。
「……何かの病気が流行して、住民が一斉に逃げ出したとか?」
少女の問いに、少し考えて答える。
「だとするなら、病院には何かしらの痕跡がないとおかしいと思うんですよね」
ここが病院だと判明して、最も期待していたのはそれだ。
もし病気の影響でこの状況に陥ったのなら、治る治らないに関わらず患者たちはまず、病院に来るはずだ。
であれば、住人の居ない理由を――その痕跡を見つけることができるかもしれないと考えていたのだが。
「ああ……ここも他と同じってことは、それらしいのが見つからなかったってことでもあるんですね」
「なるほど」と阿部さんは周囲を見回して告げ、問いを重ねる。
「……魔物の襲撃とか?」
「それならそれで、遺体や血痕が残ってないのは、変だと思います」
少女は納得したように頷く。
「……確かにそうか。
それに魔物の襲撃なら、建物が壊れててもおかしくないけど、どこもそんな様子は無かった……。
でもそうだとすると――この街に何があったんでしょう?」
少女の問いに、残念ながら俺は答えを持ち合わせない。
……一応。
今後、他の建物も確認するつもりではある。
しかし期待していた病院もこの結果だった以上、他の場所にもヒントはない可能性は高いだろう。
……そうなった場合――
どんな現象が、人の居ない原因として考えられるだろうか?
「……姉さんみたいに、全員が一斉に『転移魔術』を――」
「いや、それは……さすがに有り得ないんじゃ?
クーグルンさんみたいな天才が、街に何人もいるってことですよね?
そもそも『転移魔術』って、一般的な魔術なんですか?」
「……まあ、無理ですね。
あの『転移魔術』は、姉さんが初めて開発した魔術ですし」
……トラーシュ先生ですら――
姉の『転移魔術』に、目を丸くしていたのだから。
そんな特異魔術を行使できる人間が、何人もいるとは思えない。
可能性は無いと言って、差し支えないはずだ。
「じゃあ、他の可能性は――」と少女が話そうとしたところで、
「阿部さん」
彼女に呼び掛け、自身の口の前で人差し指を立てる。
シイィィ――――
少女も俺のそんな様子を見て、話すのを止めた。
次の瞬間――
ガチャ――ギイィィィ
病院の出入り口の開く音が、静かな院内に不気味に響いたのであった。
――住人の居ない街。
一応ノックして、人の有無の確認を律儀にしている2人なのでした。
さて病院を訪れた存在は、一体何なのか。
次回をお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう