10 魔術師と少女の旅立ち。
火木土日の週4日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
……結論から言うと――
阿部さんの「ルングに同行したい」という主張は、不本意ながら認められることとなった。
シャイテル様に師匠、姉に俺。
4人の魔術師の反対があったにも関わらず、少女の要望が通ってしまったのは、俺たちが目撃した現象――阿部さんの周囲で世界魔力が輝いていた、あの現象が原因だ。
……どうやらあれは。
トラーシュ先生の言っていた、異世界転移者特有の事象だったらしい。
いわゆる天啓――「女神からのお告げ」というやつである。
俺たちの住むアーバイツ王国では、聖教国ゲルディと異なり、信仰の自由が保障されている。
つまり女神を、絶対の存在として崇めているわけではない。
それはすなわち、天啓を受けても、守る義務などない事を意味する。
しかし――
……あの光景。
まるで世界魔力から寵愛を受けているかのような。
あんな現象を見てしまえば、魔術師としては無視できない。
……天啓には、受けた者を導く力がある。
その可能性を否定することが、できなかったのだ。
……かといって――
諸手を挙げて、阿部さんの同行を認めることはできない。
ウバダラン王国。
その内部に、本当に魔王がいるのだと仮定するならば――
……そこは、魔物が溢れた死地となっているはずだ。
そんな所に素人を――前世は勇者だったが――連れて行くとなると、足手纏いになる可能性は高い。
なんなら足手纏いで済むなら、まだマシと言っていいだろう。
そんなことを考える間もなく、俺ごと殺されてしまう可能性すらあるのだから。
故に反対した魔術師たちの代表として、シャイテル様は彼女の同行に、3つの条件を設けた。
強大な魔力を、ある程度制御できるようになること。
最低限、生き残ることのできる実力を身に付けること。
以上の2つを、1ヶ月で、実現すること。
そんな3条件を提示したのだ。
その結果、どうなったかというと――
「ねえ……ルング? あそこにいるのってイスズ様だよね?
勇者の生まれ変わりの」
「……ああ、その通りだ。
異世界からやって来たそうだ」
スラリと容姿の整った少年――アンスが俺に尋ねる。
紅蓮に燃える髪と瞳。
同色のローブに通った魔力には、少年の魂の輝きが現れていた。
「そうらしいね。姉上からも聞いたよ。
一応、君たちが魔術学校に来た時にも見てるしね」
……ああ、そういえば。
「アンスが俺を見捨てたあの日か」
「君が! 私を! 騒ぎに巻き込もうとしたあの日だ!
……まあ、いいや。それはいいとしよう」
「ただ――」とアンスは奥歯に物の挟まった様子で、阿部さんに視線を向けながら尋ねる。
「どうして最近来たイスズ様の方が……君より人気があるのさ?」
アンスの燃える眼の先には、制服姿の阿部さんと――同年代と思しき少年少女たち。
ローブを着た者たちと、鎧を纏った者たち。
多数の人々が入り混じり、彼女の周囲は今、混沌と化している。
「アンス――」と俺は、尋ねた少年の肩に軽く手を置く。
ぽん
「人望というのは数でも、時間の長短でもない。気にするな」
肩に置かれた俺の手を、少年は胡散臭そうに眺める。
「私が慰められるような構図になっているが、おかしいだろう?
今日は君とイスズ様の出発の日だろうに」
……アンスの言う通り。
今日は俺が、シャイテル様から「待て」をされて丁度1ヶ月。
ようやくウバダランへと、足を踏み入れる許可が下りた日である。
つまりこの場に阿部さんがいるのは、そういうことだ。
彼女は提示条件を全て満たし、王宮魔術師総任から旅立つ許可を、見事勝ち取ったのである。
……ちなみに、そんな阿部さんの周囲にいるのは――
そんな努力する阿部さんを支えた、魔術学校及び騎士学校の面々だ。
彼女はこの1ヶ月間、ウバダランで生き残るために、魔術学校と騎士学校を利用して、自身を追い込み続けてきたらしい。
……あくまで噂だが――
俺たちと共同研究をした「雷鳴聖女」ことマナ先輩とも、阿部さんは訓練の中で仲良くなり、その縁で彼女は、聖教国にまで足を運んだと聞いている。
そんな波乱万丈な1ヶ月間。
その成果が彼女の周囲に留まる魔力と、洗練された立ち居振る舞い。
そして、彼女を慕う魔術師と騎士の集団というわけだ。
「まあ……俺には君がいるからな。そこまで凹んではいないとも」
「いや、私もどちらかというと、イスズ様を応援するために来たんだけど……。
どうせ君は生き残るだろうし」
……薄情なことに。
この友人もまた、俺ではなく阿部さん目的で見送りにやって来た様だ。
なんて酷い奴だ。
報復がてら彼の想い人に、アンスの悪評でも吹き込んでやろうか。
「おいルング! アンス!」
悲しさから嫌がらせを考えていると、ぶっきらぼうな声に呼び掛けられる。
振り返るとそこには――
「ザンフ先輩、もう俺には貴方しかいません」
「……何を気持ち悪いこと言ってるんだ、お前は」
ザンフ・ランダヴィル先輩が、無愛想な顔で立っていた。
短くスッキリと切り揃えられた茶髪に、同色のローブ。
俺と魔道具を共同開発した、大位クラス4年の先輩だ。
現在は父親が治めるランダヴィル領にて、卒業研究も兼ねた「魔道具と農地」研究を、俺が雇っている獣人三姉妹と共にしている。
しかし今日はありがたいことに、俺の元へとやって来てくれたようだ。
無論――
「ほらよ……頼まれてたブツだ」
見送りに来たわけではない。
青年は持っていた布袋を、こちらに差し出す。
「……素晴らしい。注文通りですね」
中にはいくつかの魔道具。
そしてそれらを埋め尽くすように、大量の葉っぱが入っている。
……後はこれと、姉から預かった魔石を組み合わせれば――
「にしても、こんな大量に魔物除けの葉を集めさせて……。
特に次女が文句言ってたぞ?
『社長はアタシに、嫌がらせしかしないのか⁉』ってな」
大量の葉っぱの正体は、獣人三姉妹が発見した魔物除け効果のある植物――プルスーだ。
今回、ウバダランに乗り込むに当たって、大量の魔物との遭遇が想定されたため、社員たちに用意してもらっていたのである。
「ではヴィッツンに、こう伝えておいてください。
『人の嫌がる仕事を進んでするのが、素晴らしい社会人』だと」
「別に伝えても良いが……余計怒りが加速しそうだなあ」とザンフ先輩は嫌そうに答えると、話題を変える。
「プルスーは、お前がウバダランに入ってからも定期的に家に届けるってことで良いんだよな?」
「ええ。姉が受け取る手はずになっているので、よろしくお願いします」
「了解」
「……そういえば、クーグルンさんとリッチェンさんは見送りに来ないのかい?」
ザンフ先輩と俺のやり取りを聞いていたアンスが尋ねる。
「姉さんは魔術開発中……らしい」
「らしい? お前にしては歯切れが悪いな」
揶揄う様にニヤリと笑うザンフ先輩を睨みつける。
「……具体的には教えてくれなかったんですよ。
『ひ・み・つ』だそうです」
「ルングにまで内緒なのは、珍しいねえ」とアンスは目を丸くしながら、話を続ける。
「それじゃあ、リッチェンさんは?
彼女なら見送りどころか、意地でも君に付いて行きそうなイメージがあるけど?」
……流石アンス。
慧眼である。
少年の想像通り、確かにリッチェンは「絶対に付いて行く」と言明していたのだが――
「リッチェンなら、騎士団に連行されたぞ。
遺言は『ルング! イスズ様を死守ですのよ! ピンチの時は私を呼びなさい!』だ」
「ああ……今は厳戒態勢中で、人手が足りないんだもんね。
優秀とはいえ……優秀だからこそ、彼女を特別扱いするわけにはいかないか」
俺とふむふむ頷くアンスに対して、ザンフ先輩は目を剥く。
「お前ら遺言なんて言い方したら、また怒られるぞ?」
「いやあ、ルングは兎も角、私は言ってませんし、怒られませんよ!」
「騎士団に連行された無力なリッチェンに、何か出来るとでも?」
アンスと俺の能天気な言葉に「そうかなあ」と、ザンフ先輩は首を傾げる。
そこに――
「ルングさん、お待たせしました」
ようやく混沌から解放された少女――阿部さんがやって来る。
黒いセーラー服に、白のスカーフ。
どうやら服装は、馴染んだものが良いと判断したらしい。
代わりにその手足は白銀に輝く鎧に覆われ、腰には黄金の剣が装着されている。
そして――
周囲に漂う魔力は美しく輝き、少女の魂の気高さを強く主張していた。
「いえ、大丈夫ですよ」と以前より逞しくなった少女に伝え、最後通告をする。
「それで阿部さん……準備は良いですか?
本当に出発しても良いですか?」
……これから先――
俺たちが足を踏み入れるのは他国であり、魔王がいるかもしれない地だ。
俺も諸々の準備はしているし、彼女も条件を達成したとはいえ、命の保障はない。
この1ヶ月で、彼女も痛感したはずだ。
この世界は、前世程安全な場所ではないと。
生死が隣り合う、危険な世界なのだと。
しかし――
「はい、いつでも大丈夫です。
行きましょう!
私たちの目的を……願いを叶えるために」
少女の漆黒の眼光と魔力は、毅然とした強さを湛え続けている。
「……そこまでの決意があるのなら、仕方ありませんね」と眩しい少女から目を逸らし、俺たちの会話を見守っていた2人に告げる。
「それじゃあ、ザンフ先輩、アンス。行ってきます」
そんな俺の凛々しい言葉に対して――
「ルング、君自身は兎も角、絶対にイスズ様は守りなよ?」
「そうだ、アンスの言う通りだ。身を挺して守るんだぞ?
それがお前の義務だからな?」
「2人共……俺の心配は?」
貴族の嫡男2人は、心無い言葉を笑いながら言って、
「まあ、いつも通りやってきなよ……私に被害が及ばない範囲で」
「全部終わらせてしまっても良いぞ? ウチの領地の為にな!」
やはり良識を疑う発言を、俺へと投げかけたのであった。
――真面目な出発のはずなのに、軽口を叩き合う男衆なのでした。
斯くして始まりました、ルングと阿部さんの旅。
2人の旅路の先には、一体何が待っているのでしょうか。
今後のお話を、お楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう