表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 どうして異世界に来ることになったのか。
173/245

9 王宮魔術師総任は老獪だ。

 火木土日の週4日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

 魔王――『召喚(ハール)』の能力(フェイ)を携え、魔物を制御していた存在。

 勇者がこの世界に来るきっかけを作り、その勇者と相打った者。


 今となっては、御伽噺の中の人物のはずなのだが――


 そんな魔王の再来が示唆されたことで、5人の中に沈黙が落ちる。


 最も魔王に因縁のありそうな少女――元勇者の阿部さんの表情は、不思議と落ち着いている。

 彼女がここに来たのは昨日。

 故に魔王の出現が何を意味するのか、理解できていないのかもしれない。


 彼女以外の3人の魔術師は、どこか暗い顔をしている。


 特に王宮魔術師総任(シャイテル様)の顔は、分かりやすく深刻だ。


「魔王再誕」は確定ではない。

 現存する情報に基づいた推測の域を出ていない。


 ……しかしそれでも。


 シャイテル様は立場上――能力上(・・・)、それを無視できない。


 王宮魔術師は、才ある魔術師の中でも上澄みの存在だ。


 魔術師の中の魔術師。

 天才の中の天才が、王宮魔術師と呼ばれる者たちなのである。


 そして――


 ……その頂点こそが、王宮魔術師総任シャイテル・ドライエック


 そんな彼の予測は――否、(天才の頂点)の予測だからこそ(・・・・・)、推察内容を分析し、精査し、どう対処するのかまで、考えておかなければならない。


 それ故の、痛切な表情なのだろう。


 ……しかし――


 呼吸も躊躇う沈黙の中で、俺だけは(・・・・)異なる理由(・・・・・)で黙っていた。


 ……俺の転生――俺がこの世界に生まれた理由。


 王宮魔術師(ししょう)を家庭教師に付けてもらったり、魔術学校に通ったり、人脈を広げたりすることで、少しずつ情報収集をしてきた。


 トラーシュ先生や教皇パーシュ様といった著名な存在から有益な情報を得たりもできた。


 しかしその中で、限界も感じていたのだ。


 ……もう俺は――


 俺がこの世界に来た理由を、解明できないのではないかと。

 積み重ねてきた努力は、無駄だったのではないかと。

 半ばそう思っていた。


 ……しかし。


 ここに来て、有力な情報源となりそうな存在が2人も浮上した。


 1人は――


 長椅子に座る阿部さんを盗み見る。


 ……勇者だ。


 異世界転移者にして、『転生』の能力(フェイ)の持ち主。

 女神によって愛された者。


 そんな存在なら、俺の転生理由は分からなくとも、何かしらのヒントは得られるかもしれないと考えていた。


 ……結論から言えば。


 勇者自身はその能力によって、確かに転生を成功させていた。

 彼女は今、新しい人生――阿部五十鈴としての人生を歩んでいる。


 ……しかし残念ながら――


 彼女に、勇者としての記憶はほとんどない。

 身に付けた技術は少しの切っ掛けで思い出せるようだが、『転生』に際して何が起きたのかといった記憶については、存在しなさそうだ。


 そう考えると、彼女がトラーシュ先生を「トラちゃん」と呼んだことは。

「ただいま」と言って抱きしめることができたのは、奇跡にも等しい出来事だったのだろう。


 あるいは、勇者の「親友への想いの強さ」とでも言うべきなのかもしれない。


 ……きっと、良い友人関係だったのだろう。


 そんな交友関係を結べた彼女らを、少し羨ましく思う。


 ……閑話休題。


 兎にも角にも、阿部さんに『転生』の記憶がない以上、当てには出来ない。


 加えて彼女がこの世界へとやって来たのは、明らかに俺より後だ。

 それを加味すると、俺がこの世界に来た理由を、彼女が知る可能性は低いだろう。


 ……そうなると――


 当てになりそうなのは1人しか残っていない。

 それこそが、勇者の対として語られる魔王である。


 ……『召喚(ハール)』の発動条件や内容は、未だ不明だ。


 しかし「勇者の召喚は魔王の『召喚』が関わっていた」というトラーシュ先生の証言から考察するに、魔王は異世界召喚について、何か知っているに違いない。


 ……つまり「魔王が実在するかもしれない」というこの状況は――


 俺が抱き続けてきた謎を解決する、最後の糸口となるかもしれないのだ。

 逃すわけにはいかない。


「シャイテル様」


 沈黙を破って、王宮魔術師総任の名を呼ぶ。


「……なんだい? ルング君」


「魔王の存在を仮定した場合、アーバイツ王国の――各国の動きってどうなるのでしょうか?」


「そうだね……」とシャイテル様は、慎重に言葉を選ぶ。


「……まずは様子見かな。


 緊急連絡用魔道具の使用は、厳密な規定が設けられていてね。

 3日間は、各国動けない(・・・・)んだ。

 その間に緊急事態認定国――今回であればウバダラン王国――に、他国からの干渉があった場合、侵略――内政干渉として扱うという取り決めがある。


 故に私たちはその3日間で、認定国(ウバダラン)以外の国々と連絡を取り、各国の方針確認をする予定だよ」


「足並みを揃えるのが社会人だからね」と、シャイテル様は師匠に視線を向け、茶目っ気たっぷりの様子でニヤリと笑う。


「並行して、国外からの調査は開始する予定だ。

 ……今回の魔力濃度測定も、その一環だね。


 こちらが干渉を抑える3日間で、認定国の反応が一切なければ、救難必須国として指定することになる。


 そうなってようやくウバダラン内に踏み込むことが可能になるのだが――」


 そう言うと、王宮魔術師総任は考え込む様に腕を組む。


「そこから先の流れは断言できないね。

 魔王がいるという指針の元に動くのか、調査結果から指針を立てるのか。


 加えて現状、魔物の増加で手一杯の状況だ。

 我が国だけならまだしも、友好国のことまで考えると、ウバダランに人員を派遣する余裕はない。


 人命最優先が陛下の方針だからね。


 それも考えると、ウバダランへの調査は魔物の増加が落ち着いてからになると思うよ?


 魔王の討伐はその後かな。


 もし魔王が確認されて、その存在が国家や世界の存続に大きく関わると判明すれば、また話は変わるだろうけどね」


「そうですか……」


 ……であれば――


 一刻も早く、俺は魔王を探し出さなければならない。

 ウチの国では魔王討伐の猶予はまだありそうだが、他国がどうかは分からない以上、俺の目的――俺の転生の真実を明らかにするためにも、どこよりも早く魔王を確保しなければならない。


 ……学校はどうにでもなるとして。


 問題はどう乗り込むか――


「ああっ!」


 悲鳴にも近い声が、阿部さんと師匠を挟んだ直線上であがる。


 視線を向けると、姉がこちらに白魚の様に輝く人差し指を突き付けていた。


「……何だ、姉さん。

 急に大声を出して。皆驚くだろう」


「ルンちゃん、そんな常識人ぶったことを言っても、私は誤魔化されないよ?」


 ニヤリと姉は勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ルンちゃん、1人でこっそり魔王に会う気でしょ?

 お姉ちゃんには、バレバレなんだから!」 


 姉の言葉で、場には静寂が舞い降りる。

 しかし――


 ……はっ⁉


 俺の心中は、あらゆる感情が強く渦巻いていた。


 驚きに自然と目が見開かれる。


 ……信じられない。


 驚愕と困惑。

 恐怖と感心。


 ……鋭い鋭いとは、以前から思っていたが。


 姉は今、俺の思考を読み切ったのだ。


 表情、仕草、雰囲気、魔力。


 自身の持ち得る全ての情報を駆使し、彼女は俺の考えを見事言い当てていた。


「そうなのかい? ルング君?」


 ……当てられたのなら仕方ない。


 シャイテル様の問いに、渋々頷く。


「ルング……貴方ねえ」と、師は呆れた様に言い放つ。


「既にこれは国家間の問題なんですよ?

 そんな中、貴方の興味ために単独行動(抜け駆け)なんて許すわけないでしょう」


「よりにもよって師匠から常識を説かれるなんて……屈辱です」


「失礼な!」と騒ぐ師匠を無視して告げる。


「……確かに俺は、魔王と会いたいと思っていますが」


「危ないからダメ!

 この事件が終わってから、会えば良いじゃない!」


「それで魔王が討伐されてたらどうする」


「その時はその時!」


「そんなの認められるものか」


 俺と姉の言い合いを、シャイテル様はじっと聞きながら、おもむろに口を開く。


「……ルング君、どうして君は魔王に会いたいんだい?」


 ……無論、言うまでもなく。


 俺がこの世界に転生した理由を尋ねるためだ。

 しかしこの場で、それを明かす気はない。


「強いて言うなら、俺の目的の為に」


「その目的とやらは?」


「言う気はありません」


 王宮魔術師総任はこちらに鋭い青を向けると、ふとその圧を和らげる。


「……ルング君を調査あるいは討伐任務の名の元、ウバダランに派遣するのはアリかもしれないね」


「ええっ⁉ 何で⁉」


「どうしてですか?」


 姉と師匠が同時に疑問の声を上げる。


 ……だが――


 俺にはわかる。

 シャイテル様の考えていることが。


「……魔術特性――能力的に、あらゆる場面に対応しやすいからですよね?」


 補給も少ない他国での活動に際して、最も優先される能力は、戦闘能力でも研究能力でもない。


 有事の際の適応性。

 危機的状況における機転。

 最善でなくとも、及第点は確実にたたき出す安定性。


 それらを総合した対応能力が必要なのだ。


 ……そういう意味では。


 全ての属性魔術を扱える俺という駒は、適任といえるだろう。


 俺の言葉に、シャイテル様は頷く。


「勿論、それもある」


「でもさあ」と、姉が告げる。


「だったらシャイ先生、私でも良いよね!

 私もルンちゃんと同じ位、魔術使えるよ?」


 ビシッ挙手した姉をチラリと見て、シャイテル様は告げる。


「……確かに能力だけなら、クーグルン君もアリだ。

 ただ、社会的な立場を考える(・・・・・・・・・・)と、ルング君の方が望ましい」


 そう言うとシャイテル様は、姉に言い聞かせる様に語る。


「クーグルン君は大位を修了し、現在は修位クラス。

 修位クラスにその若さで進学した者は、過去5人もいないんだよ。


 加えて君の場合、大々的に顔と名前が売れてしまっているからね」


「でもシャイ先生、それはルンちゃんも同じじゃない?」


 シャイテル様は俺に目を向けて、お茶目に笑う。


「それは否定できないが、ルング君の場合は君がいるからね。

 言ってしまえば彼には、『天才の姉』という隠れ蓑があるわけだ。


 おかげで君程目立っていないし、年齢も15歳と若い。

 仮に他国でやらかしてしまったとしても、多少のおいたは言い訳しやすい」


「ぐぬぬ……」


 シャイテル様の理路整然とした語りに、姉は悔しそうな様子だ。


「だから――」と紳士は姉に微笑みかけると、続いて俺に瞳を向ける。

 その青の瞳には、有無を言わせない強い意志が込められていた。


「ルング君、君を推薦しても良い。

 必要であれば、単独行動も許可しよう。


 ただし……条件がある」


「……どんな条件ですか?」


 ……ここまでシャイテル様が、譲歩してくれるのなら――


 俺に文句はない。

 しかしその譲歩の大きさ故に、この老紳士から提示される条件は警戒に値する。


 シャイテル様の青の意志に真っ向から対峙すると、姉の時と同様に彼は微笑む。


「……安心しなさい。そんなに警戒しなくていいよ。

 私も鬼ではないしね。


 私の出す条件はただ1つだ。


 ウバダランに乗り込む(・・・・・・・・・・)タイミング(・・・・・)

 それは私が許可を出してからにして欲しい」


「如何せん、他国との兼ね合いもあるからね」と、王宮魔術師総任は肩をすくめる。


 ……流石シャイテル様だ。


「一刻も早く乗り込みたい」という俺の心情を、彼も見透かしていたらしい。


「……どの程度待てば?」


「大体1ヶ月くらいを目安に待ってもらおうかな。


 その間の魔王討伐の可能性は、非常に低いだろうしね。


 存在の特定もまだだし、それ以上に。


 各国が魔物の脅威にさらされている現状、どの国も原因究明より、国の維持を優先するはずだ。

 それを加味すると、ウバダランの調査に取り組むのは、早くても1ヶ月以上はかかるだろう。


 それに――」


 王宮魔術師総任は、俺の瞳を覗き込む。


「君も準備期間が欲しそうに見えるよ?」


 ……確かに。


 魔術も魔道具も物資も。

 ウバダランに乗り込むことを考えると、準備したい事は多々ある。


 そういう意味で、シャイテル様の条件と俺の希望はある程度合致しているのだが――


 ……嵌められたか?


 話が旨すぎる。

 まるで最初から、シャイテル様の掌で転がされていたかのような。


 そんな敗北感に包まれる。


 ……まあ、良いだろう。


 この敗北感は、いずれどこかで晴らすとしよう。


 とりあえず、ウバダランに行く許可は下りたのだ。


 そんなことを考えていると――

 

「「「「っ⁉」」」」


 この場にいる魔術師全員に衝撃が走り、ある一点に皆の視線が注がれる。


 ……何だ、この現象は⁉


 世界魔力(マヴェル)だ。

 世界魔力(マヴェル)が、阿部さんの周囲を取り(・・・・・・・・・・)巻き(・・)異常に輝いている(・・・・・・・・)のだ。


 姉も師匠もシャイテル様も。

 この現象に釘付けだ。


 魔術師たちは目を皿にして、この未知の現象を分析しようとしている。


 ……阿部さんは大丈夫か?


 世界魔力を見る限り、害意はなさそうだが。

 皆の驚愕をよそに、中心にいる阿部さんは落ち着き払った様子で目を瞑っている。


 ……白の輝きの中――


 魔術師たちは誰も口を開かない。


 しかしふとしたタイミングで――


「「「「あっ」」」」


 全員の集中の先にいる阿部さん――その周囲の世界魔力が、同時に消失する。


 ……阿部さんに聞いてみなければならないが。


 おそらくこれは――


「私も!」


 俺の思考を遮る様に。

 阿部さんは瞑っていた目を開くと、強い言葉を告げる。


「私もルングさんに同行したいです!」 


 改めて告げられたその言葉に、魔術師(俺たち)4人は――


「危ないよ⁉」


「ダメに決まっているでしょう?」


「断ります。足手まといは要りません」


「許可は出来ないね」


 合わせたかのように、反対の声を上げたのであった。

 ――王宮魔術師総任のシャイテル様は、中々老獪なのでした。

 そしてレーリンがまともなことを言っていると、こちらとしては落ち着かない気持ちになったりします。

 さて、阿部さんの周囲で輝いていた世界魔力(マヴェル)は何だったのか。

 次回をお楽しみに!


 ※体調不良で1日空けることとなってしまいましたが、どうにか持ち直しました。

 今後も頑張って投稿していくので、よろしくお願いします!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ