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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 どうして異世界に来ることになったのか。
171/245

7 王宮魔術師は微笑む。

 火木土日の週4日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

「おい……レーリン。

 お前、私の領域(へや)に何しに来たんだ?」


 円形に開けた場で、銀髪の少女がその黄金の瞳を不快そうに細める。


 トラーシュ・Z(ツァウベアー)・ズィーヴェルヒン。


 魔術学校学長にして長命種(エルフ)の歴戦の魔術師が、ドスの利いた声を突き刺す。


「何をしにきたと問われると……哲学的ですね。

 人とは移ろう存在ですから」


 鋭い言葉の切っ先を煙に巻こうとするのは、桜色の髪と瞳を持つ王宮魔術師だ。

 漆黒のローブはボロボロに擦り切れ(・・・・・・・・・)所々が焦げや砂に塗れ(・・・・・・・・・・)ている(・・・)


「ところで、私は悪い事してませんよね?

 新しい仕事のために、クーグとルング(弟子たち)を探していただけです。

 いやあ、見つけられて良かった! 非常に苦労しましたよ!」


「……阿部さんは兎も角、俺たちは魔力抑えていたよな?」


「うん。残存魔力を視認できない程度には抑えてたはずだよ?

 それにこの森は、トラ先生の魔力が満ちているから、私たちを探せるはずないんだけど……」


 ……あらゆる点で人間離れしていることは知っていたが。


 感知能力すら、この人は普通ではないらしい。


 慄く姉弟(おれたち)には目もくれず、師匠(かいぶつ)は言い訳を続ける。


「魔力を探してたら、この部屋の前に辿り着いたんです。

 中からは弟子たちと、おばあちゃん、それに見知らぬ魔力。

 これはチャンス(・・・・)だと思って……」


「チャンス……ほう、何のだ?」


「おばあちゃんへの――あっ」と師匠は口元を手で覆う。


 銀髪の魔術師は、そんな桜色の魔術師を見下ろす(・・・・)


「トラ先生、そんなの決まってるじゃない?」


 2人の会話に、姉のクーグルンが割って入る。

 ニヤリといたずらっ子のような可愛らしい笑みが、その相貌には浮かんでいた。


「あんな魔力で乗り込んできたんだから、トラ先生を倒そうとしてたんだよね?

 だって先生、いつも言ってたもんね!

『チャンスがあれば、トラ先生とシャイ先生(王宮魔術師総任)をこてんぱんにする』って!」


「しー! しー!」と、人差し指を唇に当てて、正座をさせられている(・・・・・・・・・・)桜色の魔術師は、どうにか隠蔽を図ろうとするが無駄だ。


 既に俺たちに侵入意図が見透かされている以上、トラーシュ先生を誤魔化せる道理はない。


「……あわよくば、俺たちも参戦させようとしてましたよね?

 協力者なのか、囮にするつもりだったのかはわかりませんが。


 トラーシュ先生に挑むなら、1人で挑むのが筋でしょうに」


 師匠は俺の言葉に頬を膨らませる。

 それが少し様になっているのが、尚の事こちらの感情を逆なですることを、師は理解した方が良い。


「クーグ! ルング! あなた達はもっと師匠を庇うという心意気を見せなさい!

 私が侵入して早々に、私を迎撃する(・・・・・・)なんて弟子の風上にも置けませんよ?


 そんなんだから、特にルングは友だちが少ないんですよ?」


「師匠にだけは、言われたくないです。

 友だちがいなくて、王宮魔術師の中でもハブられてるくせに。

 魔術師会名誉出禁のくせに」


「違いますうぅぅ。

 ハブられてませえぇぇぇん!

 出禁は食らいましたが、私を理解できないあの人たちが悪いんですうぅぅぅ!」


 ……襲撃犯の分際で。


 目前の魔術師から、反省の色は見えない。

 正座した下半身とは対称的に、その上半身は両手を頭の後ろで組み、拙い口笛を吹いている。


「トラーシュ先生……処理し(やっちゃい)ましょう。

 なんなら俺が、どこかに沈めてきても良いですよ?

 世の為人の為俺の為に」


「そうだよ、トラ先生!

 こんなことが二度と起こらない様に、燃やしちゃおうよ!

 後顧の憂いは絶っておいた方が良いよ!」


 姉弟の願望に、トラーシュ先生は珍しく躊躇う様な声を出す。


「気持ちは理解できるが、一応こんなのでも王宮魔術師。

 シャイテル(あの子)を敵に回すのは面倒だ」


 王宮魔術師総任シャイテル・ドライエック。

 トラーシュ先生と並び立つ、最強の一角。


 ……個人的には、どちらが勝るのか見てみたい。


 しかし長命種(エルフ)の魔術師に、その気はない様だ。


「ううぅぅ……誰も私の心配はしてくれないんですね」


 メソメソと、師は憐れになるくらい下手な嘘泣きを披露する。


 ……本気で許される気は、あるのだろうか。


 姉もそうだが、突飛な発想を持つ者(天才)の思考は読み切れない。


「お前がここに来た目的は『私を倒すため』ということで良いんだな?」


 凍てつく様な黄金の瞳にしかし、師は恐れる様子を見せない。


「それが第1でしたけど……他の用件もできました」


 じっ


 その桜色の視線を、他所(よそ)に移す。


「その子は――その子の異様な魔力は何ですか?

 弟子たちとトラーシュ先生に、どんな関わりがあるんですか?」


 師匠は辛さも見せず正座を維持したまま、好奇心に輝く瞳を制服の少女――阿部さんへと向けたのであった。




「へええ。勇者の転生……良い魔力してますね。

 どうですか?

 人でなしの弟子たちと協力して、私の仕事を手伝ってくれませんか?」


 阿部さんについての説明を聞いた師匠は、下から(・・・)その手を、制服の少女に向けて差し出す。


「阿部さん、労働環境最悪(ブラック)だから、止めた方が良いですよ?

 そして師匠はどうして正座(そんな)状態で、勧誘できるんですか?」


「見直しちゃいました?」


「見損ないました」


「辛辣ですねえ」


 師匠は視線を阿部さんから外さずに、そう答えると――


「それに――転移して――元勇者――。

 観測現象と照ら――」


 阿部さんに差し出した手を口元に遣り、何事かをブツブツ呟き始める。


「先生?」


「遂に狂いましたか?」


 スッ


 師匠は俺たちに応えず、滑らかな動作で立ち上がる。

 それと同時に――


「いっちゃん!」


「阿部さん!」


「えっ⁉」


 姉と共に、阿部さんを守る様(・・・・・・・・)に、その場を飛び退く。


 鼓動は大きく胸を叩き、冷や汗が全身から染み出す。


 その場に吹き荒れ始めたのは――魔力だ。

 師匠から噴出した、桜色の魔力である。


 高出力で吹き出すそれはみるみる濃縮され、密度を増す。


 炎の様に――血の様に――甘やかな桜色は毒々しい紅色へと染まっていく。


 色が濃くなればなるほど魔力は禍々しさを増し、その圧を高める。


「トラーシュ先生」


 最年少王宮魔術師が、長い歴史を生きる魔術師へと問う。


「トラーシュ先生。

 現在、アーバイツ王国(我が国)、獣極国、聖教国及びその他の国々にて、魔物の急激な増加(・・・・・・・・)が観測されました。

 それはこの子――」


 師は話を区切り、チラリと阿部さんを見つめる。


「アベイスズさん――異世界転移者が原因ですか?

 或いは元勇者という存在に、何かしらの関わりがあると思いますか?」


 先程までとは打って変わって、真剣味の強い声。

 寒気すら走る、冷徹な声色だ。


 殺気の籠った瞳は、長命種の魔術師を捉えている。


 ……魔物の増加だと?


 近年、魔物が増加傾向にあったことは把握している。

 それが理由で、師匠(この人)と聖教国ゲルディを訪れたのだから。


 ……あの時は――


 師匠の魔術によって、原因と思しき巨大な魔物を滅ぼした。

 聖教国周辺に存在する魔物を、師匠が領土ごと一掃したのだ。


 その結果、俺たちはこちらに戻ってきた。


 ……しかし師匠の深刻な口ぶりから察するに。


 あの時以上の魔物の増加が、起きている。

 我が国でも、姉が訪れた獣極国でも、聖教国でも、他の国々でも。


 ……それは――


 各国存亡の危機。

 そう言って、差し支えない大問題のはずだ。


 ……だからこその、この殺気か?


 もしも阿部さんが原因なら、この場で排除してしまおうと。

 師匠は――この魔術師は、そう考えているのだ。


 たとえ姉弟(弟子たち)や、トラーシュ先生(最強の魔術師)が敵に回ろうとも。


 それでも国益を取ると。

 桜色の王宮魔術師は、魔力でそう告げている。


「……原因ではない。

 しかし、関わりはあるかもしれないな。


 この子たちにはもう話したが、勇者アンビスが私たちの世界に来たのは、魔王の能力(フェイ)――『召喚(ハール)』の影響が大きいという説が主流だ」


「そして――」とトラーシュ先生は、王宮魔術師の圧に屈さず続ける。


「そして勇者の生きていた時代も、同様に魔物の増加は観測されていた。

 勇者の召喚()()もな」


「では、この子をどうにかしても(・・・・・・・)――」


「今、観測されている『魔物の増加』という事態が、収拾する可能性は低い。

 他の可能性を模索することを、お前には勧めよう。


 それでもこの子をどうにかしたいと言うのなら――」


 トラーシュ先生はその黄金の瞳を閉じる。


 瞬間――


「私が相手になろう」


 桜色の嵐に、黄金と白銀の暴風が拮抗する。


クーグルン(・・・・・)、ルング。

 あなた達は、どうしますか?」

 

 刺すような殺気が、こちらに向けられる。

 それは決断を迫る声。

 生死の選択を迫る、刺々しい声だ。


「先生! そんなの決まってるよ!」


「そうですよ、答えはすでに出ています。師匠」


 しかし俺たちは屈しない。


 ……舐めてもらっては困る。


 阿部さんと出会って、経った時間は然程多くない。

 未だ謎は多く残っている。


 しかしそれでも。


 少ししか接していなくても、分かることはある。


 背後に庇う制服姿の少女に、目を遣る。


 彼女は良い子だ。

 遠慮がちで、少し不安そうにしていて。

 それでも俺たちの邪魔にならない様に気を遣う、普通の(・・・)良い子だ。


 前世が勇者なだけ(・・・・・・・・)の、ごく普通の学生だ。


 そんな子を、魔物増加の原因である可能性があるから(・・・・・・・・)といった薄い理由で排除するのは、俺の信条に反する。


 人は宝であり(・・・・・・)大きな資源だ(・・・・・・)

 人は可能性に溢れてい(・・・・・・・・・・)()


 金、権力、力。


 俺がそれらを求めたのは、身近な人たちを守りたかったからだ。


 家族を。

 村を。

 友人を。

 学友を。

 先輩を。

 社員を。


 時の経過に伴ってその輪は広がり、今では国外にすら守りたい人たちが存在する。


 その人たちを。

 その人たちが切り開いていく未来を、俺は守りたいのだ。


 阿部さんはもう――その輪の中に入っている。


 そんな人を粗末に扱うつもりは、俺にはない。


 ぐっ!


 考えは違えども結論は同じだった様で、姉もまた阿部さんを庇いながら、臨戦態勢に入る。


 師匠はそれを見て――


「そうですか」


 嬉しそうに(・・・・・)微笑み(・・・)、桜色の殺気を消した。


「もう……トラーシュ先生(おばあちゃん)、怖いですよ?

 早く魔力(それ)、しまってくれません?」


「……良いだろう」


 黄金と白銀もあっけなく消え、森は瞬く間に静寂に包まれる。

 

 少しの不安と、気まずさ。

 しかし師匠はそれを感じていないかのように、静かに切り出す。


「しかし流石に、アベさんの事は報告しなきゃいけません。

 なのでアベさん――」


 じっと優しそうに輝く桜色の瞳を、制服の少女に向ける。


「総任――私の上司と会っていただけませんか?

 その後、私たちの国を、世界を、見てみたくありませんか?」


 大義を背負いながらも、大らかで温かい声。

 1度差し出された手が、再び王宮魔術師から差し出される。


「えっと……その――」


 キョロキョロと所在なさそうに、周囲を見回す少女に、前世からの友人が告げる。


「イスズ、お前が自分で選ぶべきだ。

 怖ければ私と一緒に居ても良い。

 人の短い一生程度、いくらでも共にしてやるぞ?」


 長命種(エルフ)の言葉に少女は頷き、姉と俺の顔を見て、もう一度頷く。


「ありがとう……トラちゃん。

 でも私、沢山知りたいです。

 前の私(勇者アンビス)の事も、今の私の事も。

 どうして私が、この世界に来ることになったのかも。


 だから私……行きたいです!

 この世界のことを知りたいです!」 


 そう言うと少女は俺たちの背後から飛び出して、王宮魔術師の手を取る。


 彼女と出会って、初めて見る強固な意志。

 その声に便乗しようとして(・・・・・・・・)――


「ちなみに言っておきますけど、クーグ(・・・)とルングは同行しなさい!

 私の分まで働くの、確定ですからね?」


 師匠に先手を取られる。


 ……やれやれだ。


 どうやら姉弟(俺たち)の思考など、師匠には筒抜けだったらしい。


「当たり前だよ! まあ、先生の仕事はやる気ないけどね!」


「……当然だ。

 後、仕事に関しては、師匠が相場より高めに金を寄越すのなら考えても良い」


「弟子たちからの尊敬(リスペクト)が、足りない……」


 姉弟の照れ隠しと師匠の悲し気な声が、森を満たしたのであった。

 ――こうして主人公たちは、王宮魔術師総任の元に行くことになったのでした。

 ちなみにトラーシュ先生は、本気で阿部さんと過ごすことを画策していた模様。

 さて、魔術師たちと元勇者の今後は如何に。

 次回をお楽しみに!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう

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