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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 どうして異世界に来ることになったのか。
170/245

6 偉大な魔術師は転生した勇者の膝の上に。

 来週も火木土日の週4日更新予定でしたが、諸事情で明日12月1日(日)は更新できません。

 よって次回の投稿は、12月3日(火)となる予定ですので、よろしくお願いします。

 投稿時間は午前6時台の予定です!

「この子――イスズは勇者アンビスの転生者だ。間違いない」


 長命種(エルフ)の魔術師――トラーシュ先生は、いつもの口調で話し出す。


 淡白。

 冷静。

 無愛想。


 情も愛もなさそうな落ち着いた口ぶり。


 しかし――


「ううううぅぅぅ――ぐすっ、ぐすっ」


 パシャリ


 黄金の目元と整った鼻は、まるで先程まで泣いていたかの様に真っ赤である。


 そして――


 なでなで


 パシャリ


 真っ直ぐ流れる銀髪の上には、温かく柔らかい手が乗せられている(・・・・・・・・・)


 制服の少女――阿部(あべ)五十鈴(いすず)さん。

 異世界からの来訪者にして、勇者の生まれ変わりの少女の手である。


 勇者の転生者と長命種(エルフ)の魔術師の感動の再会を終えて。

 現在、トラーシュ先生は阿部さんの膝の上に、ちょこんと抱きかかえられていた。


「よ……よがっだねえぇぇぇぇ! どらぜんぜいいぃぃぃ!」


 先程から泣き続けている姉が、更に涙の流量を増やす。

 姉の漆黒の目からは、こちらが心配になるくらいの量の涙が零れ落ちている。


 パシャリ


 そんな姉を見て、抱えられた銀髪少女が呆れた様に呟く。


「おい、クーグルン、もう泣くな。

 どうしてお前が、そんなに泣いているんだ。


 そしてルング、ニヤニヤするな。顔は無愛想でも、魔力が笑っているぞ?

 後、お前が開発した魔道具――画像を記録する魔道具のことは知っている。

 中身は検閲するからな?」


「断ります。俺に何の利益もありませんから」


「こいつ……」


 悪態をつく魔術師。

 しかしお人形の様に抱えられている少女に、いつもの威厳や迫力などあるはずもなかった。


 そんなお人形もといトラーシュ先生が、自身を撫で続ける少女に尋ねる。


「そしてアンビスの転生者――イスズ。

 お前はいつまで私の頭を撫でるつもりだ?」


「す、すみません……身体が勝手に」


 ……自分で阿部さんの膝の上(そこ)に、座ったのに。


 そんなことを思ったが、口にはしない。

 わざわざ虎の尾を踏む必要はないのだ。


「別に……悪くない。続けたければ続けるがいい」


「ずずっ……いっちゃんにかかれば、トラ先生も形無しだね!」


 照れ臭そうに呟くトラーシュ先生に、姉が鼻を啜りながら告げる。


 パシャリ


 ギロリ


 魔道具の気配に気付き、魔術師はこちらを鋭い目つきで睨みつける。

 それでも彼女の黄金と白銀の魔力は、ふわふわと浮かれ続けていた。


「……兎も角、再度断言しておこう。

 彼女は勇者アンビスの転生者だ。

 外見は瓜二つの上、魔力――魂は同じ。


 そもそも、こんな強大な魂の持ち主は、2人といまい。


 イスズ、転生前の記憶はないんだな?」


 魔術師は撫でられながら、頭を阿部さんの方に傾ける。

 すると背後の少女は、申し訳なさそうに答えた。


「はい……すみません」


「謝る必要はない。

 ……忘れている割には、私の呼び方を覚えていたようだが」


「ええと――」と阿部さんは嬉しそうに微笑む。


「この部屋に来て、トラちゃん――トラーシュ様を見て、何となく『言わなきゃ』って思ったんです」


 ……たとえ記憶はなくとも。


 それでも勇者アンビスは、トラーシュ先生(ともだち)のことを覚えていると。

 彼女と過ごした日々は、魂に刻まれていると。

 そう伝えたかったのかもしれない。


「そうか」と魔術師は、阿部さんの言葉を噛みしめる様に目を瞑る。


「まあ……良いだろう。

 折角私に会いに来てくれたのだからな。

 ありがとう、イスズ。

 それと――」


 トラーシュ先生は伏し目がちに礼を言って続ける。


「私の呼び方は、トラちゃんで構わん。


 ……何だ、そこの姉弟。

 文句があるなら受けて立つぞ?」


 こちらにひと睨み寄越すと、魔術師の顔は普段通りの無愛想なものへと戻る。


「それでイスズ、今回はオフーバ(・・・・)を受けたのか?」


 阿部さんだけでなく、姉と俺も首を傾げる。


「オフーバ?」


「新しい魔術かな?」


「だが、阿部さんが受けたと言ったぞ?

 魔力の活性もないし、魔術の可能性は低くないか?」


 戸惑う俺たちに、偉大な魔術師は口を開く。


「これは伝わらないのか……年代格差ジェネレーションギャップというやつか。

 オフーバは言うなれば、女神からの天啓――お告げだな。


 異世界転移者たちには、基本的に天啓(オフーバ)があったはずだぞ?

 アンビスが悩んだ時に、よく『降りてきた』と言っていたものだ」


「それ、ちょっと怖くない?」


「おそらく幻覚だな。

 勇者も疲れていたのだろう。

 阿部さんはそうならない様に、気を付けよう」


「あはははは……」


「お前たち……」


 こそこそとそんな軽口を叩きながら、俺の頭の中を疑問符が飛び交う。


 ……天啓? 女神からのお告げ?


 そんなもの、俺は受けた覚えがない(・・・・・・・・・・)


 トラーシュ先生は俺の顔――あるいは魔力を見て、ほんの少しだけ目を見開く。


「そういえば……ここ(・・)に来た時、優しい声で言われた気がします。

『ここで待ちなさい。そうすれば貴女の願いは叶うでしょう』って」


 阿部さんは口元に手を遣り、思い出すように告げた。


「そこまで具体的な天啓は、勇者特有のものなのかもしれないな。

 他の異世界転移者たちの天啓は、能力(フェイ)の説明が多かったはずだ」


「フェイ?」


「元々備わってる特殊技能みたいな感じだよ!

 世界魔力(マヴェル)が関わっててね――」


 姉が阿部さんに説明している間も、トラーシュ先生の瞳は俺を捉え、問い続けている。


「お前は天啓を受け取らなかったのか?」と。


 ……ない。


 左右に首を振り、魔術師に示す。


 そんなものはなかった筈だ。


 死んだ時も。

 光のない謎の空間にいた時も。

 この世界に誕生した時も。


 俺に女神からの導きなどなかった。


 家族や村を守ること。

 自身の転生理由と手段を探ること。


 常に俺は自分自身の意志で、進む道を決めてきたはずだ。


 ……であればこれは――


 大きな情報(・・・・・)だ。


 異世界転移者たちが受ける、女神からの天啓。

 しかし俺には無かった天啓。


 これが「転生」と「転移」の違いによって、生じたものなのか。

 それとも異世界出身の中で、俺だけ(・・・)が受けていないのか。


 後者だとすれば、俺が(悪い意味で)特別扱いされている理由はなんなのか。


 これを紐解くことが、俺の転生の秘密に繋がっている。

 そんな気がする。


 ……願わくば――


 単に「俺が女神様に嫌われていた」などという理由ではないことを祈りたい。


「……ちなみに能力(フェイ)について、女神から説明されたか?」


 姉が能力の説明を終えたタイミングで、トラーシュ先生が自身を抱える少女に尋ねる。


「それは……なかったと思います」


「……そうか」


 言葉と同時に、トラーシュ先生の目が魔力で輝く。


「ただイスズは、世界魔力(マヴェル)との繋がりがかなり大きい。

 それを考えると、アンビス同様に『転生』の能力を持っていてもおかしくはないな。


 ……まあ、試すわけにはいかないが」


「『転生』……生まれ変わりってことですよね?」


「ああ。少なくとも、お前の前世――アンビスはそれを持っていた。

 そしておそらく、それがあったからお前は今、アベイスズとして生きている」


「そうなんですね……」


 阿部さんは、荒唐無稽なはずの話を、すんなりと受け入れる。

 おそらくそれが出来るのは、前世の経験が大きい。


 勇者アンビスとして、魂に刻まれた想い――歴史。

 

 トラーシュ先生とのやり取りを見る限り、彼女のそれを疑う余地はない。

 

 故にこの世界を受け入れる下地は、勇者アンビスとして生きていた500年前に、整えられていたということなのだろう。

  

「……いっちゃんは、どうして私たちの世界に来たのかなあ?」


 途中から黙りこくっていた姉が、突然切り込む。


 ……確かに。


 制服の少女が勇者の転生者というのは、種々の要素から納得できる。


 しかし、そんな少女が再びこちらにやって来た理由は、全くと言っていいほど明らかになっていない。


「何故でしょう……」と、阿部さんは眉根を寄せる。


 どうやら本人にも、見当がつかないらしい。

 

 ……それなら――


「トラーシュ先生、阿部さんの前世――勇者アンビスは、どうしてこちらに来ることになったんですか?」 


 折角の前世なのだ。

 勇者アンビスの情報を元に、推測を立てるのも悪くないだろう。


 質問の矛先を向けられたトラーシュ先生は、チラリと阿部さんに視線をやる。


「アンビス本人から聞いたわけではないが……『召喚魔術(ハールフン)』の影響だと言われているな。

 お前たち、魔王の話は知っているか?

 イスズは知らなくても仕方ないが」


「俺は聖教国で多少聞きましたが……」


 チラリと姉に視線を向けると、彼女はコクリと頷く。


「私も聞いたよ! 

 人間で、『召喚(ハール)』の能力を持ってるんだよね?

 パーちゃん(・・・・・)が教えてくれた!」


 どうやら姉も、俺より先に聖教国を訪れた時に、魔王について聞いていたらしい。


 ……パーちゃん?


 室内の空気は温かい。

 そのはずなのに、俺の背筋に寒気が走る。


 まさかそれ、聖教国教皇パーシュ様のことじゃ……。


 姉をじっと見つめると、ニコニコしながら手を振る。


 可愛らしい。

 しかしそれ以上に、恐ろしい。


 そんな戦慄する俺を、トラーシュ先生は無視して告げる。


「それなら話が早いな。

 イスズも、頭に置いておけ。関係があるかもしれないからな。


 勇者の召喚理由だが、未だ完全解明には至っていない。

 しかし、勇者召喚(それ)と同時期に、魔王が自身の能力(フェイ)――『召喚』と、それを利用した『召喚魔術』を発動したのが観測された。


 そこから立った仮説が『魔王の〈召喚〉あるいは〈召喚魔術〉に呼応して、〈勇者召喚〉ないし〈異世界人の召喚〉が起きた』というものだ」


「じゃあ魔王は自分の能力で召喚された勇者に、やられちゃったの?」


「皮肉な話だが、そういう事になるな」


 魔王の『召喚』(能力)と『召喚魔術』。


 それらによって、過去の勇者が召喚されたというのなら。


 ……今、勇者の転生者である阿部さんが、ここに来た(召喚された)のは――


「……阿部さんがいるのは、誰かが『召喚』を扱ったってことですか?」


「それは絶対ではないな。

 異世界転移の理由は、別に『召喚』(それ)だけというわけでもない」


「では――」と、歴史の目撃者(トラーシュ先生)に問いを重ねる。


「勇者と同じように、魔王も生まれ変わる(・・・・・・・・・)ことはありますか?」


「さて……どうだろうな? 

 魔王の能力は、あくまで直接戦闘とそこから得られた情報を元に推測したに過ぎない。

 魔王本人に尋ねたわけではない。


 つまり、戦闘には必要のない能力を、魔王が所持していた可能性はあり得る。


 稀だが、複数の能力を持つ者も確認されているしな。

 魔王がそうだった可能性は、0ではない」


「じゃあ、魔王と同じ能力――『召喚』を持つ人が、生まれる可能性は?」


「同様に0ではない――というより、そちらの方はかなりあり得るな。

 ここ500年でも何人か存在し()たし、魔術学校(ここ)に通っていた子もいる」


 トラーシュ先生は、姉弟(おれたち)に視線を向ける。


「なにせその内の1人が、『召喚魔術』を体系化したからな。


 言っただろう?

『召喚魔術』の研究もここではできると」


 ……つまり、トラーシュ先生の言葉が正しければ――


 阿部さんが俺たちの世界に来た理由は不明。

 しかしそれに魔王や『召喚』の能力が関わっていることもあるということだ。

 

 ……ひょっとすると。


 阿部さんの転移の原因と、俺の転生に関連性がある可能性すら存在する。

 彼女の転移理由(それ)を明らかにすることで、俺の転生の真実に届くかもしれない。


 ぎゅっ


 拳を握る。


 15年。


 暗闇の中を探し続けて、ようやく掴んだ糸口。

 これを活かして――


 ズウゥゥゥゥン


「ひゃっ⁉」


 部屋が揺れる。


 木々の葉はさわさわと音を立て、枝に留まっていた鳥たちは驚いて飛び立つ。


 聖教国で遭遇した巨亀。

 アレの歩行や尾の攻撃の際に生じた振動を優に超える、酷い揺れだ。


 しかし、


 ズウゥゥゥゥン!


 それを引き起こしているであろう魔力には、心当たりがある。

 否、心当たりしかない。


 ドオオォォォン!


 3度目の正直。


 遠くで響いていた轟音が内に響き渡り、魔術の粋を集めた扉が吹き飛ぶ。


 トラーシュ先生の世界へと侵入してきたのは、爆炎と黒煙だ。


 破壊の限りを尽くした炎の中から、声が轟く。


「ようやく見つけましたよ! 弟子たち! 

 私が助けに来てあげました!」


 姿を現したのは、桜色の髪に黒のローブ。


「……またか」


 無表情のはずのトラーシュ先生の顔には、呆れの色が張り付いている。


「さあ、クーグ! ルング!

 トラーシュ先生(おばあちゃん)を倒して、私のお仕事を手伝ってもらいますよ!」


 我らが師匠レーリン・フォン・アオスビルドゥング。

 王宮魔術師の女性が、トラーシュ先生の領域内に殴り込んできたのであった。

 ――阿部さんに撫でられる大魔術師。

 それを姉弟は、温かく見守っていたのでした。

 ちなみにトラーシュ先生は、ルングの魔術への探求心は天啓が原因だと考えていたため、驚愕していました。

 さて、侵入した王宮魔術師の目的は如何に。

 次話をお楽しみに!


 ※諸事情により、12月1日(日)は更新できません。楽しみにしていた方は申し訳ありません。

 次回の投稿は、12月3日(火)の予定ですので、そちらをお楽しみにして頂ければ幸いです!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう!

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― 新着の感想 ―
主人公が最初に助けた女の子がこの勇者ちゃんで、勇者ちゃんを女神が呼ぼうとしてたのに運悪く妨害する感じになったから、主人公が助けたということ自体を無くすために、その時点の主人公の存在自体を異世界に移して…
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