7 村長と家畜の観察。
本日3話投稿予定の2話目です。
次回は18時以降に投稿予定です。
姉が初めてヴァイを育て上げて数ヶ月。
冬空に太陽の日差しが降り注ぐ、小春日和の日のことだ。
「おう、お前たち! 今日も精が出るなあ!」
家畜たちを畑に放牧していると、声をかけられた。
力強く野太い声。
しかしその声色は非常に明るい。
声の主に視線を向けると、そこに立っていたのは、高い背丈と隆起した筋肉を持つ男。
彫刻のような筋肉の凹凸が、服を押し上げ、その腕や脚は巨木のように太い。
目も大きく、彫りの深い顔立ち。
一見すると、恐れられてもおかしくない風貌の男なのだが。
しかし隠しきれない人の好さが、どことなく全身からにじみ出ている男でもある。
「村長! こんにちは!」
少し離れた所から聞こえる、姉の挨拶。
そう。何を隠そうあの男こそ、俺たちの住むアンファング村の村長――ブーガである。
「そんちょー。こんにちは」
「おいっす。二人共、そっち行ってもいいかあ?」
「「いいよー」」
俺たちの許可が出ると、村長は我が家の畑に足を踏み入れた。
子ども相手でも、律儀に許可を得て入るあたりに、村長の人柄が出ている。
村長はその肉体美を揺らしながらやって来ると、
「……お前たち、何してるんだ?」
俺たちのしていることについて尋ねる。
……何をしてるかというと――
「みてのとおり、かちくのかんさつだ」
「観察だよ!」
こちらに駆け寄ってきた姉と、答えが重なる。
「ねーさん、はしらないほうがいい。またころぶぞ」
以前も同じように畑の中を走り、全力で転んで酷い目に遭っていただろうに。
あの時の姉の嵐のような号泣は、未だに俺のトラウマなのだ。
きっと死ぬまで忘れないに違いない。
「大丈夫でしょ! それに転んだら、ルンちゃんが治してくれるでしょ?」
確かに傷が良くなる魔術は、既に身に付けている。
だがそれはあくまで怪我を治す魔術ではなく、自然治癒力を高める魔術でしかない。
「それでもきをつけてくれ。しんぱいだ」
……大怪我だと治せないかもしれないし。何より、姉の悲しむ顔なんて見たくない。
だからできる限り、気を付けて欲しい。
「ルンちゃんったら、心配性なんだから」
そんないつも通りの俺たちに対して、
「お前たち姉弟は、ホント仲が良いなあ」
村長はそんなことを言いながら、先程の俺たちみたいに家畜の様子を見ている。
しかし村長が居ようとお構いなしに、家畜たちはいつも通り畑に残ったヴァイを食むだけだ。
「家畜たち、なんか違うのか? 見てる限りだと、いつもと何も変わらないように見えるが」
村長の疑問も尤もだ。
俺たちも、普通に見ていたら、家畜たちの変化には気付かない。
「とりあえずかんさつしてるのは、どうぶつたちのけんこうじょうたいとまりょく」
「健康状態? 魔力?」
「うん! 後、フンも観察してるよ!」
「フンまで? そんなもん観察して、何が楽しいんだ?」
姉と俺の言葉に、村長は再び不思議そうに動物たちを眺める。
だが、この観察作業は楽しい楽しくないというよりも、念の為という意味合いの方が強い。
「いまのところ、そこまでたのしくはない。
ただ、ねーさんのそだてたヴァイを、どうぶつがたべたらどうなるのかは、みておきたい」
「それと、食べられたヴァイがどうなったのかとかも見ておきたいかなあ!」
俺たちの言葉に、ようやく合点がいったようで、村長は膝を打つ。
「ああ! クーグルンが育てたっていう噂のヴァイか!」
姉の育てたヴァイ。
普段父が育てているヴァイとは完全に別物の、異質のヴァイ。
すなわち――
「確か、魔力がヴァイに宿ってるんだよな?
そのヴァイを食べた家畜が、どうなるのかを観察してるのか!」
魔力を宿したヴァイ。
姉が水の魔術で育てた――普通の水で育てたのもあるが――ヴァイである。
この季節の放牧は毎年の事だ。
放牧した家畜たちは、収穫を終え畑に残されたヴァイを餌として食べ、フンとして畑に排出する。
そのフンが、再び次のヴァイを育てる肥料となる。
それが父の農地のサイクルなのだが――姉のヴァイによって、今回は少し勝手が違う。
姉のヴァイは、魔力を持っている。
人間が食すと、魔力を回復させたり、酔わせたりする作用があるのだが、動物が食すとどうなるのかは、未だ分からない。
食べることで、俺たちのように魔力が回復するのか?
魔力に酔うのか?
あるいは、人間にはなかったような反応を示す可能性もある。
村長の様にムキムキになったり。
魔力が回復だけではなく、増大したり。
ちょっと危険な方向だと、爆発四散したりするかもしれない。
それに――
「そうそう! それに魔物になったら、私たちも村の皆も困るもんね!」
俺が家畜たちに思いをはせている間に、姉は俺たちが最も恐れている事態を、村長へとあっさり告げたのであった。
――新しい登場人物の村長です。
魔物の話はまた次回するかもしれません。
ちなみに村長は、用があってルングたちの農地に来たのですが、その目的はまた後のお話で。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!