5 少女は待ち続けた少女と再会する。
今週も火木土日の週4日更新予定です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「ここも変わらないねえ!
森の維持に、どれだけ魔力が使われているんだろうね?」
「見える魔力だけでも、尋常じゃない量だからな……魔石に詰めて売りたいな」
「そしたら、がっぽがっぽだね!」
呑み込まれた扉の内側。
そこには面接の時と変わらず、広大な深緑が広がっていた。
吹く風は生い茂る葉を揺らし、爽やかな香りを運ぶ。
木々の1本1本、枝葉の1つ1つに濃厚な魔力が通い、生命力に満ち溢れ青々とした葉たちは、陽光を気持ち良さそうに浴び、輝いている。
外の世界――この教室の外の季節は冬だ。
しかし室内には、植物にとって居心地の良い空間が展開されている。
ぐるりと室内――最早完全な屋外にしか見えないのだが――を見回すと、この空間を形作っている要因に自然と目が惹き付けられる。
魔術だ。
数多の魔術によって、この部屋――場は管理されているのだ。
入口に存在していた『転移魔術』のみならず、『火・水・土・風の基本4属性魔術』に『強化魔術』や『光属性魔術』まで施されている。
各所で魔法円が輝き、絶妙なバランスとタイミングで魔術が発動することによって、この植物だらけの空間を成立させているのだ。
おそらくだが、俺の把握できていない魔術が、他にもあるのだろう。
……後で姉さんと、使用魔術の答え合わせでもするか。
ちなみに昔、諸々の不可抗力によって生まれた破壊の跡は、既に無かったものとなっている。
おそらくそれもまた、魔術によって修復されたに違いない。
魔術を観測しながら、3人で歩を進めていると――
……阿部さんは、この森をどう思ってるのだろう。
そんなことが、ふと気になった。
魔術に慣れた俺たちですら、目を輝かせる不可思議空間。
それに対して異世界出身の少女がどう反応するのか、少し興味がある。
驚いているのだろうか。
それとも先程の様に――エルフの話をした時の様に、笑顔を浮かべているのだろうか。
あるいは深い森を恐れる可能性もある。
こっそりと少女の表情を窺う。
すると――
「いっちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
姉が心配そうな声色で、少女に尋ねる。
なぜなら――
少女の横顔。
森を見回すその相貌には、何故か深い感慨が浮かんでいたからだ。
故郷を懐かしむ様な。
慈しむ様な。
祈りにも似た温かい郷愁が、少女の顔を彩っていた。
「えっ⁉ す、すみません。ぼうっとしちゃって」
「こんな所でのんびりできるなんて……いっちゃん大物だねえ!」
照れ笑いを浮かべる少女の背を、姉はポンポンと叩く。
傍目から見ると、仲睦まじい癒される光景なのだが――
……どうして、そんな顔が出来る?
疑問は尽きず、とめどなく溢れる。
俺たちの居る世界は、彼女にとって異世界のはずだ。
初めて訪れる場所。
思い入れの無い場所のはずだ。
いくらこの森が美しいとはいえ、どうしてそんな表情ができる?
田舎出身だったりするのだろうか?
植物に囲まれて生活していたのだろうか?
仮にそうだとしても、彼女の浮かべていた表情は――そこから読み取れた温かい感情は、その程度の思い入れではない様に思えた。
深い森を進んでいくと、円型に開けた場が徐々に見えてくる。
その中心には、1人の美しい少女が佇んでいた。
3人の中で最も背が低いのは、阿部さん――制服の少女だ。
しかし、そんな彼女に輪をかけて小柄な少女が、円の中心からこちらを見つめている。
腰よりも長く伸びた銀髪に、美しく輝く黄金の瞳。
上質な布で作られた滑らかな白のローブは、少女の全身を柔らかく包んでいる。
精巧に作り込まれた人形。
そう言われても違和感のない、美貌の少女である。
……しかしそんな整った容姿以上に、目を引くのは――
「今日は凄いねえ!
私、あんなトラ先生、初めて見たかも!」
「そうだな。いつもなら完全に制御されてるもんな」
少女から吹き出す、圧倒的な魔力。
俺たちをここまで導いた黄金と白銀。
少女の瞳と髪色に染まった魔力はどうやら、魔術の余波から生じたものではなく、少女自身から直接放出されたものだったらしい。
……珍しい。
トラーシュ先生と出会って約3年。
幾度かあの恐るべき魔術師と遭遇したことがあるし、手合わせすら何度かしたことがある。
しかし彼女の魔力は、どんな時でも常に制御されていた。
「生きることそのものが、魔術への探求である」
それが魔術師トラーシュ・Z・ズィーヴェルヒンの在り方だ。
繊細な魔力制御によってそれを体現する姿は、何度見ても感動させられる。
しかし――
今のトラーシュ先生からは、それが感じられない。
まるで溢れる感情を制御できないかのように、少女からは魔力の嵐が吹き荒れている。
……からかい過ぎたか?
そんなことを考えて、首を振る。
入室前に姉とふざけながら、あの偉大な魔術師のことを阿部さんに伝えてしまったが、あの程度で怒る程、少女の気は短くない……はずだ。
齢1000歳は伊達じゃない……と思う。師匠ならともかく。
念の為トラーシュ先生を――その魔力を観察して、確信を得る。
……良かった。
彼女は俺たちに対して、怒っているわけではない。
その怒りの発露として、魔力を放出しているわけではない。
それどころか――
魔力は告げている。
叫んでいる。
トラーシュ先生の複雑な感情を、気持ちを、想いを。
声高に主張し続けている。
懐古、思慕、後悔、悲喜。
懐かしく、愛しく、悔しく、悲しく、嬉しい。
その複雑極まりない感情の嵐はおそらく、年月の重みによって生じたものだ。
長い長い――人間の生よりも遥かに長い、心の積み重ね。
その想いの大きさが、あの歴戦の魔術師を、昂らせているのだろう。
「――」
制服姿の少女は、その魔力を見て、柔らかい笑みを浮かべている。
駄々をこねる妹を見る様に。
おねだりする幼子を見る様に。
穏やかに微笑んでいる。
その笑顔には、慈愛と親愛の情が溢れている。
1歩進む毎に姉弟と歩む少女は笑みを深め、到着を待つ銀髪の少女は黄金の目を、徐々に見開いていく。
黒制服の少女と白ローブの少女。
図らずも対照的な色合いの2人の少女の魔力は、距離を詰めれば詰める程混ざり合い、深く繋がっていく。
調和と親和。
黄金と白銀の魔力は、少女の無垢な魔力を愛おしそうに迎え入れる。
そんな魔力の挙動は、トラーシュ先生の激情の対象を明確に示している。
俺たちと共に歩む少女――阿部五十鈴さん。
異世界からやって来た少女に、トラーシュ先生の想いは向けられている。
それはつまり――
そこまで思考を進めて、ようやくある予測に至る。
……まさか。
鼓動が高鳴り、思考が回り始める。
強大な魔力、魔力を見る目、言語習得速度。
……もしそれらが――
異世界転移者の特典などではなく、少女が以前得た力なのだとしたら。
そして少女を心から歓迎するトラーシュ先生――その魔力。
少女が長命種の少女に向ける、天使の様な微笑み。
それらを総合して、最もあり得る結論は――
……まさか阿部さんは。
彼女は――
俺の気付きを裏付ける様に、いつも無愛想なトラーシュ先生の目が、黄金とは異なる輝きに揺れ始める。
「ルンちゃん」
「……ああ。阿部さん、お先にどうぞ」
トラーシュ先生の元に辿り着く直前、姉と俺は示し合わせて足を止める。
どうやら姉も、俺と同様の結論に辿り着いたらしい。
少女は立ち止まった2人の行動に、少し目を剥き、
「ありがとうございます」
礼を告げると、少女は黄金の瞳に再び歩み始める。
……すまない、リッチェン。
守れと言われた以上、離れるべきではない。
しかし、この500年来の再会に横槍を入れる程、鈍感ではないつもりだ。
少女の足取りには、躊躇いも怯えも見られない。
よそ見することなく、待ち続けた少女に向けて歩を進める。
そして――
遂に少女は、トラーシュ先生の元へと辿り着いた。
手を伸ばせば触れられる距離。
やって来た異世界の少女に、長命種の少女は告げる。
「おかえり」
黄金の瞳に貯まっていた、透明な雫が頬を伝う。
……やはりそうか。
隣で姉は息を呑む。
銀髪の少女が発したのは、たった一言だ。
けれどその言葉には、少女の狂おしい程の想いが溢れていた。
いつもの淡々とした響きはなく。
ぶっきらぼうな物言いも、無愛想な態度も、鳴りを潜めている。
籠められていたのは、一途な想い。
一目会いたくて。
声が聞きたくて。
触れたくて。
離れ離れになった少女を待ち続けた、少女の念願。
そんな切なる願いが、ようやく叶った喜び。
再会を望み続け、やっと辿り着いた少女の歴史全てが、その一言には詰まっていた。
少女は言葉を重ねる。
「おかえり……勇者アンビス」
1度溢れ出した想いは止まらず、頬を流れ続ける。
震える肩。
風に揺れる銀髪。
そんな長生きの少女の想いが籠った言葉を、阿部さんは正面から受け止める。
「ただいま……トラちゃん」
制服姿の少女――勇者アンビスの生まれ変わりの少女は、穏やかに応えながら、待ちくたびれた長年の友人を、優しく抱きしめたのであった。
――ようやく出会えた2人。
多少アレな姉弟も、空気を読んだのでした。
さて、制服少女こと阿部さんが、勇者とはどういうことなのか。
次回をお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!