表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
15歳 どうして異世界に来ることになったのか。
169/245

5 少女は待ち続けた少女と再会する。

 今週も火木土日の週4日更新予定です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

「ここも変わらないねえ!

 森の維持に、どれだけ魔力が使われているんだろうね?」


「見える魔力だけでも、尋常じゃない量だからな……魔石に詰めて売りたいな」


「そしたら、がっぽがっぽだね!」


 呑み込まれた扉の内側。

 そこには面接の時(以前)と変わらず、広大な深緑が広がっていた。


 吹く風は生い茂る葉を揺らし、爽やかな香りを運ぶ。

 木々の1本1本、枝葉の1つ1つに濃厚な魔力が通い、生命力に満ち溢れ青々とした葉たちは、陽光を気持ち良さそうに浴び、輝いている。


 外の世界――この教室の外の季節は冬だ。


 しかし室内(ここ)には、植物にとって居心地の良い空間が展開されている。


 ぐるりと室内――最早完全な屋外にしか見えないのだが――を見回すと、この空間を形作っている要因に自然と目が惹き付けられる。


 魔術だ。

 数多の魔術によって、この部屋――場は管理されているのだ。


 入口に存在していた『転移魔術』のみならず、『火・水・土・風の基本4属性魔術』に『強化魔術』や『光属性魔術』まで施されている。


 各所で魔法円が輝き、絶妙なバランスとタイミングで魔術が発動することによって、この植物だらけの空間を成立させているのだ。


 おそらくだが、俺の把握できていない魔術が、他にもあるのだろう。

 

 ……後で姉さんと、使用魔術の答え合わせでもするか。


 ちなみに昔、諸々の不可抗力(・・・・・・・)によって生まれた破壊の跡は、既に無かったものとなっている。


 おそらくそれもまた、魔術によって修復されたに違いない。



 魔術を観測しながら、3人で歩を進めていると――


 ……阿部さんは、この森をどう思ってるのだろう。


 そんなことが、ふと気になった。


 魔術に慣れた俺たちですら、目を輝かせる不可思議空間。

 それに対して異世界(にほん)出身の少女がどう反応するのか、少し興味がある。


 驚いているのだろうか。

 それとも先程の様に――エルフの話をした時の様に、笑顔を浮かべているのだろうか。

 あるいは深い森を恐れる可能性もある。


 こっそりと少女の表情を窺う。

 すると――


「いっちゃん、どうしたの? 大丈夫?」


 姉が心配そうな声色で、少女に尋ねる。


 なぜなら――


 少女の横顔。

 森を見回すその相貌には、何故か(・・・)深い感慨が浮かんでいたからだ。


 故郷を懐かしむ様な。

 慈しむ様な。


 祈りにも似た温かい郷愁が、少女の顔を彩っていた。


「えっ⁉ す、すみません。ぼうっとしちゃって」


「こんな所でのんびりできるなんて……いっちゃん大物だねえ!」


 照れ笑いを浮かべる少女の背を、姉はポンポンと叩く。

 傍目から見ると、仲睦まじい癒される光景なのだが――


 ……どうして、そんな顔が出来る?


 疑問は尽きず、とめどなく溢れる。


 俺たちの居る世界(ここ)は、彼女にとって異世界のはずだ。


 初めて訪れる場所。

 思い入れの無い場所のはずだ。


 いくらこの森が美しいとはいえ、どうしてそんな表情ができる?


 田舎出身だったりするのだろうか?

 植物に囲まれて生活していたのだろうか?


 仮にそうだとしても、彼女の浮かべていた表情は――そこから読み取れた温かい感情は、その程度の思い入れではない様に思えた。




 深い森を進んでいくと、円型に開けた場が徐々に見えてくる。


 その中心には、1人の美しい少女が佇んでいた。


 3人(おれたち)の中で最も背が低いのは、阿部さん――制服の少女だ。

 しかし、そんな彼女に輪をかけて小柄な少女が、円の中心からこちらを見つめている。


 腰よりも長く伸びた銀髪に、美しく輝く黄金の瞳。

 上質な布で作られた滑らかな白のローブは、少女の全身を柔らかく包んでいる。


 精巧に作り込まれた人形。


 そう言われても違和感のない、美貌の少女である。


 ……しかしそんな整った容姿以上に、目を引くのは――


今日は凄いねえ(・・・・・・・)

 私、あんなトラ先生、初めて見たかも!」


「そうだな。いつもなら完全に制御されてるもんな」


 少女から吹き出す(・・・・)圧倒的な魔力(・・・・・・)


 俺たちをここまで導いた黄金と白銀(魔力)

 少女の瞳と髪色に染まった魔力はどうやら、魔術の余波から生じたものではなく、少女自身から直接放出されたものだったらしい。


 ……珍しい。


 トラーシュ先生と出会って約3年。

 幾度かあの恐るべき魔術師と遭遇したことがあるし、手合わせすら何度かしたことがある。


 しかし彼女の魔力は、どんな時でも常に制御されていた。

 

「生きることそのものが、魔術への探求である」

 

 それが魔術師トラーシュ・Z(ツァウベアー)・ズィーヴェルヒンの在り方だ。


 繊細な魔力制御によってそれを体現する姿は、何度見ても感動させられる。


 しかし――


 今のトラーシュ先生からは、それが感じられない。

 まるで溢れる感情を制御でき(・・・・・・・・・・)ない(・・)かのように、少女からは魔力の嵐が吹き荒れている。


 ……からかい過ぎたか?


 そんなことを考えて、首を振る。

 入室前に姉とふざけながら、あの偉大な魔術師のことを阿部さんに伝えてしまったが、あの程度で怒る程、少女の気は短くない……はずだ。


 齢1000歳は伊達じゃない……と思う。師匠ならともかく。

 

 念の為トラーシュ先生を――その魔力を観察して、確信を得る。


 ……良かった。


 彼女は俺たちに対して、怒っているわけではない。

 その怒りの発露として、魔力を放出しているわけではない。


 それどころか――


 魔力は告げている。

 叫んでいる。


 トラーシュ先生の複雑な感情を(・・・・・・)気持ちを(・・・・)想いを(・・・)

 声高に主張し続けている。


 懐古、思慕、後悔、悲喜。


 懐かしく、愛しく、悔しく、悲しく、嬉しい。


 その複雑極まりない感情の嵐はおそらく、年月の重みによって生じたものだ。

 長い長い――人間の生よりも遥かに長い、心の積み重ね(・・・・・・)

 その想いの大きさが、あの歴戦の魔術師を、昂らせているのだろう。


「――」


 制服姿の少女は、その魔力を見て、柔らかい笑み(・・・・・・)を浮かべている。


 駄々をこねる妹を見る様に。

 おねだりする幼子を見る様に。


 穏やかに微笑んでいる。


 その笑顔には、慈愛と親愛の情が溢れている。 


 1歩進む毎に姉弟(俺たち)と歩む少女は笑みを深め、到着を待つ銀髪の少女は黄金の目を、徐々に見開いていく。


 黒制服(セーラー服)の少女と白ローブの少女。


 図らずも対照的な色合いの2人の少女の魔力は、距離を詰めれば詰める程混ざり合い、深く繋がっていく。


 調和と親和。

 黄金と白銀の魔力は、少女の無垢な魔力を愛おしそうに迎え入れる。


 そんな魔力の挙動は、トラーシュ先生の激情の対象を明確に示している。


 俺たちと共に歩む少女――阿部(あべ)五十鈴(いすず)さん。

 異世界からやって来た少女に、トラーシュ先生の想いは向けられている。


 それはつまり――


 そこまで思考を進めて、ようやくある予測(・・・・)に至る。


 ……まさか(・・・)


 鼓動が高鳴り、思考が回り始める。


 強大な魔力、魔力を見る目、言語習得速度。


 ……もしそれらが――


 異世界転移者の特典な(・・・・・・・・・・)どではなく(・・・・・)少女が以前得た(・・・・・・・)力なのだとしたら(・・・・・・・・)


 そして少女を心から歓迎するトラーシュ先生――その魔力。


 少女が長命種(エルフ)の少女に向ける、天使の様な微笑み。


 それらを総合して、最もあり得る結論は――


 ……まさか阿部さんは。


 彼女は――


 俺の気付き(・・・・・)を裏付ける様に、いつも無愛想なトラーシュ先生の目が、黄金とは異なる(・・・・・・・)輝きに揺れ始める(・・・・・・・・)


「ルンちゃん」


「……ああ。阿部さん、お先にどうぞ(・・・・・・)


 トラーシュ先生の元に辿り着く直前、姉と俺は示し合わせて足を止める。

 どうやら姉も、俺と同様の結論に辿り着いたらしい。


 少女は立ち止まった2人(俺たち)の行動に、少し目を剥き、


「ありがとうございます」


 礼を告げると、少女は黄金の瞳に再び歩み始める。


 ……すまない、リッチェン。


 守れと言われた以上、離れるべきではない。

 しかし、この500(・・・)年来の再会(・・・・・)に横槍を入れる程、鈍感ではないつもりだ。


 少女の足取りには、躊躇いも怯えも見られない。

 よそ見することなく、待ち続けた(・・・・・)少女に向けて歩を進める。


 そして――


 遂に少女は、トラーシュ先生の元へと辿り着いた。


 手を伸ばせば触れられる距離。

 やって来た異世界の少女に、長命種の少女は告げる。


おかえり(・・・・)


 黄金の瞳に貯まっていた、透明な雫が頬を伝う。


 ……やはりそうか。


 隣で姉は息を呑む。


 銀髪の少女が発したのは、たった一言だ。


 けれどその言葉には、少女の狂おしい程の想いが溢れていた。


 いつもの淡々とした響きはなく。

 ぶっきらぼうな物言いも、無愛想な態度も、鳴りを潜めている。


 籠められていたのは、一途な想い。

 

 一目会いたくて。

 声が聞きたくて。

 触れたくて。


 離れ離れになった少女を待ち続けた、少女の念願。

 そんな切なる願いが、ようやく叶った(・・・・・・・)喜び。


 再会(・・)を望み続け、やっと辿り着いた少女の歴史(500年)全てが、その一言には詰まっていた。


 少女は言葉を重ねる。


「おかえり……勇者(・・)アンビス(・・・・)


 1度溢れ出した想いは止まらず、頬を流れ続ける。


 震える肩。

 風に揺れる銀髪。


 そんな長生き(エルフ)の少女の想いが籠った言葉を、阿部さんは正面から受け止める。


ただいま(・・・・)……トラちゃん(・・・・・)


 制服姿の少女(阿部さん)――勇者アンビス(・・・・・・)の生まれ変わりの少女(・・・・・・・・・・)は、穏やかに応えながら、待ちくたびれた長年の友人(トラーシュ先生)を、優しく抱きしめたのであった。

 ――ようやく出会えた2人。

 多少アレな姉弟も、空気を読んだのでした。

 さて、制服少女こと阿部さんが、勇者とはどういうことなのか。

 次回をお楽しみに!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ