5 騎士は魔術師たちを仲裁する
現在、火水木土日の週5回更新中です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「初期座標と最終座標を魔力で繋げてしまうのはどうだ?」
そびえ立つ紙々を背に、黒髪無表情の少年――ルングが提案する。
すると正面で対峙する少女――クー姉が、同様に紙山を背景に応じた。
「魔力で任意の2地点を繋げるって、ルンちゃんはイメージしているのかな?
でも魔力を繋げても、移動はできないでしょ?」
「そこは『魔術化魔術』の応用でいけるんじゃないか?
質量体を魔術に変換するのが可能なら、質量体を魔力に変換することもできるだろ」
少年の見解に、少女も自身の魔術観をぶつける。
「それは可能かもしれないけど、現実的じゃないんじゃない?
私たち、起こす現象はともかく、その火種に関してはまだ研究が足りてないと思うの。
今のルンちゃんの考えって『人を魔力に変換分解』後、初期座標と最終座標を結んだ魔力経路を利用して送り込み、『届いた魔力を元の人型に再構築する』って感じでしょう?」
「そうだ。
魔力なら、遮蔽物があっても透過するだろ」
「それはそうだけど、元の人型に再構築出来るとは限らないんじゃない?
人を魔力に変換したとして、どの程度の量になるかもわからないし、その変換した魔力を寸分違わず再構築することって、できるのかなあ?
最低でもトラ先生並みの繊細な魔力制御能力が、必須になるよね?
それに実験の流れ的に、何かしらの物質から始めて最終的に人体実験に至るわけだけど、判明してない致命的な齟齬が、人体実験で生じた場合、マズいんじゃない?」
「人体実験の危険性は、どの魔術実験にも存在するだろう?
……まあでも、トラーシュ先生並みの精緻な魔力制御は、まだ厳しいだろうな。
加えて、俺たちが今扱っている魔力は所詮、魂から生じる余波。
存在そのものを変換した場合の魔力量は、想像もつかないか……」
「後、仮に『術者を魔力に変換し再構築』が可能なんだとしても『魔力に変換された術者』に意識があるのかなあ?
『魔術化魔術』の時は、マナちゃんの能力――未来ってお手本があったけど。
存在そのものを魔力変換した人なんて、見たこともないわけじゃない?
そんな未確認存在の意識の有無なんて、確認できないし。
もし意識が無ければ詠唱・無詠唱関係なく、魔術制御はできないと思うんだけど」
「……その場合、まず俺が実験台になれば――」
「駄目! 許可しないよ!
ただでさえ、危ない事ばかりしてて、お父さんとお母さんを心配させてるんだから!」
「姉さんに言われる筋合いはない。大体な――」
姉弟――魔術師同士の白熱した議論は、理解できないことばかりだ。
騎士と魔術師。
私たちは共にいながら、別世界に生きている。
そう思わされることも多い。
……それでも、懐かしいですの。
自身の頬の緩みを自覚する。
3人でいる空間。
姉弟がああだこうだと言い合うのを、見ているだけだが。
それは故郷アンファング村で送った日々を思い出して、少し楽しかった。
けれど――
……そろそろですわね。
2人の会話に意識を向けながら、その辺に散らばっている資料類をまとめる。
「それこそ許可できないよ、ルンちゃんの方が弱っちいんだから!」
「なんだと? 誰が誰より弱いだと? 試してみるか?」
「弟がお姉ちゃんに勝てる道理なんてないんだよ? 姉、最強!」
「なんだと? やってみるか?
最強はいつだって倒される運命だということを、教えてやる」
「はい、ストップですの!」
議論から子どもの罵り合いへ。
話し合いから取っ組み合いへと移行したタイミングで、止めに入る。
「どうしてあなた方は、いつも最終的に喧嘩に行きつきますの?」
「「だって姉さん(ルンちゃん)が!」」
「お黙りなさいな!
2人共いい年なんですから、仲良くなさい」
姉弟の取っ組み合いは止まったが、彼らは未だに睨み合っている。
普段は仲の良い姉弟――という割に喧嘩が多い気もする――だが、魔術のこととなると頑固なのだ。
……流石はあのレーリン様の弟子たちですの。
よくよく考えてみれば。
アンファング村での喧嘩は、この姉弟に師匠のレーリン様も加わり、壮絶な戦い(魔術有り)となっていた。
それを考えると、魔術戦にならないだけ、彼らも大人になったのかもしれない。
ぐうぅぅぅぅ
姉弟のお腹が、同時に鳴く。
「……お腹が空いてカリカリしてるんですのよ。一旦ご飯にしましょう」
私の言葉に返事をする様に、再び2人のお腹は鳴いたのであった。
「流石リッチェン。料理上手だな」
「そうだねえ、美味しいねえ! やっぱり私たちの嫁になる?」
「また揶揄って……大体ルングは私より料理上手でしょうに」
「揶揄ってないよ!
確かにルンちゃんの料理も美味しいけど、リっちゃんのご飯も凄く美味しいよ!
美味だよ! 甘味だよ! 最高だよ!」
「一瞬感動しましたが、甘味は出してませんのよ⁉」
「俺も料理の腕に自信はあるが、人に作ってもらった無料のご飯に勝るものはない」
「いや、無料じゃありませんのよ?
この分の給金は貰いますし、食材費は経費で貰いますからね?」
「騙されないか」と呟いて、少年は続ける。
「この腕前なら、騎士団の遠征とかでも重宝されるだろう?」
「いえ、まだ遠征に行ったことはありませんわね。
学生はまだ連れて行かない方針みたいですわ。
代わりに学校開催の泊まり込み有りの演習等で、よく褒められますの」
故郷アンファング村にいる時から、姉弟(とレーリン様)が研究する時は、彼らの母ゾーレ様と料理をしていた。
お陰で私の料理の腕前は、そこそこのものになっている。
加えて騎士学校に通うことになり、1人暮らしと今回の様に姉弟のお世話も増えたことで、更にそれに磨きがかかっている……と思う。
「……それにしても、意外でしたわ」
「え? 何が?」
私の言葉にクー姉が首を傾げる。
「いえ、まさか2人が本気でやって、こんなに時間がかかるとは思っていませんでしたのよ」
現在食事をしているこの場所――実験室を見回す。
この実験室に通い始めて、約半年が経とうとしていた。
……この姉弟なら――
どんな奇々怪々な魔術だろうと、どうにか開発するものだと思っていたのだが。
「確かに、ここまで手間取るのは初めてかもしれないね。
マナちゃんの時は、私たち途中参加だし。
今回はもう半年だもんね……。
というかよく考えたら、もっとかかってるかも!」
クー姉の謎の発言に、疑問を呈する。
「どういうことですの?」
「元々この研究自体は、昔からしたかった研究なんだよ!
それも加味したら、14年ぐらい経ってるんじゃないかなあ」
「そうですの⁉
そんな幼い頃から、この魔術のことを考えていたんですの⁉」
私の驚愕に、少年が答える。
「そんなわけないだろう。姉さんの冗談だよ、間違いなく」
「もう、冗談じゃないのに」
クー姉は不満そうに頬を膨らませる。
しかし料理を口に運ぶと一転して、蕩ける様な笑みに変わった。
「それにしても、リっちゃん。
短時間で、よくこんなに美味しく料理出来たよね!」
「そういえば……あっという間だったよな。何かコツでもあるのか?」
先程喧嘩していた時のことが嘘の様に、2人仲良く私の料理時間の短さに言及する。
どうやら姉弟の好奇心の対象は、魔術のみに留まらないらしい。
……まあ、ルングはいつも通りの無表情ですけど。
「時短のコツと言っても、普通のことをしただけですのよ?
家で下ごしらえをしておいて、魔術学校の食堂の使用許可を、事前にとっておいただけですの」
これだけ褒めちぎってもらって申し訳ないが、私のしたことなどそれくらいのものだ。
……2人に温かく且つ手早く美味しいものを。
そう考えて、工夫してみただけである。
「言うなれば手順の省略ですの。
調理の行程の中で、事前にできるものはしておくってだけですのよ?
下味は付けておいて、後は焼くだけにするとかそういう単純なものですわ」
「いや、それでも大した――」とルングは何か――おそらく誉め言葉――を言いかけた所で、ピタリと動きを止める。
「どうしたんですの?」
怪訝に思って静止した少年に目を向けると、彼は何故か大げさに目を見開いている。
しかしその目は、私に向けられてはいない。
その目は私ではなく――
「……リっちゃん、ありがとう!
ルンちゃん、私……分かったかもしれない」
天才魔術師を、捉えていたのであった。
――魔術師の姉は、弟と騎士とのやり取りで、何かに気付いたようです。
そしてなんだかんだと、姉弟に尽くす騎士様。
家事系の腕前もメキメキ上昇中です。
次話ではいよいよ、姉が転移魔術に踏み込みますので、お楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!