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3 雷鳴聖女の学ぶ理由。

 現在、火水木土日の週5回更新中です。

 次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。

 1人の少女が、快晴の空の下に佇んでいる。


 陽光に輝く金髪に、空より青い瞳。

 白のローブの袖からは、細い手首がチラリと見えている。


 スッと少女がおもむろにその腕を持ち上げると、ローブの袖がずり落ち、少女の腕と拳が顕わになった。

 

 軽く握られた拳。

 その人差し指が、中空に向けて伸ばされる。


 細長く、真っ白な指だ。

 陽光を反射し、瑞々しく輝いている。


「『雷は微笑む(レイリッツ)』」


 淡々とした声と共に、その指先から小さい円が咲く。


 ……魔法円だ。


 小規模の魔法円が、展開されたのだ。

 魔法円を魔力が満たすと、指先に狙われた中空に1本の亀裂が入る(・・・・・)


 バチバチバチバチッ!


 ……いや、亀裂ではない。


 雷――小さい稲光が生じているのである。


 精々、高木程度の長さ。

 自然発生する雷と比較すると、さほど大きくもない稲光である。


 ……しかし――


 たったそれだけの雷にも関わらず、空から聞こえてくる雷鳴は苛烈極まりない。


 変換された魔力量。

 使用エネルギーの膨大さを感じさせる、重い轟き。


 似つかわしくない青空の下、雷はその峻烈な産声を上げ続けていた。




 ……凄まじいな。


 パシャリ(・・・・)


 貸切った屋外訓練場で『雷鳴聖女』――マイーナ先輩の雷属性魔術を観察しつつ、画像(きろく)を撮る。


 共同研究を始めることにはなったものの、雷属性魔術には残念ながら触れたこともなかった。

 そこでマイーナ先輩に相談したところ、彼女から直接手ほどきをしてもらえることになったのだ。


「音は術式で設定したものではないんですよね?」


「ええ。

 これは雷を再現(・・)しようとして、自然に生まれた副産物です。


雷は微笑む(レイリッツ)』」


 少女の詠唱に応え、新たにもう1つ魔法円が生じる。

 今度は指先ではなく、既に雷の存在している空間。

 その上方から下向きに、魔法円の文様が浮かび上がる。


 生まれたのは新たな雷だ。

 空から大地に向け、その雷は落ちる(・・・)

 

 水平方向に進む雷と、鉛直下向きに落ちる雷。

 2つの雷は交じり合い、白色の十字を作り上げる。


 稲光は重なることで更に明るく輝き、聖女の白い顔を眩く照らし出す。


 ……ちなみに。


 凄まじいと感じたのは、少女の魔術のことではない。


 いや勿論、彼女の魔術自体は言うまでもなく素晴らしい。


 雷属性魔術。


 初めて見るその魔術は鮮烈で、非常に美しい。

 おそらく俺は今、好奇心に満ちた笑みを浮かべているだろう。


 しかし、それ以上に感銘を受けたのは――少女の魔法円。

 その努力の痕跡(・・・・・・・)に、感動したのである。


「再現……ですか」


「ええ。雷属性は特殊属性の中でも、扱える者が少ないのです。

 魔術教育の大家と呼ばれているマギザライ魔術学校(ここ)の先生方ですら、雷属性を扱えるのはトラーシュ学長のみ」


「雷属性魔術の為に留学してきたのに」と聖女は、口調だけは不服そうに呟く。


 ……なるほど。


 マイーナ先輩が直々に手ほどきをしてくれるのは、どうやらそういう事情もあったらしい。


「その上トラーシュ先生は、人に丁寧に教えてくれるタイプではないですもんね……」


 聖女はコクリと頷く。


「その通りです。すげなく断られました」


 トラーシュ先生(あの人)の姿勢は、少女の入学時から一貫していた様だ。


 魔術は探求するもの。

 あらゆる答えは自身で見つけ出すもの。


 それがあの偉大な魔術師の研究姿勢である。


 ……まあ、どうしようもない場合、多少の手助けはしてくれるのだが。


 マイーナ先輩は、自分で研究可能だと判断されたのだろう。


「なので私は、私から雷属性魔術を(・・・・・・・・・)習う(・・)ことにして、今に至っています」


 聖女の珍妙な言い回しが、淡々と紡がれる。

 一聴では、本来なら伝わらないかもしれないが、少女の魔力を深く見ることができる者からすれば、その真意は明らかだ。


 彼女の光と雷に輝く魔力。

 彼女自身が生まれ持ち、鍛え上げてきた美しい魔力だが――


 そこには(・・・・)世界魔力(マヴェル)混ざっている(・・・・・・)


 それが意味するのは――


「マイーナ先輩は……雷に関係する未来(ツーカ)を持っているのですね?」


 俺の問いに、少女はにこりともせずに答える。


「はい、私はツーカを持っています。


 よくわかりましたね。世界魔力を見たのでしょうか?

 だとしたら……やはり貴方は、見込み通り優秀です」


 褒められているはずだが、無表情かつ単調な話し方故に、そう受け取り辛い。


 そんな俺を尻目に、聖女は独特の調子で話を続ける。


「試しに見せましょう。未来(ツーカ)――『(ダナッツ)』」


 聖女の言葉と同時に、発動していた彼女の魔術が沈黙し、代わりに世界魔力が少女の指先へと宿る。


 聖女は世界魔力の導きで、輝く指をゆっくり真上へ向けたかと思うと――


 ピシャアァァァン! 


 これまでがお遊びに思えるほどの、巨大な雷光が鋭く空を裂く。

 雷鳴は訓練場全体に轟き、熱された空気によって生まれた衝撃波が、地上の俺たちを強く叩いた。




「今の雷を、私なりに魔術へと落とし込んだのが『雷は微笑む(レイリッツ)』です。

 規模も威力も、未だ及びませんが」


 聖女は少し乱れた金髪も気にせず、淡白に告げる。


「私から(・・)魔術を習う」という彼女の言葉の真意はつまり――


 ……自身の未来(ツーカ)を手本として、1から魔術を構築したことを意味する。


 世界魔力によって、自身の体を介して勝手に生み出される雷。

 しかしそれは、努力さえすれば、将来の――未来(・・)の自分が、扱えるようになる雷である。


 そんな「未来(ツーカ)の考え方」を、聖女は逆手に取ったのだ。


 誰も雷属性魔術を教えられない環境下で、たった1人で――

 少女はその自身の雷(・・・・)と、向き合い続けてきたのだろう。 


 その証拠に『雷は微笑む(レイリッツ)』の魔法円には、彼女の試行錯誤が深く刻まれている。


 軌道、規模、威力、速度。

 書き直しのない箇所はなく、魔法円の全てに彼女の手が入っている。


 幾度も実験を重ね、挑戦と挫折を繰り返し、この魔法円へと至ったに違いない。


 ……それだけでも。


 マイーナ先輩に敬意を払うには、十分だ。


 加えて、雷属性魔術には基礎4属性魔術とは比較にならない程の危険が付きまとう。


 雷の保有エネルギーは膨大だ。

 彼方まで届く稲光に雷鳴。

 その雷光は、瞬間的にだが太陽の表面温度すら凌駕する。


 扱いを間違えただけで、人命に関わる存在なのである。


 そんな扱いの難しい雷属性魔術の魔法円を、自身で創り出すに至った執念はどこから湧いてきたのだろうか。


 聖女の無表情(ポーカーフェイス)からは、一切読み取ることができない。


 指先で『雷は微笑む(レイリッツ)』の魔法円を展開しながら、マイーナ先輩に尋ねる。


「マイーナ先輩は、どうしてそうまでして雷属性魔術を研究しているんですか?

 危険ですよね? 下手をすれば、怪我では済みませんよね?」


 聖女の指先からふと世界魔力が消え、青の瞳が俺を捉える。


「……ルング君は、(ハイリン)(ゾーガ)たちの仕事っぷりを見たんですよね?」


「ええ。派遣された王宮魔術師(師匠)よりも、遥かに立派に働いていました」


 俺の言葉に、聖女の表情が緩む。


 妹と弟が褒められたことを喜ぶ姉の顔だ。


「そうでしょうとも。

 あの子たちは優秀で、とても賢い。

 世界最高と言っても良いでしょう」


 淡々と捲し立てるその様子にはしかし、不思議な熱量が籠っている。


「そんな彼女たちの手本となるには、自分にできることを必死で探さなければなりません。


 ……まあ、探せなかったとしても、教皇様(お父様)は、気にしないと思いますが。


 それでもお姉様たち――私より上の聖女たちは、そうやって範を示してきました。


『誰かを守れるように』

『誰かの役に立てるように』


 聖教国ゲルディの国是は、その2つです。

 そしてそれらを守るために、必死に努力することが、聖女の矜持でもあるのです」


 聖女は一息に語った後に、再びその碧眼をこちらに向ける。


「その手段が、私にとっては未来(ツーカ)であり、雷属性魔術だったという話です。

 ……それだけの話です」


 照れたのか、聖女はふいと目を背ける。


 ……飾りのない、率直な言葉。


 聖女の気高さが際立つ、想いの籠った言葉だった。


 ……彼女の気持ちはよく分かる。


 俺が魔術を身に付けたのも、家族を――村を守りたかったからだ。

 その手段として、魔術を学び始めたのだ。


 彼女にとってはそれが、雷属性魔術だったのだろう。


 ……俺は大分、その魔術(手段)自体を楽しんでいる節もあるが。


 だからこそ、マイーナ先輩の気持ちは――願いは――想いは、深く心に響く。


 ……良かった。


「?」


 敬意を込めて聖女を見つめ続けていると、彼女は首を傾げる。


 ……この人との共同研究を受けて、本当に良かった。


 そんな純粋な俺の視線を受けて、


「あの……どうしましたか? 体調でも悪いんですか?」


 聖女は、心配するようにそう告げたのであった。

 ――雷鳴聖女が学ぶ理由。

 少女の無表情の下には、そんな想いがあったのでした。

 ちなみに彼女のことを無表情と評していますが、ルングも相変わらずの無表情です。


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう!

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