12 妙な噂話。
現在、火水木土日の週5回更新中です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
教皇パーシュ様の呼び出しに応じて案内されたのは、執務室のような場所だった。
あるのは机――おそらく執務机だろう――と、来客用と思しき木製の質素なテーブルに小振りなソファ。
俺が部屋を訪れた当初、部屋の主であるパーシュ様は机に向かって作業をしていたが、入室許可を出すと直ぐに席を立つ。
俺にソファへ座るよう手で促すと、自身はその対面へと腰掛けた。
「やあ……ルング君。
よく来たね。忙しくなかったかな?」
優しい顔立ちの老人は、こちらに微笑みかける。
「いえ、問題ありません。
用事はありましたが、いくらでもずらせる用事でもあったので」
聖騎士と聖女の撮影会。
俺の今後の商売計画において、それは多大な影響力を持つ。
しかし、ゾーガ様とハイリン様との交渉を終えた今、焦る必要はない。
彼らの撮影に関する状況や、衣装を吟味する時間は、まだあるのだ。
俺の言葉に、パーシュ様は笑顔のままだ。
しかし――
……なんだ?
パーシュ様やその魔力に感じる、わずかな違和感。
初対面の時には感じなかった、妙な圧力。
教皇の表情に、未だ変化はない。
しかし、俺の頬を冷や汗がタラリと伝い、師に鍛えられてきた危機察知能力が強く警鐘を鳴らしている。
……何か気に障ることでも、してしまっただろうか?
「ところでルング君、どうして呼び出されたか分かるかい?」
ゾッと背筋に走る寒気。
……怖い怖い怖い。
敢えて俺を泳がせるつもりなのだろう。
明らかに説教の前振りである。
……何だ? 俺は何をやらかした?
普段は優しい人が、これ程怖ろしい圧力をかけられるとは。
今後は気を付けなければ。
「……もしかして、何か仕事の不備でもあったでしょうか?」
……主に師匠とか、師匠とか、師匠とか。
そうであれという願いを胸に、おずおずと切り出す。
「いや……君の働きはよく聞いているよ。
ウチの聖騎士と聖女からね。
君のお陰で無事だったという報告も、いくつも受けている。
少し、レーリン殿がやり過ぎというのはあるが……君には感謝しかないよ。
ありがとう」
パーシュ様の物腰は、相変わらず柔らかい。
たかが王宮魔術師の弟子を相手に、あっさりと高貴な頭を下げる。
……違ったか。
しかし大きな収穫があった。
先程感じたパーシュ様の圧が、弱まっているのだ。
「いえ、仕事なのでお気になさらず。
……では、俺が倒した魔物の魔石のみを先に回収したことでしょうか?
あるいは、魔道具を作ったことがダメでした?
ひょっとして、光属性魔術を魔道具にしてはいけない的な戒律でも?」
非となりそうな所業を、思いつく限り列挙していく。
先回りで怒りの原因となりそうなものを多数挙げることで、「わかってましたよ」感を出し、怒り手の熱を冷まそうという戦略だ。
しかしそんな俺の言葉に、教皇は大げさに肩をすくめる。
「まさか! 言っただろう?
君たちが倒した魔物は、君たちのものだ。
魔石を回収するのも構わないし、その魔石で魔道具を作ったことも問題ない。
それに、光属性魔術を魔道具に使ったこともね。
主――女神様も仰っていることだろう。
『便利な魔術は、気にせずバンバン使いなさい』とね」
……これも違ったか。
というか女神エンゲルディ、思っていたより軽い女神なのかもしれない。
……しかしそうなると――
パーシュ様の怒りについて、心当たりがない。
公明正大。
清廉潔白。
この人生における俺は、それをモットーに生きてきたつもりだ。
その上既に、教皇の怒りの原因となりそうな事例は語りつくしてしまった。
悩む俺を見かねたのか、パーシュ様は心なし呆れた顔をしている。
「ルング君、君ねえ……」
老人は頭を抱えると、気が乗らなさそうに切り出す。
「ウチの聖女たちを、ナンパしているでしょ?」
……なんぱ――ナンパ?
「いや……まさか。そんなことしていませんよパーシュ様?
それも聖女様たちを?」
そんな国際問題になりかねないこと、した覚えはない。
俺が聖教国を訪れたのは、勿論光属性魔術目当てが大きい。
しかし、ちゃんと仕事としても請け負っているのだ。
私欲でナンパなど、するはずがない。
「……じゃあ君は、何も手を出していないと?
一切聖女たちと関わりはないと?」
「手は出していない自信がありますが、関わりがないというのは言い切れません」
先刻のハイリン様や、魔物退治のフォローで仲良くなった人もいるし、姉のことを聞きたいと話しかけてくれた人も多い。
そういう意味で、ゲルディ内において聖女との関わりを無にするのは、無理な話だろう。
教皇は世界魔力の集中した怪訝な目を、俺に向ける。
……いや、こんなことに能力――未来を使用しないで欲しいのだが。
「むむむ……動揺の色はないようだね」
「それはそうですよ。思い当たることありませんから」
……なるほど。
教皇のツーカ『看破』は、多少の感情の変化も読み取れるらしい。
ひょっとすると、まだ俺の知らない能力が隠されているのかも。
胸を張って言い切った俺に、パーシュ様は申し訳なさそうな顔をする。
「そうか……。
じゃあ、私の勘違いだったのかもしれないね……申し訳ない。
妙な噂を聞いたものだから」
「妙な噂……ですか?」
……どんな噂なのだろう。
そしてそれが、俺を怪しんだ理由なのだろうか。
……なんて迷惑な!
不満が膨らむ。
品行方正な俺にかけられた濡れ衣。
それも立場ある人からかけられたものである。
良くても説教、下手すれば処刑ものだ。
……故にそんな噂を流した者には、地獄を見てもらわねばなるまい。
そのためにも、噂の内容と出所を聞いておいた方が良いだろう。
「まあ、根も葉もない噂だとは思いますが、一応聞いておきましょうか。
どんな噂なんですか? それとパーシュ様は誰からお聞きに?」
「うん? 私は聖女たちから聞いたんだよ。
ルング君から、話しかけられたと」
……ふむふむ。
それはここにいる以上、当然あり得ることだろう。
「かなり娘たちを褒めてくれて、嬉しかったと」
……まあまあ。
聖女たちの光属性魔術は面白いし、他の目的もあったし、その覚えもある。
「それで、交際相手を探してくれていると」
……なるほど。
交際相手を探すとはおそらく――
「正確には少し違いますね。
いずれ交際には至るかもしれませんが、肝心なのはそこではないです。
俺が伝えた文言はこうです。
『世間を見てみたい聖女様にこそオススメ! アーバイツ王国の人と仲良くなれますよ!』
それで話に興味のある方からは参加料をいただき、個人プロフィールを記入をしていただきました。
まだ適合相手は探せていませんが、その作業はこちらでの仕事を終えた後になる予定です」
「……」
……うんうん、なるほど。
ようやく噂話に合点がいく。
「パーシュ様、安心してください。
それはナンパしているわけでは、ないのです。
ただ俺は、聖女様たちに出会いの場を提供しているだけですよ?
決して問題はありません」
俺の築いた婚約・結婚相手紹介サービス。
それを教皇様は、ナンパと勘違いし、警戒していたらしい。
……しかし、安心して欲しい。
俺の人脈は貴族の子息令嬢が多い。
故にどこぞの質の悪い馬の骨に引っかかる可能性は、全くないのだ。
そういう意味で、安心安全の超優良サービスなのである。
「……そうなのかい?」
「はい、決してナンパの様な軽々しいものではありません。
これは俺の商売ですから。
真剣に聖女様たちに合う相手を、見繕う予定です。
だから安心してください!」
パーシュ様の不安を取り払うために、力強く断言する。
……やれやれ、誤解が解けて良かった。
これで一安心。
聖女たちを娘の様に思っている教皇だからこそ、そんな噂を聞いて心配だったのかもしれない。
「ではこれでもう、俺の疑いは晴れましたね。
そろそろ失礼します」
ガタ
ゆっくりと席を立ち、退出しようとしたところで、パーシュ様に問われる。
「……ちなみに、ルング君。これからどこに?」
「これから……ですか?」
聖女と聖騎士との撮影会は延期したし、魔物退治の時間は、もう少し先だ。
故に今日これからの予定は――
「まだ声かけを出来ていない聖騎士と聖女様たちの元に、行こうと思っています。
今の話を、もっと広める必要がありますから」
現在、俺の婚約・結婚サービス業は、規模の拡大を続けている。
そして、この聖教国に来たことによって、聖女・聖騎士といった新たなラインナップを増やすことができた。
言ってしまえばこれは、遂に始まった海外進出への大きな好機。
逃すわけにはいかない。
その地盤を完全なものにするためにも、企業努力は欠かせないのである。
ガシリ
立ち去ろうとした俺の腕が、光属性魔術に輝く腕で掴まれる。
「ルング君……その話、詳しく聞かせてくれるね?」
そう言った教皇様の顔には、こちらを圧し潰す様な満面の笑みが浮かべられており――
「は、はい……」
そう答えることしかできなかった。
――教皇様の、大いなる怒り。
どうやら彼は、聖女と聖騎士を本当に大事にしているようです。
さて、そんな教皇にやらかしてしまったルングの運命や如何に。
次のお話をお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!