11 新技術の使い道。
現在、火水木土日の週5回更新中です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「……えっ?」
俺の答えに、聖騎士は素っ頓狂な声を上げる。
「この魔道具は俺の商売―― 姉さん偶像化計画の為に使うんですよ」
ピンときていないゾーガ様とハイリン様に、更にざっくりと説明する。
「俺は今アーバイツ王国で、姉を利用して商売しています。
具体的には『姉とのお話権』『握手権』などを賭けて、学生たちを競わせています。
……ああ、安心してください。
勿論ちゃんと、参加料はせしめています。
余すところなく利用し、最大利益を狙うのが俺の主義なので。
そうやって勝者たちに恩を売りながら、人脈を作っているのですが――」
すると聖女と聖騎士は、何故か耳打ちを始める。
「……ねえ、ゾーガ?
私、ルング君のこと結構危険だと思うんだけど、正直どう思う?」
「控え目に言ってヤバい。
あのクーグルンさんを利用して、商売してるあたりが特に。
これ野放しにしてたら、被害がゲルディにも及ぶんじゃないか?」
……何をこそこそと話しているのだろうか?
声が小さくて聞き取れない。
「と、とりあえず今は、話を聞いておく?
ほら、一応犯行計画は聞きだしておいた方が、今後の対処も考えられるし!
通報するかどうかは、その後よね?」
「その通報先が聖騎士なんだけどな。
そしてルングはまだ逮捕できないと思うぞ?
確かコイツ13とかだったはずだし」
「最近の13歳って……変わってるわねえ」
「一緒くたにしてやるなよ。多分、こいつがおかしいんだ」
訝しむ視線を送っていると、聖騎士と聖女は明らかな愛想笑いを浮かべる。
「……お2人共、何か?」
「う、ううん、なんでもないのよ? ルング君は凄いなあって!」
「そうだぞ? 俺たちはお前の行動力に感心しているんだ。
それで商売とその魔道具は、どんな風に関係してるんだ?」
……嘘くさい笑顔だ。
しかしどういうわけだか、話に興味があるというのは真実らしい。
聖女と聖騎士の、怪しい促しに応える。
「言うなればこの魔道具は、姉の人気をより加速させる新技術なのです」
チラリと魔道具に目を遣る。
……まあ、それだけで終わらせるつもりはないが。
「これは今、ご覧いただいているように対象者の姿を写し撮ります。
どうですか、この再現力!
魔法円構築技術と、魔道具知識の粋を集めた傑作です。我ながら素晴らしい」
ハイリン様のピース姿が映る画面に指で触れ、横にスライドさせる。
すると画像が切り替わり、異なるハイリン様の画像が表示される。
「この魔道具はこのように、対象の撮影と何枚もの画像保存が可能なのです!
さて……ここで質問です」
そう言って、被写体となった聖女様へと目を向ける。
「ハイリン様なら、これをどう利用しますか?」
「が、画像⁉ 撮影⁉」と、ハイリン様は新たな単語に目を白黒させながら、どうにか答える。
「えっと……色々な人と撮影? して、仲良くなるとか?」
……中々に鋭い。
家族や友人、恋人たちとの思い出を画像として残す。
そんな前世でもよくある使用法を、この聖女は考え付いた様だ。
「……そういう使い方も勿論可能でしょう。
しかしこれには今のところ、別の使い方を考えています。
例えば……そうですね」
一瞬間をおいて、2人同時に尋ねる。
「お2人には、好きな人とかいますか?」
「はえっ⁉」
「な、なんだ⁉ 急に!」
目前の2人は、分かりやすく慌てふためく。
汗で額を輝かせ、目は左右に落ち着きなく泳ぎ、しかしその視線は互いに相棒をこっそりと、しかし確実に捉えている。
……これを指摘するのは、野暮というものだろう。
互いに牽制するような初々しい姿を見ている限り、未だお付き合いなどはしていないみたいだが。
「……ああ、言わなくて結構ですよ。プライバシーなので。
ただ、その好きな相手を想定してください。
……では、まずハイリン様」
聖女と向き合い、チラリと視線を聖騎士へと向ける。
「その好きな人が滅多に見せない笑顔……常に見たくはないですか?」
俺の問いに、聖女もまた聖騎士にバレない様に視線を送り、ポッと頬を赤らめる。
「それは……見たいかも」
「は、ハイリンお前、好きな奴なんているのか⁉」
そんなハイリン様の言葉に、ゾーガ様の声が震える。
……ひょっとすると、この聖騎士は。
ハイリン様の好意が、自分に向いていることに気付いていないのだろうか。
あれだけ好き好き言われているのに。
だとすると――
……鈍感って罪だな。
純粋にそう思う。
「えっ……⁉ そりゃあ、いるよ!
いつも言ってるじゃない! 私はゾーガが――」
「そんな冗談は良いから、詳しくその話を――」
「……はいはい。お2人共落ち着いてください。
特にゾーガ様、話はまだ途中ですよ? そんなんじゃモテませんよ?」
「ぐっ⁉」
ごちゃごちゃと聖騎士という立場にかこつけて、ハイリン様のことを根掘り葉掘り聞きだそうとする臆病者を遮って告げる。
「さて、次にゾーガ様。想い人の、最高の笑顔を想像してください。
光属性魔術の様に輝く笑顔を」
「お、俺にはそんな相手いないが⁉」
ゾーガ様は、想い人に目を遣るのをどうにか耐えながら、心にもない言葉を吐く。
それに対して、聖女は複雑な表情だ。
想い人に好きな子がいないことへの安心感と、好きな子が自分ではない痛み。
それらが混ざり、なんとも切ない表情になっている。
……ハイリン様に教えてあげたい。
「そこの聖騎士は貴女のことが好きで、強がってるだけですよ」と。
じとっとした目を鈍感男に向ける。
「好きな人はいない」と主張しているが、首元や耳まで真っ赤だ。
……じれったい。
「……なんだ、俺の勘違いだったんですね。
それなら仕方ありません。ゾーガ様は聞かなかったことに――」
ガシッ!
「まあ待て。いないが! 決していないが! 興味がないわけではない!」
力強い口調に、籠められた握力。
掴まれた肩からも、その熱量が伝わってくる。
……ええい、鬱陶しい。
「……じゃあ、仮に好きな人がいたと考えてください。
どうですか?
女神の使いの様な好きな人の笑顔……いつでも見たいと思いませんか?」
ゴクリ
誰のものともわからない、唾を飲む音が響く。
……異世界だろうと、どんな立場の者であろうと。
想い人を感じたいという感覚は、同じなのだろう。
「……話を戻しましょう。
俺はこれで姉を撮影し、その画像を姉のファンたちと取引する予定です」
……それも高値で。
現在、姉のファン数は指数関数的に増加中。
姉の天才性と俺の経営戦略により、アーバイツ王国の貴族間では既に、彼女を知らぬ者なし。
最近は、お見合いの申し込みもひっきりなしである。
しかし姉の人気は、アーバイツ王国内だけに留まらない。
ここ――聖教国ゲルディの人々からも、よく姉の話題で話しかけられるのだ。
師匠の尻拭いで奔走した結果、どうやら姉はゲルディでも新たなファンを獲得していたらしい。
「クーグルンを聖女にしよう」運動があったとも聞く。
ここまでファンがいるのなら、姉の画像は間違いなく売れるだろう。
……計画としてはこうだ。
最初は、データ再生機能を持つ魔道具のみを販売する。
画像データを保存・記録するのは魔石。
故に別売りで、姉の画像データが入った魔石を顧客に購入させれば、彼らは姉(の画像)を愛でることができる。
……そしてそれは、姉だけに留まらない。
リッチェン、師匠、アンス、獣人3姉妹、ザンフ先輩……は無愛想すぎるか?
とりあえず俺の周囲には、人気者が沢山いる。
その人たちも全て画像データ化し、魔石をその記録媒体として発売する。
人気の高さに人材の多さ。
……これはおそらく、一大ムーブメントとなるだろう。
現段階であらゆる層から、人気を博している連中である。
しかし画像データが伴うことで、その人気は飛躍的な成長――進化を遂げるはずだ。
発売を重ねるごとに、その需要と人気は鰻登り。
そうしていずれ、俺にこんな要望が届くことになるはずだ。
……是非、誰々の画像もデータ化してくださいと。
そして同時にこう考える者も、現れるかもしれない。
……自分で撮影してみたいと。
そうなってしまえば、もうこちらのものだ。
そのタイミングで満を持して、撮影機能付き魔道具を発売する。
そうすると、俺の魔道具――マジカルカメラ(仮)は一気に普及し、その潮流はいつか国全体――あるいはそれを越えて、ゲルディの様な外国まで呑み込むだろう。
……その自信――否、確信がある。
なにせ前世では、実際にそうなっていたのだから。
……ふふふふ――見える、見えるぞ!
金貨の海の中で泳ぐ俺の姿が!
「あの……ルング君?」
心中で高笑いしていると、ハイリン様はおずおずと俺に近寄り、耳打ちする。
「私もその、画像データ化して欲しい人がいるんだけど……」
……勿論、分かっている。
聖女は愛しの聖騎士を、照れ臭そうに見つめている。
本来なら姉の画像データから普及させ、その後需要に応える予定ではあるのだが――
「……いいでしょう。ハイリン様のご希望は、特別に俺が叶えて差し上げます」
「いいの⁉」
聖女は大輪の笑顔を浮かべる。
この顔も、写真に収めておきたい。
「……ですが、条件があります」
勿論、無料ではない。
特別な需要に応えるのなら、その分の代償は払ってもらわなければならない。
「えっと……私、そんなにお金はないの。
それでも、大丈夫かな?」
俺の言葉に、少し不安そうな表情を浮かべる。
「安心してください。ハイリン様からお代は貰いませんよ。無料で結構です」
「えっ⁉ 本当に⁉」
聖女の瞳に、輝きが灯る。
「ただしその代わり、今回の画像以外にもハイリン様の撮影をさせてください。
後、その販売許可を頂いてもいいですか?」
「……そんなことで良いの?」
キョトンと聖女様は首を傾げる。
「ええ。ハイリン様は可愛らしいですから」
「もう、ルング君ったらお上手なんだから」
パシパシと軽く叩かれる。
……「そんなこと」と聖女は言ったが。
酷い勘違いだ。
前世において、画像データ集――写真集はかなりの売り上げを誇っていた。
人物や動植物といった生物から、風景や建築物といったものまで。
魅力あるものの写真集は、欲しくなるものである。
故に、天才であり美貌の魔術師である姉の人気を確保し、画像データ集を販売しようと思い立ったのだ。
……ハイリン様には、間違いなく魅力がある。
それも、あの姉に勝るとも劣らない素晴らしい魅力が。
彼女は「聖女」なのだ。
現段階で、アーバイツ王国にも伝わる「聖女」という存在。
その顔を一目見てみたいと思う者は多い。
その上ハイリン様の可愛らしさがあれば――
……大ヒット間違いなしだ。
それを考えれば、ハイリン様の需要に応えることなど微々たる出費に過ぎない。
それにハイリン様の画像データがあれば、それを交渉材料として――
聖騎士をチラリと見る。
……ゾーガ様の撮影許可も下りるだろう。
聖騎士は、ハイリン様が俺に接近していることが、お気に召さない様子だ。
美しく輝く黒髪。
カチャリと音を立てるたびに鎧は輝き、その黒髪をより際立たせる。
顔立ちも悪くない。
しかし何よりも――
……均整の取れた肉体。
高い身長に、引き締まった筋肉。
同性の俺が羨む程の、素晴らしい体の持ち主なのだ。
……売れる。
可愛らしい聖女と、肉体美の聖騎士。
個人の画像データだけでなく、2人1組の撮影をしても良いかもしれない。
頭の中でそんな算盤を弾いていると――
「ルング君、いらっしゃいますか?
教皇様の使いで来たのですが」
聖堂内に、呼び出しの声が響いた。
「……残念ながら、時間のようです。
まだ、お2人の撮影は終わっていないので、また後日お願いしますね?」
「うん! こっちこそよろしくね!」
「まだ続くのか……」
聖堂からの出際、不満と疲労を露にする聖騎士に耳打ちする。
「ゾーガ様、ハイリン様の画像集が完成したら、真っ先にお渡ししますね。
だから次回は、もっと張り切った撮影をお願いします」
「がっ⁉」
衝撃に固まる聖騎士を背に、俺は歩み出す。
「ちょっと待て、ルング! 俺は別にそんな――」
「では、教皇様の元までご案内よろしくお願いします」
「おい待て! 無視するなあぁぁ!」
ゾーガ様の必死かつ、ほんの少し喜びの混じった声色は、こうしていつまでも聖堂に響き続けたのであった。
――利益を追求し続ける主人公。
鈍感すぎる聖騎士は、爆発してしまえと思います。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!