8 姉妹の未来は可能性に溢れている。
現在、火水木土日の週5回更新中です。
次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
ガサリ
猫耳が頭上に付いている少女――次女ヴィッツンが、気怠そうに草むらから顔を出す。
「いや、ルング様……何でよりにもよって、アタシがあの草担当なんですか⁉
臭いヤバいって! 鼻がひん曲がりそうなんですけど⁉」
……やれやれ。
草むらに体を預けている割に、口はよく回るようだ。
「まだ社員としての自覚が薄いようだな、ヴィッツン。
敬語はどうでも良いが、社長と呼べ!」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃないって!
おふざけなしで臭いんですけど⁉ どうしてくれるんですか⁉」
互いの視線がぶつかり合う。
しかし、三女ラーザにも呼ばせている以上、折れるつもりはない。
じっと見つめていると少女は、さっと目を逸らす。
……勝った。
「わ、わかった……アタシが悪かったよ、社長。これでいいですよね?
これでアタシを魔物除けの草探し係に任命した理由、教えてもらえますよね?
つーか教えろ! 納得のいく理由じゃなければ、ストライキする!」
語気は荒いが、先程のやり取りの手応えから察するに――この少女は、押しに弱い気がする。
強気で押していけば、どんな仕事でも受けてくれそうだ。
「理由は単純だぞ? 君が姉妹の中で、最も鼻が良いからだ。
その鼻なら、たとえ遠距離に生えていても、探し出せるだろう?」
「別にこの臭いの強さなら、アタシじゃなくてもいけますよ……」と少女は途方に暮れた後に、ふと何かに気付く。
「……あれ? アタシ、姉妹の中で1番鼻が良いとか社長に言いましたっけ?」
少女の頭から疑問符が浮かぶ。
……言っていない。
ヴィッツンから、そんな話を聞いたことはない。
だが予想はできる。
彼女の挙動と魔力の連動具合は、姉妹の中でも飛び抜けているのだ。
そこから身体能力が高いのだと判断したのだが、どうやら正しかったらしい。
「ふ……社長には、人を見抜く目が備わっているものなのだ。
適材適所を見極められる目がな。
加えて、リッチェンからも聞いているぞ?
足が速いのだろう?」
ガサッ!
少女はリッチェンの名に弾かれるように草むらから飛び出し、周囲を見回す。
「社長、止めてくれ! 今、アイツの名前を出さないでくれ!」
先程までのやり取りが嘘の様に、怯えの割合が増える。
「ひょっとして……リッチェンにやられたのが、トラウマにでもなったのか?」
……だとすると、仕事を振り分け直す必要があるが。
しかし少女は首を素早く左右に振り、否定する。
「いや……負けたのはショックだったけど、それは良いんだ。
じゃなくて、社長なら分かってると思うが、今はアイツと――」
ドンッ!
「あら……ルングの所に居ましたの?」
轟音が響いたかと思うと、ドレスの幼馴染が空から降ってくる。
物音を立てない着地。
重い鎧や剣を身に纏っているにも関わらず、その動きは軽やかだ。
そして――
「ぐあああああああ⁉」
幼馴染の出現を皮切りに、鼻を摘まみながら、悶え苦しむ獣人の少女。
……なるほど、そういうことか。
今、獣人の少女は騎士の少女と共に、仕事中だ。
「流石リッチェン。結構集められたな」
幼馴染は片手に持った大きな布袋を、こちらに嬉しそうに掲げる。
「ふふふ……もっと褒めてくれても良いですのよ?
葉っぱでも、沢山集めると重いですし、臭いも独特ですし」
そう言うと少女は視線を、布袋に向ける。
「……それにしても、本当にこんなのが魔物除けになりますの?」
彼女の掲げた袋には、姉妹たちが発見した魔物除けの植物の葉が大量に入っている。
「それは調査してみないと分からないが……可能性はあると思う」
袋の周囲にある空気――そこに溶けた魔力。
その魔力の動きが異質だ。
魔力が、その袋――正確には中にある植物に吸収されているように見える。
こうして話している間にも、みるみる吸い込まれていくのだ。
……そもそもの話として。
この世界の植物には、大気の魔力を吸収する特性がある。
俺たちの魔力ヴァイもそうだし、目前に広がる畑で育てられている作物だってそうだ。
……しかしそれらとは、比べものにならない。
作物たちの吸収速度を徒歩とするなら、袋の中の葉はスーパーカー。
同じ土俵では比べられない程、魔力の吸収速度には差があった。
……面白い特性だ。
さて、どうしてそんな特性を持つ植物が、魔物除けになる可能性があるのかというと――
魔物の生態と魔力の関係性故である。
魔物の身体に存在する魔石は、魔力の塊。
そして魔物の身体には、魔石の魔力が満ちている。
……もしこの植物が、その魔物の魔力まで吸収できるのだとしたら。
魔物がそれを嫌がって、この植物を忌避する可能性は十分にあり得ると思うのだ。
……まあ、それは。
あくまで現時点での仮定に過ぎない。
実態は今後の実験と調査によって、明らかにしていくことになるだろう。
「……む? どうしたリッチェン?」
考え込んでいると、ツンとした臭いが鼻を刺激する。
顔を上げるとリッチェンが至近距離まで接近し、俺の顔を覗き込んでいた。
……一切の気配を感じさせない、達人の妙技。
こんな場面では、全く必要のない技巧である。
少女は俺の顔からどんな情報を得たのか、仕方なさそうに首を振る。
「そんな顔をされてしまっては、もっと集めるしかないですの。
ルング、凄く楽しそうですし」
「……そんな顔してたか?」
「ええ、幸せそうですの。
……仕方ありませんわね、もっと集めてきます。
さてヴィッツンさん、そろそろ行きますの」
ガシリ
リッチェンはヴィッツンの首根っこを掴むと、こちらに背を向けて再び森に向けて歩み始める。
「……ありがとう、リッチェン」
感謝の言葉に少女はチラリと目を向け、袋ごと手を挙げる。
「任せておけ」と、その背中は語っていた。
……俺の幼馴染が、格好良すぎる。
それに対して――
「待て、分かった。
行く! 行くから首を掴むな! アタシに近寄るな!
……ごめん――ごめんなさい、生意気な口はききませんから!
お願いですから、その袋はアタシと離してくれませんかリッチェン様!」
あの夜の接敵以来、少女2人の格付けは済んでしまったらしい。
こうして憐れな獣人の少女は、再び植物集めに引き戻されたのであった。
「……嵐のような2人だったな」
「そうですか? 先輩が臆病なだけでは」
「誰が臆病だ! 俺だってやろうと思えば――」
「ルング社長、ザンフ様!」
タッタッタッ
少女たちを見送り、何も話せなかったザンフ先輩をからかっていると、軽やかな足取りがやって来る。
目を遣るとそこには、最後の猫耳少女――長女のアイランだ。
「すみません、挨拶が遅れてしまって」
律儀に俺たちの元までやってくる姿は、忠犬といった感じだが、実際は次女三女と同じく猫っぽい耳と尾の持ち主である。
「社員ナンバー3、アイラン。気にしなくていい。
臆病ザンフ先輩如きに挨拶するくらいなら、働いた方がずっと生産的だ」
「お前は先輩のことを、何だと思っているんだ⁉」
……正直に言っていいのだろうか?
涙腺崩壊ヘタレ無愛想魔道具バカと。
先輩は俺の顔を見ると、慌て始める。
「……いや、やっぱ言わなくていい。絶対に言うな! 嫌な予感がする」
……ちっ。
俺の暴言を、どうやら感じ取ったらしい。
無駄に勘が良い先輩だ。
「ふふふ――」
そんな俺たちのやり取りを、アイランは楽しそうに聞いている。
ニコニコと笑うその顔には、数日前までの切羽詰まった様子はない。
少女は穏やかな表情のまま、頭を下げる。
「お2人とも、改めて私たち3人を雇っていただき、ありがとうございました。
ご迷惑をおかけしてしまったのに、その上お給金と住まいまで」
故郷を失い、洞窟に居所を構えていた姉妹は「働かせるのなら、まずは衣食住の整備だ」という伯爵様の方針の下、伯爵家で用意した家に3人で暮らしている。
「俺の払う給料分働いてくれれば、感謝の必要はない。
なんなら、敬語も不要だ。俺も使わない。
先輩の畑の手伝いを君たちがすることで、俺も協賛者としてこの畑を我が物顔で使えるわけだから、いいこと尽くめだ!
加えて魔物除けの葉っぱなんて面白植物まで、おまけで付いてきたわけだからな。
文句なしで最高だ。
他にも、付き合って欲しい実験もある。今後とも、よろしくな」
「はい! ご期待に添えるように、私も頑張ります!」と少女は最高の笑顔で拳を握ると、続いてザンフ先輩にも感謝を伝える。
「ザンフ様も、ありがとうございました! この御恩は一生忘れません」
「おお……おう。気にすんなよ」
先輩は何故か挙動不審な様子だ。
「先輩……初対面は無愛想号泣で、今回は無愛想挙動不審って、救いがないですよ?」
「おい、バカ! 確かにそうだが、言って良い事と悪いことがあるだろ⁉」
俺相手には無頼漢気取りの口調のくせに、アイランが相手だと口数が減るらしい。
……先程から思っていたのだが。
女子が苦手なのだろうか?
身内に女子がいるのなら、女性相手に慣れが生じると思うのだが。
「……フリッシ様が居るなら、慣れているのでは?」
「身内とほぼ初対面じゃ、照れ臭さも全然違うだろ⁉」
小声での会話にも関わらず、その声色には必死さが溢れている。
……そんなものなのか。
先輩は、大真面目な顔だ。
そして真剣であればあるほど、凄く情けない。
「あの時……泣いてくれてたんですか?」
アイランはそんな無愛想臆病者に、無垢な瞳を向ける。
「いや、ぜんぜ――」
「大号泣だった。
おかげで俺が話す羽目になったんだ」
「おい! これじゃ俺の年上の威厳が、無くなっちゃうだろ⁉」
……そんなの今更だと思うのだが。
少女の輝く瞳に捉えられて、先輩は俺に詰め寄ることができない。
「そうだったんですか……優しいんですね」
「そ、そんなことはねえよ。
別に、お前たちの為にしたわけじゃないし」
先輩はそっぽを向く。
……無愛想男のツンデレ。
どこかに需要があるのだろうか。
いずれ俺のビジネスに参加してもらう際に、調査してみよう。
先輩のすげない言葉にも、アイランは微笑み続けている。
その言葉が照れ隠しだと、ちゃんと理解しているようだ。
「それでも……嬉しかったですから」
「……そうかよ」
言葉足らず男と、的確にその真意を汲み取れる少女。
この組み合わせは、存外合うのかもしれない。
そんな無愛想魔道具バカとニコニコ獣人少女に告げる。
「そうだ……先輩。アイランに畑の世話の仕方を、教えてあげてくれませんか?
暇なんですよね?」
「暇じゃ――」
ないと続けようとして、先輩は少女を盗み見る。
期待に輝く眼差しに、楽しそうに動き回る耳と尻尾。
「……まあ、少しくらいならいいぞ」
先輩は簡単に方針を変える。
こちらはこちらで、力関係が既に出来上がっているらしい。
「ザンフ様、ありがとうございます!
では、こちらに! お手をどうぞ!」
「いや、そんなことされなくても……ありがとう」
2人はこちらに背を向けて、ゆっくりと畑の中を歩み始める。
伸びた影は重なり合い、2人の相性の良さを表しているようだ。
あの2人はこれから、時間をかけて関係性を構築していくのだろう。
少し微笑ましい。
……さて――
世界を魔力で捉える。
知覚が広がり、世界を俯瞰で見る感覚が俺の意識を満たす。
今回の野菜盗難事件は、新たな収穫が多かった。
獣人の姉妹――畑の人手。
獣人に関する知識。
魔物除け(暫定)の植物。
それだけでも、十分な成果だ。
だが個人的には、三姉妹――獣人が魔力に満ちた畑を育てること自体に、大きな意味があると感じている。
獣人は、魔術が苦手な種族。
それが定説だ。
しかし獣人は、本当に魔術――魔力が扱い難いのか。
散り散りに行動している、姉妹の魔力を観測する。
魔力を宿した野菜を食したこともあってか、少女たちの魔力は非常に多い。
その上今後彼女たちは、常に魔力の満ちた畑の中で、水と土の魔道具を扱い続けることとなる。
……少女たちには可能性を伝えてあるが、もしもこの先――
姉妹が魔術に目覚めたのなら。
「魔力が濃い場であれば、魔術に目覚めやすい」という俺の論を、更に補強することができる。
あるいは、獣人が魔術に目覚め難いとされている原因すら、特定できるかもしれない。
彼女たちが、どんな面白い魔術を扱うことになるのか。
少女たちの未来がどうなるのか。
「……楽しみだ」
……期待に胸を膨らませながら。
俺は少女たちの魔力を、観察し続けるのであった。
――人助けをしたと思ったら、実は色々な狙いが主人公にはあったのでした。
これにて、獣人の三姉妹編は終了です。
故郷を失った少女たちは、新天地で幸せを目指すことになりました。
今後の彼女たちの躍進も、楽しんでいただけると嬉しいです。
次回からは新章が始まります。
ほんの少し時は流れて、数ヶ月後。
ルングが大位クラス2年になった春から、話が始まる予定なので、お楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!