1 経営規模は拡大している。
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次回の投稿時間も午前6時台となっていますので、よろしくお願いします。
「ふふふふ……ははははは!」
魔術学校の庭園――今は畑も増えているが――に、笑い声が木霊する。
丁度少年と青年の中間の声色。
声変わりの始まった、愛らしさと落ち着きの狭間で揺れる、蠱惑的な声色だ。
晴れ渡った冬空の下。
声の主は、心底愉快そうに笑い続けている。
「ルング……どうして君はこんな寒い中、バカ笑いをしてるのさ?」
赤のローブを羽織った貴族然とした少年――アンスが尋ねる。
「ふふふ……アンス。これが笑わずにいられるか」
持っていた収穫物を、アンスに向けて差し出す。
「収穫だぞ。大収穫だぞ」
黄金のヴァイだ。
それを両腕いっぱいに抱え、赤の少年に見せつける。
ザンフ先輩と開発した魔道具たち。
それを使用して育てたヴァイである。
俺たちの苦労の結晶は無事望み通りの働きを見せ、ヴァイも美しく育ってくれたのだ。
……余談だが――
雨の魔道具を開発後、結局畑を耕す魔道具も開発した。
土の属性であることもあり、魔道具制作の役割を入れ替えて、俺が媒体を、先輩が魔法円構築を担当したのは、いい思い出である。
今回は庭園の実験畑に用いたが、無事に収穫まで至ったことで、実用化の目途は立った。
今後はアンファング村に送り、両親に畑で試してもらうつもりだ。
ちなみに共同開発者であるザンフ先輩はこの魔道具たちを、既に農業伯爵領での農地開拓や、耕作作業に役立てているらしい。
「その上、姉の婚約者商売も更に進化した。
俺たち姉弟の将来は、安泰といっていいだろう」
……圧倒的愉悦。
やはり金と権力と力は、人の心を豊かにする。
もうこれを、義務教育で教えた方が良いのではなかろうか。
いずれ公爵様に提案してみたい。
「魔道具の件は父上からも聞いてたけど……クーグルンさんのはまだ続いてたの?」
アンスは猜疑心に溢れた顔で、ヴァイを束ねている俺を見ている。
「当然だ。あの婚約者商売はうちの稼ぎ頭だぞ? 止める気はない」
「あのビジネス、稼ぎ頭なんだ……世も末だなあ」
呆れる様な、諦める様な。
そんな不思議な口調である。
「まあ、さすがに俺への挑戦者は減ったがな」
「……それだと稼げなくない?
クーグルンさんを餌にして、君への挑戦者を集め、全員から参加費をせしめる。
その参加者たちをわざと接戦で打ち負かし、何度も挑戦させる。
それが、君の商売の肝のはずだろう?」
「言葉に含みがある気もするが、概ねその通りだ」
……さすがは公爵家嫡男。
ただのボンボンではないということか。
完璧な説明である。
「挑戦者が減ったなら参加費も取れないから、利益は出ないんじゃ?」
「鋭いな。だから今は『俺に挑む』という形式自体を排している」
「……どういうこと?」
「よくぞ聞いてくれた!」
……結局のところ――
接戦を演出し続けたところで、俺が勝ち続ける以上その商売の伸びしろは無いに等しい。
当然といえば当然だ。
姉が手に入るかもという期待感こそが、この商売の肝。
俺が勝ち続けるということは、その希望を減衰させていくのと同義だ。
それではいずれ、諦める者が出る。
そんな顧客離れを防ぐ。
それには、新たな方向転換が必要である。
故に俺は――
俺という鉄壁の守りの排除。
その代わりとして、景品の降格と形式変更。
上述の2点を新たに提案したのだ。
まず勝者の景品を「姉への婚約・結婚の申し込みの権利」から「姉と話ができる権利」へと変更した。
……これは我ながら、思い切った決断だったと言えよう。
「婚約・結婚」が「話をするだけ」になるだなんて、普通なら噴飯ものだ。
俺が袋叩きにされてもおかしくない。
……しかしそれはあくまで、姉が普通だったらの話。
12歳で大位クラスに入学した、平民生まれの天才。
魔術の基礎4属性を、呼吸するかの如く扱う才女。
性格は明るく快活で、見目麗しい少女。
俺の入学時点で、既に姉は人気者だった。
しかし今の少女の人気は、あの頃の比ではない。
その人気――価値はここ数ヶ月で急騰している。
理由は単純だ。
鉄壁の守り手の存在である。
姉を手に入れようとする魔の手を、俺が全て返り討ちにしたことによって、少女は誰のものにもならず聖域化されたのだ。
いわゆる高嶺の花。
あるいは理想の具現。
言ってしまえば少女は、偶像として祭り上げられたのである。
そうなってしまえば、話は早かった。
手に入れようだなんて烏滸がましい。
そんな思想がいつの間にか、姉目当ての貴族たちの間で席巻し始めたのだ。
姉を見ることができるだけで幸せ。
声を聞けたら天にも昇るような気持ちに。
笑顔なんて見せようものなら、世界が平和に。
そんな価値観を広めさせ――もとい。
価値観が広まったのだ。
そんな中、偶々偶然タイミングよく俺が提案したのだ。
「姉とお話する権利を賭けて、大会を開きませんか?」と。
この流れの結果、景品と形式変更は容易に受け入れられた。
優勝者のみが、姉とお話できる特権を得るトーナメント方式。
参加料は彼らにとっての偶像たる姉と、その家族に還元されるシステム。
そして参加者限定で販売される、姉に関する小型魔道具――マドウグッズ。
……前世のスポーツ大会や、アイドル業を参考に始めたこの商売だが――
当たった。大当たりした。
「少しでも、少女と接点を持ちたい」という本気勢や「噂の天才少女と話してみたい」といったライト勢。
参加料を下げたことにより「魔術の実戦演習をしたい」という新興勢力まで出現し、参加数は加速度的に増加。
今では年齢別、性別、総合大会といった各大会が開かれ、姉と会話する権利を巡って各所で魔術師たちが鎬を削っている。
「――というわけだ」
「君は……どうしてそんなのばっかり思い付くかなあ」
友人は頭を抱えている。
俺の経営手腕に、称賛が止まらないらしい。
「そう褒めるな」
「……褒めてないんだけど。
その上、最近また何か始めたんだって?」
「耳が早いな……アンスも参加してみるか?
広がった人脈を基に構築した、婚約・結婚相手紹介サービスに!」
こうして姉の婚約者商売や大会ビジネスを通じて、俺のネットワークもまた広がり続けている。
それを利用して新しく開始したのが、俺を中心とした出会いのシステムだ。
……前世で言うところの、結婚相談所やマッチングサービスである。
「断るよ。私に結婚や婚約はまだ早いし」
「そんなことを言わずに参加しよう。アンスの需要は高い」
……公爵家の跡継ぎで、整った容貌の持ち主。
それだけでも少年の人気は引く手数多だ。
その上優秀な魔術師であり、性格が良いことでも有名。
超優良物件といって、差し支えないだろう。
「というか君のその商売的に、私に需要あるのおかしくない?
まだ私は13歳。結婚できる年ではないんだけど」
「アンス。将来性が感じられるのなら、青田買いをするのがプロだぞ?」
「何のプロなのさ……」
……目利きとかだろうか?
我ながらよく分からない。
「逆にアンスも、狙い目の令嬢が居るなら紹介可能だぞ?
姉さん目当てに、俺に挑んできた令嬢たちも大勢いるからな」
「そもそもその御令嬢たちなら、私は対象にならないんじゃ……」
……ところがどっこい。
令嬢たちから「アン様は参加しないのですか?」と、多くの要望を受けたのだ。
彼女たちの言葉を借りるのなら「別腹」らしい。
「うーん」と、アンスは複雑そうな表情を浮かべている。
自身の人気は嬉しい。だが俺の悪行に加担するのはちょっと。
そんなことを考えていそうな顔だ。
……犯罪は一切行っていないのだが。
「まあ……仕方ないか。アンスは秒読みだものな」
「え……? 何のこと?」
少年はキョトンと首を傾げる。
「何をすっとぼけている。君はメイドのメーシェンさんのことを――」
「わああぁぁぁぁ! なんてことを淡々と言うんだ⁉」
赤毛の少年から、噴き出る様に魔力が生じる。
「おい、恥ずかしいからって魔力を放出するな。
ヴァイにムラが出たらどうする」
次回の畑用の種は、このヴァイから採種予定だ。
今から種に魔力差が生じるのは、研究に差支えがある。
「ご、ごめん……って違う! そうじゃなくて!
恥ずかしいとか以前に! なんでそんな話になってるんだ⁉」
赤ら顔で少年はこちらに詰め寄る。
激昂しているつもりだろうが、迫力は感じない。
こっちは彼の姉によって、死線を何度も彷徨ってきているのだ。
この程度では脅しにもならない。
そもそも――
「アンス、君の想い人がメーシェンさんというのは、周知の事実なんだぞ?」
「えっ? どういうこと……?」
赤くなるやら青くなるやら。
少年の顔色の変化が忙しい。
「俺はこの話を、公爵様から聞いたんだぞ?」
公爵様とは、紹介サービスで得た情報をやり取りしている。
無論、進行形の顧客には守秘義務があるため、それは伝えない。
しかし既に結ばれたカップルの情報は、その範疇に入らない。
どうせ貴族カップルの噂など一瞬で出回る。
それなら新鮮な内に売り捌こうと、真っ先に公爵様に持ち込んでいるのだ。
その交渉の中で、公爵様が俺の情報を値切る材料として提供したのが、アンスの恋愛事情である。
「父上……なんで知ってるんですか……」
衝撃的事実に、少年は呆然としている。
というか、その言葉はもう認めているも等しい。
「まあ俺も、そうなのかなと思っていたしな。
当人と一部を除いて、アンスと親しい者なら皆知ってると思うぞ?」
……おそらく知らないのは――
人の心を理解しているか怪しい、師匠ぐらいじゃなかろうか。
「私って……そんなに分かりやすいのか……」
アンスの燃えるような髪色が、心なしくすんでいる。
……まあ、気持ちはよく分かるのだ。
思春期男子にとって好きな子がバレるというのは、世界がひっくり返るくらいの衝撃があるのだから。
「ふ……安心しろ。顧客ではないが、一応秘密にしといてやる。
相場が上がりきったところで売り払い、ちゃんと分け前はやるからな」
「……なにも安心できない。
君が本当に友人なのかも疑問だ……」
整った顔は、げっそりとやつれている。
「……とりあえずだ。
俺の顔の広さは、分かってくれたようだな。
こうして貴族事情を把握し、いずれこの国全土の人脈ネットワークを手に入れる予定だ。
市場が拡大するのなら、他国への進出まで視野に入れている」
「今、このバカを討ち取らないと、マズい気がする……。
でも優秀だから、討てば国益が損なわれる……どうしたものか」
友人が恐ろしいことを呟いている気がするが、まあ冗談だろう。
「というわけで、俺のサービスに名前だけでも参加してくれるな?」
「それ、脅しだろ⁉ 君は今、私を脅しつけているだろ⁉
無表情で言うな! せめて笑って言え!」
「やれやれ、我儘な……」
「あのー……ルング君たち! 今いいかな?」
そんな俺たちを、背後から呼び止める声。
「ほら、アンス。
俺がどれだけ貴族社会に寄与しているかわかるだろう? 新たな獲物だ」
「絶対止めた方が良い。
いつか刺される……というか刺すよ。私が」
不穏な友人を放置して新たな顧客に、にこやかに振り返る。
「はい、お客様。今なら大丈夫ですよ」
「アハハ、ごめんね!
お客さんじゃなくて、兄様からの伝言を届けに来ただけなんだ」
……俺たちの視線の先には――
水の中位クラスで共に学び、共同研究の時にお世話になった、ザンフ先輩の妹――フリッシ様がいたのであった。
――新章開幕です。
前世知識をフルに活かした商売は、一応順調なようです。
さて、ザンフ先輩の妹のフリッシ様はそんな主人公に、何の話を持ってきたのでしょうか。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!