1 姉の実験。
本日3話投稿予定の1話目です。
次の話は12時以降に投稿予定です。
「うーん」
我が家の畑の隅に、佇む影が1つあった。
風に髪の毛がふわりと靡き、茶色の髪が陽光に照らされ輝く。
質素なスカート姿から伸びる、日に焼けた細い手脚。
少女の名はクーグルン。
転生した俺の姉である。
考え込む様に腕組みをしている姿は、本人からすれば真剣なのだろうが、傍から見ると、とても愛らしい。
「むーん」
姉は仁王立ちの構えで、ずっと唸っている。
……何をしてるんだろう?
赤ん坊として生まれ変わって早3年。
未だに姉の生態は、掴み切れていない。
畑の中へ入り、彼女の足元までよちよち歩く。
ようやく安定して移動できるようになってきたが、それでもまだまだおぼつかない。
やっとのことで辿り着いて、姉を見上げる。
母によく似た黒の瞳は、いつもの爛漫な笑顔が嘘のように、理知的な色を帯びている。
「どうした? ねーさん」
流暢に発音するのは、まだ難しい。
自身の回らない口に、多少の羞恥はあったが、それよりも姉が何を考え込んでいるのかが気になる。
「ああ、ルンちゃん! よく歩けたねえ! 大丈夫だった?」
先程までの真剣な表情が打って変わって、華やかな笑顔を姉は浮かべる。
ここ数年の少女の成長を感じさせる、可憐な笑顔だ。
「だいじょうぶ。おれも、もうおとな」
「そうねえ。ルンちゃんも大きくなったねえ」
そう言って姉は、俺の頭を撫でる。
土と草の匂い。
働き者の香りだ。
「それで、ねーさん。なにしてる?」
「えっとね――私の作物を見てたの」
姉が見ていたのは、小さい畑。
畳数枚分ほどの面積の、小さな畑だ。
畑は三枚の区画に分けられ、各区画には成長した作物が並んでいる、
「成長の違いが面白くて」
「うん? せいちょうのちがい?」
そこで姉が育てているのは、前世でいうところの麦に少しだけ似た作物。
「ヴァイ」と呼ばれている作物だ。
畑の作物に目を遣ると、一見3枚の畑のヴァイは、見事な成長を遂げているように見える。
しかし――
……本当だ、全然違うな。
姉の言う通り、ヴァイは区画ごとに成長の度合いが、大きく異なっていた。
1枚目の畑のヴァイは、父が育てているヴァイとほぼ同じ……否。
少しだけ大きいだろうか。
青々としていて、とても元気そうだが、良くも悪くも見慣れたヴァイである。
2枚目の畑のヴァイは、先程のヴァイよりも二回りは大きい。
ヴァイ自体の長さもさることながら、稈の太さもより太く、よく育っている。
そして最後の1枚で育つヴァイは、父のヴァイと比べてもずっと小さい。
……最後のヴァイは、出荷にも足りない長さのように見えるが――妙に気になる。
「ああ……そうか。
ねーさんがいましているのは、ヴァイのせいちょうと、まりょくのかんけいせいについてのじっけんだものな。
おれも、ちゃんとさんかしたかった……」
俺の不満顔に、姉は苦笑いを浮かべる。
「仕方ないでしょう?
お父さんの言いたいこともわかるし」
父ツーリンダーは1年程前、姉に農地の一部を与え、
「クーグルン、自由にしていいぞ」
と告げたのだった……俺に手出しを禁じて。
おそらく父としては、遊び場にしたり、姉自身で管理することで責任感を持って欲しいとか、そんな狙いがあったのだと思われるが――
「じゃあ、私、やってみたいことがあるの」
そう言って姉がその場で始めたのは、魔術の練習だった。
既に家では、姉の魔術――魔力を解放するには狭かったからだ。
こうして姉は、魔術を外で扱うようになっていったのだが――
……ホント何があったのか。
いつの間にか姉は魔術の練習だけでなく、魔術で作物を育てるようになっていた。
「それで……なにがきになる?」
「うーん、いくつかあるんだけど――」
姉は少し考える仕草をすると、
「ルンちゃん、どのヴァイをどんな風に育てたか知ってる?」
「ううん、しらない」
正直に、首を横に振る。
姉の実験場所には手を出さないようにという、父のお達しをちゃんと守っていたからだ。
……おかげでこんな楽しそうな実験に、口しか出せなかったわけだが。
意外な所でちゃんと親をしている父が、少し恨めしい。
「じゃあ、ちょうどいいかな。
ルンちゃん、この三つの畑……って規模じゃないけど、畑の中で水魔術で水やりをしたのはどの畑でしょう?」
元気のいいハキハキとした物言いで、姉はクイズの様に告げる。
水魔術での水撒きによる、ヴァイの成長度合いの比較。
それが姉の現在行っている実験である。
おそらく比較検討するために、普通の水と魔術の水とで、育てたヴァイを区画ごとに分けているのだろう。
しかし――
「ねーさん、それをみぬけばいいのか? かんたんだぞ?」
……甘く見てもらっては困る。
そんなのは問題にすらなっていない。
「えー? 何でー?」
理由は単純だ。
……魔術で水やりをしているのなら、魔力――白光の痕跡が残っている。
通常の水の中に、魔力の輝きは見えない。
それに対して、水の魔術で生み出した水は、魔力によって淡い白色に輝いて見えるのだ。
春過ぎに種まきをして、今は夏真っ盛り。
作物への水やりは最低でも、週1回以上はしたはず。
その頻度で撒いたのなら、確実に――間違いなくわかる。
魔力を見ればいいだけなのだから。
育ったヴァイを見る。
初めて白光を見た時と、同じ視界が広がっていく。
赤ん坊の時には集中しなければ見られなかったこの光景も、今では見慣れたものだ。
……これで魔力を帯びたヴァイが見えるはずだが――
「えっ⁉」
目を疑う光景に、思わず声が漏れる。
「ほら、難しいでしょう?」
姉のどうだと言わんばかりの笑顔は、少し鼻につくが――確かに悩む。
姉は優秀だ。
その姉が魔力を見るなんて、初歩の判別方法を思いついていないはずがなかった。
すなわちそれは――魔力を見た上で、何か悩むような現象が起きたということ。
……その現象がこれか。
「ねーさん、どうしてすべてのヴァイが、まりょくをおびてるんだ?」
区分けされたはずのヴァイ。
その全てが、魔力の光で輝いていることが、姉――クーグルンの悩みの種の様だ。
――この章から主人公のルングは3歳、姉のクーグルンは6歳くらいになっています。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!