59.賢者オーツ ※
教会の扉は慣習として昼間はいつも開かれている。
入口をくぐると、祭壇があり、礼拝堂になっていた。教会の造りはどこも同じだ。首都の中央教会なのでけっこう大きい。
数人の信者が思い思いに過ごし、礼拝堂に祈祷し、シスターが信者の話し相手をする姿も見慣れた光景だ。
「たのもう。こちらに賢者オーツ様がいはるとお聞きしてきたのじゃが。うちはハンターの鬼姫と申すものじゃ」
「はい、大賢者オーツ様はいらっしゃいますが、ご用件は?」
若いシスターはやや警戒した。
オーツは実際に魔王を倒した勇者パーティーのメンバーで国の英雄であり、しかも老齢である。簡単に会わせてくれるわけがなかった。
「オーツ様宛てに手紙を預かっておる。こちらをお渡し願いたいの」
「……スタンフォード様。勇者アレス様パーティーの剣士様のご子息の方ですね。でしたらオーツ様にしてみればご親戚みたいなものです。きっと会っていただけると思います! お待ちください!」
急にニコニコしてシスターが奥に引っ込んでいった。
そうして待っていると「あ――――! あの方です!」と声がして教会の礼拝堂にどやどやと先ほどのギルド受付嬢と男たちが乗り込んできた。
「……え、こんな若い女なの?」
「ちょ、さっきの話本当?」
初老の男、壮年の男、ベテランハンターらしき中年男と受付嬢の四人ほど。
「何か用かの?」
またこれかと頭が痛くなる。
「アウストラ・ハンターギルドのマスターをやってるブロンコだ。少し時間を取らせてもらいたい。その、『オニヒメ』さん? で、間違いないな?」
壮年の男が聞いてくる。
「そうじゃ」
「ハンターカードは偽造ができないようになってるから、見せてもらっていいか? 真贋鑑定したい」
「ほれ」
ハンターギルドから袖の下に入れてある。そのまま出して渡した。
四人が頭を寄せ合ってハンターカードの裏も表もチェックする。
「……信じられん」
「ちょっと見せてください」
初老の男が手に取ってなにか蛍光色で発光する石でカードを照らす。
「……間違いなく本物で、本人です」
「お待たせしました。オーツ様がお会いになります」
四人のギルド職員と鬼姫が騒がしくしているときに運悪く、先ほどのシスターが祭壇の奥から現れた。ゆったりしたローブを着て、杖を突いてゆっくり歩く老人を連れてきて。
「そちらの方がオーツ様かの……?」
オーツは物凄く驚いて目を見開き、「魔物!」と叫んで杖をいきなり前に突き出してぶわっと光り出した!
「な、なんじゃ!」
「オーツ様! オーツ様! おやめください!」
シスターが止める声も構わずオーツの杖から魔法が放たれた!
「ふんがっ!」
避けたら人に当たる。鬼姫は手のひらに五芒星を展開してそれを上に跳ね上げる!
「オーツ殿! 待って待って待って!」
周囲の驚愕の中、五芒星の防御陣は一撃で砕かれた。鬼姫は慌ててすぐにより強力な九字切りの印を結ぶ。
「臨兵闘者皆陣裂在前!」
ギルドの男たちも止めようとするがオーツは魔法を連発してくる。
九字結界に反射された魔法が教会のステンドグラス、壁、祭壇を貫通して爆発音を上げた。
「やめい、話を聞かんか!」
鬼姫は魔法を避けながらオーツに一瞬で間を詰め、その杖を蹴り上げた。
オーツの杖は真っ二つに折れ、教会の天井に跳ね飛ぶ。
「オーツ殿、お待ちください!」
男たちが老オーツを取り囲み、立たせたまま腕を取り拘束した。
オーツはおとなしくなったが、険しい顔で鬼姫を睨む。
「あーあーあーあー……。どうすんだこれ」
壊れた教会の祭壇を見て、男たちもシスターも青ざめた。受付嬢はおろおろしている。
「賢者オーツ様とお見受けいたす。うちは鬼姫と申す。まずはお話をお聞きいただきたいの。うちを殺すも勝負するもそれからにしてもらいたいのう」
「お前、人間ではないな?」
オーツはやっと言葉を発した。この「人間ではない」には教会一同、ハンターギルド一同が驚愕する。
「まあそこは否定せん。うちは鬼子じゃ。鬼の一族の最後の生き残りがうちじゃ。だが、ほれ、こうしてハンターとしてまっとうにおつとめしておる」
まずハンターカードを、男たちに押さえつけられているオーツの顔の前に出してちゃんと見せた。
「大聖堂の聖女様の手紙もあるの。おぬし聖女様と一緒に魔王を倒しに行った仲間であろうの。その聖女様の手紙なら信用でけるのではないのかの?」
鬼姫はつづらから聖女からもらった手紙を出した。
押さえつけられているオーツの目の前に広げて見せる。
―――――――――――――――――――――
親愛なるオニヒメ様。
ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。
どうか、この世界では死なないでください。
お元気で。
聖女テレーズ
―――――――――――――――――――――
賢者オーツは手紙を穴が開くほど凝視する。
「テレーズが……」
当然、周囲の人間たちもその手紙を見た。
「テレーズ様? 大聖女テレーズ様が?」
「なんか知らんが、ルントの大聖堂はうちを殺すことを禁止しておったのう。聞いておらんとは思うがの」
この手紙、書いてあることが漠然としすぎて意味が分からないが、かえってそのことが何にでも使えて便利だと鬼姫は思っている。
「大聖堂教会が?」
「なんでまた!?」
もう男たちも受付嬢もシスターも大混乱である。
「……わかった。離せ」
オーツが静かになり、力を抜いたので男たちもオーツから手を放した。
「こ、これはどういうことです!」
ここで、教会の司教がめちゃめちゃになった祭壇に入ってきて、さらに教会は混乱するのであった。
話がややこしくなる一方なので、ギルドの連中には帰ってもらった。
「ぜひお願いしたい依頼があるのです。ご用件が終わりましたら、必ずギルドをお尋ねください」と返す返す念を押してくる。頭が痛かった。
そして教会の一部屋で、鬼姫、賢者オーツ、司教とシスターの四人での面談が始まった。
「……そういうわけでの、大聖堂の連中の話では、うちにはなんか封印の力がかかっておるちゅうことじゃの」
「……そうだ。お前にはなにかとてつもない邪悪な何かが封印されている。そしてその強力な封印術、この世界には無い異教のものだ」
「それでいきなり攻撃してきたのかの……。ちょっと話を聞くぐらいの落ち着きはテレーズ殿も持っておったがのう? いい年寄りが何をやっておる……」
英雄、大賢者オーツに対してこの物言いである。
まあ年上ということであったら鬼姫のほうがはるかに年上であるし、この国の英雄とはいっても、鬼姫は異邦人だし、いきなり殺そうとしてきたわけだし、こんなクソジジイに礼を尽くす気は鬼姫にはもうなかった。
「オニヒメさん……あの、オーツ様は大賢者です、その、無礼は控えめに……」
シスターがお茶を出しつつおろおろする。
「うちはこの世界に来てから聖女様にも賢者殿にも一切世話になっておらぬし、やくたいしかかけられておらぬ。何が悪いかの」
ごもっともである。
「封印、見せてもらおう。そこに立て」
「殺さぬと約束するかの? 聖女様を裏切らぬとここで神に誓うかの?」
「怖いのか? 魔物のくせに」
「別に。ただここでおぬしを叩き伏せると、この国で一生お尋ね者になるだろうから面倒なだけじゃ」
バチバチと二人に火花が飛ぶようだ。周りの人間はハラハラする。
「お前にわしを倒せるとでも?」
「自慢の魔法を全部跳ね返されて大事な杖を叩き折られて、どの口が申すのじゃ。おんもに出るかの」
「お前がおとなしく罰を受けないからだ」
「罰ってなんじゃ。おとなしく殺されろ、逆らったら殺す、やり返されたら怒る。何様じゃ? おぬしアホではないかの? よくその程度のおつむで賢者を名乗れるのう?」
「わしは多くの魔物を倒してきた!」
「うちがなんもせんでおったら、うちの後ろにおった者たちもおぬしの魔法で全員死んでおったぞ。もうろくするにも限度があるわ」
「……このクソ魔族が」
「そのような物言い、教会ですると罰当たりではないのかの。うちは魔族とちゃうわ。これでも神に仕える身じゃ。うちが魔族だったらおぬし今頃死んでおるわ」
「異教徒など信用できるか」
「ほなうちも異教徒のおぬしを信用する必要は無いちゅうことで、話は終わりじゃの。頼まれた手紙はもう渡したのじゃ。帰ってもええかの?」
賢者オーツ、お歳のわりにはなかなかに血気盛んである。さすがは勇者パーティーの一員と言うところか。
司教がなんとか取り繕うために手を差し伸べた。
「オーツ様、お平らに……。大聖女テレーズ様のお言葉、なにか重大な意味があると思われます。聖女様がオニヒメさんを死なせてはならないと言う理由があるんですよきっと。オニヒメさんも、ご協力いただければ幸いです。オニヒメさんも、その封印の謎が知りたくてこちらに参られたのでしょう?」
「そうじゃが、肝心の賢者がこうもボケが進んでおってはどうせ何もわからへんじゃろ。うちはもう帰りたいの」
「お互いお言葉にお気をつけくださいませ。オーツ様も。強力な封印術であるならば、魔王の復活阻止に役立つことは明白です。ぜひご協力いただきましょう」
「……わかった。少し待て」
オーツは席を立って奥に下がった。
「で、オニヒメさん。あの、壊した教会の修繕費なのですが」
「しらへんがな。オーツに言うたらええ」
「……ですよねえ」
壊したのはオーツであり、鬼姫は被害者だ。司教は本当、がっくり来た。
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次回「60.天岩戸」




