46.さらば王都
鬼姫の元には、毎日のように教会から神官が訪れる。午前中なら鬼姫はギルドにいることが知られていた。
どうしても封印の力が欲しいのか、新しい解析術式を考えてきたり、魔道具を使って調べようとしたりするのだが、そのたびに神官が倒れたり、珍妙な魔道具が壊れたりする。魔道具が爆発したこともあり、危ないのでギルド会館の外でやることにしているので、そんな朝の騒ぎは見物人までいて、もうハンターギルド前の恒例行事になりつつあった。
「岩戸じゃの」
「いわと?」
「なに、こっちの話じゃ」
鬼姫が封印と言うと、真っ先に思いつくのが、天照様が自らを封印して籠ったという天岩戸が思い出されるのだ。神様が使うような術、鬼姫ごときにかかっているとは思えないが。
「神官の裸踊りは見たくないのう……」
「なんで裸踊りなんだよ」
「昔、へそを曲げた女神様が自らに封印をかけて岩戸にお籠りになったとき、神たちが宴会して、一人の神が裸踊りしてみんなで笑いこけたら、さみしくなった女神様が出てきたという逸話があっての」
「なにそれかわいいな女神様! 俺も凄い見たいんだけど。教会に教えていい?」
「いらんことせんでええわの」
ちょっと赤くなって鬼姫が怒る。裸踊りしたのは天鈿女命という女神で、陰も見えそな破廉恥踊りであったと伝わるからだ。
いちいち聞いているのはギルドマスターのダクソンである。今日の神官はその封印を無理やり壊そうとして跳ね返され気絶した。それを抱えて教会の馬車に押し込むのはダクソンの仕事になっていた。
鬼姫は馬車に詰め込まれて帰ってゆくみじめな神官を見送って、ハンターギルド会館の自分の宿舎に戻る。
鬼姫は死の床にあった。あの宮司が鬼姫の手を握りしめて泣いていた。
それは記憶にある。
放っておけばどうせ死ぬならと、死ぬ前に鬼姫を封印し、後に託したとしたら?
鬼姫は鬼子。鬼なら術で封じることができる。いつか、誰かが鬼姫を復活させて、瀕死の鬼姫を救ってくれると期待して。
まあそれは鬼姫がそうだったらいいなと思う程度の事だ。
鬼姫が邪魔になった、鬼姫がいたら困る。古都守護職のお役人にそう考えた者がいて殺され封印されたと考えるほうがずっと現実的である。鬼姫は紅葉神社で巫女の真似事をやっていて、頼まれるまま妖怪退治もやっていた。数百年かけ最後の妖怪を倒して用済みになったから鬼姫も封印された、なんて話のほうがよっぽどありそうである。
「こうして異世界に放り込まれておる。もしうちが復活しそうになったら、異世界に飛ばして厄介払いなんて術式でもかかっておったと思うほうがもっともらしいの」
鬼姫は最後、祠を守ろうとして濁流に流された男たちを助けた。それは記憶にある。一時的にでも封印を自力で解き、現世に現れたことになる。しかしそれを封印が許さず、異界であるこの世界に飛ばされた……と、いうことだろうか。
「……そんなたいそうな術式、あの大ボケ宮司がでけるわけないわの」
そこまで考えて鬼姫は頭を振った。
この世界のあんな立派な聖堂に住んでいるこの世界最高の聖女と大司教、毎日来る神官たちが驚くような凄い封印術である。紅葉神社みたいに小さい神社でいつもお神酒を独り占めにして、鬼姫に雑用ばかりやらせていた死んだときの当代もうろく宮司ができるとは思えなかった。
悪い人ではなかったし、可愛がられていたとは思う。だがそんな術が使える凄い宮司なわけがなかった。
教会に術をかけられるたびに封印の断片が見える。
鬼姫は黙っているが、毎日見ていれば気づくこともあるというもの。
術の祝詞は宮司の字であったが、断片的でもよく見てみれば神葬祭詞だった。
鬼姫は死んで、それを惜しんだ地元の人たちで普通に神葬祭(神式の葬儀)を上げてもらい、祠を作ってもらえたのだ。きっと宮司何代もの間に渡り、数百年社で勤めたからの話であろう。
そう考えたら、気が楽になってきた。自分が死んだことになっているなら、もう無理に日本に帰らなくてもいいじゃないかと。帰れなかったからと言ってがっかりする必要も、もう無いのだ。
次の日にはなにをどうしたらそうなるのか、教会騎士団の突っ張っている男が来て、「手合わせしろ」と凄んできた。今までで一番の人だかりの中、金棒で自慢のメイスをへし折ってやったら観衆から拍手喝采。男は詫びも言わずに退散していくなんて騒ぎになった。
「やっぱりさすがだねえ、鬼姫さん」
ダクソンは嬉しそうに言うのだが。
「王都も用済みじゃの。そろそろ発つ頃かのう……」
東へ向かうという目標は変わらない。
この世界を見て回って、世界の果てまで歩いてみる。
そのころには、自分はどうしたらいいかわかるだろう。日本が見つからなくても、ずっと住んでみたい街が見つかればそれも良い。
今生きていることを、大神様に感謝である。永らえた命、決して無駄にすまい。
この世界でも自分の祠を作ってもらえるとは思わない。だが生きるだけ生きて、後悔なく死ねればそれでよい。
鬼姫は荷物をまとめ、部屋の掃除にかかった。
「鬼姫さん、もしかしてもう出ていく?」
また廊下を拭いている鬼姫を見て、ギルドマスターのダクソンが声をかけてきた。立つ鳥跡を濁さず。鬼姫の性分として綺麗にしてからでないと旅立てない。
「長いことお世話になったの。そろそろ旅を再開しよう思うての」
「そうかー……。残念だ。もっといてほしかったが、そうもいかんよな」
鬼姫は部屋に引っ込んで、つづらから小さい壺を持ってきた。
「これ、王都にいるうちに金貨に替えたいのだがの、どこに持っていけばええかのう?」
古い金貨、銀貨と少しの宝石。デュラハンから受け取った遺産である。どこに出したらいいかわからなくて、信頼できる人もなかなかいないし、ここまで換金することができなかった。背負うつづらに壺はかさばる。王都なら買い取ってくれるところがあるだろう。
「……ずいぶん古いな。それどうした?」
「途中の村で亡者のお祓いのお礼でもらったんじゃ。カードには載っておらん」
「なにお祓いしたのか聞きたいけど、まあ金銀や宝石は時間が経っても価値は変わらんよ。隣の商人ギルドで換金してくれるから窓口に行って替えてもらって」
貧乏そうな寒村、元領主だからと言ってそんなに大金でも価値があるわけでもないようだ。その証拠に壺の中身を見てダクソンも別に驚いたりしていない。
「安く買いたたかれたりせんのかのう?」
「それは心配しないで。ハンターカード見せれば間違いなく適正価格で両替してもらえるから。ハンターが騙されて利用されたり搾取されたりしないように俺たちハンターギルドの組織がある。そんなことやったら俺が怒鳴り込んで暴れるってことになってるから」
「けっこう力ずくじゃの……。わかったのじゃ」
ハンターギルドよりずっと大きな商人ギルドの建物。ホールに入り、買取をしているカウンターで見てもらった。こちらも特に驚かれることも無く、金貨銀貨はほぼ今と価値は大して変わらないし、宝石も安物で金貨百二十五枚であった。
「これは換金せんでおこうかの」
職員にブローチになっている宝石を一つ選んで見せる。せっかくデュラハンが譲ってくれた遺産である。ひとつぐらいは持っていたい。
「素敵ですね。それ金貨十五枚の値が付きますけど、いいですか?」
「もちろんじゃ」
ここで止めたりしないのだから、正直に適正価格で買い取ってくれていることがわかるというもの。
「では十五枚減らして金貨百十枚です。百枚は白金貨二枚にしましょうか」
「お願いするの」
「鬼姫さーん!」
ハンターギルドに戻ると、事務所のハルトから声がかかった。
「手紙来てるよ。聖堂の聖女様から」
「聖女様から?」
驚いた。職員から受け取って読んでみる。
―――――――――――――――――――――
親愛なるオニヒメ様。
ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。
どうか、この世界では死なないでください。
お元気で。
聖女テレーズ
―――――――――――――――――――――
読み書きが怪しい鬼姫でもわかるようにか、短く、シンプルに書いてあった。
「……わやくちゃ言うのう」
殺すなとか死ぬなとか、そんなにこの世界で死ぬと迷惑がかかるのだろうか。いったい聖女が鬼姫に何を感じとったのか、ちゃんと聞いてみればよかった。
「お祓いでもしておくかの……」
「そんなこともやるのオニヒメさん?」
「そっちが本業じゃ! そやけどなんで聖女様はうちが旅立つことが分かったのじゃろうのう……なんか見張りの魔法でもかけられておるのかの。気味悪いわ」
「あ、その手紙鬼姫さんが旅立つときに渡してくれって、預かってたんです」
……鬼姫の考えすぎであった。
「いつ発つんですか?」
「明日じゃの」
「じゃあ教会にもう来るなって連絡しておかないと」
「やっておいてくれるかのう」
「了解です。来たら追い返せばいい話なんで」
「お頼もうします」
「残念です。寂しくなりますねえ。毎朝神官がぶっ倒れるの、面白かったんですけど」
「おぬし鬼じゃの」
ダクソンも出てきた。
「おおきにありがとうの。礼を申すの」
「いやいや」
大したことないと言うように手をひらひらさせる。
「手数料金貨五枚、一応もらっとくか。俺たちに恩を着せられたと思いたくないだろう」
「五枚でいいのかの? 長い間泊めてもろて助かったのだがのう」
「きれいに掃除してくれたし、一部屋マットレスも布団も新しくしてくれた。飯を作ってくれたこともあるし、いろいろ面白かったし、十分さ」
ダクソンはそう言って笑う。
「いつか帰ったらまたここに寄って、東に何があったか話を聞かせてほしい。楽しみにしてるよ」
「何年先になるかわからんがの」
「いいさ。世界中どこのハンターギルドも頼りにしてくれ。絶対に力になってやるから」
「おおきにの……」
「お前ら、今日は帰るなよ。鬼姫さんの送別会、やるからな!」
「うお――――!」
事務所に歓声が上がった。
鬼姫は、ちょっと泣けてきた。
「……いい街だったのう」
王都の東大門を出た鬼姫は、振り返った。
まだハンターギルドのみんなが、出勤してくる前の時間である。お別れなら昨日済ませた。教会の連中が面倒だったので早く出たのだ。
預かったカギは部屋に置いてきた。
リーン、リーン……。
まだ人通りが少ない早朝の街道。王都に向かって祝詞を捧げる。
よく思い出してみれば雷鳥のお清めをしていなかった。酔っ払っていたせいである。まあついでだ。親切で世話になった王都に感謝をささげ、王都丸ごとお清めしてしまえばよいと鬼姫は思う。
祓給え 清め給え
神ながら守りたまえ 幸え給え
リーン、リーン……。
鬼姫は東に向き直り、自分がこれから歩いて行く道に祓串を振ってから、鈴を鳴らして歩き始めた。
次回「47.火付け改め 上」




