44.封印
「……子供のころ、宮司のやつ、勝手に柿を全部食うたりお神酒を飲んだりしたら、よう『悪い子は封印するぞ――!』って追いかけてきたのう。あら怖かったの」
「なんでそれが脅しになるんです……」
ハルトが鬼姫に突っ込む。
「うちには『悪い子には鬼が来るぞ――!』という脅しが効かぬからの」
「オニだから」
「そこ笑うところかの」
……全員、少し無言になった。
「動ける封印って意味あるのか? それ本当に封印と言えるのか?」
ダクソンと神父シルバインの問答になる。
「私はそれがわかります。動ける理由はわかりません」
「そういうの封印って言わないだろ」
「そうなんですよ……。私も意味が分からな過ぎて、それで調べたい。教会にはそういう解析が得意な神官も多いです。鬼姫さんに一度大聖堂まで来ていただきたくて」
一呼吸置くダクソン。
「で、もし鬼姫さんが魔族だ魔物だと神官の誰かが一人でも言い出せば、問答無用ですぐ処刑、あるいは魔王みたいにそのまま本当に封印してしまおうというわけだ」
びくっとするシルバイン。
「いえいえいえいえ! そんなことはできません! 無理です! 勇者が魔王に施すような封印がかかっているんですよ? それでも平然としているオニヒメさんを、私たちが封印するのは不可能です!」
「覚えといてほしいが処刑も無理だね。教会騎士が束になっても倒せないような魔物を鬼姫さんは一人で仕留めてきた。それぐらい強いから」
「そんなことはしません。私が保証します」
「いや、あなたのもっと上の人が保証してくれないと話になりませんが」
「大司教様から誓書を発行してもらいます。それでどうでしょう?」
「なんでそんなに鬼姫さんの事調べたいんです?」
「……」
シルバインは言葉に詰まるが、仕方なく話し出す。
「魔王はいつかは自力で封印を解き復活します。その時のためにより強力な封印が必要になる。鬼姫さんにかかっている封印はもっと強力な封印魔法の手掛かりになるかもしれない」
「勇者、今いないんですよね」
「先代の勇者は亡くなりましたね」
「新しく聖女様や勇者が見つかったりしてませんよね?」
「はい」
「魔王は今も封印されていると」
「その通りです」
「……どう思った? 鬼姫さん」
ダクソンの問いに、顎に指を当てて考え込む鬼姫。
「女神教会の聖書に書いてあったのう。昔、魔王がいて、女神の加護を受けた勇者が現れて、魔王を倒して封印したと」
「はい」
シルバインがうなずく。
「で、魔王が復活するたび、女神の加護を受けた勇者が現れて、また封印する。そんなことをはるか昔から百年ごとぐらいに繰り返しとる」
「おっしゃる通りです。その女神様の教えを伝えたのが歴代勇者でして、女神教会の聖人になっていますね」
「うちとしてはそんな封印がかかっとるなら気分悪いの。それ、解けるかの?」
「たぶんできません。封印をかける術式はありますが、解く方法は無いです。解けたら悪用されるに決まっていますので、最初から封印は解除できないってことになっています」
「解く方法があらへんのでは、そっちのほうが悪用されそうじゃ……」
「もしかして鬼姫さん、その封印解けたら今より強くなる?」
後ろの職員が聞いてくる。
「うちは前より弱くなっとると思ったことはないからのう。変わらんと思うの」
「じゃあ封印じゃないでしょそれ」
「……」
全員で鬼姫の返事を待つ。
「うちは調べてもらおうかと思う」
意外な返事だった。聞いていれば鬼姫には何のメリットも無い話だからだ。
「うちは前の世界で死んだはずじゃが、気が付いたらこの世界におった。なんぼ考えても、なんでうちがこの世界におるのかさっぱりわからへん。うちが王都にわざわざ来たのは、元々はそれを調べるためじゃ。こちらの本をなんぼ読んでも、教会の話を聞いても、そこはさっぱりなんじゃ。途中で世話になった教会の神父も、王都に行けば何かわかるかもしれんと言うておったしのう。なによりうちにはこの世界に来て最初に教会に世話になった恩があるし、ささやかにでも恩返しになればええと思う」
「……」
「その封印と言うやつ、見てもらえばうちがこの世界に飛ばされた理由がわかるかもしれん。どんなことでもよろしおす、何かわかればうちも助かるしの」
「よかった……では」
「ちょっと待て」
シルバインの言葉をダクソンがさえぎる。
「ギルドを通して教会からの正式な依頼にしてほしい。鬼姫さんのことはいかなる咎めなく必ず無事に返すという大司教の誓書を付けて。報酬は金貨五十枚、違約金は金貨五千枚。俺を同行させること。どうです?」
「そんな無茶な! 私にはそんな決定すぐにはできませんよ……」
「なんで無茶なんだ? 鬼姫に危害を加える気が無いならお得な提案だろ。金貨五十枚で勇者より強力な封印魔法が作れるかもしれない。喜んでもいいと思うが?」
「……わかりました」
「今書面にしますのでちょっと待って。ハルト! 今の契約書にして発行しろ。大司教宛てにして。俺がサインしとく」
「喜んで!」
すぐに席に戻り、さっそく書面を作りだすハルト。
「さすがは王都のギルドマスターじゃ。やることがじょさいないのう」
鬼姫が感心したようにダクソンを見た。
「あのなあ、俺の仕事ってこんなんばっかりだからな?」
「一緒してくれればうちも嬉しい。礼を申すの」
「いやいや」
「……そやけど金貨五千枚はぼろが過ぎぬかの?」
ギルドもうけすぎだと思った鬼姫である。
「鬼姫さんと契約しても、鬼姫さんを死なせれば教会はどこにも報酬も違約金も払う必要がないからそっちのほうが得になるだろ。賠償金をギルドに払うようにしておくのは鬼姫さんの安全のために必要なんだ。儲けたいわけじゃないんだよ」
「それもそうじゃの」
ダクソンが自分を大切に思ってくれてることが分かって安心した。
「……教会は人殺しを禁じていますよ。そんなに信用無いんですかね?」
「鬼姫は人間じゃないとあなたが言った以上、その言葉はもう信用できるわけないんですよ。失言でしたねえ」
「……!」
「教会なら魔物だ悪魔だ魔女だと決めつけて処刑できるでしょ。あんなに教会騎士を抱えこんでなにに使ってるんです?」
「今はそんなことやってませんし、権限も無いですし! 教会騎士は……それは、その、教会を守るために……」
「暴力的にね」
「誤解しないでくださいよ……。そんなためにじゃないですって」
そうして、神父シルバインは、とてつもなく重い一枚の契約書を持って、とぼとぼと帰って行ったのであった。
次回「45.大聖堂の大聖女」




