37.旅は道連れ世は情け ※
王都と大都市をつなぐ街道。王都まであと数日ぐらいだろうか。鬼姫が歩いているのは主要な街道だが、人通りも多いし、荷物を満載した馬車、帰りの空馬車も多い。畑、農村が続き、警備の衛兵の番小屋も点在し治安もよく、もう野盗強盗の心配も少ない。
一人旅の者も多く、てくてく道を歩く鬼姫の存在もさほど珍しくも無くなってきた。普通に歩けば、普通に旅ができて当然。日本だって関東の旅行客が東海道を経て、お伊勢参りを口実に安全に旅行ができた時代もあった。
多くの旅人とすれ違い、多くの馬車に追い抜かれ、歩いているうちに奇異な目で見てくる人も中にはいる。
「あらあなた、一人旅?」
商人らしき馬車の手綱を取る女性に声をかけられた。鬼姫と見た目の歳はあまり変わらなく見える。
「そうじゃ」
女の駆る荷馬車は珍しい。
農家は農作物の運搬なので幌のない荷馬車が多く、商人は幌付きの荷馬車が多い。声を掛けられればなにがしかの返事はしていた鬼姫も、女の商人はめったに見ないと思った。
「乗っていかない? 旅は道連れと言うじゃない」
「ご厚意礼を申す。それでは乗せてもらおうかの!」
同じ女性の気安さで、乗ってみることにした。王都も近い安全な街道、別に怪しむことは何もない。
「どこの町から来たの? ここまで来てるってことは王都まで行くんだと思うけど」
「んー出発はヨルフ地方西の、えーとえーと……」
つづらから帳面を取り出してめくる。
「ラルソル村じゃ」
「……そんな村知らないけどヨルフ地方の西の国境近くね。ずいぶん遠いところから来たのね。もしかして外国人?」
「まあそうなるんじゃろうのう、この国では」
女商人はちょっと驚く。
「アスラル通ったよね? 一つ目サイクロプス出たって話聞いた?」
「出たのう。話が早いのう」
もうそんなことが伝わっているのかと驚いた。情報が鬼姫の足より速い。
まあ商人は馬車で移動しているから情報が先に行くこともあるかと思う。
「そりゃ私は商人だからね。知ってる? サイクロプスの目、王都で金貨千枚で売れるんだってさ! 目、獲れた?」
「知らんし」
それでみんなあんなに必死だったのかと思う。一匹から一個しか取れない貴重な素材。それを割ったとなればここはとぼけておくに限るというもの。
「あーあーあー、うまく買い付けられていれば一攫千金だったのに……」
「やっぱりそなたは商人をしておるんじゃの」
「そうよ。とはいっても私は王都の周りをぐるぐるしているだけだけどね」
「おなごの商人はあんまり見たことないのう」
「うん、少ないと思うよ。王都を離れるほど危なくなるし。あなたは何の仕事をしているの?」
まあここまで話したら言ってもいいかと思う。
「うちはハンターじゃ」
「嘘だあ。なんにも持ってないじゃない」
「あー、なるほどのう。そう思われるのはそのせいかの」
ハンターはたいてい武器を持っている。剣を下げているのも普通である。
邪魔になるので使うときだけ出している鬼姫がおかしいわけだ。
「うーん、魔法使いにも見えないし。杖持ってないし。ハンターカード見せて」
「ダメじゃ」
「なんでよう」
「どうでもよろし」
「あっはっは! まだ裏になんにも書いてないのかあ!」
笑いこける女商人。どうやらなりたてのハンターはハンターカードを見せたがらないものらしい。
「……悪かったのう」
「で、アスラルでサイクロプス討伐に駆り出されそうになって逃げてきたと」
なかなか面白い推理をする女商人。ま、それで別に不都合はない。
「うちの出番などおへんわの」
「まあそうがっかりしなさんな。世の中には女でも強いハンターっているんだから」
その話は面白そうだ。ぜひ聞いてみたい。そんな女がいるならばこの先会うこともあるかもしれないし。
「なんなんその女ハンターって」
「知り合いがね、気まぐれに乗せてやった女ハンターが、スフィンクスを一撃で倒して毛皮を剥いだんだってさ! それで儲かったって自慢してた!」
吹き出しそうになる鬼姫。
あやつ……。名前が思い出せないので帳面をめくる。
クマール、そこらじゅうで言いふらしておるのかのと頭を押さえる。
「きっとすっごい筋肉ムキムキのゴツい女で、でっかい剣下げてるわよ。そんな女見たことない?」
「ないわ!」
「なんで怒るの?」
商人に礼を言って別れ一晩宿場町で泊まった後、早朝に出発し、街道をてくてく歩いているとまた後ろから来た昨日の女商人に声をかけられた。
「乗ってく?」
一応地図を出して確かめる。
「この地図だと今このへんでいいのかのう」
「ハンターギルドも商人ギルドも地図は同じねえ……。王都に行くならもっと細かい地図も用意しておかないと。王都に着くのは明日の夕方だけど、どうする?」
「あんまり世話になるのも申し訳ない。そろそろ遠慮しようかと思っておる」
「そう思うなら王都に到着するまで金貨一枚払ってくれる?」
微妙な線を攻めてくる。確かにこの先王都まであと二日。格安と言っていい。
「私はねえ退屈なのよ。話し相手になってくれればそれでいいわ」
「まあそういうことならの」
そこまで言ってくれたら断るのも失礼だ。そのまま馬車に乗り込む
「名乗ってなかったわね。私はパール」
「うちは……鬼姫じゃ」
「オニヒメさんね」
クマールが言いふらしても、オニヒメの名までは広まっていないようである。
「オニヒメはなんで王都に行くの?」
「とりあえずこの国を詳しく知るためじゃの」
「へー、外国から来て定住したいと」
「定住する気はないんじゃが……」
本当の目的は、なぜ自分は生き返ったのか。なぜ自分がここにいるのか、そんな自分探しの旅である。漠然とそのヒントになりそうなものが見つかればいいし、いつかは東の果てまで行ってそこに日本が無いか確かめたいとも思っている。でもそのために自分が何をしたらいいか今でもわからない。なるようになれなのだ。
「パール殿はなにを売りに行くんじゃ?」
不器用な鬼姫は話題を変えたかった。
「お酒よー」
「ほー」
確かに後ろを見ると木箱に樽。ほんのり酒臭かったが、全部酒だとは思わなかった。
「私は酒蔵の娘でね。これを途中の宿場町や、王都の店に卸していくの」
「そういえば死者に供える酒はウイスキーがいいと言うておった、酒場の主人が」
デュラハンと一緒に飲んだ覚えがある。蒸留酒できつかった。
「何でもいいのよ。その亡くなった人が好きなお酒だったら」
「お神酒になるような酒はあるかの?」
「オミキってなに?」
「神に供える酒じゃのう」
「だったらこれね、普通にワインが一番喜ばれるわ」
後ろの荷台に手を伸ばして箱のふたを開け、一本取りだす女商人のパール。
「わいんというのは葡萄酒かの?」
「そう。甘くておいしい。おすすめね」
「これ全部そなたの酒蔵の葡萄酒なんじゃろ。匂いがおんなじじゃ」
「バレたか。あははは! 一本買ってくれない?」
悪びれもせず笑うパール。
「一本なんぼじゃ?」
「銀貨二枚」
「はいはい」
「まいどあり!」
銀貨を渡して、受け取ったはいいがコルクで栓をしてある。いくら眺めてもどうやって抜くのかわからない鬼姫。
「……これどうやって栓を抜くんじゃ」
「今飲むの……。コルク抜きでないと絶対に抜けないよそれ」
さすがは酒蔵の娘。懐からコルク抜きを出してすぽんと抜く。
直接瓶でいこうとした鬼姫、「いくらなんでもマナーが悪すぎ!」と怒られた。仕方なくつづらからデュラハンと酌み交わしたウイスキーグラスを出して注ぎ、手酌でまず一杯飲んでみる。
「ぷはっ、うまいのコレ! 甘味があって飲みやすいの!」
「大丈夫かしらこの娘」
パールもあきれる。
「そなたもいくか?」
「酔っ払い御者は衛兵に見つかると捕まるからダメ」
「つれないのう……」
手酌でぐびぐびいく鬼姫。「ろくろ首はういすきーもいいが、わいんもいいと言うておったのう。たしかにじゃ」
デュラハンの廃村で、首なし亡霊と酒の話で盛り上がった。鬼姫の持ってきたウイスキーが安酒だと文句を言い、でも現世との別れにふさわしいと喜んでもいた。
ウイスキーは麦酒で、蒸留してあるとか、麦の発泡酒はうまいとか、ワインもうまいとか、あの酒が旨いどの酒が旨いと、ウイスキー一本無くなるまで講釈されたものである。日本酒や焼酎については全く理解してもらえなかったが、二人とも酔っぱらってたのでまあそんなやりとりも楽しかった。
「ろくろ首って誰……」
「んー首なしの幽霊じゃのう」
「嘘ばっか……」
「嘘やない!」
その後、完全に酔っぱらってしまった鬼姫は、悪鬼を倒しただの鵺を射っただの、河童を狩っただの山姥をやっつけただの、言わなくていいことをぜーんぶ自慢してしまった。
「あいつが言ってたスフィンクスの毛皮を剥いだのって、アンタじゃない!」と パールは鬼姫から見せられたハンターカードに驚いたが、その時はもう御者台の上で鬼姫は眠りこけてしまっていた。
次回「38.雷獣、落ちる」




