21.ぬりかべのとおせんぼ 下 ※
「たのもうー!」
衛兵詰め所がまた近いところにあるので、先にそちらに顔を出した。
「あ、鬼姫さんいらっしゃい。待ってましたよ」
昨日、強盗団を確保してくれた小隊長がいた。
「ヒマなのかの?」
「待ってたって言ったでしょ……。こちらだって書かなきゃいけない報告書が山のようにできたんだから、書類仕事だってしますって。強盗団の連中、みんな近隣で手配済のやつばっかりだったんでもう討伐証明できました。これ持って行ってギルドに渡してください。カードの裏に『三級強盗団確保』って追記されます」と言って書類を一枚渡してくれる。
小隊長は実際に野盗を連れ帰り、その調書を取って「オーガのような狂女に半殺しにされた! 訴えたいのはこっちだ!」という証言を得ている。市の衛兵隊もギルドの名の知れたハンターでも、捕まえられなかったり反撃されたりしてきた野盗どもをやっつけてくれたことに手段はどうあれ感謝をしていた。
「ありがとうございます。我々も困り果てていた強盗団、おひとりで退治できるなんて本当に鬼姫さんは強いんですね……」
「あんなあかんたれども今までよう野放しにしておったのう……」
「……申し訳ありません。なにしろ用心深いやつらでして」
どずーんとする小隊長に、どうしてこうも役人と言う奴は滅入ってばかりおるのかと思う鬼姫。
「この三級強盗団というやつだがの、罪人の一級、二級、三級ってどういう仕分けじゃ?」
「一級は国家転覆レベルのテロリスト、二級は国をまたいだマフィアや暴力団、三級は人殺しもいとわない強盗団、四級は一般殺人、五級はそれ以外の犯罪となります。なのでカードに書かれるのは徒党を組んでいる三級以上なんですよ」
それで例の切り裂き魔はカードに裏書されなかったのかと思う。
「ギルドになにか仕事を頼まれませんでした?」
「街道のごーれむ退治をたのまれたがの」
「ゴーレム!」
これには小隊長以下、周りにいた衛兵隊全員が驚く。
「ちょ、ちょ、待ってください。大隊長に許可もらってきますから、ここにいて、動かないで!」
小隊長は押し止めるように手を前に出して広げてから、慌てて駆けて行った。
実際に強盗団と正対していた衛兵はみんな鬼姫の実力はよくわかっている。鬼姫への評価はギルドとは正反対と言っていい。鬼姫ならゴーレムを倒せるのではないかと期待もしてしまうというもの。
「許可出ました! やれるなら頼むとのことです! 私が同行します!」
「忙しいのではなかったのかの?」
「ヒマになりました。どっちにしろ案内が必要でしょ鬼姫さん」
言われてみればその通り。そんなわけでその日の午前中に、鬼姫と小隊長は二人で街を出るのであった。
雲行きが怪しくなってきた。天候が荒れそうだ。
街道を歩く鬼姫と騎馬の小隊長。
「鬼姫さん、馬に乗らなくていいんですか?」
しきりに二人乗りを勧める小隊長。
「いらん。ぬりかべは馬に乗っておるような怠け者を嫌って通せんぼするのじゃ。ちゃんと話がしたければ歩いてきたところを見せねばならんの」
「だったら言ってくださいよお!」
慌てて馬を降り、くつわを引く小隊長。
「あの、雨降ってきたんですけど」
「本降りになりそうじゃの」
黒く渦巻く雲を見上げて、つづらから市女笠を出してかぶる鬼姫。適当な笠を買って薄い布を巻いて垂らした自作のものである。
「あの、鬼姫さん、その旅支度、もしかしてそのまま次の町へ向かう気では?」
「ぬりかべが通してくれればそうするつもりであったが?」
「えーえーえー……。話が違うじゃないですか……」
土砂降りになってきた。
「もう帰りましょうよ鬼姫さん。明日にしましょうよ!」
泣き言を言う小隊長。
「黙るのじゃ」
鬼姫はちらりと小隊長を見て、口の前に指を立てる。
土砂降りの雨が続く。
二人、そこに立ち止まったまま動かない。
ざわざわざわっ。枝が震える。
ぶちっ、ぶちぶちぶちっ。
木の根がちぎれる音がする。木立が打ち合う木鳴りが聞こえる。
「下がれ! 退くんじゃ!」
鬼姫は身をひるがえして、来た道を戻り駆け出した。
「え、な? なんですかあ!!」
慌てて騎馬し、鬼姫を追いかける小隊長。
ずどどどど~~~~!
ものすごい音がして山の斜面が崩れる。
土砂が木々を押し倒して斜面を滑り落ちてゆく。
「ど、土砂崩れだあああ!」
必死に走る馬と小隊長。
二人はかろうじて街道の土砂崩れを避け、安全な場所まで退いた。
「……どっちみち通れなくなりましたね」
半刻後、馬に乗ったままの小隊長は、ずぶ濡れの雨の中、がっくりと肩を落として、ため息ついた。
「うちは確かめねばならぬことがある。おぬし先に帰れ」
「えーえーえー……」
鬼姫は土砂でうずもれた街道を登り出した。
「ちょ、鬼姫さん!」
ぴょーん、ぴょーんと跳ねてゆく。まるで猿かカモシカのごとく。
「えええ……。ついていけるわけないよそんなの……」
それでも小隊長は帰ることなく、その場で鬼姫を待つことにした。
鬼姫は土砂で覆われた街道を進んでゆく。
倒れた木の上に乗って、周りを見回した。
土砂が落ちた先を見る。
土砂の中から手だけが突き出していた。
岩でできた巨大な手だ。鬼姫はそこまで降りた。
「おい、ごーれむ、大丈夫かの?」
手はだらりと下がったまま、動かない。
「おぬし、このために街道を通せんぼしておったのだのう……」
雨に濡れるゴーレムの手、岩と岩がつながって指の形をしている。
「主の命令か」
岩はもちろん無言である。
「……道ものうなったのじゃ。おぬしの役目も、これで終わりでよいではないか。以、 瞑すべしというもの」
土砂降りの雨が小降りになった。
リーン、リーン。
鬼姫が祓串を振ると鈴が鳴る。
道守りし 剛の者
主の命を決して違わぬ 巌のごとく
その役 鬼が見届けたり
逝く先を 神に任せて帰る霊
道暗からぬ 黄泉津根の国
リーン。
雨が上がった。
黒雲が遠のく空に日が差して虹がかかった。
土砂から突き出た岩の手は、がらがらと崩れ落ちた。
「え、ホントに行ってきたんすか小隊長?」
ずぶ濡れになって帰ってきた二人を、詰め所で衛兵たちが出迎えた。
「ああ、こっちでも結構降ったみたいだな」
「大雨でしたね。で、ゴーレムは?」
「知らんよ。ハーンズ街道は通行止めだ。土砂崩れが起こって道がなくなったよ」
「えええええ!」
衛兵たちは驚愕である。
「ゴーレムがいてもいなくてももう関係ない。どっちにしろ通れない。ゴーレムだってあの土砂崩れじゃ埋もれちまっただろうしな」
小隊長は鎧を脱ぎ、タオルで顔や体を拭った。
「災難でしたね鬼姫さん」
鬼姫もタオルをもらい、顔や手足を拭いた。
「無駄足にもいいものと悪いものがある。今回はよい無駄足じゃ」
なぜか機嫌よく鬼姫が答えるのをみんな不思議そうに見ていた。
「ええー、じゃあどっちにしろ通れないじゃないですかあ!」
ハンターギルドでも職員のリラエテが肩を落とす。
「そうじゃのう」
「ゴーレム、どうしたんですか?」
「あのごーれむはの、土砂崩れになるのを知っておったんじゃ。いつ崩れるかわからへんので、人が通れないように守っておった」
「……そんなわけないでしょ」
ブンむくれのリラエテ、全く信じない。
「道ものうなって、お役目はもう終わりじゃ。土砂崩れで土に還った。もう現れん」
にっこりと笑う鬼姫。だがリラエテは納得しない。
「通れないんじゃ同じことです。報酬は出ませんし、ゴーレムも退治したことにはなりませんからね!」
「それでかまへんの」
鬼姫にはなんの不満も無い。
つづらから衛兵詰め所からもらった、ちょっと湿った討伐証明を出す。
「三級強盗団ってのはマジなのよねえ……。その腕だけでもギルドは大助かりなんですけどねえ……」
ぶつぶつ言いながらハンターカードの裏に、偽造防止されたギルド特製インクとペンで魔女に続けて「三級強盗団確保」と書いて渡してくれる。
「はい、依頼者である領主から強盗団討伐の報酬です。金貨五十枚です。お納めください」
また白金貨で一枚くれた。
「あんなあかんたれどもならこれかて高いかもしれんのう」
「手数料に金貨五枚払っていただけますか?」
これも文句言わず払う。
「ご利用ありがとうございました」
頭を下げて、カウンターに座り直すリラエテ。なんか機嫌悪く、次の仕事も無いらしい。
「ほな、達者での」
まだ雨に濡れるつづらを背負い、鬼姫はギルドを出た。
すぐに発つには惜しい、ひさびさの大きな街である。もう出ようとしていたのを思い直して、鬼姫は三日間、大いに飲み食いし、楽しみ、もう少しましな雨具を買ってから旅立つ。
「もう行くんですか鬼姫さん」
東門に小隊長が立っていた。
「世話になった。達者での」
「はい。道中気をつけて。いろいろありがとうございました」
鬼姫は東門を出て振り返ると、まだ見送っている小隊長に手を振った。
次回「22.餓鬼道 上」