20.ぬりかべのとおせんぼ 上 ※
ひとつ、ふたつの宿場町を泊まりながら通り抜け、鬼姫はようやく大きな町を見つけることができた。丘の上からでも見てわかる、四方に街道が延びた城塞町、ハズランドである。到着する前に少し騒ぎになったが。
さすがに大きな町の手前。田舎道と違って野盗が出た。
「おう姉ちゃん、金と荷物を置いて行ってもらおうか、ついでに体も!」
もちろんその場で総勢八名をコテンパンに叩きのめして、縄で縛り、木にくくりつけて、通りがかりの商人の護衛付き馬車にこの先の町のお役人に通報してもらうよう頼んだ。鬼姫は一応捕らえた野盗を見張らなければならないので、面倒だがその場を離れられない。
そこらじゅうに剣が柄まで街道に突き刺さり、散らばり血反吐まみれの男どもが木にくくられているという惨状なので、さすがにすぐ衛兵の一団が来て、男どもを確保してくれた。もちろん鬼姫は十手しか使っていないので、死人は一人も出ていない。
詰め所の事務所で、野盗どもを確保してくれた小隊長から調書を取られる。
「えーと、あのですね……。あいつら三級手配されていまして、報酬金が出ます。なので二、三日、こちらに滞在願えればと思います。いろいろ確認もございまして」
「わかったのじゃ」
「ハンターの方ですよね、今ハンターギルドに連絡を出していますので、すぐ関係者が来ると思います。
「わかったのじゃ」
「あの、旅の目的は? お仕事を探していらっしゃる?」
「わかったのじゃ」
「あの、話聞いてます?」
「かんにんじゃの。聞いとらんかった」
小隊長ががくーっとする。なんだか最初の町のエドガーを思い出す。
こんこん、ドアがノックされる。
「あの、ハンターギルドの者ですが、こちらで強盗団を捕らえたハンターがいると聞いたんですがあ」
「ああ、入って。こちらの方」
ハンターギルドの眼鏡の女性職員が目を丸くする。
「え、女性の方ですか!」
その後、今度はハンターギルドに連れていかれた。
きれいな建物で、出入りする男たちはみなまともな装備に身を固め小綺麗にしており、他のハンターギルドで見るようなガラの悪さは感じられない良いところだった。
職員のデスクでは他の従業員も集まって鬼姫のハンターカードと、魔女を討伐した村の村長が書いてくれた討伐証明を見て大騒ぎだ。
「オーガにマンティコラにマーマン……。実績が凄い……。あの、タラン村の魔女の討伐証明受理、手数料が一割かかるんですが、ご負担いただいていいですか?」
「そんな名前の村だったかのう……。ほれ、これがいただいた報酬じゃ」
村長にもらった金袋を出す。
「十枚って……。銀貨十枚で引き受けたんですか?」
「手紙に書いておらんかったかの?」
「あ、はい。ええええ……。その、では規則ですので、銀貨一枚いただきます」
「よろしゅうお頼申します」
そしてカードの裏に「魔女」が追記された。
「銀貨十枚で魔女討伐……。安すぎる、安すぎるでしょ!」
職員が机をダンダン叩く。だんだん面倒くさくなってきた。
返してもらったカードには、ちゃんと「魔女」が追記されていた。
「三級犯罪者の確保でもちゃんと衛兵隊から討伐証明出ます。ギルド経由で渡すように頼んできましたので、三日たったら来てくださいね!」
「面倒くさいの。宿賃がもったいない……。生身の人間ぐらいじゃ討伐証明、いちいち出さんと前々の町で聞いたがのう」
「強盗団ならちゃんと報酬がでますから! 絶対損はさせませんからいてくださいって!」
「わかったのじゃ」
「どこの宿屋に泊まるか連絡してください」
「そらこれから決めるからまだわからへん」
「あーもう! こちらから宿を紹介します! そこから動かないで!」
もうなんだか絶対逃がしてなるものかという気迫が感じられてうんざりした。
その夜、紹介された宿にまでその職員が押しかけてきたのはさすがに参った。
「私、オニヒメさん担当になりました、リラエテ・スーンと申します。オニヒメさん、これからもよろしくお願いします!」
頭を下げるリラエテに、担当とか言われても鬼姫は困ってしまう。
「うちはいつまでこの街にいればいいのかのう……」
「そりゃあもう、ずーっと!」
「うちは目的があって旅しとる。ここで仕事を続ける気はさらさら無いがの」
もう職員のリラエテがどずーんと沈む。
「……凄い争奪戦を勝ち抜いてオニヒメさんの担当になったのに……」
「しらへんがな」
「じゃ、一つ! 一つだけでも仕事をしていってくださいよお!」
押しが必死すぎる。なんやかんやあって眠い鬼姫は、一つだけ仕事を引き受けてから街を出ると約束させられてしまった。
翌日、ギルドに顔を出す。なにしろ紹介された宿屋は道を挟んで向かいである。フロアにいた多くの職員、ハンターたちが鬼姫をいっせいに見るが、気にせず早速受付にいるリラエテに声をかけ、事情を聴く。
「ハーンズ街道をゴーレムが道をふさいでいるんです」
「ごーれむってなんじゃ」
これを聞いて一気にギルドの中が落胆に包まれた……。
もう待ち構えていた、ギルドのスタッフ、多くのベテラン冒険者ハンターたち、若い冒険者たちに女の子の魔法使いグループまで、その場にいた全員がである。
「……なあリラエテ、ゴーレムも知らないなんてこの姉ちゃん、まるっきり素人だろ。お前の目利きハズレだよ」
「ホントにオーガ倒せたとは思えん。コボルトかなんかと間違えたんだろ」
「えーえーえー……。やっと私たち女子限定パーティーの、前衛やってくれる人が現れたと思ってたのに……」
その場にいたハンター、女魔法使いたちがボヤく。
「……あの、オニヒメさん、オーガどうやって倒したんですか?」
「金棒でどついて」
「マンティコラは?」
「弓で射って」
「マーマンは?」
「首を斬って」
「魔女は? 魔女って強力な魔法攻撃してくるんですよ? いったいどうやって?」
「首を折った」
「首をって……強盗団は?」
「十手蹴り、十手打ち、十手投げ」
「ジッテってなんですか?」
「これじゃ」
十手を出す。わからない人が見ればただの鉄の棒である。護身用の鉄のぶん殴り棒なんて古今東西どこの世界にもいくらでも存在したに決まっている。
「ジッテキックって、もうジッテ関係ないじゃん……」
そうではない。十手術は剣を無効化するためにあり、その極意は剣を固めたあとの体術にある。切って捨てる武士と、取り押さえて捕縛する同心ではやることが全く違うのだが、それが連中にはわからないのが残念だ。
……もうギルドの中にいた人間が全員全く信じていない。なにしろ鬼姫はその魔物を射った弓も斬った剣も、持ってないのだ。
「ごーれむってなんじゃ?」
そんな周りの雰囲気など全く気にせず鬼姫は質問を繰り返す。
それでもリラエテは鬼姫担当だ。落胆を隠して辛抱強く対応する。
「大きな岩でできた魔法動力で動く魔道具の一種です。なにかの命令を聞いて使役されていた戦争の兵器である場合が多いですね。それが未だに動いていて、急にハーンズ街道で通行の妨害をしているんです。襲われた人はまだいませんが、なにしろ岩なので倒すこともできずみんな困ってます」
「ぬりかべとちゃうかの」
「ヌリカベ?」
ぬりかべというのは壁の妖怪。一枚岩のように語られることもある。歩いていると突然何かにぶつかって前に進めない。見てもわからないが確かに目の前になにかいる、という妖怪だ。人を襲ったり傷つけたりするような妖怪ではない。足元を棒で払えばいなくなるとも伝わる。
「別に人を襲ったり取って食うたりせんのであれば放っておけばよかろう。ぬりかべちゅうやつはわけもなく通せんぼするような奴ではない。そこにはなにか理由があるんじゃ」
「ハーンズ街道は王都まで続く主要な街道で近道なんです。これがふさがれていたら大きく遠回りしなければなりません。大迷惑ですよ!」
「困っとるならここにおる連中で討伐すればよかろう。足を払えば逃げ出すはずじゃ」
「とっくにやってます! ギルドで総攻撃したことだってあるんです! 岩ですよ? 剣も魔法も全く通用しないんです!」
「うーむ、お祓いすればなんとかなるかのう……」
顎に指をあてて考え込む鬼姫。
「お祓い? 浄化? え、オニヒメさん神聖魔法が使えるんですか!?」
おおっと一気にギルド内が期待に盛り上がる。
「なんじゃそれ?」
「そういや魔女も倒したんですよね!? ま、ま、魔力! 魔力測らせてください!」
大急ぎでギルドの魔法担当が呼ばれ、全員が注目する中、オニヒメの魔力測定が行われた。水晶玉に手を当てるという、ファンタジー世界でお約束のアレである。
「これに手を当てて魔力を注ぎ込んでください!」
「要するに気を込めればよいのかの?」
「はいっ! 遠慮はいらないので全力で!」
「ふんっ!」
もうその場にいた全員が固唾をのんでその様子を見守る。
………………。
特に何も起こらなかった。
「終了」
魔力担当はさっさと水晶玉をケースに入れ持って行ってしまう。鬼姫を取り囲んでいた冒険者たちもがっかりして、それぞれの仕事に散っていった。
「魔力ゼロじゃねーか。魔女を倒したってのも怪しいもんだ……」
「……オニヒメさあん……」
リラエテはもう泣きそうである。
そんなこと言われても困るというもの。この世界で使われている魔法と、鬼姫が使う陰陽道や神通力とは全く異なるものということになるのだろうか。
「わかったわかった。取りあえず行くだけ行てみるわの。それでよいかの」
「……はい、ぜひお願いします。あ、衛兵隊で討伐証明もう出ていますから、衛兵詰め所に寄ってくださいね」
「わかったのじゃ」
あんなにしつこかったリラエテは担当とか言いながら、もう見送りも無しである。
なんだかさっさとこの街を出ていきたくなった鬼姫。だが王都への近道がぬりかべで通せんぼされているというのなら、話を聞いてやるのも一興。理由が分かれば通してくれるかもしれないし、と思い直す。
次回「21.ぬりかべのとおせんぼ 下」