12.廃村のろくろ首 上 ※
てくてくと街道を歩く。
西の最端の村が起点なのだから、この国でもまだまだ田舎の地方である。
裕福な貴族商人が旅をするような場所でもなく、それを狙う野盗強盗、山賊のたぐいも見当たらない、まだ安全で快適な旅と言えた。
しばらく行くと、道が二手に分かれている。
一方は正面に。一方は横に折れて大きく回り込むように。
正面の道を行ったほうが近道で、次の町に早く着きそうな気がするが、草がぼうぼうに伸びて整備されておらず、使われなくなって久しい道であることがうかがえた。
正面はなだらかな丘になっており、先が見えない。
この丘を越えていく道が大変なので、平らな新街道ができたのかもしれないと思い、わざわざ廃道を行くよりはましかと横道に歩き出そうとしたとき。
馬の蹄の音がして、丘を見上げる。
ひひーん、ぶるるるるっ。
丘の上に馬を止めた単騎の男の姿が遠目に見えた。
真っ黒な馬、真っ黒な甲冑、真っ黒なマント。黒い兜。
鬼姫も足を止めてそのまま丘の上の男を見上げた。
距離が遠いので、お互い何をどうするというわけでもない。
しばらくして、男は、手綱を取って馬を返し、丘の向こうに消えていった。
「霊気か……」
歩き出した鬼姫は、「町で事情でも聞いてみるかの」とつぶやいた。
次の町の飯屋に入り、昼食をとる。
「ああ、あそこには昔、村があったんだよ」
そして店のおばちゃんの話は続く。
「悪い領主がいてねえ、村民を虐げてやりたい放題してたのさ」
「はー……。そらあかんのう」
「村民はとうとう頭にきて、反乱を起こして領主の首を斬ったのさ」
「一揆かの。まあ自業自得じゃのう……」
まあ、日本でもあったことである。そうはなっても、すぐ他藩の武将がしゃしゃり出てきて鎮圧されてしまうのだが。もちろんそうなれば一揆の起きた領地は幕府により無能領主とされてすぐに廃藩、お家の取り潰しがされて藩主が代わったものである。
「ところがさ、次の日にはなぜか領主が復活してさ、村民に復讐しようとして暴れ出して」
なんか話が急に斜め上に変わってきた。
「結局村民はみんな逃げ出して、村は廃墟になったよ……。蘇った領主は一人で村をまだウロウロしてるみたいだけどさ、百年も昔の話だし今はどうなっているのやらだよ。この街にもその村の子孫がいっぱいいるはずさ」
「ほー……」
昼食の代金を払いながら今夜泊まるところが無いか聞いてみる。
「うちは宿屋だよ。うちに泊まっていきな」
「そうさせてもらうの。うちはハンターなのだがの」
ハンターカードを見せる。
「こちらの町でハンターの仕事はどこで請け負っておるのかのう」
「表通りに酒場があるからそちらで聞きな。ギルドは置いてなくて出張所を兼任してる。受付もやってるから」
「おおきに」
「あんた女の子なのにハンターなんてびっくりだよ!」
おばちゃんはちょっと驚いていた。
「その頭のツノなに?」
「うまれつきじゃ」
宿賃を払って部屋につづらを置き、日が明るいうちに酒場を訪れる。
どうやら掲示板にハンター仕事の依頼が張り付けてあるようだが、この村での仕事は無く、遠くの町での人手募集ばかりだった。長いこと張り付けられたままの求人票、と言った感じである。
「店主、聞きたいことがあるの」
ハンターカードを見せてカウンターに座る。
「ほう、女のハンターとは珍しい。なんでもどうぞ。一杯やってもらってからになるけど」
カウンターの向こうで中年の男が対応する。
「そやなあお神酒になるような……いや、亡者かの。こちらのお国で、墓前に供えるような酒があれば一本瓶でいただきたいのう」
「ねえちゃん外国人かい。たしかにその黒髪も、頭のツノも珍しい」
角を「外国人」で済ますのはどうかと思うが、大して気にしないでくれているならありがたい。振り返って棚から一本酒を降ろしてくれる。
「だったらこれだ。ウイスキー! 安物で良ければ銀貨三枚」
そっけないラベルが貼られた黄金色の酒が出てきた。
銀貨三枚を払う。
「隣の廃村のことなんじゃが……」
「あー、あのデュラハン村ね」
「でらはん?」
「首無し男。首が無いアンデッドだね。切り落とされた首を自分の腕で持っているな。首をなくした奴が自分の首を探し回ってるって昔話もある。死んでも死にきれず悪霊になった……とでも言えばいいかな。そいつがウロウロしてるらしい」
「ウロウロされとったら迷惑ちゃうか? 討伐依頼とかは出ておらんのかの?」
「百年も昔のことだしねえ。数年に一度ぐらいあんたみたいに通りがかった旅人がその姿を見ることもあるようだが、別に襲ってくるわけでもなし。廃墟になった村を通り抜けるのも気味悪いし、新道ができてから見た人もいないし」
「ほー……」
「……って、ねえちゃん、もしかしたら見たのかい?」
「見た」
「十年ぶりだよ! 見たって人は! どんなだった!?」
店主が少し興奮する。
「別に……。遠目に見ただけじゃ。馬に乗っとったの。真っ黒じゃったな。だが首はついとった。兜をかぶっておった」
「噂とちと違うなあ……。でも首が無くて頭を自分で抱えているところを見たやつのほうが多いんだ」
「それ、ろくろ首やないかのう……」
「ロクロ首?」
店主が聞いたことないという顔をする。まあ当然だろうか。
「首が蛇のようにどこまでも伸びる妖怪じゃ。人のふりをして紛れ込み屋敷で夜に首を伸ばして行燈の油を舐める。見つかると首を伸ばして蛇のように締め付けてくることもあるのう」
「デュラハンってのはなあ、もう首が切り落とされているんだよ」
「ろくろ首には首が抜けて飛びまわる奴もおるんじゃ。飛頭蛮とも言う」
「デュラハンは頭、自分で持ってるがな」
「霊力が弱いんじゃろう。首は必ず霊的な見えない糸で体とつながっておって、それで自在に操っておるのだがの……」
「それってデュラハンより怖ぇじゃねーか」
うーんと考え込む店主。
「だいたい悪霊じゃハンターの仕事じゃないし、そういうのは教会がやるんじゃないのか?」
「教会に頼んだほうがええのかの?」
「考えて見りゃ教会で除霊できるんなら百年もほうっておかれないよな……」
鬼姫は店内を見回す。男たちが昼間から酒を飲んでいる。
「あれとおんなじ、硝子の酒杯、二つ、譲ってもらえぬかの?」
「……グラスだよ。んー、舐めるの油じゃなかったっけ?」
「話をするならまず酒じゃ」
「わかってるねえ姉ちゃん。やってくれるならタダでいいよ。もっていきな」
「おおきにありがとうの」
店主がウインクしてグラスを二つ、カウンターに置いてくれた。
それを受け取って、一度宿屋に戻る。
「仕事がでけた。夜に出るが朝には戻ってくるのでの、夜中まで寝かせてほしいの」
「はー、こんな町にもハンター仕事はあるんだねえ。がんばってきな!」
おばちゃんはニコニコ顔で床を用意してくれた。
次回「13.廃村のろくろ首 下」