11.ランク無し
リーン。
掛けまくも畏き
伊邪那岐の大神
筑紫の日向の橘の
小門の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に
生りませる祓戸の大神たち
夜明けの空が白む頃。
ギルドの門前にて、荷車のマンティコラの死体の前で、お清めが捧げられていた。
諸々の禍事、罪、穢、有らむをば
祓え給い
清め給へと白す事を
聞こし食せと
恐み恐みも白す
リーン、リーン、リーン。
祓串を振り鈴を鳴らし、祝詞を奉上する、白い羽織を重ねた鬼姫の荘厳で美しい姿にハンターのいかつい男たちも、なぜか片膝ついて頭をたれ、共に祈りを捧げていた。
「なんだかなあ……」
「まあいいじゃないっすかマスター。姫がやりたいって言ってんだから」
「なんだよもう。なんでお前らまですっかりたらし込まれちゃってるわけ?」
「なんだかめっちゃありがたみがありそうじゃないっすか。絶対やってもらったほうがいいって感じするっす」
「まあそりゃそうだがな」
そして、その夜討伐に参加した男の一人一人に、祓串を振りお清めをする鬼姫。
「……いやそれ全員にやるの?」
「……やる気みたいだな」
「俺されたい」
「オレも」
なんだかおかしな雰囲気すぎる。でもそれも鬼姫らしいと一緒に並んでいたエドガーは思う。
「ハンターのカードだ。これが身分証明になる。これでどこの街でも、どこの国でも、通行料はかからん。門を通るときは番兵にこれ見せとけ」
「ほー……。関所札じゃのう」
ギルドの一室で、ギルドマスターからオニヒメと書かれたカードをもらう。
裏をひっくり返すと、「オーガ、マンティコラ」と並んで書いてある。悪鬼、鵺といったところか。
「それを倒したって実績だ。それ見りゃどれぐらいの実力があるハンターかはわかる。ランク代わりだ。それはギルドでないと書き込めないように特別なインクで偽造防止されている。本人だって証明もできるからな。またなんか倒したらギルドで追記してもらえ。一生使えるぞ。無くすなよ」
「わかったのじゃ」
「ギルドじゃ通例として軍みたいにランクやレベルは無い。ランクがあるとどーしたってメンバー同士のいざこざの元になる。威張りたかったら名を売れってことで、俺たちゃ名前そのものがランクみたいなもんだ。悪事を働きゃあっという間にその名が知れ渡るってことでもある。まっとうに働けよ」
「もちろんじゃ」
「それとこれ。町からマンティコラ討伐の賞金」
小さい手のひら大の金袋をもらう。
「これだけかのっ!」
中身は貨幣が一枚入っているだけだった。
「なかなか捕まらんかったせいで賞金は上がって金貨五十枚だからな。かさばらんように白金貨一枚になってる。それで金貨五十枚の価値がある。お前は金の価値はよくわからんらしいが、普通なら数か月は普通に飲み食いして泊まって暮らせる金だ。慣れないうちは大事に使え」
この世界の金貨一枚は、鬼姫から見て一朱金という感じであろうか。
日本では小判一両の下には、四角い切手のような形の二分金、一分金、二朱金、一朱金のように少額金貨があった。
関東では金貨、関西では銀貨が多く、古都の出身である鬼姫には銀貨のほうがなじみが深い。
この世界の金貨は丸くて薄い。現代の日本にすると一万円ぐらいの価値と見ていいだろうか。それが五十枚で、白金貨一枚ということらしい。つまり大判小判の小判に相当する。
「そういうことならおおきにありがとう」
「本当はギルド手数料で一割もらうところだが、やれって言ったのは俺だしな。人を食ったマンティコラの死体なんて使い道も無いから金にならんし、俺からも礼ってことでサービスしとくわ。白金貨は一般に流通してないから、金貨にしたかったら銀行か両替屋で替えてもらえ。普通の店では金貨出されても両替できない店もあるから銀貨も用意しておいたほうがいいだろうな」
「わかったのじゃ」
「もう町を出るんだろ?」
「面倒な奴らがぎょうさん絡んできそうやからの」
「パーティーは良く選べよ。お前は強いし器量もいい。引っ張りだこになるだろうし」
「当分は一人でやっていくつもりじゃ」
「……まあ、がんばれ。この世界は悪いやつも多い。騙されて利用されるようなことには気をつけろよ」
「世話になったの」
「こちらこそ」
この街で用意した旅の道具をつづらに背負い、鬼姫はギルド会館を後にした。
夜が明けて日が昇っている。次の町に旅立つのだ。
東へ、東へ。
とりあえずの目標だ。
「鬼姫さーん」
またエドガーに声をかけられた。今度こそ会わずに旅立てると思っていた鬼姫は顔をしかめる。
「おぬし、もううちについてくる理由があらへんじゃろ」
「はい、ですから、ここでお別れです」
「ふうー、やっとかの」
「国境警備に戻らないといけませんので」
「お勤めはばかりさんじゃ。これからも励め」
「はい。いろいろお助けいただいてありがとうございました」
「んー、まあそらこっちもおんなじじゃ。礼を申すぞ」
そしてぺこりと頭を下げる。
「しすたーのエリーにもよろしゅうな。ようけ話もできんでかんにんやと。あと神父様にも、初仕事うまくいったと伝えてほしいの」
「任せてください」
「ほな、達者での」
「はい。お元気で」
鬼姫は柵の門に歩き出す。
「手ぐらい振ってくれよ――――!」
やかましいやつじゃと苦笑いして、鬼姫は振り向きもせず手を挙げて後ろに向かってヒラヒラさせた。
次回「12.廃村のろくろ首 上」