第5話 こはく、テレビショッピングに魅せられる
「ガスレンジの油汚れ、シンクの黒ズミ…。擦っても擦っても全然落ちない…!そんなガンコな汚れも根こそぎスッキリッ!洗剤界の革命児!エクストラオレンジスプレー!!!」
最近のあたしは随分と早起きだ。
この胡散臭いテレビショッピングを観るためにわざわざ朝の3時に起きている。
もうこれが面白くて仕方ない。
「オレンジ由来の天然成分だからとっても安全!お子様がいるご家庭でも安心してお使い頂けます!」
「ステキ~!」
「イイ香りする~!」
「では早速使ってみましょう!こちらに油汚れでドロドロのガスレンジをご用意しました。安本さんのご家庭のキッチンはいかがですか~?(笑)」
「まさにウチの家のガスレンジまんまですわっ!もう汚い油がこびりついて洗剤でゴシゴシやってもちっとも落ちへん!」
安本の小芝居はいつ見ても安っぽい。
確か芸人のはずだが、このテレビショッピング以外で彼女の活動を見たことはない。
「ではエクストラオレンジスプレーの威力を早速お見せしましょう!このドロドロ汚れにシュッとスプレーして……あとはサッと拭き取るだけ!ほらっ!こんなにカンタンに汚れが…!」
「「「すごいー!」」」
「なんでこんなにカンタンに落ちるの~?!?!」
「ヒミツはオレンジ由来の洗浄成分リモネン!天然由来だからとっても安心なんです!」
「エクストラオレンジスプレーめっちゃ凄いですやん!ビックリやわ~」
「でも高口さんっ、これだけ落ちるならお値段高いんじゃないですかっ?」
安本の隣にいる女優崩れのおばさんが心配そうに値段を尋ねるも、若干口角が上がってしまっており、厭らしい顔つきになっている。こりゃ本業の仕事も干されるわけだ。
「はいっ!エクストラオレンジスプレー、お値段の方は8200円です!」
「「「おー!」」」
「……すんませんっ。確かにええ商品やから8200円でも十分安いですよ?でもこのワクワクショッピングのお客様はシビアな方が多いんですわ~。もうちょっと安くなりまへんの?」
「うーん…安本さんは相変わらずお厳しい方ですね…」
「「「アハハハハッ」」」
「もー高口さん~、何とかたのんますわ~!」
この白々しい値切り交渉がたまらないっ。
洗剤が高くても安くてもどうせ安本のギャラは変わらない。
「いつもお世話になっているワクワクショッピングさんですので……『今この番組を観てくださっている方限定』で、通常価格8200円のところ…」
「「「オー????」」」
「2本セットにして9980円でご奉仕させて頂きますっ!!!」
「「「キャーッ!!!!!!」」」
「それは安過ぎまっせ!2本で1万切りますの?!高口さん、後で上司にえらい怒られるんちゃいますの?(笑)」
「もう赤字覚悟ですっ!!!」
はー面白い。
こんなのどうせ、薬局で売ってるマジックリンと変わらないのに。
1万円のエクストラオレンジスプレーを騙されて買ってしまった専業主婦達のアホ面が目に浮かぶ…。
きっと今日も明日も明後日も仕事や学校に行かなくていい、暇な専業主婦が深夜テンションで電話しているに違いない。
うちのお母さんは専業主婦で1円も稼いでいないから、生活の全てをお父さんに支配されている。イライラしても居酒屋に行ったり、好きなものを好きなだけパーッと買うことは出来ないのだ。
そんなお母さんの魔法の言葉は「家族のため。」夜中の3時に1万円の洗剤を買った間抜けな主婦達も「家族のための洗剤」を買って、屈折した憂さ晴らしをしているんだろうよ……あぁ可哀相。
「……みかんだいっきらい」
給食の時間。
渦下はデザートのみかんを吐き出している。
甘みと酸味、いずれも足りないブヨブヨのハズレみかん。
デザートと謳うならもっとパンチが効いたモノを食べたいものだ。給食の献立を考えている栄養士は、栄養のみならず子供の心をきちんと考えてほしい。
「あたしも嫌いよっ。なんか貧乏クサイわよねっ!」
「……ハトにあげてくる」
『オレンジ由来の天然成分だからとっても安全!お子様がいるご家庭でも安心してお使い頂けます!』
ふいに今朝のテレビショッピングを思い出した。
(……試してみるか)
「ちょっと臆川っ、あんたの机汚すぎるわよ。あたしがキレイにしてあげるっ!」
「オイ何だよ急に」
臆川というのはお調子者で不潔な男子だ。
担任の山崎をおちょくるような発言を繰り返している。
「まぁ、いいからいいからっ」
コイツのマジックペンで落書きだらけの机を食べ終わったみかんの皮で擦ってみた。
「うわっ!すげー!マッキーが落ちた!」
どうやらオレンジもみかんも効果は同じみたいだ。
「そうよっ。みかんの皮にはね、天然成分リモネンが含まれてて汚れを落とすパワーがあるの!」
「未咲すげぇな!僕の机にもやってくれよ!」
「その次俺にもやってくれ!」
「任せてちょうだいっ」
「へぇ、みかんってすげぇモノなんだな~」
「あ、そうだ。臆川もう食べ終わって暇でしょ?クラス全員のみかんの皮を集めてそこら中掃除しましょ!」
「分かった!俺このへんの奴らから貰ってくるから、お前はあっち頼むわ」
クラス中から回収したみかんの皮は結構な量になった。
「で、これをどうするんだよ」
「これで洗剤を作るのよっ。エクストラみかんスプレーにすればあんたの家もピカピカになるわよ!」
「おー面白そうだな!」
こうしてスプレー作りは始まった。
トイレの掃除用具庫にあったマジックリン2本の中身を全部流しに捨て、空容器の中に細かく千切ったみかんの皮を入れていく。容器の半分ぐらいまで入れたら水を入れて30回ぐらい振ったら完成だ。
「出来たぞ!」
「完璧よ!そうだ、試しに手洗い場を掃除してみましょう!」
エクストラみかんスプレーは失敗だった。
黒ズミは擦っても擦っても広がるばかりで、辛うじて一部汚れが薄くなったかも?ぐらいだった。
「……ダメね。マッキーの汚れにしか使えないみたい」
「何だよ。マッキーだけ落とせる洗剤なんていらねぇよ」
「……捨てましょ」
「あぁ」
(クソっ。どうせあのエクストラオレンジスプレーもしょうもないモノに違いないわ!テレビショッピングの噓吐き!)
「今回ご紹介する商品はルチルクオーツ大玉!前回ご紹介した時は即完売の大人気商品です!今回は特別大特価49800円でご案内しております!!!商品アドバイザーの永野さん、本日はよろしくお願い致します♪」
「はい。よろしくお願い致します」
お母さんはテレビの画面を食い入るように見ている…。
「ルチルクオーツとはゴールドの煌きがインクルージョンされた特別な水晶でして、このストーンから放たれるエネルギーは私達の集中力を高め、高尚な世界に誘ってくれると言われております」
「すごいっ!皆さん見てくださいこの煌き!!!本当に見ているだけで物凄く大きな力を頂いているような、そんな気分になりますね~!」
「ありがとうございます。ではここでパワーストーンの父、白金気功研究会会長の長洲正先生のVTRをご覧ください」
『古来よりルチルにはお金の神様が宿ると言われており、金運上昇、商売繁盛、厄除け、家内安全の守り神として親しまれています。ルチルの波動で肉体と魂を最上位まで高めることが出来れば、みるみる運は開けていくはずです。こちらの商品は一般的なルチルよりも金線が多く、さらなる効果が期待できるでしょう』
全身金色の布を纏っているオジサンが出てきて、このルチルとかいう変な石の素晴らしさについてさも他人事かのように語っている。
(白金気功研究会…?随分しょうもない研究してるモンだ。こっちは毎日大変なのにまったく気楽な人生送りやがってっ!)
「VTRのほうご覧頂きありがとうございます!いや~永野さん、やはりこのルチルはタダモノじゃないですね~!」
「その通りでございます。今回私どもが仕入れましたルチルは通常の倍以上のゴールドラインが入った大変貴重な商品となっておりますので、より強力な金運パワーを感じて頂けるかと思います」
「私もう、金運上げたくて仕方ないんですよ~!今中学と高校の息子が2人居るんですけどね、もうお金が掛かって仕方ないんですっ。本当はもっと沢山旅行に行きたいし美味しいものも食べたい!私も母としてだけじゃなくて一人の女性として自信を持って生きたいです~(笑)」
「ルチルは金運だけじゃなくて、自信を高めるパワーもあると言われていますのでそういう方にも是非おすすめです」
「あ、ちょっとインフォメーションが入りましたっ!!こちらの商品、只今お電話が殺到し大変込み合っております!49800円の大特価!!!残り僅かです!!!」
「お母さん、こんなのホントに買う人居るのかしら?コレは宗教よっ。残りわずかとか言って元々在庫は3つとかしかないのよ。お母さんもそう思わない?ねぇ……ちょっとお母さんっ?!」
「もしもし、今やってるルチルクオーツください。はい。クレジット分割で」
「ちょっと!!!何やってるの!ねぇちょっと!お母さん騙されてるよ!!!これは本物の金とかダイヤじゃないのよ?!ただの石なの!ねぇお母さん!!!」
「うるさい!アンタは黙ってなさい!」
(あぁ…。お母さんは頭がおかしくなったみたい…)
「ワタシが好きにお金使って何が悪いわけ?ワタシはアンタの女中じゃないの!たかが5万じゃないっ。欲しいモノを買って何が悪いのよ!」
「だからって何もこんなガラクタ買わなくたっていいじゃない!もっと他にあるでしょっ」
「いい?これは家族のためなの!これで金運が上がればお父さんのビジネスも絶対上手くいくわ。アンタの幸せのためにも必要な買い物なのよ!」
「ああそう!もう勝手にすればいいわっ」
今のお母さんに何を言っても無駄だ。
お金に困っている人がお金欲しさにお金を失うなんて、こんな皮肉あるか。
社会が悪いから貧乏になるんじゃない。頭が悪くてお金を貯めることが出来ないから貧乏なのだ。
清貧なんて言葉、まやかしだ。神様も意地汚い貧乏人をわざわざ救ってやろうだなんて決して思わないだろう。
3日後、ルチルクオーツが届いた。
ビー玉みたいなチンケなものだった。
「テレビで見たとの全然違うじゃないっ。やっぱりお母さんは騙されたのよ!」
「……でもちゃんと金の線が入っているわ」
ガチャガチャガチャ
「……お父さんが帰ってきたわ」
お母さんはとっさにルチルクオーツを隠した。
「泣きな~さぁ~~い~♪笑い~な~さぁ~~い~♪いつの日~か、いつの日~か、花を咲かそうよ~~♪」
お父さんから酒と脂が混じったような変な臭いがする。
何だか楽しそうではあるが、とにかく臭い。
「お父さんからの~ビッグニュースですっ!!」
「え?」
「なんと!お父さんの会社が建ちました!!!」
どうやら郊外の田舎に住んでいる知人が、敷地内の余ったスペースを倉庫として貸してくれることになったらしい。
「これで商売が始められるぞ!」
「アナタ流石じゃない~!これはワタシの金運パワーのおかげよ!」
お母さんは隠していたルチルクオーツを取り出してきて、お父さんに見せびらかした。
「おお~!キレイな宝石だな~!」
「でしょ~?ワタシはいつでも家族の幸せを願っているの」
「お母さんありがとうなっ!オレはお母さんとこはくが大好きだぞ!」
「アナタのビジネスが成功したら分譲のマンションに引っ越したいわ!」
「よしっ!分譲マンション買っちゃうぞっ!」
「ステキよ~!!!!こはく、これで学校の奴らに『賃貸』ってバカにされずに済むわよ!」
「……お父さん、次の家は宗教の勧誘が来ないようにセキュリティ頑丈の家にして頂戴よ」
「おう、こはく!お父さんに任せなさい!」
明日も更新します!
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