第4話 こはく、買い食いにチャレンジする【後編】
前編をお読みになっていない方は、
「第3話 こはく、買い食いにチャレンジする【前編】」からご覧ください
「今日の算数の授業は本物のお金を使って、みんなで楽しくお買い物の練習をするぞ!」
「「うぉー!すげー!」」
「ホンモノだー!!!」
「みんな、お買い物をするときは商品の代金に加えて消費税というものも払わないといけないんだ。未咲さん、今の日本の消費税は何%か分かるかな?」
「……5%です」
(クソッ!なんちゅう皮肉だっ!)
もしかして今朝のあたしの敗北の件が学校中に筒抜けで、学校ぐるみであたしに当てつけしているのだろうか。
「今から班に分かれて、配られた硬貨を使って身の回りにあるものをメンバー同士で売り買いしてみよう!」
「「「はーい!」」」
まったく。実にくだらない授業だ。
消費税でつべこべ言うのはしみったれた貧乏庶民限定で、カネさえあれば消費税が何%だろうと悠々自適に生きられるというのに…。
消費税なんかより、カネの稼ぎ方を今すぐにでも教えて欲しい。
「あーあ。この鉛筆は60円だってよ。この鉛筆を税込価格で払ってください」
「……かけざんできない」
「もうっ、渦下さんは気楽でいいわねっ!」
算数の授業が終わり次は体育だ。
みんな体操服に着替えて続々と校庭に移動していく。
あたしは今朝の件でエネルギーを使い果たしとても外で運動する気になんてなれないから、まだ着替えられずにぼけーっと座っている。
(あれ、さっきのお金…)
あろうことか、500円玉、100円玉、50円玉、10円玉、5円玉、1円玉がそれぞれドッサリ入ったポリ袋が教卓の横の棚に放置されているではないか。
このお金が全てあたしのものになれば何でも買えるのに…。
たかがミニクリームパン如きで安い涙を流すような人生送らずに済むのに…。
生徒全員が校庭に向かい教室の周りには誰もいなくなったのを確認してから、棚に近づいた。
(……あと3円足りなかっただけで門前払いを食らったあの悔しさはもう二度と味わいたくないっ!)
あたしは恐る恐る袋の中から1円玉を3枚抜き取り、急いで着替えて校庭に向かった。
翌朝。
万全を期し、いよいよリベンジだ。
ミニクリームパンはあっさりと買えた。
コンビニという所はお金さえあれば誰にでも売ってくれる。そのお金がどういうお金であっても関係ない。
しかし話は終わっていない。
次の問題はこのクリームパンを一体どこで食べるかについてだ。
登校途中にあたしが道端でパンなんて食べてたら、学校や親に連絡がいくかもしれない。
ただでさえウチの学校の制服は目立つ。
ここの制服は怪しいブルセラサイトで高額取引されるほどに有名だし、バスや電車で大騒ぎして迷惑を掛ける生徒達を口実に小学校受験に落ちた子供の親が学校に苦情という名の憂さ晴らしをする。
あたし達は街中の嫌われ者なのだ。
かといって学校で食べているのが見つかったら、土女や白豚達が山崎とか他の先生にチクるかもしれない。
家に帰って食べるなんてもってのほかだ。お母さんとあたしはずっと一緒だから。
(……あそこしかない)
学校に到着するや否や、糞尿の臭いがプンッとする女子トイレの中で戦利品『ミニクリームパン』を頬張る。
(ウマいっ…!ウマすぎるっ…!!!)
クリームパンの味は衝撃的だった。
さっきからずっとあたしの脳内は砂糖に支配されている。
あたしはもう今までの人間ではない。
砂糖があたしを狂わせてしまった。
生徒達が教室から音楽室に移動したタイミングで、あたしは何の躊躇いもなく例の袋から100円玉を2枚抜き取った。
次の日も臭いトイレの個室で、今度はチョコホイップメロンパンを頬張った。
砂糖がジャリジャリしているし、クリームも胸焼けしそうで下品な味だ。
昨日のクリームパンより倍ぐらい高かったのに…。期待ハズレだ。
「ね~、さっきからあそこずっと開かないんだけどっ」
「何かガサガサ音がするよ?先生に言いに行く?」
(…やばいっ)
残りのパンを全て口に押し込み、トイレに誰もいなくなったのを確認してから教室に戻った。
「デザートじゃんけんに参加する人は廊下に集まってくださいー!」
「はーい!」
「俺も食いたい!」
給食の時間。
新学期早々風邪で欠席した軟弱者が1名おり、パインアップルが1つ余っている。
「未咲さん、今日も食べないの~?」
「……」
正直かなりお腹が空いている。
今朝のメロンパンは450キロカロリーもしたはずなのに、中がスカスカでちっともお腹に溜まらなかった。
それにしても今日の給食は何故かちょっと美味しそうに見える。
残留農薬がダメで、添加物と酸化した悪い油まみれの菓子パンは良いだなんて、我ながらおかしな話だ。あたしは何をやっているんだろう…。
下校後すぐバレエのレッスンを受け、今は車で家に帰っているところだ。
「ワタシちょっとコンビニ寄るから」
今朝あたしが行ったばかりのコンビニの前でお母さんは車を停めた。
「……あたし車の中で待ってる」
「アンタも一緒に行くのよ」
「……」
「いらっしゃいませ~」
(…やばい!今朝の店員だ。気まず過ぎる!どうかこっちを見ないでおくれっ)
お母さんはコーラとポテチとカップラーメンをカゴに入れ、それから……あのチョコホイップメロンパンを入れた。
「今日のレッスンはすごく良かった!専門コースの中でもアンタが一番上手い!お母さん凄い気分良かったわ~」
「…そう。それはよかった」
お母さんは今朝あたしがトイレで食べたのと同じモノを堂々と食べている。
「あとはもうちょっと体が絞れるといいわね!最近入ってきた水谷は下手クソなのにガリガリだから先生に贔屓されてるじゃないっ」
バレエの世界では太っていると先生に見向きもされないし、発表会でも良い役を貰えない。
バレエというのは病的なまでにスリム至上主義なのだ。
小便臭いガキに対してもそれは例外でない。
「あっ!アンタにもおやつ買ってきたわよ!」
「え?」
「はいコレ。にんじんクッキー!コレはね甜菜糖を使っているから、精製された白砂糖と違ってとっても体にいいのよ!」
「……こんな犬のおやつみたいなモン、いらないわっ!」
「ああそう?まぁお腹が空いたらいつでも食べていいわよ~。あ、レッスンで汗かいたでしょ?お風呂に入ってきなさい」
昨日今日と色々あって気が疲れた。
湯加減が丁度良いのか、あたしはうっかり眠ってしまった。
風呂あがり、そういえば明日図工の授業で彫刻刀が要るのを思い出した。
眠くて仕方ないが、彫刻刀を見つけるまでは眠れない。
(あれー、どこ行ったんだろう…)
あたしは親同様、掃除が出来ない。
必要なものが必要な時に見つからない。だからまた買う。
そういうループを繰り返し、大掃除をすると同じものが何個も何個も発掘されたりする。
(見つかるまで、面倒だけど掃除しよ)
まずはゴミ捨てからだ。
あたしの部屋には鼻をかんだティッシュが大量に転がっている。とりあえずそれをゴミ箱に入れるところからだ。
「……っ!!」
ゴミ箱の中には大変見覚えのあるものがあった。
あたしが昨日今日と買ったミニクリームパンとチョコホイップメロンパンの空き袋…。
急いでランドセルのポケットの中を確認する。
確かにここに隠していたはずのゴミが……何故かこっちに捨てられているではないか!
(……もう買い食いはやめよう)
「あれ~?未咲さん、『給食には残留農薬が入ってるから食べない!』ってあれほど言ってたのに~。どうしちゃったの~?(笑)」
「未咲さんウソつき~」
あたしは買い食いを卒業し、給食をしっかり食べる人になった。
今日はほうれん草のおひたし。
残留農薬まみれのほうれん草は苦いはずなのに、醤油と砂糖でかなり甘く味付けされており、もう何が何だか分からないが結構美味しい。
「うるさいわねっ!土女と白豚は黙ってなさいっ!こっちはちゃんと給食費を払ってんの!どうしようがあたしの勝手でしょ!それよりね、肉田!!!」
「えっ?ボ、ボク?!」
「あんた太ってるんだから、あたしに給食よこしなさい!」
「え?イ、イ、イ、イ、イヤだよっ!!!」
「ダイエットに協力してやるって言ってんの!アンタの親は甘いのよ!ほら、ほうれん草と肉団子をよこしなさいっ」
「や、や、や、やめてくれよ~~~~~!」
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