第2話 こはく、転校生と仲良くなる
本日から私立黒薔薇小学校の新学期がスタートする。
(クラス替えのこと、心配だなぁ…)
2年生最後の個人面談で、あたしに嫌がらせをしてくる女子集団を二度と同じクラスにしないよう、お母さんが先生にお願いしてくれた。
そのためにお母さんは先生に三越の商品券を5000円分も包んだのだ。
下駄箱の前に掲示されているクラス分け表の中から自分の名前を探す。
(あっ!アイツらと違うクラスにしてくれてる!はぁよかった~)
しかし、あたしの配属先である3年1組は全体的に知らないヤツばかりだ。
さっき車の中でお母さんに言われたように、みんなにナメられないようにしなければ…。
「初めまして山崎です~!先生はデビッド・ベッカムにそっくりのイケメンだから、みんなベッカムって呼んでくれよな!」
「「「アハハ!」」」
「「「山崎先生おもしろ~い!!!」」」
新しい担任はクラスの連中から大ウケだ。
あーあ、一体何が面白いのだろうか。
山崎の顔面はベッカムではなく、ブラックマヨネーズの吉田に酷似している。
顔が月の表面のようだ。
予定調和的に生徒達の自己紹介も始まった。
「浜井里佳子でぇすっ。『りっちゃん』って呼んでくださいっっっ。ヨロシクネ!」
(…はぁ?なんだコイツ?豚みたいな顔のくせにぶりっ子しやがって)
「「「りっちゃんー!!」」」
男子達が色めき立っている。
この浜井とかいう白豚女は、既に男子から絶大な支持を得ているようだ。
「どうも。未咲こはくです。特技はバレエと体操です。町田バレエコンクールで1位、全日本リトルジュニア体操選手権で1位でした。勉強もかなり得意です。よろしく」
「「「……」」」
クラス一同、静まりかえってしまった。
何故あたしはこんなにも人望が無いのだろうか。
お母さんも「こはくは美人で優秀なのに男子からちっともモテないのはおかしい!」ってよく怒っている。
自己紹介コーナーも終盤に差し掛かった。
「…………」
「あれ渦下さん?自己紹介する番だぞ?」
「…………」
「渦下さん?聞いてるか?早く自己紹介してください」
「…………」
「「「……?!?!?!」」」
山崎という担任の説明によれば、どうやらこの「渦下」という奇妙な女子は3年からウチの学校に転校してきたようだ。
翌日。
3年生初日の授業が始まった。
「えー、9×9-3×5は何でしょう?誰か答えられる人いるか~?…じゃあ転校生の渦下さんに答えてもらおうか!」
「……」
「アレ、渦下さん?分かるよなっ?」
「……」
「前の学校ではまだ習ってなかったのか?じゃあ一つ一つ考えよう!9×9は分かるよな?」
「……しらない」
「「えっ?!こいつめっちゃバカじゃん!」」
「「渦下さんヤバ~い!」」
渦下は3年生なのに九九が出来ない。
一体どうやってこの学校に潜り込んだのだろうか。
休み時間になった。
「ねぇ渦下さん、遊ぼうよ」
「…ぇ」
「あんた新入りなんだから、学校のこと分からないでしょ?あたしが校舎を案内してあげるわ!」
渦下はコクリと頷き、あたしの後をついてくる。
「ここがトイレね。最近汚い和式から洋式に変わったの。去年は臭すぎて掃除当番の時、あたしいつも吐いてたんだから。渦下さんはラッキーよ!」
「……」
「じゃあ保健室の場所も教えとくわ。渡り廊下を渡って、階段で1階に降りた突き当たりね。仮病を使えばベッドで寝かしてもらえるわよ!」
「…おぉ」
渦下とはイマイチ会話が噛み合わない。やっぱりちょっとおかしいヤツだ。
だがあたしの8年間の人生経験上、挙動不審な女とは絶対にウマが合うのだ。
渦下が他の女子グループに併合されてしまう前に、あたしが先手を打っておこう!
キーンコーンカーンコーン
2時間目、道徳の授業が始まってしまった。
「渦下さん、道徳の授業始まっちゃったよ。どうするよ?」
「……いかない」
「いいわね!その意気よ!この学校は広いから楽しいわよ。次はカエルとかヘビがいる池を案内するわ!」
「……ヘビすき」
「いいわね!いきましょ!」
「あれー、今日はヘビいないみたい。でも池の中にオタマジャクシがいっぱいいるわ」
「……かわいい」
「アメンボもいる。気持ち悪いのに何か憎めないわねぇ」
「…洗剤かける」
「渦下さんダメよ。たしかアメンボには洗剤よりマヨネーズのほうがいいって聞いたわ。今度家庭科室の冷蔵庫からマヨネーズ取ってきて試してみましょう!」
「…うん」
渦下は陰気臭いものの、何だかんだノリがいい。
これはあたしの良いペットになりそうだ。
校庭を練り歩いていたら少し疲れてきた。
「ねー、そろそろ休憩しない?」
「…座りたい」
「じゃあちょっと行ってみたい場所があるの」
「…ん?」
最近あたしが気になってる場所があるのだ。
あたし達はそこに向かうべく、校舎に戻った。
「ここの4階よりさらに上にね、階段が少しだけ続いてるの。で、そこを昇りきった行き止まりに扉があるのよ。扉の向こうに何があるか気にならない?」
「…いきたい」
その階段には備品がゴチャゴチャ置かれており、ホコリまみれで汚いし薄暗い。
最後まで昇ると両開き式の扉があり、取っ手には鎖がグルグルに巻かれ、南京錠が掛かっている。
「あぁやっぱり今日も鍵が掛かってるわ」
ガコンッ、ガコンッ、ガコンッ、ガコンッ、、、
渦下が扉を蹴りだした。
「…んんんんんー、あかない」
「ダメよっ。扉が壊れたら後々文句言われて面倒なんだから。転校早々クビになったら親も泣くわよ」
「…もうあきらめる。カギあかない」
「…渦下さん、諦めるのは早いわ」
この南京錠は3ケタのダイヤル式だからそのうち開くだろう。
「鍵に数字が3つ並んでるでしょ?数字は0から9までの10コで、それが3つあるから10×10×10で1000よ。どんなに多く見積もっても1000回目で必ず開くんだから簡単な話なの。こういうのをね、10の3乗っていうのよっ!」
「…かけざんの話なんかしてくるな。帰る」
あたしの算数スキルを披露したら、どうやら気を悪くしたようだ。
(しまった…コイツ知恵遅れだったんだ…!)
きっとこの女は授業に出るとみんなにバカにされてつらいから、あたしに付いて逃げてきただけ。
あたしのことが好きだからここに来たわけじゃない。
つらいものから逃げたいお年頃なのだろう。
「もうっ機嫌直してよね。とりあえずこの鍵は絶対に開くってことよ。扉の向こうに何か面白いモンがあるかもしれないのに今帰ったら損するわよっ」
「……」
あたしたちは黙々と「000」から一つずつ順番に番号を試す。
「……こちらひみつ組織X!敵のアジトへせんにゅう調査を開始しますっ」
ご機嫌斜めだった渦下も調子づいてきて、無線機を口に当てるフリをしながら秘密組織のスパイになり切っている。あぁ変な子…。
「722……開かない、723……開かない、724……開かない、725……ん??!開いた!!!」
「うおぉお」
「やった!渦下さん、大成功よ!」
扉を開けると何の変哲もないただの屋上だった。
「…空あおい」
「そうねぇ、春って感じだわ~。あたしは春が好きなのっ。桜がキレイでしょ」
「……梅雨がいちばんたのしい。濡れるのたのしい」
「変なの!梅雨は日光量が少ないから鬱病になるのよっ」
渦下は制服のポケットからおもむろに何かを取り出した。
「……はい、コレあげる」
「え?なにこれ?」
彼女はパッケージに『アンパンマンペロペロチョコ』と表記された怪しいブツをあたしにくれるというのだ。
「すごい…!チョコだ…!」
「……キキッ」
ウチの家ではカカオ90%以下のチョコレートは禁止だ。コーラとかジュースも生まれてから一度も飲んだことない。
お母さんに「こはくはバレリーナになるんだから、精製された白砂糖なんて口に入れてはダメッ」と口煩く言われているのだ。
「あたしが食べたことみんなには内緒よ」
身体に悪そうな着色料がふんだんに使われたアンパンマンのチョコは、麻薬的に悪い味がする。
「…またおかしあげる」
「あたしキャラメルってやつを食べてみたいの!」
「……キャラメルなら台所のひきだしにあった。もってくる」
「ありがとう!あんたはとっても良い人よ!あたしとお友達になりましょ!」
「……ともだちはいらない」
チョコを食べたら何だか余計に食欲が増進されてしまったので、あたしたちは給食を食べに教室へ戻った。
「そういえばあんた、さっきの授業で九九も出来なかったじゃない。食べ終わったらあたしがきちんと教えてあげるわっ」
「……やりたくない」
「はぁ?何言ってんの。いい年して九九も出来ないなんて恥よ!」
「……」
「とにかく早く食べて、1時15分になったら特訓始めるからねっ」
「……時計よめない」
「はぁ?!あんた一体どういう教育受けてきたのよ!」
「……2年生までずっと学校いけなかった」
「ふーん、変なの。とりあえず明日も明後日も逃げずにちゃんと学校に来るのよ?」
「未咲、渦下!ちょっと来い!!!」
担任の山崎が大声で呼び出してきた。
要件はお察しの通りだ。
「3時間も授業サボって、お前らどこ行ってたんだ!いい加減にしろ!」
「渦下さんお腹の具合が悪くて、トイレに付き添っていました。転校生だし不安だろうから、見捨てず付き添ってあげるのが真の道徳ってモンですよ、先生」
「…ぅぅイタイイタイ」
渦下と微妙に心が通じ合えた気がして、あたしはちょっとご機嫌だ。
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