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開かずの金庫に閉じ込められた悪い妖怪、テレビ番組の金庫開け企画で出られそうになるも、金庫開けの名人が諦めそう

 私は妖怪だ。

 人間を殺しはしてないものの、傷つけたり、物を盗んだり壊したり、散々悪さを重ねてきた。

 だが、ある時策にハマり、金庫の中に閉じ込められてしまった。

 金庫に何か特殊な細工をしたのか、この金庫そのものが特殊なのかは分からないが、破壊して出ることも出来そうにない。


 以来、私はずっとこの暗く狭い空間に閉じ込められている。死ぬことはないし飢えることもないが、ひどく退屈だ。

 だが、私もやることはやっていた。

 人間への憎しみを溜め込んでいたのである。

 今や私は昔とは比べ物にならないほどの力を蓄えている。人間を何十人何百人でも殺せるほどの力を。


 もし、外の誰かがこの金庫を開けたら、私は真っ先にそいつを殺し、暴れまわってやる。そんな願いだけを糧に、私は暗闇での暮らしに耐えてきた。


 そして……外が騒がしくなってきた。



***



 リポーターを務めるお笑い芸人が、マイク片手に挨拶する。


「始まりました~! 本日の開かずの金庫開けまSHOW!」


 『開かずの金庫開けまSHOW』は、視聴者から依頼のあった全国の開かずの金庫を、開けて中身を見ようという番組である。

 中から一体どんなお宝が出てくるかというドキドキ感からか、視聴率は高い。ただし、中身が空っぽなケースも多い。だからこそ何か入っていた時の感動が高まるともいえる。


「そして、金庫開けを担当するのはおなじみのこの方! 金庫開けの名人、山本やまもと開山かいざんさんでーす!」


「どうも」


 頭を下げる山本。普段は鍵屋を営んでおり、数多くのトラブルを解決している。


「40歳独身! 彼女募集中でーす!」


「アハハ……」


 この独身いじりも恒例行事である。


 続いてお笑い芸人は依頼人にマイクを向け、どういう金庫なのかを聞く。

 白髪頭の依頼人は、緊張の混じった口調で答える。


「私の曽祖父の時代からある金庫らしいんですが、絶対開けるなという言い伝えがあって……。しかし、この番組のことを知って開けたくなりましてね」


「なるほどぉ~! これは大いに期待できそうです!」


 お笑い芸人が大げさに感心する。


「では山本さんに金庫開けにチャレンジしていただきましょう!」


「分かりました」


 山本は身を屈めて、金庫に向き合った。



***



 私は歓喜した!

 こいつら、この金庫を開けるつもりだ!

 中には私という超恐ろしい妖怪が入ってるとも知らずになァ!


 私が閉じ込められてからどれぐらいの時間が経ったかは知らないが、この金庫が開けられないままになっている経緯は、すっかり忘れ去られたのだろう。


 外で山本とか呼ばれた奴が、ガチャガチャと音を立て、一生懸命この金庫を開けようとしてるのが分かる。

 きっと中には財宝が沢山入ってると思ってるんだろ?

 残念、入ってるのは妖怪だけさ!


 金庫のすぐ外には数人いる気配がするが、私の敵ではない。さあ早く開けろ。私に殺されるためになぁ!

 アーッハッハッハッハッハッハ!



***



 お笑い芸人が尋ねる。


「どうですか? 名人」


「うーん……」


 山本は顔をしかめている。すでに数時間経過しているが、未だに開けられる目処が立たない。

 今までどんな金庫でも開けてきた彼だが、ここまで苦戦するのは初めてのことだった。


「名人がこうまで苦労するということは、相当なお宝が入ってますよきっと!」


 無理矢理場を盛り立てるお笑い芸人。この番組はもちろん生放送ではないが、こういうシーンも撮らないと、山本がただ地味に金庫を開けるだけの番組になってしまう。涙ぐましい努力である。

 山本は真剣な眼差しでひたすら金庫に取り組む。


 しかし、一向に事態は進捗しないのであった。



***



 おそおおおおおいっ!


 遅いよ~。いつまで手間取ってるんだ、こいつは!

 お前が開けないと私が出られないだろうが!

 さっさと開けんかーい!


 かといって私から外に呼びかける方法は一切ない。ここでいくら叫んでもどうやら外には聞こえないようだし、内側から金庫を叩いても壊せないのは説明した通りだし、振動すら外には響かないようだ。

 妖怪を閉じ込めるのにはうってつけの金庫というわけ。

 ったく、この金庫を作った奴はよっぽどの悪い奴だな! 悪いことする奴ってサイテー!


 どうしよう、神様に祈ればいいのかな。妖怪が神や仏に祈ってもあまり意味ない気がする。

 むしろ逆効果になるんじゃ?

 じゃあただ待ってる……というのも味気ない。

 だったら、応援するか!


 フレッ! フレッ!

 頑張れ! 頑張れ!

 開けろ! 開けろ!

 開けてくれええええっ!

 ドンドンパフパフ! ピーヒャラピーヒャラ!


 頼むから、もう私を裏切らないでくれ! ……ん、私は何を言ってるんだろう?



***



 外ではすでに10時間以上が経過していた。

 状況は全く変わっていない。

 金庫開けに手こずることはあれど、こんなことは初めてだった。


 長丁場になったので依頼人はすでに退場してもらっているし、見かねたお笑い芸人が言う。


「あの……これはもう無理なんじゃないでしょうか」


「かもしれません……」


 山本も弱気な発言をする。

 何らかの手ごたえがあれば金庫開け名人のプライドにかけて続行を主張したいところだが、今のままではいたずらに時間を浪費するだけだ。


 山本も、お笑い芸人も、他のスタッフたちも、『開かずの金庫開けまSHOW』だけが仕事ではないのである。引き際を見誤ってはならない。


 お笑い芸人が最後の確認をするようにマイクを向ける。


「今回はリタイアということでよろしいでしょうか?」



***



 はああああああああ!?


 ふざけんなああああっ!!!


 おい、ここまで私を期待させといてなんだそりゃ!?

 “りたいあ”ってのが“諦める”って意味なのはなんとなく分かるぞ!


 ああ……そうだ。やっぱりそうだ。私は裏切られる運命だったんだ。


 私はほんの少しだけど、遠い昔の記憶を思い出していた。


 そう、私は元々人間だった……だけどある男に騙され裏切られて……身投げして……妖怪になった。


 これ以上思い出せそうにないけど……これで十分!


 やはり、人は裏切るのだ……私を。


 ならば私もとことん憎み、恨み、呪ってやる。


 呪って呪って呪って呪って呪って……力を蓄える。もし次開けられる機会があったら、人間全てを滅ぼしてくれる! その時が楽しみだァ!


 アーッハッハッハッハッハッハッハ!!!



***



 お笑い芸人のリタイア勧告に、山本は――


「もうちょっとだけ続けさせてくれませんか?」


「え!?」


「この金庫……今開けないといけない気がするんです」


「しかし、開ける目処も立ってないんでしょう?」


「何とか開けてみせますから!」


 もはや根性論のような主張だった。お笑い芸人も苦笑してしまうが――


「もう2時間ぐらいであれば……」


 現場の責任者といえるスタッフからゴーサインが出た。


「ありがとうございます!」


 今までが本気でなかったわけじゃないが、これで山本に火がついた。

 知識と経験をフル稼働させ、人生最大の難敵である金庫に挑む。


 周囲のスタッフも、もう見守るしかない。


 そして、タイムリミットが迫った頃――


「ん!?」


 何かの手ごたえを感じた山本。

 外科手術のような繊細な手つきで、金庫のノブを回す。

 すると――


「開いた!」


「え!?」皆が驚く。


 ここからはテレビ撮影しなければならない。依頼人も呼ばねばならないし、バタバタと慌ただしくなる。


 山本がほっと一息ついていると、金庫の扉がひとりでに開いた。


「うわっ!?」


 驚く山本だが、直後、さらに仰天することになる。


「うわあああああんっ……!」


 中から和服を身に着けた若い女が飛び出してきた。しかも、角が生えている。その女が山本に抱きついたのである。


「な……!? あの、あなたは……!?」


「お前は……金庫を開けてくれた! 私を裏切らなかった! 嬉しい! 嬉しいよおおお……! あああああああんっ……!」


 号泣する女。山本にしがみつき、泣き止む様子がない。

 全く状況を把握できていない山本だったが、自分がこの女性を救えたということだけは理解できた。なのでとりあえず、


「よかったよかった。開けてあなたを出すことができてよかった」


 と角の生えた女を優しく慰めるのだった。


 呆然とするスタッフ。すかさず、お笑い芸人は機転をきかせ、


「なんと! 金庫の中からは謎の女性が現れました! いやー、番組史上初ではないでしょうか! とりあえずめでたしめでたし、ということで!」


 どうにか場をまとめるのだった。



***



 その後、番組はそのまま放映された。

 金庫から女の妖怪が出てくるというトンデモな展開に、ネット上は騒然となった。


「妖怪出てくるとかマジか!」

「すげー」

「完全にマンガじゃん」


 などといった声もあれば、


「本物の妖怪なわけねーだろ。演出乙」

「最近マンネリ化してたからテコ入れ?」

「もうこの番組見ない」


 などといった声も出て、一時期は議論が紛糾したが、熱しやすく冷めやすい世の中、やがては新しい話題が出て鎮静化していった。監禁事件だったのではと捜査されるようなこともなかった。


 とにかく確実なことは、女妖怪が山本を気に入ってしまい、山本もまんざらではないということである。


「私が山本を守る! 私は強いからな! アーッハッハッハッハ!」


「アハハ……どうも」


 いつしか二人は内縁の夫婦のような関係になっていった。




 『開かずの金庫開けまSHOW』はその後も続いた。

 お笑い芸人がいつものように、山本と……もう一人を紹介する。


「今日も来て下さいました! 金庫開け名人の山本開山さんと、そのパートナーおようさんでーす!」


「どうも」

「イエェーイ!」


 頭を下げる山本。すっかり現代に馴染み、ピースサインをかます女妖怪。

 本名は忘れてしまったからと“お妖”と名乗るようになった彼女は、金庫開けでは全く役に立たないが、人気は高い。


「相変わらず仲がいいですねー、お二人は」


「ええ、まあ」


「うむ、山本は私を裏切らなかった唯一の男だ! 私は山本を守り続けるぞ!」


「ありがとう、お妖さん」


 面と向かって礼を言われ、お妖は赤面してしまう。


 そんな二人に、お笑い芸人はこんな言葉を贈るのだった。


「金庫開けの名人は、お妖さんの心の扉をも開いたのかもしれませんね!」






おわり

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― 新着の感想 ―
[一言] ネットで『ゆうべはおたのしみでしたね』のカキコが多数投下されそうなオチですね
[良い点]  ラストのオチ、心温まるものでお見事でした。  こういうナンセンスの香りのする作品、私は大好きで、すごくおもしろく、よくできた作品だと思いました。  お上手ですね。
[一言] お妖かわいいいいい! 山本さんも独身じゃなくなって良かったね 面白かったです。
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