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私は普通の恋人になれない  作者: 中の人
副業編
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歓迎会①

 朝。自転車にカギを回していつも通りサドルにまたがると、妙な感触を覚えた。

 アスファルトを弾むいつもの力強さを、タイヤに覚えない。スムーズに漕げないのだ。


 空気漏れか。そう思って空気入れを必死に動かしブチ込んだんだけど、乗り心地の不安定感は変わっていない。


 ……もしかして、パンク?


 タクシー代はもったいないし、ここからなら歩けないこともないか。まだ冬場だからいい運動にもなるし。こういうとき自転車だとやっぱ不便だな。


 朝からこれとはな。

 しかも今日は、私の歓迎会という名の飲み会があるのに。



「本日は私のために歓迎会を開いていただき、本当にありがとうございます。一日も早く皆様のお役に立てるよう、今後とも精進してまいります」


 幹事の工場長に続いて、私はよろしくお願いいたしますと頭を下げた。控えめの拍手が沸き起こる。


 居酒屋の料理はバイキング形式で助かった。これなら食べたいぶんだけを盛ればいいので、残す心配もない。


 ぶっちゃければ、私は今回の宴会に気乗りしなかった。

 いい歳して私はお酒が飲めないし、持病の関係で外食も苦手だ。


 歓迎会の主役が断れるはずもなく。

 ちびちび烏龍茶を煽りつつ、確実に食べられる量に盛った皿の料理を片付けていく。


「あれ、おかわりはいいの?」

 すでにバイキング2周めから帰ってきた、隣に座る狭山さんに心配そうな声をかけられる。

 私からすれば、どうしてそんなに食べ続けられる胃袋があるのか不思議だ。


「ああ、はい。またお腹が空いてきたら周ります」

「そうなんだ? いつもお昼おにぎりとかだったしね。燃費良くて羨ましい」


 昼食メンバーなら少食ってのは分かっちゃうよね。

 基本おにぎりオンリー(たまに惣菜パンとバナナ)なのは弁当に詰めるのがめんどくさいってのが大きいけど。


 ……まだ始まって30分くらいしか経ってないのに、私は居心地の悪さを覚え始めていた。


 談笑する狭山さんと川角さんに混じりつつ、もう食べないの? という白い目を白い皿に向けられる。

 なお、2人はその間にバイキング3周目へと突入していた。


 すみません、入らないんです。お皿を空にできただけでも、私の中ではノルマ達成なんです。

 気が乗らないのは、本庄さんが遠いところにいるからというのもある。


 やっぱり美人で気さくで仕事もできる人だからか、彼女は終始男性社員に囲まれてにこやかに話していた。


 人気すぎて近寄れない。そりゃ、みんな話したくもなるか。

 先日彼女が絵を描いている光景を見て、もしかしたら話が合うかもしれないと機会を伺っていたのだけれど。


「モテモテだねぇ、本庄さん」

 急にこちらへとやってきた男性の気配にびっくりして、私はそ、そっすねと素っ気ない返し方になってしまう。


 男性は鳩山はとやまさん。

 寡黙な方が多い社員のなかでは一番話し好きで、よく主語を抜いた言葉で話しかけてくる。

 狭山さんも社員名を教える際に『坊主頭の鳩山さんは嫌でもすぐ覚えるから。エンカウント率高いし』と言っていた。どうなんだその説明文も。


「プレス機とかすぐ覚えちゃったしね。やっぱ若い子は吸収力が違うのかしら。私の下についてふた月持った子なんていなかったのに」

「そりゃ川角さん。あんたの教え方が雑なんだよ。梱包から機械整備まで全部やれ言われたってすぐ出来るかい。あとなんか圧があるし」

「あらやだ職人気質って言えよ」


 この会社でいちばん長く勤めている川角さんに、ここまで遠慮なく言い合えるってすごいなー。

 それでギスってる感じもなく、いい喧嘩友達って雰囲気だし。


「本庄さん、出身校もすごいんだってね。××高校出てるって聞いたし」

「それ県内一の進学校じゃん。やべえな」

「大学も××行ってて、薬学部なんだよ。超エリートだよね」

「なんでそんないくらでも選択肢あるような人がうち来たんだか」


 この人たち、なんでそこまで人様の学歴に詳しいの。こええよ。

 にしてもやっぱ、できる人はそこから違うのか。住む世界も違うんだろうな。


 ……ん?

 そういえば××高校って、エリート校ではあったけど、確か。

 気になってスマホで調べると、ビンゴだった。


 この高校は、普通科のほかに『美術科』もある。

 でも、美術の学校出身じゃなくても描ける人は描けるしなあ。それに高校の学科がそれなら、大学も美大あたり出てるだろうし。

 専門分野の学科は受験範囲の3割くらいしか学習しないらしいから、いい大学に行こうと思ったら普通科が有利に決まってる。うーむ。


 ここにいない人の学歴談義に混じるのも失礼だと思い、私は学科を聞けずに終わってしまった。

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