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私は普通の恋人になれない  作者: 中の人
番外編

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クリスマス(上里さんの場合)

※時系列:入社1年目の12月



 我が家のクリスマスは、年中行事にこだわりが強い母の意向により毎年パーティーを開いていた。

 食卓にはホールケーキとチキン、あとはピザかグラタンがいつも並んでいて、私にとってのクリスマスは『もうひとつの誕生日』みたいな認識だった。ごちそうとプレゼントをもらえるからかね。


 プレゼントを買って、律儀にリースもツリーも飾って、クラッカーを鳴らして。クリスマスに合わせたスペシャル番組を流しつつ、家族みんなで過ごす。

 それが毎年恒例の光景となっていた。


 父が去って、きょうだいが家を出てからも。ケーキとチキンだけは買って、二人で昔と変わらないパーティーの形式を取っていた。

 それも、過去の話だけど。


 今年は、母を喪ってから2回目のクリスマスとなる。つまるところクリぼっちだ。

 ひとりで過ごす年中行事など、ただの平日でしかない。年末は繁忙期だから、クリスマスのくの字も浮かばないまま仕事に追われ聖夜が去っていく。

 せいぜい、コンビニでクリスマスに便乗した食品を飯にするくらいだろう。


 なのにまさか、恋人と過ごすなんて思ってもみなかったな。



 今年は運良く休日と重なったため、夕方くらいにピザを予約してさっき毬子さんと取りに行ってきた。

 夕食時はさすがに混むだろうから避けたけど、それでも1時間ちょっとは待ったね。道中何回もサンタ帽被ったバイクとすれ違ったし、飲食の店員さんはほんとお疲れさまさまだ。


「ピ○ーラ、初めて食べてみたけど美味しいわね」

「デリバリーピザ、初めてなんだ? それともピザ○ットかド○ノ派とか?」

「いえ、うちは兄がチーズ嫌いだったから。匂いだけで駄目みたいで」


 こんなにいい匂いなのにねぇとつぶやきつつ、毬子さんは2枚めのピザを皿へと取り分けた。

 ピザやグラタンみたいな『とろけるチーズ』は例外って人はいるけど、お兄さんはチーズのすべてを身体が拒否するようだ。美味しいのに。


「あと、わたしクリスピータイプしか食べたことなかったのよね。こっちは生地がふっくらしてて、噛みごたえあって美味しいわ」

「逆にうちはハンドトスばっかだなあ……最後に耳の厚い生地をかじらなきゃピザって感じがしなくて」

「幼少期に食べ慣れたものによって、好みはある程度決まるのねー」


 私は例の持病によって、食へのこだわりが薄い人間になってしまった。

 外食や出前となると食欲が引っ込んでしまう厄介な体質なんだけど、ここのピザは昔から食べていたから別だ。


 ピザはガーリックシュリンプとイタリアンバジルのハーフ&ハーフ。サイドメニューはローステッドポテトのからあげ付き。今日は前者からいただきます。

 搾りたてレモンの爽やかな香りが漂う生地にかぶり付き、ぷりっぷりの大海老を頬張る。焼けたチーズとガーリックソースの香ばしさが鼻に抜けて、酸味と合わさり胃に充足感をもたらしていく。


「エビやカニって食べられるために生まれてきたような美味さだよね」

「簡単に食べられないために外骨格があるわけだけど、最初にこじ開けてみようと考えた人はすごいわよね……食べられるって思えない見た目じゃない」

「ナマコもすごくない? よくあんなエイリアンみたいなやつ食おうと思いついたね」


 餅みたいにみょーんとチーズを伸ばし、じっくり味わうように咀嚼していく。

 んんん、この弾けるような食感がたまらんね。海老がごろごろ入った贅沢さは他のピザではなかなか味わえない。

 まあウィンタークラブのほうが海老に加えてカニも乗っててお得だけどね。ちと高いけど。


「美味しそうに食べるわね、忍ちゃん」

「昔から食べてたからね。毬子さんの言う通り、幼少期に食べ慣れてるものは安心感があるんだろうな」


 毬子さんにはあらかじめ事情を説明しているとはいえ、やっぱり恋人と過ごすクリスマスが家でデリバリーピザっていうのは物足りないかなぁ、なんて少し申し訳ない気持ちになる。

 そもそも、外出も外食も苦手な私に彼女ができるなんて、夢にも思っていなかったんだから。


 家で毎年家族と過ごしてたのは、友人や職場の人達とのクリスマス会を避ける名目もある。

 騒がしく眩しい店の雰囲気が、常に人の目がある公共の場が。私にとっては逃げ場のない檻だった。


 いつ喉がふさがるかも分からぬ恐怖に怯えながら、空腹の状態を保ち続ける。息苦しさはやがて吐き気を誘発するものだから。

 予期不安に震えながらの食事会なんて当然喉を通るはずがなく、出されたものを食べきれない参加者など失礼極まりない。

 周りに合わせられない奴は、最初から参加しないのが賢明だ。


「ごめんね、私のわがままで」


 今さらのことを謝罪する。いつも毬子さんがおうちデートで妥協してくれているのだから、私も少しは我慢して行動範囲を広げるべきだったのに。

 食べなければ空腹感で喉のつかえをブロックできるんだから、毬子さんの好みにだってちゃんと合わせなければいけないのだ。


「ぜんぜん。だって、美味しそうに食べてる忍ちゃんの顔はわたししか独占できないってことでしょ? 忍ちゃんが克服するため、ちょこちょこ外に出始めたことはちゃんと分かってるもの。だけどご飯くらいは、リラックスできる場所で食べるのが一番美味しいに決まってるわ」


 はい目線こっちー、なんてホームビデオ撮影のようにスマホを向けて、毬子さんは私の食事風景をおさめようとする。

 そっか、食べてる時の顔か。意外と人はそういうとこも見てるんだね。それとも私が顔に出やすいんだろうか。


「二重の意味でごちそうさまよ」

「そんなこと言ってデザートに食べたりする気でしょ」

「あら、ばれちゃった?」


 可愛らしく舌先をぺろりと出して、毬子さんはふわふわに巻かれたライトブラウンの髪を掻き上げた。ピザ食ってても美人は様になるなあ。


 それに聖夜だしね。恋人を家に招いておいて、大事なイベントをすっぽかすはずがない。もちろん生理は終わったし、冬は怠りがちなムダ毛処理もばっちり。

 まあ毎週おうちデートしてる身では、結構な頻度で肌を重ねてるのもあるけど。


 毬子さんはいつ見てもどこもかしこも隙がなくて、おしゃれで流行にも敏感だ。常に女としての努力を怠っていないから、美貌を保っていられるのだ。


 それに感化されて、私もちょっと前から筋トレに励むようになった。パニック障害は運動不足の人にも発生しやすいって聞いたからね。

 度の高い運動をすることで、動悸や息切れといった症状にさらされ暴露療法につながっていく効果が得られるためだ。実際発作の頻度が減ってきたから良い変化だと思う。


「でもまだ6時だし、食べ終わったら少し夜の散歩にでも出かけましょうか。美味しいものは最後まで取っておきたいもの」


 じらすように、毬子さんはドライブデートを提案してきた。隣町に有名なイルミネーションの住宅街があるらしく、数十件にわたって鮮やかに彩られた光景が見られるらしい。

 毎年やっていることもあり噂が広がって、テレビにも取り上げられたことがあるんだとか。


「うん、いいね。楽しみにしてる」

「きっと気に入るわよ。おそらく見物客はそれなりにいるだろうから、ちょっと遠い場所に停めることになるけど」

「平気だよ。デートだもの」


 残った二切れを互いの皿に取り分け、最後の一枚を口元へと運んでいく。

 もう12月も終わりか。振り返れば濃厚な1年だったな。採用されて、毬子さんと出会って、付き合って、クリスマスを迎えるなんて。

 あのコミケ帰りに過呼吸で苦しんでた頃から、ずいぶん変わったものだ。とくに人前で食事なんて考えられないくらい、あの頃は毎日が息苦しかったから。


 食べ終わって、空になったケースを畳む。ウーロン茶を煽って汚れた口周りを拭いたところで、ふいに毬子さんが距離を詰めてきた。それも鼻先まで。


「こらこら、美味しいものは最後までとっておくって言ったでしょ」

「ちょっと味見するだけだからいいじゃない」

「それ食べ尽くす子供が使う台詞ー」


 私より大人びているのに、毬子さんはたまに子供っぽく甘えてくるから反則だ。今もぶーぶーと口にしながら唇を尖らせ、視界いっぱいに整った顔を近づけてくる。これだけの美人に見つめられてたら、まるで絡め取られたように私も目がそらせなくなってしまった。ついにはされるがまま、覆いかぶさられてしまう。


 ってか、ピザ食った直後にしてはやけに爽やかな香りが漂ってくるな。もしかしてそうするつもりで、ブレスケアを直前にやってたのかな。


「忍ちゃんが美味しそうなのが悪いのよ」

「私そんなに食欲と性欲そそるかな? 毎回そんな感じで毬子さんに食べられてる気がするんだけど」

「恋人は別腹だもの。いくらでも入るわ」


 とかなんとか言いくるめて、毬子さんは反論を塞ぐように唇を重ねてきた。

 甘い香りと熱に支配され、瑞々しい感触に脳髄がしびれていく。

 キスだけで蕩かされてしまうくらい、私も毬子さんにいろいろ暴かれ、開発されてしまった。


「今はここまでにしてあげる」


 最後にぺろりと唇を舐めて、毬子さんは身体を起こした。

 未だ思考にもやがかかったようにソファーにもたれる私へ、『そんな顔してたらほんとに食べちゃうぞ』なんて額を小突きつつ。


「……か、片付け終わったら出よっか」


 あぶねーあぶねー、私が流されてどうする。我に返ってあわてて腰を上げようとするけど、床を踏みしめた瞬間に特有のむず痒さが踵から広がりずっこけた。

 長々と同じ体勢で口づけしてたから、足がしびれてしまったらしい。


「あひ、しび、いひゃひゃひゃっ」

 膝を抱いて悶絶する。床をローリングする情けない私に、くすくすと毬子さんが笑った。もう、誰のせいだと思ってるんですか。


「忍ちゃんっていちいちかわいい」

「うわーすごい屈辱」


 でも、可愛いって言ってくれる毬子さんに私は惹かれたんだよな。顔立ちと身長から周りで勝手にイメージができていて、かっこよさを求められて。

 見栄っ張りだった上里さんは無理に演じて、発作というほころびができてしまったわけだから。


 ほしかった言葉をくれて、一生付き合っていくのを覚悟していた持病にも向き合ってくれる。

 こんな素敵な人と出会ってもうすぐ1年になるなんて、本当に夢みたいだ。


 しびれが抜けるまで、律儀に毬子さんは足をさすってくれた。年上の威厳なんてすでにかけらも残っちゃないけど、可愛がられるって幸せだなあって思う。もうかっこ悪くたっていい。ずっとネコになりたかったんだな、私。


「メリークリスマス、忍ちゃん」

「こちらこそ。毬子さん」


 最後に軽く額に唇を落として、今度こそ私たちは片付けの作業に入った。

 お楽しみはまだまだこれからだ。ドライブデートも、深い意味の聖夜も。


 期待に胸を躍らせつつ。感触の残る唇にそっと、指で触れた。

クリスマスネタはこれで全作書いたかなーと思います

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― 新着の感想 ―
ピザって一人だとなかなか手がでない品ですよね お家クリスマスだからこその夜ありきの会話も楽しい 足しびれるほどのキスw カッコよくなれない、それでいい忍ちゃんがいて 二人の恋人のカタチがよくでてるなぁ…
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