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私は普通の恋人になれない  作者: 中の人
番外編

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かつての先輩と後輩

※時系列:『カミカミエヴリナイト』の数日後あたり



「買い物終わったらLINEするわ。正面入口に立ってるから」

「おっけー」


 私は1階の食品売り場、毬子さんは4階の雑貨店。それぞれ生活に必要なものの買い出しに向かう。


 GWも明けて、店内の雰囲気は一気に爽やかな色合いに移り変わっていた。

 いたるところに『夏祭り』と強調された広告が見える。


 目立つ場所に売り出されている花火のセットや蚊取り線香。天井から吊り下がる提灯のおもちゃ、花火のポスター、すだれ、朝顔の造花。

 迫りくる梅雨を無視した一足先の夏の象徴に、遠き日のノスタルジーを覚える。


 ここは私が生まれるずっとずっと前からあって、物心ついたときから買い物といえばここだった。

 まだ父も妹も揃っていた頃は、月2回くらいの頻度で家族みんなで最上階のフードコートで食事に行くのが恒例となっていた。

 そのレストラン街、今はもう全部潰れてお稽古の教室スペースになってるけどね。


 母と二人暮らしになってからも、することは変わらなかった。

 買い物の帰りに付近の飲食店街に立ち寄って、ちょっとした贅沢を味わう。

 母も私も過去のことは蒸し返さないようにしていたけど、外食はいつもここで済ませるようになっていた。


 家族がばらばらになったことによる、せめてもの罪滅ぼしだったのかもしれないけど。今となっては死人に口なしとなってしまった。

 まあその飲食店街もこの不景気で軒並み駆逐されて、カフェとバーガー店しか残っていないんだけどね。現実は非情である。



「あれ、先輩じゃないですか」


 お菓子コーナーでぼーっとしていたところ、背後から呼び止める声が聞こえて足を止めた。

 散漫としていた意識のピースがあるべき場所にはまっていくように、店内のざわめきと聞き慣れたBGMが耳に戻ってくる。


 振り返ると、見覚えのある女性が立っていた。

 当時所属していた委員会の後輩だ。


 ってか、まだ染めてたんだ。

 学生時代から清白すずしろは目立っていて、そのトウモロコシのひげみたいな明るい髪が最たるものだった。肩まであった髪は胸辺りまで伸びていて、ひっつめ髪にまとめられている。

 年齢的にもう社会人だと思うんだけど、ルーズな会社なのかな?


「こんなところで何してるんです?」

「見ての通りだけど」


 ショッピングカートを押している人から、買い物以外のなにが予測できるというのか。

 そういや後輩はカゴをぶら下げていない。むしろこの子の目的が気になるとこなんだけど。


「冷やかしです」

「おい」

「そこのカフェで食べてきたんです。久しぶりにここに来たんで、どれくらい変わってるか見て回ろうかなと」

「へー」

「まだ生き残ってて驚きました。ちなみに昔の職場です」

「ほー、まじか」


 昔の上里さんであれば根掘り葉掘り聞いてただろうけど、年食った今では他人への興味も薄れてきたので流す。

 冷房にしてはちょっと寒いくらいの空気が間を通り抜けて、鎖骨を撫でてくる。会話の温度差を表すかのように。


「かわいい後輩と再会したのに淡白な反応ですね」

「いま何してるとしか話広げられないし。これ、あまり聞かれたくない言葉じゃん」


 それに、会話の引き出しに使えば自分に返ってくる。

 学生時代さんざんイキってた先輩が、未だ実家ぐらしの非正規で会社の同性の先輩と付き合ってる? 言えるわけがない。あと情報量多すぎ。


「先輩、なんか変わりましたね」

「君はそんなに変わってないね」

「丸くなったというか、落ち着いたというか、ウェイ系のパリピがインドア派デビューしたというか」

「これが本来のパイセンなんですよ」

「おー、さすが演劇部だっただけありますね」


 後輩から演技力の高さを褒められる。あれもあれで素だったんだけど、今となってはマジで演技しないと装うことはできない。


 思い出話に花を咲かせるのは、思っている以上に気力を使う。20代のいまはまだ若いと思っていても、少しずつ何かが摩耗して新しいかたちに削り変わっているのだ。


 それを実感したのが、他人との関わり。

 学生時代は一晩中LINEや長電話ができたけど、社会に出た今は友人相手ですら長話が億劫となっていた。持病を自覚してから、人間関係はますます狭められる結果となった。


 私がもう少し歩み寄れば、この後輩ともあの頃みたいな関係が維持できるのかもしれない。繋ぎ止めたいほどの関係ではなかったけど、連絡先交換くらいはしてもいいか。

 

「ちなみに私は世界一かわいい嫁さんといます」

「そりゃあめでてえ」


 嫁、とさらっとカミングアウトされたけど、あの頃の私は女好きの噂立ってたしな。そういうの言っちゃって大丈夫な相手だと判定されたのか。

 あー、そういやこの後輩百合好きだったか。二次元の可能性もあるけど、果たしてどっちだろうか。


 嫁、ねえ。

 実は私もガチのマジでさー、なんて昔っぽく言ってみたらどんな反応するんだろう。

 迷っているうちに、答えやすそうな話題に後輩は切り替えた。


「先輩、今もえろげーまーだったりします?」

「あ、それは現役」


 この子とは希少な女オタク仲間だったこともあって、さんざんいろんなゲームを勧めたし勧められたしここではとても言えない性癖を暴露した。怖いものなど無かった黒歴史と青春の記憶だ。


「つってもいま、主要なメーカーはほぼほぼ潰れちまったじゃないですか。G○GAとか幻影とか。どこ追ってるんです?」

「ここ数年はずっと同人。自由につくれるぶん、性癖もそっちのがヒットしやすいんだ。調教ものとか、もう商業ではなかなか出せないからさ」

「そういうとこは相変わらずみたいでほっと引きました」

「君も似たようなゲームやってたろうが」


 いまDMMで話題の同人ゲーについてちょろっと話していると、ポケットに入れたスマホからLINEの通知音が鳴った。あ、毬子さんもう終わったのか。


「ごめん、そろそろこのへんで」

「はい、おつかれっした」


 最後に連絡先だけ交換した。会社の同僚に挨拶するような軽さで、手を振って後輩が離れていく。

 また会う確率は低そうだけど、あの髪色を維持しているなら遠くでも見つけられそうだ。


 やべやべ、買い物ぜんぜん進んでなかったよ。他の女と話してて時間潰れたと知られちゃ、また腰が死ぬ羽目になってしまう。

 急いで買うべきものをどさどさカゴに入れて、レジから伸びる行列に続く。


 LINEを送って待ち合わせ場所まで速歩きで向かうと、毬子さんの姿が見えてきた。

 さっきの後輩ほどじゃないけど、紅茶色の艷やかな巻毛も目立つ色だ。加えて毬子さんスタイルいいから、並んで歩くと通行人がちらほら見てるの分かっちゃうんだよね。


「ごめん、ちょっとレジ混んでて」

「大丈夫よ、わたしもぶらついてたから。ついさっき来たところ」


 自動ドアが開け放たれて、外の蒸し暑い空気に出迎えられる。

 梅雨の到来を告げるかのような、何日も続いている冴えない曇り空。薄紫の花弁を広げ始めた紫陽花が、植え込みにひっそりと咲いている。


「どこか寄りたいところはある?」

「うーん……」


 例の持病の克服のため、毬子さんと外出する頻度を私は増やすようにしていた。

 散歩から始まり、今は第2段階の買い物といったところ。

 外食はまだ予期不安が出るから持ち帰り弁当程度に抑えていたけれど、今日は明確な寄り道が浮かんでいた。


「そこのカフェでお昼にしない?」

「いいわよ。珍しいわね」

「うん。今は空腹を覚えているし、軽食あたりから慣らしていこうかなって」


 いずれ家族となる人に、これまで家族とやってきたことをする。

 後輩がそこで食べてきたから、が引き金になったわけではないけれど。今日は物思いに耽ることが多いから、克服の目的よりも単純に食べたいと思ったのだ。


「ここって初めて行くわね」

「私も食べるのは初めてだなあ。コーヒー買いに立ち寄ったくらいで」


 あそこでも、偶然昔の知り合いと会ったんだっけ。つい数ヶ月前のことなのに、何年も前に感じる。

 あのときは人と会うプレッシャーで喉を通らなかったけど、今日は楽しめそうだ。


 当店自慢らしいパンケーキに何をトッピングするか毬子さんと話しつつ、私は目的のカフェへと来店した。

今日はこちらの更新となります。

このふたりが今再会したらどうなるか妄想が膨らんだので書きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 忍ちゃんと芹香の興味がお互いにないことが今も昔もかわらずなとこが面白い。 ウェイ系のパリピの上里パイセン、そういう風に芹香には見えていたんですね。こりゃ紫苑には紹介したくないだろうなぁ。…
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