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私は普通の恋人になれない  作者: 中の人
副業編

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心と体が決めた人だから◆

「わたしは男性とは違うわ。与えられることも、身体のつくりも。忍ちゃんが思い描いていた光景とは、ぜんぜん違う。それでも、いいの?」


 同性とすることが、初めての思い出になる。

 それで満足できるのか、毬子さんは聞いてきた。価値観はそう簡単に変えられるものではないんじゃないかと。


 不安になってしまうのも当然だろうと思った。

 いよいよするって段階になってやっぱ無理だわ、って自覚する人はいる。


 実際私がそうだった。女の子とお試し感覚で付き合った際、自分にタチは無理だと中断してしまった。


 じゃあ、今はどうだろう。

 与えられる感覚に身と心を委ねてみると、自ずと答えは見えてきた。


「いいに……決まっているじゃないですか」


 あの一件から、自分は同性愛者にはなれないんだろうなって勝手に決めつけていた。


 女として、可愛がられたかった。

 確かに相手が男性であれば、誰一人とて私を男役扱いはしないだろう。

 けど、誰でもいいわけじゃない。


「最初の頃……覚えていらっしゃいますか。私のどこがいいのってLINEで聞いたことです」

「ええ」


 聞く姿勢になったのか、ぴたっと胸への刺激が止まった。

 創作の世界でしか聞かないような歯の浮く台詞が湧き上がってきて、感情の導くままに声に出す。


「あのとき、とてもかわいい女性だって言ってくれたから。きっとそのときから、私は惹かれていたんだと思います」


 これまで、お世辞以外でかわいいなんて言われたことはなかった。


 無駄にでかい身長と大人顔のせいで、物心ついた時から頼れるお姉さんでいなければならなかった。

 同年代の子どもたちと遊んでいても、彼らの保護者役は常に私だった。


 調子に乗ってた頃の上里さんは常に、かっこいいふりをしたキャラクターを演じていた。

 名前も中性的だから、その路線がいいよと友人知人からは褒められた。

 それがみんなの求める私だったから。


 馬鹿みたい。学芸会でお姫様役を勝ち取った女の子にあこがれていたくせに。


「毬子さんじゃないと、嫌です」


 絞り出すように叫ぶ。あなただけが特別なのだと。


 この人に何度もかわいいって言われるたびに、胸が高鳴る音がした。


 一人の女性として可愛がってくれた。

 ずっと欲しかった言葉を、すとんと射抜くように掛けてくれた。

 幸せは目の前の人の形をしていた。


 もっと愛されたくて、それ以上に愛したい。それ以上の理由なんてなかった。


「うれしい」

 かすれ気味の声に乗せて、毬子さんが微笑む。


「ゆっくり深呼吸して。無理だと思ったらはっきり言って」

「は、はい」

「それからぜんぶ、わたしに委ねてね」


 上がる頃には、自力で寝室に戻るのが困難なくらい足腰の感覚がなくなっていた。


 それでも座って身体を拭いて、バスローブを気合でまとうくらいには頑張ったけど。


「忍ちゃんってきれいねぇ」

「それは、毬子さんもですよ」


 それから。

 ベッドに四肢を投げ出したあたりから、記憶がさっぱり抜け落ちている。


 初めてってこんなんなの? 毬子さんがうますぎるの? 

 朦朧としている頭を振って、覆いかぶさる恋人の顔を見上げる。


「大丈夫? つらくなかった?」

「え、ええ」


 最中の断片的な光景がよみがえってきて、ぼっと頬が熱くなる。


 穴があったら入りたい気持ちから横の毛布に手が伸びそうになるけど、しっかり毬子さんに抑え込まれているので叶わなかった。


「夢みたい」

 ふいに毬子さんからこぼれた声は、震えていた。


「ずっとこうなりたかった。ぜんぶ結ばれたかった。叶う日がくるのをずっと待っていた」


 涙混じりに紡がれる言葉には、万感の想いが込められていた。

 今まで、どれだけの出会いと別れを繰り返してきたのか。


 私の拭えぬ嫉妬心をいとも簡単に塗りつぶしてしまうほどに、毬子さんの整った顔はくしゃくしゃの決壊寸前にあった。


 ティッシュを枕元から引き抜いて、押さえてやる。


 透明な雫はしばらく止まらなかった。

 いつも大人びていた頼れる先輩の殻が溶け落ちて、今は泣き腫らすひとりのあどけない女性の顔があった。


 いつまでもお傍におりますよ。そう言おうとして、言い回しにしっくり来ず喉で堰き止める。


 毬子さんの涙に触れて、心の殻が同じく溶け落ちたような気分にいた。

 見えない膜が剥がれて、新たな感情が芽生えていた。


 久しく発していなかったその言葉遣いは、目の前の人に使うことがふさわしいと頭の片隅で声がした。


「毬子さん」

 両腕を伸ばして、今はか弱く愛しい恋人を胸へと引き寄せる。


 いつか交わした約束を果たす時が訪れたんだ。

 迷いなく決意を乗せて、私は声に出した。



「これからは、ずっと。私がいるよ」



 信じられないものを耳にしたかのように、一瞬だけ毬子さんの身体が硬直した。


「絶対に離さない」

 大きく頭が揺れて、また熱い雫がこぼれ落ちていく。

 けれど口元には、はっきり笑みが浮かんでいた。

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