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私は普通の恋人になれない  作者: 中の人
副業編

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【毬子視点】わたしはいつだって本気

 わたしが女性のみを恋愛対象として見るようになった背景は、さほど深い理由はない。

 友達になるのは異性より簡単で、恋人になるのは異性より難しい。そういうところから来ているのかもしれない。

 追われるより、追う恋がしたいのだ。


 わたしはありがたくも容姿だけはとりえがあったため、男性はアプローチしなくても向こうから来てくれた。


 合コンを設けたりアプリを駆使して、必死に出会いを探す友人らの恋路を応援する傍ら。

 好意を寄せてくる男子を丁重にお断りして、その気にさせないことも大事だと早々に学んだ。


 どれだけの男子に告白を受けても、わたしの心が動かされることは一向になかった。

 代わりに興味は、同性である女子へと向けられていく。


 こんなに近くにいて、こんなにも仲がいいのに。彼女たちの矢印がわたしに向くことはない。

 男子であればこれだけ距離が近ければ脈があるのに。わたしはこの子たちの彼氏よりも長くいて、魅力も思い出もたくさん語れるのに。


 わたしたちの時代にはLGBTQ教育も進んでいて。同性愛も当たり前のように存在すると刷り込まれていたから、同じ女性を好きになっても良いんだとマイノリティの道を進むことにためらいはなかった。



 お金か、妊娠を気にすることなくセックスの快楽を与えてくれるセフレか。

 今までナンパした子たちはどちらかの理由で、わたしと付き合うメリットを見出していた。


 当然だ、異なる性的指向の人間の気を引こうと思ったらお金か身体を使うしかない。

 そういった即物的なものだけではなく、デートを何度か重ねてゆくゆくは愛を育んでいきたかった。


 だけどわたしを欲のために利用していることに罪悪感を抱いたとかなんかで、最後は離れていった。みんな、いい子たちだった。


 お金を出すことも、身体を差し出すことも。わたしにとっては手段ではなく、愛情表現ではあるのだけど。

 どうやら普通の恋愛観では、わたしの口説き方はそぐわないらしい。


 同じ志向をもつ同性愛者の集いに参加すれば、ナンパせずともいいパートナーに出会えるかもしれないのに。

 わたしが好きになるのは決まって、そうではない女性なのだ。



 さて現在の意中の相手である上里さんは、お優しい方だなと思う。

 こんな怪しい女の誘いに乗ってくれるってだけで、わたしにとっては女神だけど。


 おうちも綺麗に掃除して、毎回違った私服姿を見せてくれる。お茶菓子もお飲み物も好みを聞いて合わせてくれる。


 デート代を活用してくれているのかしら。正直に言えば毎回、そこまでもてなしてくれなくてもいい。

 他人に自分の時間を割いてくれている、それそのものが嬉しいのだから。


 わたし的にはもっと上里さんのためになるものに当ててほしいのだけど、こうしてわたしのために働いてくれる姿がいじらしく映ってしまうのだ。

 たとえ、同じ会社の人に対する礼儀だと分かっていても。



「ん……っく」

 ドラマが終わってどれだけ経過しただろう。

 わたしは未だにソファーに腰掛ける上里さんの上にまたがって、長々と口づけを交わしていた。


 グロスにふちどられた、艶めく唇へと。飽きずに吸い付いて、感触を味わっていく。

 その間もずっと上里さんの両手はソファーに力なくもたれていて、無抵抗を表明していた。

 その姿勢に、なぜか胸がざわついた。


「……苦しい?」

 苦しくないはずがないだろう。ずっと人の体重と唇を受け止めているわけだから。


 かするかかすらないか程度の距離で口唇を解放して、わずかな隙間から荒く酸素をむさぼる上里さんへと問いかける。


「……大丈夫です。したいぶんだけ、どうぞ」

 名前の通り、上里さんは忍耐強い方だ。だから身体では落とさないって言ったはずなのに、無視して求め続けるわたしを受け入れてくれている。

 お支払いだと割り切って。


「ふ、ぅ、」

 わずかに広がる波紋を振り払うように、再度唇を重ねる。

 否、ぶつけあう。


 こんなやり方はわたしらしくない。以前言ったじゃないか、『食べごろではない状態で差し出されても美味しくはない』と。

 なのに湧き上がる衝動のまま、わたしは目の前の想い人の呼吸を奪い続ける。


 いらだちの正体は、どんなにデートを重ねても上里さんはわたしを”お客様”として迎え入れてくれるからだ。


 ねえ、いったいあなたは何を求めているの?

 お金でもなく、身体でもないなら。合わせて付き合ってくれているだけ?

 どうしたらあなたの気を引くことができるの?


 子供じみた駄々がふつふつと、わたしの胸を支配していく。


 吸着音が響くくらい強く吸って、顔を離した。

 さすがにわたしも苦しさを覚えて、呼吸が乱れ始める。真冬なのに額には汗が浮いて、前髪が貼り付いていた。


 上里さんは言うまでもない。はぁはぁと真っ赤な顔で息を整えながら、暑そうにぱたぱた胸元をあおぐ。これ以上吸っていたら発作を起こしかねない。


 なのに今は。頑なに態度を軟化させないことに対する不満と、ただわたしを受け止めてくれる健気な姿勢。

 相反する感情がせめぎ合って、わたししか知らない表情を引き出したい欲に駆られていく。


 最後のひと押しとばかりに。上里さんは、自分の体調よりもわたしの満足度を気遣ってこう言うのだ。


「もう、よろしいのですか」


 なんでそんなに。歯止めが効かなくなりそうなスイッチを入れたがるのだろう。


 わたしは桃色に染まった上里さんの両頬を挟む。


「そんな顔してたら、また欲しくなっちゃうわよ」

「……させた人が言う台詞ですか」


 決めた。今日はもう十分すぎるくらいお代をいただいているから、断られても数千円を出そう。千円じゃ到底見合うわけがない。


 言葉よりも重く、熱い想いをぶつけるように。わたしはまた唇を塞ぐ。

 本日何度目かになると呼吸の仕方が順応してきたのか、ぎゅっとつぶっていた上里さんのまぶたが心なしか緩んだような気がする。


「っ」


 これまでついばんでいるだけだった口づけから。わたしは一歩先へと踏み込んだ。


 舌を突き出して、軽く下唇を舐める。

 それだけで甘く蕩けていた上里さんの瞳が驚きに見開いて、未知の感覚に身体が硬直したのを感じた。


「っん、んん……っ」


 舌先を潜り込ませようとした瞬間。それまでソファーに縫い付けられたように動かなかった上里さんの腕が背中へと回された。


 力なく、ぺしぺしと指が当たるのを感じる。中止の意思表示なのは容易に読み取れた。


 すぐに身体を引いて、固まっている上里さんの頭を抱いた。興奮が引いて、頭がすっと冷えていくのを感じた。


「ごめんなさい。やりすぎたわ」

「いえ……こちらこそ……その、」


 びっくりしてつい手が出てしまって、と申し訳無さそうにうつむく上里さんの頭を撫で回す。


 肩まで切りそろえられた栗色の髪は今やしっちゃかめっちゃかに乱れて、行為の激しさを物語っていた。


 詫びるように、手で何度も梳く。そのたびに後悔の念がこみ上げ打ち寄せる波となって、心にさざめいた。


 こんなんじゃ、だめだ。

 がむしゃらに想い人を物理的に求めたところで、心までは手に入らない。

 今日のわたしは余裕がなさすぎた。服装を整えながら、何度も一人反省会を脳内で繰り広げる。


「……あの、ほんと。申し訳ございません。次はがんばりますから」

 さっきから上里さんはずっと、跳ね除けたことへの謝罪を繰り返している。


 非は100%こちらにあるのに。

 何度も悪いのはこちらよとなだめたのだけれど、それでは気分が晴れないみたいだ。


 がんばるから。だから、捨てないでと。

 萎縮しながら仕事のミスを報告する新入社員のように、今の上里さんはひどく怯えているように見える。


 この場合は経験上、いくら自己肯定感を高める言葉をかけても効果がない。

 信頼は仕事で取り返す。チャンスの機会を与えてお役に立てたと自分で認められない限りは、他人のなぐさめは響かないのだ。


 で、あるならば。

 わたしたちに共通するもの。上里さんが必要としているもの。今までとは違うアプローチで、距離を縮められそうなもの。


 たったひとつかもしれない冴えたやりかたを、互いが共有している情報から引き出していく。


「じゃあ、次のプランはわたしに決めさせてもらってもいい?」

 なんなりと、とこぶしを握って待つ上里さんへと、わたしは秘めていた羞恥を噛み殺して口に出す。


 熱意だけはあるのに一向に形にならないもどかしさを、宣言することで完成に導くために。


「今描いている絵の……モデルになってくれますか」

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