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私は普通の恋人になれない  作者: 中の人
プロローグ
2/72

持病について

 話は入社日より少し前にさかのぼる。


『ドアが閉まります。ご注意ください』


 ゆっくりと加速する電車と、足早に歩いていく乗客が通り過ぎていく。


 一体何本、この凍える駅ホームのベンチで見送ってきただろうか。

 それもこれも、久々に電車なんてものに乗ってしまったせいなのに。


 ……あ。

 ぶり返してしまった。

 緊張の熱が引いて、生あくびが喉から這い出てこうとする。1回だけではなく、続けざまに。眠気なんてないのに。


 口を閉じてこらえたものの、一度癖がついた喉にはまた異物感がへばりついてくる。

 脳に不足した酸素を補おうとあくびへの衝動へと入って、喉がふさがり、やがて空えずきとなって吐き出された。


「こっ、ごふっ」


 苦しい。喉に圧がかかるたびに涙が押し出されて、視界がにじんでくる。


 今は少しでも身体を軽くしたい。

 コートの重みが、インフル対策のマスクが呼吸を締め付けているようで思うように息ができない。


 厳しい寒風が吹き荒れる中、私はコートを脱ぎ捨て乱暴に膝へ掛けた。マスクも顎へとずらす。


 暇つぶしにじっとスマホに目を落としていたせいか、がんがんと眉間を打ち鳴らす頭痛が止まらない。


 薄着になったせいで、真冬の容赦ない気圧に歯ががちがちと震える。

 乾いた寒風が、喉から肺にひりひりと取り込まれて空咳が起こる。

 今はそれでも構わなかった。とにかく風に当たりたかった。


 この持病と付き合ってもう何年にもなるが、今日は特にひどい。

 どれくらいかと聞かれれば、今日中に最寄り駅までたどり着けるか不安を覚えてきたほどに。

 私は一駅乗り過ごしたら下車して、次の電車が来たらまた次の駅まで我慢という各駅下車を繰り返している。


 そして発作がピークの今は、電車を待つ人の列にすら並べそうにない。


 ホームの向こう。駅を降りて帰路につく人々の群れを眺める。

 気を散らして苦しさを紛らわすため、有象無象の彼らへと空想を巡らせる。


 学生、リーマン、家族連れ、ああ年末だからか男女の二人組も見えた。


 明日は大晦日だから、混雑を避けて今日のうちに飲み会や外食に行く人は多いだろう。

 そんな当たり前の息抜きが、外の空気すら満足に吸えない私には叶わない。

 恋人どころか友達すら、この先できることはないだろう。


 とりあえず今は、おうちに帰りたい。

 ただそれだけを願って、体を丸め耐え忍ぶ。


 奇しくも状況が名前に掛かっていて、そこまで体を表さなくてもいいのにと思った。

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