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私は普通の恋人になれない  作者: 中の人
副業編

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16/72

わたしが欲しいのは

 私は心のどこかで軽く見ていたのだと思う。

 自分に好意がある人を家に上げることが、何を意味するか。


 例えば彼氏以外の男性であったら。いくら金を積まれても部屋に入れるわけがない。

 二人っきりになるということは、”そういうつもりで”なのだから。


 本庄さんと私は今、それと全く同じ状況にいる。



「…………」


 人の両手首を拘束したまま。いつも通りの優しい笑みを崩さず、本庄さんは私を見下ろしている。

 長いまつげからのぞく瞳と視線が交差した瞬間、ぞくっと背筋に戦慄が走るのを感じた。


 熱を帯びて揺れるまなざし。

 微笑みの仮面の下で、視線だけが雄弁に内面を語りかけてくる。

 そんなつもりじゃなかったなどとは言わせませんよ、と。


 私は静かにまぶたを閉じた。

 初回からこうなるとは思っていなかったけど、やり場のない感情をぶつけられてしまうだけのことはしてしまったな、と罪悪感を覚えていたのだ。


 おうちとは言っても、デートはデート。

 最高のコンディションで相手を楽しませなければいけないのに。


 私は睡眠時間を犠牲にした。見られたくないプライドから。

 結果、蓄積した眠気でデートどころではなくなってしまった。


 なにより、今日の本庄さんは動きやすい作業着姿でいる。

 たとえ遊びでも女の子なら可愛い服装で固めたくなるところを、家の片付けを優先して機能性のみを重視した格好で来てくれた。


 なのに余計なお世話を焼かれては、ちったあ女心を考えろやと説教されても文句はいえない。


 それで図々しくも大金を頂いているのだから、求めには甘んじて応じるべきなのだ。


「…………」


 私の上に跨っている人の香りが強くなった。

 どこかで嗅いだことがあるような、甘く澄んだ清涼感。

 彼女の象徴ともいえる2本のおさげが、音もなく私の胸元へと流れ落ちる。


 鼻先がうっすらと触れる。

 薄く目を開けると、毛先がカールされた長いまつげが揺れていた。

 こんなに至近距離でも肌はきめ細やかで、艶もある。若くて美人ってうらやましい。


 なのに。鼻でふふっと声にならない笑みを漏らして、本庄さんは身体を引いていった。

 据え膳を直前で下げられたようなものであった。


「食べごろでない状態で差し出されても、美味しくありませんから」


 ちょっと確かめたかっただけですよ。そう残して、万力のような力で締め上げていた手首への拘束が解かれていく。


「すみません。痛かったですよね」

「ひょわっ」

 手首へと唇が押し当てられる。いたいのいたいの飛んでけー、なんてさすられながら。


 それから枕元に置いていたスマホを取り出して、片方の手でちょいちょいと画面を指差した。


「今日はまず。お写真でよろしいですか」

「構いませんが……」


 え、でも。こういうことしたかったんだよね? 私さえよければって言ってたし、それくらいの覚悟はある。

 何より写真程度では、大金と釣り合わない。


「気持ち的にはそうですが、わたしは下衆な手段で落とすようなことはしたくないんですよね。わたしが欲しいのは上里さんの全部ですので」

 さらっとすごいことを言った。


 ……でも、どこまで本気なのだろう。

 よどみなく愛をささやけるということは、言葉にすることに慣れている証拠だ。

 いったい何人、心を惑わせてきたんだろう。


「……その、本庄さん」

「はい」

「心も、でしたらこんなに回りくどい契約を介さなくても。普通に交際を申し出ればいいのではと今さら思ったのですが」


 本庄さんは目をまたたくと、いきなりスマホを構えた。

「はい、チーズー」

 無駄に大きいシャッター音が鳴って、本庄さんのスマホへと押し倒された私が保存されていく。


「な、なにを」

「正攻法では手中に収められないと思いまして。前提として、上里さんは同性愛者ではございませんよね」


「…………」

 その同性愛者である本庄さんの手前。答えづらかったが頷く。


 正攻法。好きです付き合ってくださいと正直に告げること。

 だけど実際、異性から同じ台詞をかけられても私は断っていたと思う。


 持病持ちの己では、一緒に過ごして楽しませることができないから。

 私に我慢して付き合うくらいなら、もっともっと世界中はふさわしい人であふれている。


「アプローチを変えて正解でした。どんな形でも、わたしは上里さんとつながりを持ちたかったので」

「……お金が介在する関係でも、ですか」


 思ったより低く出てしまった声に、お金だけに割り切れない思いが残っていることを実感する。


 金の切れ目が縁の切れ目。私がむしり取って、契約を打ち切ればそこで終わる関係に私たちは成り立っている。


 もしかしたら今まで付き合ってきた人とも最後はそうやって、貢ぐだけ貢いで捨てられたのだろうか。

 それで、本庄さんはいいのだろうか。


「そうですねー。わたしの口説き方のひとつだと解釈してください」

「……え?」


 今日は本庄さんの独特な考え方に引きずり込まれっぱなしだ。

 先ほど私に渡した封筒を手に取って、本庄さんはぷらぷらと眼前で揺らした。

 札束で頭を叩くかのように。


「今日はここまでにいたしましょう。お疲れでしょうし」

 少し喋りすぎたとでも言いたげに、本庄さんはそこで話を断ち切った。


 あと少しでなにかが掴めそうなのに、するりとかわされてしまう。

 この方には一体、どんな世界が見えているんだろう。


「また来週、お邪魔いたしますね」

「はい。あの、今日は色々とすみませんでした。せっかくお手伝いに来ていただいたのに」

「構いませんよ。わたしは上里さんの時間を買いに来ているのですから。ですが、本当に睡眠は取ってくださいね。次はお仕置きですから」

「は、はい。ちゃんと健康管理します」


 興味が湧いたからなのか。

 さっきは義務感で二回目のデートを承諾したけど、今は違う。

 少し、心待ちにしている自分がいた。


 それとやっぱり、あの封筒のお金は使えない。

 なので茶箪笥を開けて、鍵付きの場所へと私は仕舞い込んだ。

 思い出の品を保管しておくように。



「か、上里さんっ」

 帰り際。

 玄関先まで本庄さんを送ったところで、何かに驚いているような声が上がった。


 取り乱す本庄さんとは珍しい。視線は積み上がった、あるひとつのゴミ袋へと向けられていた。


「捨てちゃうんですか、これ」

「ええまあ、使わないものですし」


 問題のブツは、石膏像。父親のアトリエを片付ける時に処分を決めたものだ。

 本人からも好きにしていいと聞いている。


「マルスの首像も。ヴィーナスの胸像も。ミケランジェロも。アグリッパも。こんなにいい状態で、全部合わせて結構な値段なのに……」

「よろしければ差し上げましょうか?」

 持ってたところで私には必要ない。玄関のオブジェくらいにしか使えない。


「いえ。むしろ、上里さんが生活の足しにお役立てください」

「売れるんですか、これ」

「メ○カリでしたら数万くらいで。……あと、処分するのでしたら砕いて袋にお入れください。ご無事で何よりでしたが」

「すみません」


 欲しいって言わないのが意外だった。あんなに詳しそうだったのに。

 しかしやっぱ、本庄さんって美術やってたのかな。

 普通石膏像の誰が誰かなんてわかんないよね。

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