第20話 剣は投げられた③
「プランテラの出口、オープン!」
バルゲートとアレマを結ぶトンネルが開通してから、アリスはトンネル関係の仕事に1日の大半を費やした。
開通翌日には、バルゲート側が「おそらくここだろう」と用意してくれた出口の壁を撤去し、アレマ領に二つ目の出口を作った。
そして、アレマ領内を巡回する中で、バルゲートとのトンネルを声高に宣伝するのだった。
特に、今回の出口開設でバルゲートとの行き来が格段に便利になるプランテラの街周辺には、一軒一軒回って声を掛けるほどだった。
――今まで、山か海を越えないとバルゲートに行けなかったら助かるわ。
――トンネルが50km以上あるから、なかなかバルゲートには行けないけど、一度くらい通ってみたいな。
――山にキャンプ場があるの、すごいよ! アレマじゃなかなかできないから羨ましいくらい。
「一応、ある程度の興味はあるみたいだ……」
アリスとビリーは、プランテラの街の宣伝活動を終えると、その足でグリーンオアシスのコロッセオに向かう。
主な目的は、次の大会の打ち合わせではなく、トンネルの宣伝だった。
テーブルの上に山盛りになったお菓子を囲んで、会議が始まる。
「トンネル?
じゃあ、このコロッセオに、例えばバルゲートからも出場者を集めやすくなるってこと?」
「言ってしまえば、そういうことです。
バルゲートにも、ここにコロッセオがあると言いましたので、もしかしたら力自慢の戦士が来るかもしれないですね」
アリスがそこまで言い終わると、スタッフの一人が困惑した表情に変わる。
「でもさぁ……。
領主さんが前にやったみたいに、ある日突然バルゲートから刺客がやって来て、
このコロッセオを接収しますとか……、言われないかなぁ……」
「そんな時は、私たちで防衛しますよ。
こんな金儲……、じゃなくて大事な施設、バルゲートの手には渡しません」
「アリス、今はっきりと金儲けって聞こえたからね」
ビリーのツッコミに、アリスも、コロッセオのスタッフも笑う。
そこに、別のスタッフが話題を遮るように、アリスにチラシを見せた。
「そこで、なんですけどね……。
今回のコロッセオ、メインマッチがこれなんですよ」
「あ……、やっぱり……」
スタッフに差し出されたチラシを見た瞬間、アリスは小さくうなずいた。
「解放戦線3戦士の一人、剛腕剣士タイゼン vs 『剣の女王』トライブ
その後、王室騎士団のショーあり……、ですって」
「やっぱり来たか、解放戦線……」
アリスとビリーは、チラシを手に取るなり、大きくうなずいた。
領主の館で予想していたとは言え、実際にチラシに対戦相手が書かれると、二人にやる気が出てくるのだった。
「で……、これをトンネル開通記念で、出口付近で配ろうかなと思っているんですよ。
せっかく、領主さんがこれだけ立派なトンネルを作ってくださったんですから、宣伝効果もありますし。
バルゲートに宣伝したとおっしゃってましたが、日付までは言ってないですよね」
「そうでした……。
すっかり忘れていましたね」
アリスが自分の頭を撫でると、別のスタッフが印刷機にチラシを入れた。
「500枚ほど用意しますので、お時間があるときで構いませんので、トンネルの出口で配れませんか?
領主さんが自ら配ったほうが、宣伝効果になると思います!」
「え……? 私たちがですか……?」
「はい。さっきからそのつもりで話してましたが……。
印刷が始まっちゃったので、もう止められないですよ」
「そんなぁ……」
アリスが印刷機の方に体を向けるも、流れるような印刷機の音が耳に入ってくると、アリスは諦めてしまった。
コロッセオを訪れたときに、そのスタッフの口から「ちょうどよかった」という言葉が飛び出してきたことを、アリスは今更になって思い出すのだった。
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「まさかのチラシ配りになるとはね……」
開通したてで、興味本位に通る人が絶えないトンネルの中で、ビリーが先に言葉をこぼした。
アリスも、バルゲート側からやってくる通行人に対して「チラシで~す」と差し出すものの、出口から15kmもあること、そしてそれ以上に開催日にはバルゲートに戻らなければならないことを理由に、チラシそのものを返されるケースが後を絶たなかった。
「こういうチラシって、なかなか手に取ってもらえないんですね」
「領主命令で、取れとか、捨てちゃダメとかできればいいんだけどね……。
たしかにここはアレマ領の中だから、ポイ捨てとかした人を捕まえることは自由だけど、もしそれをやったら国際問題になるから……」
「こくさいもんだい……?
えっ、それって簡単なテストですか? それともドリルですか?」
チラシをようやく1枚手渡せたアリスが、ビリーの言葉に振り向く。
これにはビリーが固まった。
「国際問題は国際問題だろ。
というか、それはテストでもドリルでもないから」
「じゃあ、クイズとかなぞなぞとか……?」
「ぶっ……!」
ビリーが吹き出す瞬間を、アリスの目ははっきりと捉えてしまった。
「あー、ビリーが新品のトンネルをつばで汚したぁ~!」
「今のアリスの答え、吹き出すしかないでしょうに!」
アリスに対して苦笑いと困惑の表情を同時に作ろうとするビリーは、咄嗟に裏返った声を出した。
「国際問題が、なぞなぞってそんなにおかしいですか?
問題って書いてあるじゃないですか?」
「テストとかドリルとかなぞなぞとかは、子供が解く問題。
大人になったら、もっと難しい、正解もない問題に立ち向かわなきゃいけないんだからさ……」
「じゃあ、その難しい問題が、国際問題というやつなんですね」
「そう。そういうこと。
そして、それには答えなんてないし、国際問題を解決したところで、それが正しいかどうか誰にも分からない」
ビリーは、そこでため息をついた。
それから、アリスが黙って聞いているのを確かめ、もう一度口を開く。
「今の話だとね、アリスが『チラシ捨てたら死刑』とか、バルゲートの人に言うじゃない」
「そうですね……。
私が領主だから、私が言うことになりますね……」
「それで、もしチラシを捨てたとする。
もちろん、ここはアレマ領だから、実際に死刑にできるのもアリスが勝手にできる」
「できますね……。
……って、ビリー。さっきから答えのある問題しか言ってませんか?」
アリスが戸惑いの表情をビリーに見せると、ビリーは「もうちょっと待って」とアリスを止めた。
「でも、もしバルゲート人がアレマで死刑にされました、とバルゲートに伝わったら、いい顔はしないよ。
バルゲートでは、別にチラシを捨てたって死刑にならないんだから。たぶん。
バルゲート政府が納得できる説明をしなきゃいけないし、人の命を奪ったんだから、賠償金で解決できるような問題でもないんだよ」
「それが、国際問題という難しい問題なんですね……。
たぶん、私が出す答えとバルゲート政府の出す答え、どちらが正解か判断してもらわなきゃいけません」
「それ、誰にやってもらう?
たぶん、領主のアリスをかわいがってくれている人たちは、アリスにえこひいきすると思うよ」
「あー……」
アリスは、一言だけビリーに残すと、持っていたチラシの束を袋に入れ、外に続く階段の脇にあるライトにその袋を吊り下げた。
「なんか、国際問題になりそうなので、チラシ渡すのやめます……。
勝手に持って行って下さい、みたくすれば、そこまで深い問題にはならないと思うので……」
「それはそれでコロッセオのスタッフに怒られるでしょうに!
国際問題は解決できても、国内問題は解決できな……」
そこまでビリーが言ったとき、二人の後ろに明らかにバルゲートに戻っていきそうな旅人が止まった。
「チラシを捨てたら死刑なんですね?」
「ああああああああ!」
アリスは、後ずさりしようとしたが、既にそこは地上に続く階段の1段目。
後ずさりした瞬間に、アリスは階段の2段目に尻餅をついてしまうのだった。
「僕たち、声のトーン、さっきから全然落としてなかったね。
トンネルの中だから響いた……」
ビリーは、そのバルゲート人に向けて頭を下げた。
すると、相手は手を横に振って、特に気にしていないような表情を浮かべた。
「あの……、チラシが欲しいというか、コロッセオに興味があるんです。
せっかく吊り下げてしまうくらいなら、自分がバルゲートの中でチラシを配ってもいいですか?」
「い……、いいですよ……?」
アリスは、思わず息を飲み込みそうになった。
反射的に、チラシの入った袋に手を伸ばし、そのバルゲート人にすんなりと渡すのだった。
「ありがとうございます……。
この分は、バルゲートの人のために刷ったので……、配ってくださるとありがたいです。
そして、もしなんだったら、私たちのコロッセオまで、バトルを見に来て下さい!」
「行くよ! 自分はどうせ暇を持て余しているんだから」
「ホント、ありがとうございます!」
アリスは、何かが一気に動き出すような力を感じた。
これが、アリスの口からバルゲートに直接、コロッセオの存在を告げられた瞬間だった。
次回からバトルです。
応援よろしくお願いします!




