第20話 剣は投げられた②
コロッセオの次回開催が決まってから数日後、再び領主の館の玄関で鐘が鳴った。
「バルゲートのウェリス中佐だ! 約束のものを持ってきた」
「ウェリス中佐……?」
玄関先で名前が告げられるのを、アリスは執務室で昼寝をしながら聞き、慌てて飛び起きた。
寝起きの顔で階段を駆け下りると、玄関にはこの暑い時期にスーツ姿のウェリス中佐が立っていた。
「お久しぶりです……。
たしか、腕相撲をしてから会ってないですよね……」
「よく覚えてるな。
私が勝手に提案しただけの、些細な出来事なのに……」
ウェリス中佐は、スーツのポケットに手を伸ばすと、中から分厚い封筒を渡した。
「この前の灰の代金、15万リアだ。
トンネルの工事が終わったから、約束通り渡しに来た」
「灰……?」
アリスは、ウェリス中佐から手渡された封筒を受け取って、しばらく固まった。
先日のような、お金ではないものが大半だった束とは全く違っている。
持った感じで、中身がお金だということがすぐに分かった。
その瞬間に、アリスはまだブロックを焼いて出来た灰の代金を受け取っていなかったことを思い出した。
「あぁ……、なんかそういうお金を受け取れるって、前にバルゲートから言われてました。
ありがとうございます……!」
「まぁ、あの約束から2ヵ月は経ってるわけだからな。
忘れてしまうくらい待たせたのは、こっちも悪いと思っている」
ウェリス中佐が頭を下げようとすると、アリスは首を横に振ってそれを止めた。
「お金を受け取る側が忘れるなんて、私のほうがバカですから……」
「そうか……。
まぁ、今日ここに来たのはお金を渡すのがメインではない」
ウェリス中佐は、体の向きを変えてドアを開けると、アリスを手招いた。
アリスがその手招きについて行くと、ウェリス中佐が「ステージ」に向かって人差し指を伸ばした。
「あっ……!」
ウェリス中佐が指差す方向に、多くの人々の姿が見えた。
その多くが、トンネルから出てくる、少なくともアレマ領では見慣れない人物の顔だった。
「全長55kmに及ぶ地下トンネルが、今日無事に開通した。
これから多くのバルゲート人がアレマの地を見に来るから、その報告でもある」
「あああああ~!
このどうしようもないアレマ領のために……、トンネルを作って頂き、ありがとうございます……!」
アリスは、そのトンネルの大部分が疾風神の暴走によって作られたものと知りながらも、ウェリス中佐に丁寧に頭を下げた。
「まぁ、本国と属領の関係とは言え、二つの地をつなぐ重要な輸送ルートだ。
このトンネルが、末永く使われることを願う。
もし時間があったら、一度トンネルを通ってバルゲートまで行ってみないか?」
「私も、バルゲアで遊びたいから一度くらい通ってみたいです……!
……って、このトンネルはバルゲアに続いているんですよね?」
「当然だ。
我々の都まで続いていないトンネルなど、トンネルとしてあり得ないからな」
「他には……、どこに出られるんですか?」
アリスは、たまたまポケットに入っていた地図を広げた。
グロサリの家まで向かうときの道しるべとして入れてあるものだったが、左端のほうにバルゲアもある。
それを、ウェリス中佐に見せると、ウェリス中佐の指が地図上に2ヵ所に止まった。
「まず、海沿いの街、ラグーナタウンの北側に出口を用意した。
それと、アレマ領との境にある街、ブラインドヒルだな。
ブラインドヒルは、標高が高いところにあるから、エレベーターで地上に上がれるようになっている」
「エレベーター……?
そんな文明的なものまで取り付けたんですね!」
アリスが「オメガピース」に所属していた頃は、アリスとトライブの部屋がある7階までエレベーターはなく、必ず階段を上り下りする生活だった。
「オメガピース」を出れば、いくつかエレベーターがあるものの、それに乗る機会はまずなかった。
「エレベーターに乗るためだけに、ブラインドヒルに行くのもありかも知れませんね」
「いや。
ブラインドヒルは、夏の避暑地としても有名で、森の中でキャンプができたりするから、もしなんだったらキャンプに行ってみてもいいだろう」
ウェリス中佐がアリスにキャンプ場のパンフレットを見せると、アリスはそこに映っている食べ物の画像に、飛び上がるように喜んだ。
「キャンプ……! おいしそうな焼肉と、あつあつのかまどご飯~っ!
あぁ~、食べに行きたいーっ!」
「もしなんだったら、このパンフレットをやるぞ。
キャンプ場は秋までやってるが、なるべく暑い時期に訪れた方がいいかも知れない」
「行きます行きます!
絶対行きます!」
アリスの前向きな言葉に、ウェリス中佐は軽く笑った。
だが、すぐにウェリス中佐が真面目な表情に戻り、アリスから手渡された地図の上で指を滑らせた。
「で……、アレマ領にはどこに出口を作るんだ?
それを領主に決めて欲しかったんだが」
「あ……」
アリスは、思わず息を飲み込んだ。
バルゲート側には、バルゲアの他に2ヵ所の出口を作ったにもかかわらず、現状アレマ側には領主の館の前意外にトンネルの出口はなかった。
つまり、ブラインドヒルを出ると、次の出口は領主の館までないということになる。
そこに、ビリーがアリスの声を聞きつけたのか、ゆったりとした足取りで領主の館から出てきた。
「アリスさ。
バルゲートからの仕事を後回しにしたでしょ」
アリスがビリーの声に振り返ると、ビリーの手に3通の白い封筒が握られていた。
白い封筒で届くのが珍しいので、アリスにも見覚えがあった。
「がーん!
私、放置してたーっ!
……す、す、すいませーん!」
アリスは、ウェリス中佐に向きを戻し、頭を下げた。
ウェリス中佐は苦笑いを浮かべていた。
「まぁ、バカで有名なアレマ領主のことだから、そんなことだろうと思った……。
とりあえず、このプランテラというところは集落だと思って、階段の壁を外せば外に出られるようにした」
「あー……、ここはすぐ近くを通りますものね!」
トンネルそのものは、プランテラから北に2kmほどのところを通っている。
さらに北に行けばグロサリの家もあり、ここの出口は、観光にも野菜の行商にももってこいの場所になる。
「いいですね。ここは出口作りましょう。
後で、私が壁を外しに行ってきます」
「分かった。
それで、プランテラの街に何か宣伝するものはあるか……?
もしあるのなら、領主の言葉をそのままバルゲートの国民に伝えたいんだが」
「プランテラ……」
アリスは、このところ訪れていないプランテラの街を脳内に思い浮かべたが、出てくるのは集落や人々だけで、観光資源になり得るようなものは出てこなかった。
だが、トンネルを通じてバルゲートと結ばれた以上、何かを宣伝しないといけなかった。
「ビリー、何か思いつきますか?」
「……草原地帯のオアシス?
でも、それだとグリーンオアシスになっちゃうもんな……」
二人が顔を見合わせるのを、ウェリス中佐が腕を組んで見つめている。
答えを待っているようだ。
アリスは、もう一度地図を見返した。
「コロッセオまで15kmぐらいだ……」
アリスは、静かに呟いた後、ウェリス中佐に地図を広げながら説明した。
「あの……、この出口、私たちが運営しているコロッセオに近いんです!
世界の強豪戦士が集まるコロッセオを、バルゲートの皆さんもぜひ見に行きませんか?」
「ほう……!
こっちにはコロッセオなどないから、珍しい観光資源になるな……。
この紹介文で採用だ」
ウェリスは、アリスの言ったことを一字一句書き取りながらうなずき、「バルゲート政府にも伝えておく」と告げて、領主の館を後にした。
ここでアリスがとんでもない失言をしてしまったことなど、この時のアリスたちは全く気が付かなかった。
バルゲートにコロッセオビジネスがバレちゃってるんですよね……。
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