第20話 剣は投げられた①
「いやぁ……。アレマも夏は暑いです……」
扇風機を一つ取り付けただけの執務室から出てきたアリスは、汗だくだった。
この日は朝から晴れていて、執務室の窓を開けてカーテンをしていても、外の熱気が執務室の中にこもってしまうのだった。
ちょうどビリーが、アリスの洗濯物を持って廊下を歩いているところだった。
「僕も、アレマに召喚されてから夏は経験したことないよ……。
何と言っても、ここは内陸だもの……」
アリスが前に勉強したアレマの気象でも、この時期は内陸が暑くなりやすいと出ていた。
領土の隅々まで回れるようにするには、ちょうど真ん中に領主の館を置いた方がいい。
そう決めた人を、アリスは恨みたくなった。
「たしか、シーショアあたりだと、海があるからまだ涼しいんですよね……」
「海風があるからね……。
でも、短い辛抱だから、暑かったら昼寝していてもいいんじゃないかな」
ビリーが、寝室のほうに体を向ける。
だが、アリスは首をひねるだけだった。
「そんなことしたら、私、チャーシューになっちゃいます……」
「えっ。チャーシュー?」
「だって、炎天下で2時間3時間寝たら、起きる頃には人間チャーシューが出来上がりませんか?
こんがり焼けた人間のお肉……」
アリスは、やや膨らんだ腕をビリーの口元に近づける。
「お……、おい! 気持ち悪い!
アリスの丸焼きなんて食べたら、僕、たぶんお菓子まみれの体になるんだからな!」
ビリーが笑いながら言うと、アリスも計ったように笑った。
その時、玄関の鐘が鳴り、下から「郵便でーす」という威勢のいい声が二人の耳に聞こえてきた。
「なんだろう。郵便という言葉で釣っておいて、食べ物かな……」
「アリス。僕たちはヤギじゃない」
アリスが階段を駆け下りると、玄関に立っていたのは本当に郵便配達員だった。
アリスの手に1枚の封筒を手渡す。
「『アレマ・コロッセオ』からだ……。
そう言えば、最近コロッセオで大会を開いていないからなぁ……」
「コロッセオ?」
ビリーも、アリスの声でゆっくりと階段を降りてきた。
ビリーがコロッセオから差し出されたものだと確かめると、アリスは封を切って中から紙を取り出した。
「え~っ、こんな暑い中コロッセオまで歩きたくないです~!」
中に入っていたのは、「アレマ・コロッセオ」の次回開催案で、その際には王室騎士団も参加して欲しいという一言が添えられていた。
さらに、その下に書いてある一言を、郵便配達員が読み上げた。
「あの……、この中身で良かったら、ここにサインをして私に下さいとのことなのですが……」
よく見ると、下に控えの紙があり、アリスが見ている面には切手が貼ってあった。
つまり、同じ郵便配達員がコロッセオまでサインの入った紙を持って行くのだった。
「どうしますか、ビリー。
前みたいに、私のクビを懸けたバトルじゃなくて、通常回みたいですよ?」
「通常回と言っても、ロイヤルナイツと戦いたいと言ってる人がいるんだろ……?
やってやろうじゃん。真夏の頂上決戦を」
「キングブレイジオンが炎を放ったら、さらに気温上がりそうです……」
「心配事は、炎天下を歩くよりもそっちなの……?」
ビリーが念を押すと、アリスは静かにうなずいた。
「でもさ、こんな暑い中だからこそ、余計に盛り上がるイベントが欲しくない?
ちょうど食べ物にたとえたらさ、暑いときにカレーとか、暑いときにイオリ草なしの激辛スープとか」
「暑いときに鍋もいいですね。
私、『オメガピース』の食堂で、季節感関係なく頼んだことありますよ」
「そうそう、そんな感じ。
こんな暑い時期だからこそ、燃えるイベントが必要なんだよ。アレマには!」
ビリーが笑いながらそう言う頃には、アリスは丁寧にサインを書き入れて、郵便配達員に紙を返した。
そして、郵便配達員が出て行くと、控えで残った紙をアリスたちは目に近づけた。
「2週間後みたいですね。イベント」
「もしかして、チラシとかももう作っていて、あとはオーナーの承認待ちだったとか、そんな感じだね」
「そうかも知れないですね。
よし、これで久しぶりにロイヤルナイツが揃ってバトルできそうです……!
さぁ、今度はどんな強敵がキングとクイーンの前にやって来るんでしょうか!」
アリスが、腕を後ろで組んでふぅと息をついた。
そこに、ビリーが漏らすようにアリスに告げた。
「もしかして、解放戦線なのかも知れない……。
ほら、最近領内で、本当に音沙汰なくなっちゃったわけだし……」
「あー、たしかに……。
最近聞かなくなっちゃいましたよね……」
ほんの2ヵ月前までは「ネオ・アレマ解放戦線」現れるところにキングブレイジオンあり、というような感じで、アレマ領内で数多くのバトルが行われていたものの、その資金源となっていた「アレマ・コロッセオ」がアリスの手に渡ってからは、アリスたちが彼らを見たこともなければ、そのような団体が領内に現れた話も聞いたことがなかった。
「でも、たしか向こうには3人の精鋭がいたような気がします。
私たちは、そのうちの一人としか会ってないですから……、それなのかも知れないですね」
「あるかもね……」
アリスの予想に、ビリーはため息をついた。
最初にシーショアの街で出会ったジェイドがそのうちの一人だということは分かっていたが、あとの二人は名前すら分かっていない。
以降、「ネオ・アレマ解放戦線」がアリスたちの前に姿を見せるときは、決まって召喚で相手を連れてくるのだった。
「じゃあ、とりあえずクイーンには、私から強敵になるかも知れないと伝えておきます。
なので、キングにも担当者として伝えておいて下さいね」
「うん、分かった……。
……って、何もないのに召喚しなきゃいけないってこと?」
アリスが、笑いながらうなずく。
「ほら、最近ロイヤルナイツ、バトルじゃないのに呼び出したりしてますし。
ビリーもこの前、アレジマザウルスを見届けるためにキングを呼び出したじゃないですか」
「あれはさ……、バトルになるかなと思って呼んだだけだから!
というか、まだあの話、根に持ってるの?」
「はい。持ってます。
アレジマザウルスを重量オーバーにするためだけにクイーンを呼んだんだろ、ってバカにされたことを」
「アリスさ。
自分でバカしたことには無責任だけど、他人からバカと言われて変な顔するの、もうやめようよ。
アリスだって立派な大人なんだからさ……」
ビリーは、アリスの肩を軽く叩いて、先に2階へと戻った。
何事もなかったかのように洗濯物を外に出すビリーを細い目で見つめながら、アリスは執務室へと戻った。
「私は、やっぱりバカなんなんだ……。
バカやってるの楽しいのに、普通にやってることを改めてバカって言われると、辛いな……」
アリスは、執務室のドアを閉めると、ドアの前でビリーに絶対聞こえない声で呟いた。
だが、次の瞬間、ドアごしにビリーの声がアリスの耳に響いた。
「さっきはごめん。
アリスは、バカやってるの、楽しいんだもんね……」
「そう……。
なんか、そうしてたほうが楽しいんですもの……」
アリスは、ドアをゆっくりと開けて、目の前に向かって小声で言った。
だが、その前には誰もいなかった。
強いて言えば、ビリーが洗濯物を干しにベランダを歩く音だけが聞こえていた。
「あれ……、もしかして幻聴だった……?
本当に病気になったかも知れない……」
ビリーの本心が勝手にアリスに話し掛けてきたかは分からない。
それでも、別の意味でアリスがバカということには変わらないような気がしたのだった。
このところ恐竜でほのぼの系が続いていましたが、20話はバトル回です。
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