第19話 領主に待っていた史上最悪のアトラクション④
「すっごーい! ホントに空を飛んでるーっ!」
エアとソイを乗せたアレジマザウルスが、領主の館の上空を気持ちよさそうに旋回する。
時折、下を見つめるエアから喜びの声が流れてくると、客席から拍手が鳴り響いた。
「アリス、これ企画としてはすごくよかったんじゃない。
あの子が言ってくれなかったら、本当にアレジマザウルスの展示で終わってたかもしれないんだから」
「そうですね……」
アリスの一声で、エアの体重が上限となることが決まった後、アリスの表情は浮かなかった。
明らかにそれ以上の体重を持っているアリスは、この基準でも明らかに乗れない上、実際にアレジマザウルスに「拒否」されたのだから。
「元気ないね。
他の人が楽しそうに乗るんだから、領主としておとなしく見てあげたほうがいいような気がするけど……」
「私だって、空を飛びたかったです。
クイーンだって飛んでるんですから……、空を飛べる人が昔から羨ましくて……」
「分かるよ……。
空の上って、僕たちがまだ、知らない世界だからね……」
その時、二人の前にアレジマザウルスの翼が影となって現れ、大きな羽音とともに二人を乗せたアレジマザウルスが地面に降り立った。
エアはアレジマザウルスから降りると、その翼を軽く撫でて、それからアリスの前まで駆けてきた。
「領主さん、ありがとうございます!
私、今日、生まれて初めてアレマ領を空から見られたような気がします!」
アリスは、自らが企画から外されたことを忘れて、エアに大きくうなずいた。
「そうですよね……。
アレジマザウルスの背中に乗って、どう感じましたか?」
「はい……、アレジマザウルスの背中はとてもすべすべしてるのに強くて……、
なんだろう……、昔この大地を支配してたんだ、ってそう強く語り掛けてくるような気がして……。
とにかく、何もかもがカッコいいんです!」
「そうなんですね……。
強さすら感じるって……、なんか私も乗りたくなってきました」
アリスは、一度アレジマザウルスに目を向け、それからエアに目を戻した。
するとエアは、突然体をすぼめ始めた。
「あの……、領主さんに言っていいのか分からないですが……」
エアの腕が、アレジマザウルスに伸びる。
「どうかされたんでしょうか……?」
「今日、もし私とアレジマザウルスが仲良くなったら……、アレジマザウルス、召喚で呼べますよね……?」
「えっ……、召喚……?」
アリスは、「身内」以外から久しぶりにその言葉を聞き、思わずエアから顔を背けた。
到底、領主権限で決められるような話でもなかった。
「ソイさーん!
他の子どもと一緒に乗る前に、ちょっとこっち来てください」
既にその頃には、ビリーが「他の方どうぞ!」と告げていたが、エアとの会話に夢中になっていたアリスは聞き逃していた。
とりあえず、体重が53kg以下に見える子供たちだけをビリーが確かめ、最初の一人目、10歳前後の男の子をアレジマザウルスの前に向かわせようとしているところだった。
「あの……、次のフライトがあるので、手短に行きますね!
さっきのエアさん、アレジマザウルスを召喚してもいいですかって?」
「えっ……? あれ、私が飼い慣らしてるものなんですけど……」
アリスの声に、ソイが固まった。
エアの口から「やっぱりそうですよね」と、やや悲しさが混じったような声がアリスの耳に響く。
だが、エアはそれで諦めなかった。
「じゃあ、どれくらい熟練したら……、私も立派なアレジマザウルス使いになれますか?」
「すっごく前向き……」
これには、アリスもソイも唸るしかなかった。
熟練した召喚術師でもない限り、顔見知りの生命しか呼ぶことのできない召喚術の世界を知っての上で、エアの口からその言葉が出てきたのだから。
その前向きな姿勢に、ソイはエアの手を取り、うなずいた。
「じゃあ、親御さんが許すなら、2ヵ月くらい私の下でアレジマザウルスの世話をしてみませんか?」
「えっ……、いいんですか……。
私、そういうチャンスがあるんなら、絶対一緒に付き合ってみたいです……」
「なんか、グッとくる……」
エアが力強くうなずく瞬間、アリスは胸が熱くなった。
羨ましい表情を浮かべたいのをこらえて、アリスはじっと見つめることにした。
だが、数秒もしないうちに、アリスたちの耳に悲鳴が飛び込んできた。
『ギュウィイイイイ!』
アリスとソイが、アレジマザウルスに向けて同時に振り向いた。
ビリーが送り出した男の子が、よじ登ろうとしてアレジマザウルスの翼に触り、刺激を受けたアレジマザウルスが翼を上げ下げし出したのだ。
数秒もしないうちに、男の子が地面の上に倒れ込んだ。
「まずい! 翼の裏にトゲがあるって言ってた……!」
アリスは真っ先にアレジマザウルスに駆け寄り、暴れる翼の端を右手で掴んだ。
それから数歩遅れてソイもアレジマザウルスの横にやって来たが、ソイがアレジマザウルスに語り掛けようとした瞬間、アレジマザウルスが翼を羽ばたかせ、上空へと飛び上がった。
「あ゛っ……」
翼の端を掴んでいたアリスは、そのまま上空に連れていかれてしまった。
案内役と言うべき飼い主が不在の状況で。
「あれ……。
でも、これって……、私一人でアレマ領をフライトしてることになる……?」
アリスは、翼の上を這い、背中の上に乗った。
背中の上に乗ったアリスを、アレジマザウルスはふるい落とそうとはしなかった。
唯一できないのは、アレジマザウルスの意思を降ろす方向に向けさせることだった。
二人では体重オーバーで飛べなかったアリスが、ふとした出来事から恐竜の背に乗れるようになったことを喜んでいる状況ではないことに、アリスは時間を追うごとに思い知った。
「ソイさあああああああああん!
地上から声を掛けてくださああああああい!」
エアの時は、背中の上にいる人の声が下まで響いていたことに気付いたアリスは、懸命に声を発した。
だが、その時と高度があまりにも違い過ぎて、下で見守る豆粒のような人間たちに聞こえるはずもなかった。
ちょうど、先日のでっち上げ恐竜召喚イベントのときのビリーと、同じ状況に陥っていた。
次に、アリスはアレジマザウルスそのものに語り掛けた。
「あの……、アレジマザウルスさん、降ろして下さい」
無言。
翼を掴んだアリスは許してあげない、と言わんばかりの表情がアリスの目に飛び込んできた。
「ああああ……。なんか、まずいことになっちゃった……」
アリスが、ソイをエアの前に呼ばなければ、ここまでの大事にならなかった。
アリスは、自らのしてしまったことを後悔するも、その後悔を見せる人がいないのだった。
だが、それから1分も経たないうちに、アレジマザウルスの嗅覚が何かを感じ始めた。
『キュイ……?』
アリスの耳が、アレジマザウルスの鳴き声を聞いたとき、突然アレジマザウルスが急降下を始めた。
「うわっ……!」
アリスはアレジマザウルスの背中にしっかり捕まって、急降下した先に領主の館が見えるのを確かめた。
一瞬、アレジマザウルスがソイの呼びかけに応えたかと思ったが、それにしては地上に近づくにつれて落下のスピードが速くなっていることに、アリスはすぐ違和感を覚えた。
その時、アリスの脳裏に、グロサリの言葉がフッと思い浮かんだ。
――アレジマザウルス、昔から人間の畑を荒らすという言い伝えがあるの。
畑とか山とか、エサになるようなものを見かけたら、何でも食べてしまう、そんな凶暴な生物……。
「あっ、まずい……!」
アリスは、グロサリの声が脳裏に浮かんだ瞬間、そのグロサリ関係で後回しにしたことを思い出した。
「グロサリさんが荷馬車に積んできた野菜、外に置きっぱなしだ……!
これ、もしかして……、アレジマザウルスのエサになっちゃう……!」
手で持ってきた荷物こそ領主の館の中に入れたものの、荷馬車に積んだ大量の野菜をしまい忘れていた。
アリスの目に、山積みになった野菜が飛び込んでくる。
不安は的中してしまった。
アレジマザウルスから降りられない!
どうする、アリス!
応援よろしくお願いします!




