第2話 就任式はドタバタだ④
「怒られるううううう!」
領主に話があると言って、ビリーの胸ぐらを掴んできた白髪の男性。
このような形で怒られることは、当然今までアリスにはなかった。
「オメガピース」でルームメイトのトライブに怒られるのとは全く違う。
いつも以上に震えながら、アリスは就任式をそっちのけで1階に降りていった。
「あっ!」
アリスが庭園に続く扉を開いた瞬間、男性の拳がビリーの頬を叩きつけた。
「ビリー!」
倒れはしなかったが、ビリーは男性からよろけながら離れる。
そして、右目でアリスを見つけ、手招いた。
「ビリー、大丈夫ですか?」
アリスは、咄嗟に右手をビリーの頬に伸ばし、ダメージを受けたところに治癒魔術をかけようとした。
だが、ビリーは「大丈夫、大丈夫」とだけアリスに告げ、すぐにビリーを殴ってきた男性に右腕を伸ばした。
「このネイバってやつ、本気で怒ってる……。うちの契約農家が、勝手にこのネイバの土地で作物を作ってるらしい」
「えーっ……?」
領主とは言え、今まで土地の争いに関しては全く無縁だったアリスは、どう解決していいか分からなかった。
とりあえず、ネイバに怒られるしかなかった。
「あの……、すいません。私、今の領主なんですけど……」
そう言いながらも、アリスはネイバを前に震えていた。
テラスから見下ろした時は、どこにでもいる年老いた男性のように見えたが、実際に目の前で話してみると、目は吊り上がっている、顔全体はしわだらけという、完全に別人のようだった。
そして「あ?」と言ったかのような低い声が、余計にアリスを恐怖に陥れる。
「やっと来たか。バカを売り物にする領主が」
「バカを売り物になんかしてないです……」
アリスは、そう言って頭を下げようとするが、つい数分前にテラスの柵に頭をぶつけてしまった痛みを思い出し、なかなか上半身を曲げられない。
そうこうしているうちに、ネイバがビリーに対しても見せたような拳を、アリスに見せた。
「分かってて、口答えしやがって……!」
「あっ!」
アリスは反射的に膝を曲げ、ネイバの拳をスクワットで回避した。
そのことで、さらにネイバの目が細くなるのが、アリスにもはっきりと分かった。
アリスは、首を横に振りながら提案した。
「あの……、もっと話をさせて下さい……!」
「それが領主の姿勢か! 今のもそうだが、何でもかんでも逃げやがって……」
「そうじゃないんです……! 私、謝るときは素直に謝りますから……。ごめんなさい……!」
アリスは、言った瞬間、まるで折り畳み椅子のように、ネイバに向けて土下座をした。
ビリーが息を飲む音が、アリスに響く。
「土下座、早っ!」
数秒後、アリスが顔を上げて、ネイバの表情を確かめた。
するとネイバは中腰になって、困惑した表情でアリスを見つめていた。
「だからさ、謝る謝らないの問題じゃねぇんだよ。
どうすれば、隣の契約農家が土地を勝手に使わないようになるか、領主として答えて欲しいんだ」
「うーん……」
土下座のまま、アリスは考えた。
ただ、そのようなトラブルに巻き込まれたことのないアリスが解決策を考えるには、まだ若すぎた。
なので、こう言うしかなかった。
「分かりました。その契約農家は、死刑!」
「「????」」
ネイバとビリーの声が、同時に裏返った。
交渉をアリスに任せていたビリーが、アリスの横に飛んできた。
「オイオイオイオイ、アリス! そんな簡単に領民を死刑にするんじゃないよ!」
ビリーの表情が、殺気立っている。
アリスには、どうしてビリーまで怒っているか全くわからなかった。
「だって、死刑にしたほうが簡単に解決しますよ。
で、ネイバさんが領主分も作る。それでいいと思うんです」
「……バカ?」
ビリーが、アリスの顔を上から覗き込む。
さらに、ネイバも一歩アリスに近づく。
土下座の姿勢になっているのに、これからさらに土下座をしなければいけない雰囲気だ。
「あのなぁ、俺が新しく領主の契約農家になるほど暇じゃねぇんだよ! 領主、お前がその土地で栽培しろ」
「分かり……」
アリスがそう言った瞬間、ビリーがアリスの前に立った。
「ちょっと、このバカ領主を見逃して下さい! 殴るのは僕でいいです! 僕が責任取りますから!」
「ビリー……」
アリスが、土下座の姿勢のまま首を垂れた。その次の瞬間だった。
「なら、言葉に甘えて……、責任取れっ!」
ネイバの力強い一撃が、ビリーを顔面から叩きつけた。
アリスが思わず体を後ろに反らしたが、前から倒れてくるビリーを受け止めることはできなかった。
「ビリー……、大丈夫ですか?」
今度こそ、アリスは治癒魔術をビリーにかけようとした。
だがその時、アリスとビリーの目の前にもう一人、見知らぬ黒髪の男性が立ちふさがった。
「こっちは領主との契約通りに、栽培していただけだ……。
他人が所有権を持っていたなんて知らなかった」
「誰……?」
アリスは、びくびくしながら黒髪の男性の後ろ姿を見つめた。
その正体は、すぐにネイバから明かされることとなる。
「なんで出てきた、ウェイバ!
勝手に人んちの土地で野菜を作った貴様が、何を言う!
俺が今までさんざん言っても、何も答えなかったくせに!」
「あ……、さっき死刑にするって言っちゃった人……」
アリスが、震えながらウェイバに手を伸ばす。
「それは、領主が調整すべき案件だ。
何と言っても、こっちは領主からこの範囲で栽培して欲しいと言われているんだ」
「あ……?」
領主アリスたちの前に味方が現れたラッキー、ではなかったようだ。
領主に背を向け、土地を勝手に使われたネイバに体を向けているものの、ウェイバは領主が悪いと告げているのだから。
アリスは、思わずウェイバから目を反らした。
もう逃げよう、とビリーに告げようとしたが、声にならない。
だが、そこでネイバがウェイバの腕を掴み、テラスの下、領民が一人もいないところまで連れて行った。
アリスたちも、念のため二人を追いかけると、ネイバが思わず叫んだ。
「そんなことを言ったところで、お前はもう死刑だ。領主公認の、な」
「ああああああああああああ!」
アリスは、思わず首を左右に振って叫び、咄嗟にビリーの服を掴んだ。
「ビリー……。どうしたらいいんですか。このままじゃ、本当に領民が一人を見殺しになっちゃいます」
「ぼ、ぼ、僕に聞く? アリスが解決しようよ……。
死刑は、アリスが蒔いた種なんだからさ……」
「分かりました……」
「オメガピース」と違い、今のアリスは謝っても済まされない立場だ。
ビリーの一言で、アリスはそれをはっきりと思い知った。
そして、あれこれ考えながら、今まさに殴り合いを始めようとしている二人の前に立った。
「あの……、アレマ領では武器は持てないです。だから、暴力も禁止です。
せっかくの就任式を汚さないでください」
「誰が汚したと思ってるんだ。バカ領主!
それに……、武器と魔術以外に持っちゃダメとは言われてない!」
ネイバの手は、全く止まらない。
ウェイバが、ネイバの左手で黒髪を掴まれながら、右手で何度も殴られる。
「どうすればいいんだろう……」
アリスは、再び下を向いた。
殴り合いの続く状況を、素手での攻撃に自信のないアリスが止めることもできなかった。
その時、アリスの脳裏に一つのキーワードが思い浮かんだ。
「『オメガピース』から、兵士を召喚すれば……」
次回、アリスがついに召喚!
でも、こんなバカ丸出しの物語だから、そんな簡単に呼べるのでしょうか。
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