第18話 ドタバタの恐竜イベント②
アリスは、書庫からビリーを呼び、ソイを応接室に通して相談を聞いた。
館を訪れたときには緊張感に包まれていたソイだったが、応接室のソファに座ると緊張もほぐれてきたようだ。
「ソイさんは、どれくらいの大きさの恐竜を飼ってるんですか?」
「そうですね……。全長30mぐらいでしょうか。
生物学的な分類は、かなり珍しいところに入ると思うのですが、エルアレマソーという分類になります」
「名前からして、アレマ領に昔からいた生物ということになるじゃないですか。
それだけでもすごいですよ……!」
「うちの裏山に100年くらい前にやって来て、そこで繁殖を続けてるんですよ。
図鑑とか調べたら、アレマザウルスの生き残りじゃないかという気がして、ついこの前、専門家に調べてもらったんです」
アレマザウルス、という言葉に、アリスもビリーも息を呑んで反応した。
「生き残りだったんですか……?」
「そうですね。
厳密な生き残りって訳じゃないんですけど……、アレマ領の中でアレマザウルスからさらに進化した、アレジマザウルスというものになります。
もしよかったら、ここで簡単なイラストを描きますけど……」
ソイは、既にアレジマザウルスを描くために色鉛筆をバッグから出している。
アリスは、2階の執務室にダッシュして、適当な白紙を1枚持ってきた。
ソイが、まず水色の色鉛筆で輪郭を描き始めた。
「イラスト、私なんかよりもずっと上手いですね……」
「それほどでもないです。
スワール領でデザイン専門学校に行こうとしたら、試験で落ちてしまいましたし……」
アレジマザウルスの姿を細かく描いていくソイに、アリスは釘付けになる。
輪郭の形と言い、体のいろいろな形と言い、アリスが先程図鑑で見たアレマザウルスと全く同じに見えた。
「ソイさん。これ、アレマザウルスと完全に一致してるじゃないですか」
「違うんですよ。
翼の部分に縞模様が入っていて、そこに見えないトゲが刺さっているんです。
アレマザウルスも凶暴だったんですが、アレジマザウルスは時としてより凶暴になるみたいですから、エサの多いところじゃないと育たないんです」
「へぇ……。
アレジマザウルスも、すごい恐竜だったんですね……」
そこに、ビリーがやや前屈みになってソイに尋ねる。
「さっき、玄関先でアレジマザウルスを見せてもいいかなって言ってましたよね?」
「はい……。
せっかくアレマから進化した恐竜みたいなので、ぜひアレマ領の領民にも見せてあげたいと思って……」
「そうなんですか。
実は、この領主が、アレマの歴史を知るための壮大なイベントを計画してまして、今ならまさにウェルカムという感じなんですよね……」
「本当なんですか、領主さん」
ソイがアリスに体を向けると、アリスは静かにうなずいた。
「壮大なイベントではありませんが……、なんかアレジマザウルスを紹介するだけでも結構なイベントにできそうです。
もし良かったら、イベントで使いませんか?」
「いいんですね……。じゃあ、その日に合わせて、アレジマザウルスのオスを連れてきます。
アレジマザウルスに乗ってしまえば、山越えは大変じゃないので」
「分かりましたー!
……って、いま、ソイさん何と言いましたか?」
「乗ってくるってことですか……?」
「乗ってくるって……。
それ、すごいことですよーっ!」
アリスは、思わずソファから転げ落ちた。
「オメガピース」に所属していた頃も、ドラゴンの上に人が乗る光景はほとんど見たことがなく、アリスにとっては物語の世界でしか存在し得ない現象だと思っていたのだ。
「アリスさ、恐竜飼ってるって言うくらいなんだから、それは普通のことだと思うんだけど……」
「ビリー。犬や猫じゃないんですよ? 相手は恐竜ですよ」
ビリーが静かにうなずくと、アリスは「いいでしょう」と、ソイに静かに告げた。
「じゃあ、イベントは2週間後、この日でどうですか?
私も、アレマじゅうを駆け回って、領主の館でイベントやりますって宣伝しますので、当日はたくさんの領民にアレジマザウルスを見せられると思います!」
「分かりました」
ソイは、アレジマザウルスのイラストを描いた紙の片隅にイベントの開催日を書いて、それを切り取ってポケットにしまった。
「アレジマザウルスがアレマ領に戻ってくる素敵なイベントにしますので、よろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
アリスとソイは立ち上がって、右手で握手した。
その時のソイの表情は、心なしかはしゃいでいるように、アリスには見えた。
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恐竜の里帰りイベントが2週間後に決まり、その間アリスとビリーは領内のいろいろな集落を回り、お手製のチラシを配ったり、直接伝えたりした。
ある日の夕方、二人はグロサリの家を訪れた。
晩ご飯は、と聞かれたので二人は食事を取りながらグロサリにイベントの説明をした。
「領主さん、また変なイベントを思いついたのね」
「えぇ……。恐竜の里帰り、ということで、飼い主がアレジマザウルスに乗って領主の館にやってくるんです。
もし良かったら、イオリ草を持ってくるときに、イベントも見ていきませんか?」
「そうしたいのはやまやまなんだけどね……」
グロサリが、突然浮かない表情を浮かべる。
表情から察するに、畑を空けるわけには行かないとか、そういう単純な理由ではなさそうだ。
「グロサリさん。
なんか、気に触ること言ってしまいましたか?」
「アレジマザウルス、昔から人間の畑を荒らすという言い伝えがあるの。
畑とか山とか、エサになるようなものを見かけたら、何でも食べてしまう、そんな凶暴な生物……」
グロサリがため息をついたと同時に、アリスが自分の顔に人差し指を向ける。
「エサになるものを見かけたら食べるって、それ私のことじゃないですか」
「アリスは恐竜じゃないから」
ビリーのツッコミが終わると、アリスは腕組みをしながらグロサリに体を向けた。
「つまり、農家の人たちにとっては、言い方悪いですけど、アレジマザウルスは敵だったということなんですね」
「そういうこと……。
だから、特に領主の館から遠いこの地域なんか、何も対策を取ってくれなくて、作物がみんなダメになってしまったの……」
「じゃあ、下手にアレマを気に入ったら、まずいってことですよね……。
提案したソイさんの裏山がどうなってるかは聞きませんでしたが、そこから出てしまうと食料を取られるって考えてもいいのかも知れません」
食べ物の話になった瞬間、重い声に変わったアリスに、グロサリは力なくうなずいた。
「だから、私としてはなるべくアレマはどうしようもない場所で、ここに来ても食料はないっていうイメージを植え付けて欲しいと思ってるの」
「……分かりました。そのように、ソイさんには言っておきます。
単に見せ物だと思っても、人によっては迷惑だと思ってしまうんですね……」
「領主さんね。世の中、いろいろなことがそうだと思うのよ。
領主さんも、もう5ヵ月目だっけ、そういうこと結構経験してきたでしょ」
「まぁ、なんとなく……」
何でもかんでもうやむやにしてしまうことが多かったアリスは、そこで苦笑いを浮かべた。
「あらゆる問題の正解なんて、誰かが決めたものでしかないんだから。
だから、いろいろな視点を持ったほうがいい。
そうしたら、領主さんも人間的にもっと成長すると思う」
「分かりました。
今の言葉、心の中でいつでも引き出せるようにします」
アリスは、そこまで言い切って手元に目をやった。
ビリーの分のスープまで飲んでいたことを、今更になって気付いた。
「あ、いけない……。ビリーの分も飲んじゃった……。ごめん……」
「アリス、ちょっと……。
こんなシリアスな話で、どさくさに紛れて何やってるんだよ!」
ビリーは苦笑いを浮かべながら、グロサリに代わりのスープを頼んだ。
果たして、このイベントどうなることやら。
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